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セビセビ

2005.09.17

昨夜のこと（その１）

(6)

テーマ：詩＆物語の或る風景(1049)

カテゴリ：自作の絵、詩、物語

昨夜のことを話そうと思う。

いったい自分がなにをしていたのか、思いだそうとしてもラチがあかなかった。こうやって話してみることで整理がつき、昨夜のことに納得のいく理由づけができるかもしれないと思った。

もちろん私は酒を飲んでいたわけではなく、熱で頭がいかれていたわけでもなかった。普段と同じように仕事帰りに中央線を使い、立川で降り、賃料７万５千円の２ＬＤＫに向かって歩いていたはずなのだ。なのに今朝、聞きなれない冷蔵庫のぶーんという低い音で目が覚めたとき、私は見知らぬワンルームにいた。私の２ＬＤＫとさして広さが変わらないその部屋は、グレード感においても気密性においても、くらべものにならないくらいよかった。家具らしきものは私が目覚めたベッドと、テーブルと、２脚の椅子があるばかりだった。他にはぶーんとうなり続ける大型の冷蔵庫と、据付の食器棚。もうかなり高くなった陽が差し込む窓際には葉の厚い観葉植物。洋物らしいチェリーブラウンの木製のテーブルにはノートパソコンが置かれていた。
そしてそのテーブルの脚のそばに、レッサーパンダが丸まっていたのだった。

（目が覚めてからここまでが、約５秒。しかし無数の疑問が去来する私には膨大な時間が経過したように感じられた。簡単に推測できることは何ひとつなかった。あえて言えば、太陽の高さから昼前後だろうと推測できたけれど、正確な時間ならケータイを見れば分かるはずだった。もし本当に今が昼過ぎだったなら、私は無断欠勤してるわけだから、ケータイを探してみようか？　会社に電話入れておこうか？　この着慣れないパジャマ姿でいるよりは、着慣れた自前のスーツのほうが気持ちが落ち着くかもしれないし、スーツも探そうか？　てゆーか、飼っていいのか？　レッサーパンダって？）

私はベッドを抜け出した。まずパソコンの電源を入れるためテーブルに近づいた。レッサーパンダはおびえるわけでもなく、威嚇するわけでもなく、丸まったまま私を見上げている。そばで見るとレッサーパンダは思ったより大きく感じられた。小さくてもクマに分類される生き物なのだから、やはり機嫌は損ねたくない。驚かせないよう、ゆっくりでスムースに動きながら、極力レッサーパンダを見ないようにしながら、無事ノートパソコンの電源ボタンを押した。起動するのを待つ間にスーツとケータイを探すつもりでいたのだが、立ち上がるとベランダの手摺りの向こう側の景色がちょっと見え、イヤな予感がしていたから、まずベランダに出てみることにした。なにしろマンションで目覚めたわけだから、そこは当然市街地だと私は思い込んでいたのだ。けれどもベランダに出て見ると、見渡す限り山。
イヤな予感は的中してしまった。
クローゼットに丁寧にしまわれていたスーツの内ポケットからケータイを見つけたけれど、圏外だったのだ。(つづくっ）

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