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名残惜しいのですが、サハラ砂漠、メルヅーガとも、お別れです。メルヅーガから、リッサニと言う長距離バスの出発する街までは、ベルベルと呼ばれる、乗り合い車で行きます。こう言う車です。一番後ろの席に乗ったら、座席が床に固定されてなくて、動いたり、止まったりすると、その床がズズッー、と動くので困りました。そして、コトコトと、音がします。その音が止みません。おまけに、何やら、臭いもします。なんやねん? と後ろの荷物席を覗いて見ました。な、なんじゃー! これは! 超毛深いモロッコ人か?はたまた、原始人が生きていたのか?コトコトする音の主は分かりました。耳がついています。なんだー! ヤギさんでした。ヤギさんも、乗り合いバスに乗るとは、知りませんでした。因みに、ヤギさんの乗車料金はいくらなんでしょうねー?さて、リッサニに着きました。所要時間は、30分です。出発まで、2時間もあります。10時出発、古都フェズに着くのが、午後7時と言っていました。この区間は、国営のCTM路線はなく、民営のバスのみです。予定より、20分遅れて、10時20分にバスは出発。道中、オアシスと、不思議な形をした岩などが、見られます。珍しく、こんな川も流れています。アトラスの山々からの、雪解け水でしょうか?バスは、何度も何度も止まります。おまけに満席に近くなるまで、出発しなかったりします。リッサニ → エルフード 15分待ちエルフード → エルラシデア 45分待ちエルラシデア →○○○○ 25分待ち○○○○ → ミデルト 15分待ちミデルト → チムハドイット 10分待ちチムハドイット → アズルー 15分待ちアズルー → フェズ待ち時間だけで、2時間ほどありました。バスには、色んな人が乗ったり降りたりで、最初から最後まで、乗っている乗客は少ないようです。庶民の移動手段なのですね。この可愛い娘は、3歳くらいでしょうか?懐いてきて、しょっちゅう、僕の席に来ていました。子供はどこの国の子供でも、可愛いでちゅねー。この雪のあるアトラスも、見えなくなると、もう景色は一変し、緑豊かな景色と、街並ばかりとなります。結局、フェズに着いたのは、午後9時前。11時間かかりました。
2008.04.30
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メガネが行方不明になりました。絶対になくならないはずなのにありません。神隠しに遭ったようです。事件発生です。私の場合、近視に乱視、より目にたれ目、よって、目が悪い。従って、顔も悪い。(関係ある?) 胴が長い、足が短い。(関係ある?)で、メガネが必要です。メガネは、度入りサングラス、発色退色メガネ、普通のメガネと3ヶ持っております。(自慢しているのではありません。)用途により、使い分けております。ですが、これは、事件に関係ありません。問題の発生時を思い出してみますると、会社帰りにゴルフをして家に帰りました。そして、炊飯器を設定して、すぐに風呂に入ります。その時に、当然ですが、メガネを外して、入ります。どこにメガネを置くか?ほとんど、決まっていまして、 1.キッチンとダイニングの間にある、仕切りテーブルの上か、 2.リビングのテレビの前のテーブルか、 3.ごく、たまに、ベッドルームのテーブルにおく。この、3箇所しかありません。しかし、無くなったのです。3日前の夜です。当日の夜と翌日の朝、30分+30分=合計1時間探しました。ありません。どこにもありません!摩訶不思議! ビックリ仰天! 神隠し?どっかに、間違えて置き忘れたか? 頭の上にないか?などなど、その後、2回家捜しを、しました。しかし、ありません。どこにも、ありません。まぁ、メガネは3ヶあるし、探し物は、探すのを止めた時に、出て来ることは良くある話で、云々と、言う唄もあったし、まぁ、良いか、と思っていたら、今朝、パソコンの横に、ひょっこりあったのです。不思議です。全く持って、意味不明です。その場所は、10回以上探しました。しかし、無かった場所です。100円玉程度の大きさなら、見逃すことは、ありえますが、メガネの大きさを、しかも、それを探したのですから、見逃すことはあり得ません。何故?どうして?散歩にいったの?家出してたの?ほんまに、神隠し?なんだか、考えて見ると、怖い実際の、話なのです。
2008.04.29
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朝日を見て、砂山を降り、ミントティを1杯、飲んだらキャンプ地を出発です。慌しいです。朝日が、又、オマルと、ラクダと、アジアの星一番を砂漠に映します。帰りは、バックパックをラクダの背中の入れ物に詰めてくれました。おいおい、そんなら、昨日もそうしてくれよー!って言いたかったです。だって、かなり、「蟻の門渡り」辺りへの負担が異なります。昨日は、20分もしたら、サバク歩きは、もうええです、遠慮します!状態であったのですが、今朝は、快調です。しばし、砂漠の風景をごらん下さい。この砂漠の中に、何がいるでしょうか?昨夜の強風で、今までの、足跡は、全て消され、風紋が出来ました。鳥の鶏冠みたいに見えるのは、風下の砂です。風に吹き飛ばされて、小山のてっぺんの風下に、飛ばされやすい砂が溜まるのです。ラクダの大群が現れました。1時間半も、歩いた頃、メルヅーガの家並みが見えて来ました。歩くと、あそこまででも、結構、時間がかかります。う~ん、20分はかかったでしょうか?ラクダさん、ご苦労様でした。ゆっくり休んでください。 ホテルへ帰り、気になっていた、砂漠ツアーの代金を聞きました。一旦、約束したのだから、300DHで良い。と、オーナーさんが、胸を張って言いました。当たり前だとは、思うものの、嬉しく感じた次第であります。で、このホテルに、もう1泊する事にしたのであります。丸1日、な~んにもすることないので、ほんと、ゆったり出来ました。いや、でも、ネットカフェに行きましたね。ぜ~んぶ、洗濯もしました。そうだ、その帰りに、「のり子さん」、に会ったのでした。
2008.04.28
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5時に目が覚めました。外は、真っ暗です。しかしながら、朝の気配はするのですね。キャンプの北側にそびえる、砂漠の山に登ります。かなりきついです。手も冷たい。20歩程歩いては、息を整える、そんな登り方です。山の三分の一ほど、登った頃、朝の光が洩れて来ました。この砂の山の頂上目指して登っています。ほら、こんな所を登っているのです。高所恐怖症ですが、砂の為なのか、恐怖を感じません。これが、土か岩だったら、足が強張って、絶対に登れないはず。もう太陽が、砂の山から姿を現し始めました。アジアの星一番さんも、姿を現しました。朝だけに、すっきり顔ですねー! 今朝は、お化粧のノリが良いようです。さらに、砂山の頂上を目指して登ります。美しいですねー! 全くの砂の世界。朝日を浴びる側、影の側、両者とも演技を心得ているような景色です。この写真の下の真ん中辺に見えるのが、キャンプ地です。見え難いでしょうか?こんなに高い砂山の頂上へ登ったのです。もう少し、拡大して見ましょう。見えましたでしょう?山を降りて行くときは、ものすごく楽です。スースー、とスキーを楽しむように降りられます。途中、こんな可憐な花が咲いていました。
2008.04.28
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夕食は、タジンです。ちょっと食べ飽きました。食事後、外へ出てきましたら、もう、辺りは、ほとんど夜です。空を見上げれば、星々、キラキラ輝いています。ですが、まだ、太陽の残り灯りが、西の方にあり、空全体が、暗くはなっていません。オマル、アリ、ユセフの3名と談笑し、と言っても、片言の単語を並べて、想像するしかないのですが、それでも、楽しい一時を過ごしました。ヨルダンのワディラムでも、エジプトの白サバクでも、ガイド達が唄を唄ったり、もてなす素振りがありました。しかし、ここは、全く何にもありません。それはそれで良いのですが・・・。空も星明りだけになった、21時。僕は、マットと寝袋と、毛布3枚を、テントから持ち出し、宇宙の下へ準備しました。そう、宇宙の下です。そのように表現したい程、美しい夜空です。今は、もう春。しかし、夜の9時ですと、冬の星が威張っています。そう、オリオンと、シリウスです。西の空に傾きかけていますが、やはり星座の王様、威風堂々、星空で光っています。寝袋は、オリオンに沿うよう、頭を北東に向けて敷きました。全くの素晴らしい夜空を、独り占めです。若干、頭を北側に振れば、北斗七星が、見えました。これも、分かり易いです。カシオペア座は、既にサバクの中に、降りたのか、見えません。流れ星も、シューっと流れます。結構長く光っているのに、仲々、願いは、完全に言えないものです。風がさわさわと、吹いています。頬に当たると冷たい程です。寝袋の裾を、頬まで引き上げました。それでも、星を見ていたいのです。流れ星、二つ、三つ。四つ、五つ。うとうとしつつ、いつの間にか眠ってしまいました。寒いなー!と、目が覚めてみると、すごい風です。ビュービュー、と言う音が聞こえます。砂も、ぶっ飛んで来ます。寝袋の上に掛けた毛布が、風で飛ばされていました。寒いはずです。空は、相変わらず、満天の星です。オリオンの左足は、サバクの山に、埋もれていました。あー、そんなに時間は経っていないのだなー、と気が付きました。毛布を、寝袋の上に掛けなおしました。すっぽり包まれば、寒くはありません。このまま、星空の下で寝られる。そう思いましたが、無理です。砂が、びしびし、頬に当たります。髪の毛の中は、砂だらけ。毛布も、飛ばされてしまいます。無理です。外に寝るのは。オリオンの剣が、サバクに埋もれる頃まで、我慢しましたが、テントの中に、非難する事にしました。オマルも起き出して来て、ラクダを僕のテントの東側(風下)に移動させていました。ラクダにさえきつい、風なのです。サンドストームです。テントに入っても、風の音は強く、怖いほどです。移動の疲れ? ラクダに乗った疲れ? 風はビュービューと騒いでいるのに、又、深い睡魔に襲われ、夢の中へ陥りました。ふと、目が覚めると、クシャクシャ、ピュルルルールーとか、そんな音が聞こえます。なんじゃいなー?ラクダが何かやっている音です。いつの間に風はすっかり治まり、無音に近い状況です。外に出てみました。シリウスも、もう見えず、さそり座が、姿を現ていました。今夜も、月は全くなく、星明りだけの空です。眠いのですが、そして、若干寒いのですが、しばし、夜空を見上げていました。それから、朝起きるまで、ラクダの、クシャクシャ、と言う音に、付き合っていたのです。牛のように反芻するんでしょうか?ラクダは、寝ないのかなー?気が付いている限り、ずっーっと、その音がしていました。
2008.04.27
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シャック、シャッ、シャック、シャッ。オマルの足音を聞きながら、サハラ砂漠を歩いて、1時間半。サバクの風景は変りません。さらに、歩いて行きますと、夕焼け模様になって来ました。時計を見ると、もう、18時38分です。ラクダの乗り心地って、どんなものか、分かるでしょうか?足を乗せるところもないし、結構、不安定です。手でつかまる場所も、低い位置にあり、両手で持つと背筋を伸ばせません。ラクダさん、登り坂は、強いようで、安定した歩き方なのですが、下り坂は、ガクッ、ガクッと、降りるので、最も緊張します。尻が痛いです。尻というか、「蟻の門渡り」って言う場所でしょうか?そこが、モロにラクダの背中に当たり続けて、痛くなって来ます。おまけに、バックパック背負ったまま、ラクダに乗ってますから、その重みまで、肩から、「蟻の門渡り」に重量がかかるのです。男の場合、そこには、大量にあそこへ血液を送る為の道があります。それを圧迫されるのですから、痛いです。しかし、女性の場合は、そこには何にもないし、凹んでいるのだから、痛くもないはず。ラクダに乗るのは、男より、女性に適しているのかも知れませんねー。などと、考えていたら、キャンプ地に着きました。メルズーガを出発して、1時間と50分でした。すぐに、ミントティを振る舞ってくれます。料理してる、オマルさんです。ユセフさん、40歳。アリさん、70歳。二人とも、ここに泊まっているようです。一緒にサバクキャンプする予定であった、モロッコ人4人は、結局、来ませんでした。この3人と僕だけの、小さなキャンプです。
2008.04.26
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ホテルに行ったものの、砂漠1泊ツアーは、午後4時出発とのこと。ホテルに泊まらず、早速申し込んで、砂漠へ出かけることにしました。1人で行くなら、400DH。2名以上参加なら、一人300DH。この日、モロッコ人4名が行くと言うので、300DHで参加です。しかし、午後4時を過ぎても、モロッコ人は、やって来ません。午後5時になっても、まだ来ないし、キャンプ地まで、2時間かかると言うので、痺れを切らして、オーナーに文句。しぶしぶ、オーナーは案内人を紹介してくれました。オマールさん、34歳です。ようやく出発です。15分も歩くと、もう、そこは幻想の世界。サバク、サバク、サバク、サバク、サバク・・・砂 砂 砂 砂 砂 砂 ・・・ ほらほら、砂ばっかし!オマルさんが、ラクダを引っ張って歩きます。驚くことに、無風。従って、無音。全く音がありません。どこの国へ行っても、あり得ない現象です。オマルさんの、足音が、シャック、シャッ、シャック、シャッ、と聞こえるだけ。ラクダの足音は聞こえません。この地上に、オマルさんと、ラクダと、アジアの星一番だけです。地球を独り占め! って感じです!お! ラクダに乗ってる姿が見えます。もう、夕方です。影が良く見えるのですよ。アジアの星一番さん、ラクダに乗って敬礼! してます?いえ、写真撮ってるので、敬礼しているように見えるだけです。サハラ砂漠を歩く、ラクダと、アジアの星一番さんです。サングラスしているので、顔がおかしいですねー?トッコトッコと、サバクを歩いて、1時間。キャンプサイトは、まだまだ、先であります。
2008.04.23
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サハラ砂漠の麓、メルズーガには、最近も増え続けると言う、宿が結構多くあります。ティネリールで紹介して貰った、ロアジスは、感じが良くなかったので、行ったものの、すぐに引き返し、ロンドン留学中の学生さんに教えて貰った、サハラホテルに行きました。プールもある、ホテルです。ホテルの裏は、もう、すぐ砂漠です。この空の青さ! 感動ですねー!ムスリムの国らしい食堂です。ミントティは、挨拶代わりなのか、すぐに出て来ます。昼も1時を廻っており、お腹も空いていたので、昼食を頼みました。野菜と、卵焼きと、ポテトです。これにパンがついて、40DH(550円)。これが、部屋です。全く話は異なりますが、このメルズーガにて、日本人女性が働いているホテルがあります。WILDERNESS LODGE と言います。ひょんな事で、30分ほど、お話させて貰いました。何でも、パリに住んでいて、時々、このメルズーガに来ていたらしいですが、気に行って、移り住んだと聞きました。本名は知りませんが、「のりこさん」、と皆さんから呼ばれている、と言ってました。部屋も見せて貰いましたが、僕のいるサハラホテルより、部屋は広いです。食事込みの値段とか、砂漠ツアーとか、ホテルにより若干異なるようですが、大体、どこも同じようです。せっかくの海外旅行なので、地元の人たちだけと、過ごしたいと思われる方には、お奨め出来ませんが、安心して旅をしたいって方は、メルフードからの車の手配もしてくれるし、よろしいかも知れません。ホテル名のMIXIもやっていると言ってましたから、興味ある方は、覗いて見て下さい。この項、WILDERNESS LODGEの、コマーシャルでした。(宣伝費は、全く貰ってませんが。)
2008.04.22
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最高の時を過ごした、ティネリールを後にし、カスバ街道を北へ。エルフードを目指します。ここも、ワルザザードから、ティネリールの道と同様、土漠とオアシスの繰り返しです。上の写真が、土漠。下の写真が、オアシスの村です。エルフードに着きました。ここから、サハラ砂漠まで、50キロほどあるのですが、何故か、エルフードから砂漠の麓、メルズーガまでの、国営バスも、民営バスもありません。止む無く、150DH(約2100円)も支払って、タクシーに乗りました。リッサニと言う街を通り抜けます。土漠の向こうに、ピンクがかった山が見えます。あれが、サハラ砂漠の西端のようです。さらに近づいて見ましょう。見えて来ました! サハラ砂漠です!サハラ砂漠と言えば、砂だらけの砂漠かとばかり、思い込んでいましたが、その直前まで、土漠なのですねー。何だか、サハラ砂漠と言うより、茶色っぽい小山見たいですよ。これで、ようやく、サラサラの砂漠にやって来たことになります。
2008.04.21
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モロッコでの食事ですが、まだ5日間しか滞在していませんが、食事は、クスクス、タジン、ブロシェット、この程度しかありません。これに、アラビアパンを食べるのです。モロッコ風サラダとか、ハリラと言ったスープもありますが、どこでも、同じで、少々飽きて来ました。それで、ティネリールでは、別物を食べて見ようと思いました。朝食です。卵焼きとパンとお茶です。まぁ、ご飯に海苔と卵程度の、日本の朝食みたいなものでしょう。食堂で、食べてる人がいたので、同じのを頼んだのです。全部で、11DH(150円)でした。そして、昼食。トドラ峡谷のホテルのレストランでメニューを見たら、90DHで、やはり、クスクス、タジン、などのセット料理のみ。価格も、街の3倍はするので、食べるのを諦めました。持参のクッキー食べて、水飲んで、ティネリールまで帰ろうと思いましたが、チャリ漕いで、結構な運動量なので、腹が減ります。途中、ベルベル人が、真っ青な空を見上げていたので、チャリを止めて、挨拶すると、そこは、お土産屋と、食堂も兼ねていました。何が作れるか? って聞くと、卵、20DH、との答え。朝も、卵だったけど、まぁ、いっか、と注文しました。これに、パンにコーラで、26DH(360円)でした。コーラ1本が、6DH(85円)ですから、安くはないです。朝のと違って、野菜も入ってて、美味かったですよ。そして、夕食。クスクス、タジン、ブロシェット以外の食べ物、何かないかなー?と、プラプラ歩いていたら、スパゲッティがあるって言う食堂に入りました。これに、パンとミントティで、30DH(420円)です。まぁ、味は、お奨め出来ませんが、たまには、食べたいです。外で、客引きしているウェイターさんです。そう言えば、人物写真は、今回で始めてです。イエメンなど、撮ってくれ、撮ってくれ、とうるさいほどでしたが、モロッコ人は、全く言いませんね。本日の、貧乏バックパッカー、粗末な食事の紹介でした。
2008.04.20
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カスバ街道の一つのオアシスである、ティネリール。小さな、街です。村落と言うべきか迷うほどです。これが、メイン道路です。そして、ここが街の中心の広場で、色んな安い物が売られています。トドラ峡谷がなかったら、外国人は立ち寄らないオアシスでしょう。しかし、何とも良いなー、と思える佇まいの街なのです。日本人二人と会いました。二人とも男の学生さん。1人は、東京からで、モロッコへ卒業旅行。1人は、ロンドンへ1年間の交換留学中で、スペインとモロッコへ。二人とも、本格的なバックパッカーの旅は、初めてだそうです。しかし、しっかりした、お二人でありました。まだ、21歳、22歳ですぞ!あっしにも、そんな時期があったのかいな? と言うほど、思い出すのに苦労するほどでありまする。二人とも、スペインからジブラルタル海峡を渡って、タンジェへ入ったとのことで、1人は、時計回り、もう1人は、僕と同じ、反時計廻りです。メルズーガ砂漠行きの、貴重な情報も教えて貰いました。日本の将来を担う、若き青年。頑張って欲しいものです。さて、モロッコのインタネーット状況ですが、カサブランカでは、ネット屋を探す暇がなかったので、分かりませんでした。が、ここは、進んでいます。かなり早いです。サウジでは、遅くて、遅くて、イライラしますが、ここは、画面が、シュッっと変ります。気持ちいいほどです。日本語が使えないネット屋もありますが、探せば、あるようです。何しろ、トドラ峡谷の、誰も使わんだろうってな、田舎の村落にもネット屋はありましたから。しかも、1時間、7DH。100円程度。高くても、100数十円です。便利です。
2008.04.19
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本日、一通のメールを受信しました。とても、悲しく、切ない、やり切れない、映画のラストシーンのようです。「僕の彼女が天国へ旅立ちました。」 と言うメールです。「約7年間の闘病生活の末、息を引き取りました。」 と言う内容です。「付き合って9年の二人の時間も終わりました。」 と言うメールです。2年ほど前、「ミャンマー一人旅」の途中、出会って、幾日か道中を共にした方です。もうその時に、彼女は助からないと言ってました。だから、旅行にも出られなくて、こんな風に旅に出るのは、初めてです。と言ってました。たった、数日間を共に過ごしただけでしたが、その後も、時々、メールの交換程度のお付き合いは、していました。旅先で親身に話を聞いてくれたアジアの星一番さんに、二人で会えたらと思っていましたが、叶わず残念です。とメールは、結ばれています。何とも、切ないですよね。何とも、やるせないですよね。気持ちは痛いほど分かると、自分では思うけど、本人の痛み、悲しみ、空しさ、虚ろさ、どんな言葉でも、言い知れないでしょう。何と、返信したら良いのか・・・
2008.04.18
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2008年3月31日(月)本日は、丸々1日、ティネリールに滞在予定。チャリを1日、チャーターしました。 ん? なんだか、大層な言い方ですな。自転車借りるのに、チャーターとは言わないでしょうよ。まず銀行を目指しました。既に、200US$を換金していますが、5日目にして、残りがわずかになってしまっているのです。1日、4000円相当、使っています。バックパッカーとしては、少し使いすぎでしょうか? 節約せねば・・・。さて、銀行です。多くの人が並んでいます。整然と並んでいるのを見ると、どこやらの国と違うなー、と思います。係員の手続きも、ゆったりゆったりです。でも、だれーも、文句言わず。じーっと待っています。僕はイライラして来ました。20分ほど、待っても、まだ2人しか終わっていないし、僕の前に、6人も待っているのです。結局、別の両替屋を探しに行き、見つからず、別の銀行へ行って、両替しました。ホテルを9時に出発したのに、朝食食べて、明日のバスのチケット買って、両替したら、もう11時です。さてさて、ようやく、トドラ峡谷へ出発です。こんなトドラ川を遡って、チャリを飛ばします。川沿いには、美しい緑が豊かです。峠越えです。この坂は、きつかったです。チャリを漕いで登れず、押して登りました。途中、白人のご夫妻に抜かれました。あいつらは、強い、元気だ。こんな道路、自転車漕いで、登れますか?峠の頂上から見た、トドラ川沿いの村落です。水が如何に貴重か、この景色を見れば、明々白々、きっちり、かっきり、明らかですね。水は大切にしましょう! 日本の皆さん!宇宙人が、降りて来そうな、岩場を見つけましたので、パチリ。こんな光景、確か、トルコのカッパドキアでも見ましたぞ?そう言えば、何かの映画、何だったかなー? 未知との遭遇だったか?カッパドキアと、モロッコで撮ったとか、聞いたような?川を遡っているので、ずっと登り坂ですよね? 行くときは、それに、気付いていませんでした。車で走る時もそうですが、走っている時って、意外と、多少の登り坂には、気付かなくないですか?トップで走っているのに、スピードが落ちて来て、登り坂に気付くとか?帰りは、チャリを漕がなくても、走るので、何だー、下り坂かよ!と気付いたのです。え? そんなの気がつかないって、頭が悪い? そうなのかなー?トドラ川を渡ります。右端に見えるのが、愛車チャリ、「トドラ星一番号」です。真中で、澄まして写真に納まっているのが、アジアの星一番さんです。サングラスかけていますねー。この辺りで、既に1時間半を経過。いい加減疲れて来ております。大型観光バスは、狭い道路を、ビュンビュン通るし、車も多いです。その度に、舗装の道路から、荒れた路側帯にはみ出なければ行けないので、さらに疲れを増します。しかし、「車で来る奴らには、気に行った所で、ゆったり歩いたり、パノラマを心行くまで、見つめたり、出来んだろ、へっへっへぇーのへー!」 と、自分を慰めるのでありました。そして、ティネリールを出発して、調度、2時間。岸壁がそそり立つ、トドラ峡谷に着きました。この岩に挟まれた所が、そうですねー? 500m程度続くでしょうか?ここが、峡谷の出口です。ここは、ここで、素晴らしいのですが、この峡谷に来るまでの、トドラ川沿いにある、村落と、緑と、色んな形の山肌、そして、土漠などが、より、心に残ります。そそり立つ、岩と岩の間は、ヨルダンのペトラを見たら、大したこと、ないじゃん! と思ってしまいます。ベルベル人が、彼らの伝統的な織物を売ってました。行きは、2時間もかかったのに、帰りは、たったの1時間。途中、2箇所、チャリを降りて、押さねばならない峠はありましたが、気持ち良かったです。ここは、自転車で行くのが、お奨めです。最高! トドラ峡谷!
2008.04.17
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ワルザザードで、再び、同じバスに乗りました。日本人女性達に、「あら、又、来たわ、この日本人」、と言うような目つきで、見られました。ああ、恥ずかしい。バスを降りて、乗るまで、わずか10分でしたから、結構、手際よくチケット買えたなー、などと、僕は、1人で感心していたのでありました。僕の今度の席は、37番です。行って、見ると、可愛い女の子が、既に座っています。「そこどけー! わしの席じゃ!」などと言う気はおこりません。可愛らしい女の子なのです。一番、後ろの席が空いていたので、そこへ座りました。この子ですよー! 日本人の僕が気になるのか、時々、後ろを振り返り、ニコっと微笑みます。見えませんか?僕はと言えば、ベロを出して、ベロベ~ロとか、やったり、顔面を両手で外側へ引っ張って見たり、笑わせるべく、努力をしたのです。何の為に? 15年後の為と言うことにしておきましょう。(何じゃそれ?)さぁ、カスバ街道を突っ走ります。しかし、何にもないがな?いやいや、ここはカスバ街道です。土漠ばっかりと思いきや、こんなオアシスが出て来ます。この繰り返しです。かなり、オアシスは多いですね。土漠 →オアシス →土漠 →オアシス →土漠 →オアシスこんな感じです。ナイル川の両岸にしか、緑がないエジプトとは違います。この道路が出来る前は、ラクダに乗った、キャラバンが行き来したそうです。それも、良いなー、と思いますが、昔は帰って来ません。ティネリールに向う、カスバ街道は、左手にずっとアトラス山脈が見えるのです。仲々の風景ですぞ。ワルザザードで、泊まる予定を変更したので、お昼食べずじまいでした。腹減ったなー、パンも買ってないし、今日は、昼飯抜きかいな・・・、と思っていたら、こんな所にバスは泊まりました。カフェレストラン 東京って、書いてありますよ!おー! やった!こんなカスバ街道で、日本食が食べられるとは、かぁー、いいもんじゃ!と中に入ってみると、東京とは似ても似つかぬ、普通の地元のお店。とんがり帽子の、タジンの煮込みが、沢山あるだけでした。日本女性グループは、アラビア語が話せるようで、テキパキと、タジンを注文していました。僕はと言えば、1から10までしか、アラビア語が出来ないので、それも時々、4と7を忘れてしまっているので、皆が一通り注文して、誰もいなくなっていから、注文しました。指さして、これくれ! って言うだけです。だから、羊なのか、チキンなのかも、分かりません。腹へっているし、何でも良かったのですけどね。帰りに、トイレに行きましたら、一つしかなく、中国のトイレ模様です。日本人女性、そこでするのは、嫌らしく、木の陰へ向いました。きっと、そこで、用を足したのでしょう。因みに、僕は覗いてなんかいませんです。全くそう言う姿に興味薄いです。(本当ですよ)さすが、バックパッカー、若い女性とは言え、逞しいです。さてさて、話が飛びました。この東京レストランから、走ること、2時間。16時に、ティネリールに到着しました。日本人女性グループも降りました。そしたら、アラビア語ペラペラの、その女性が、一緒にトドラ渓谷へ行きませんか? と声を掛けて来ました。「はい! 行きます!」、と、声が出そうになりました。しかし、若い女性の誘いに対する、この素早い反射神経が、時々、困難を強いるって言う、事態に何度も直面しております。昨日だって、欧州系の高校生美尻集団に、付いて言ってしまって、マラケシュでは、ずいぶん遠廻りをし、無駄な時間を過ごしてしまったのでありました。僕は、ここに2泊して、トドラ渓谷へは、自転車で行くつもりだったのです。その女性グループは、タクシーか何かで、トドラ渓谷へ、行って、そして、ここに帰り、さらに、本日、エル・ラシディアまで行くと言うのです。そりゃーきついっすよ。それに、エル・ラシディア行きのバスは、もうありません。考えた末、悩んだ末、やはり、一人旅を続行する事に致しました。そして、彼女に対して、力なく、首を横に振ったのであります。お姉さん達、そんなに急いで、どこ行くの!もっと、ゆっくり廻ろうよ! って言おうとしたら、もうタクシーの運ちゃんと、値段交渉してました。そうです、僕は既に無視されています。単なる割り勘要員として声を掛けられたのでした。 ガックリ。今夜と、明日の、お泊りホテルです。1泊77DHと言ってましたが、2泊するからマケテよ! って言ったら、60DHにしてくれました。1泊850円です、安いですねー。机もあるし、洗面もあるし、トイレ、シャワーは、共同ですが、まぁまぁ、使い易いです。「ホテル トドラ」って言いまして、CTMの着いた、通りにあります。しかし、このホテルのせい:80%の確立で、大変な困難な目に遭遇するとは、この時は、まさかのま、とも考えていませんでした。
2008.04.16
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実は、アトラス山脈を越えるバスの中、景色を堪能しながら、ワルザザードとは、どんな街か? ガイドブックを読んでいたのです。そしたら、大した見所はなく、ザゴラとか、マアミドとか、砂漠地帯へ行く為の、入り口なのです。おまけに、フランス軍が作ったサハラ砂漠の最前線基地らしい。面白みもないので、1泊する予定を止めて、通過する事にしました。しかし、もうバスを降りてしまいました。「アホやなー! もっと早く調べとけよ!」 と、どなたかと一緒だったら、そうやって、文句つける所でありますが、何せ、1人です。文句言っている暇もないし、文句言う相手もおりません。CTMオフィスに行きます。人が、一杯で、わぁーっと、カウンターに群れています。並んでもいないし、いつ順番がくるのやら?ようやく、前の人がどいたので、ティネリールへ行きたい、と告げました。「いつ? 今?」、 と変な逆質問がありました。「いや、この次の奴」「え、明日?」「いや、今日」「じゃー、今?」「いや、次の奴」なんだか、会話がおかしいです。よくよく聞いてみると、まだ、お昼時間なのに、最終バスが、もう出発するって言うのです。「それ、乗る、乗るー、乗りた~い!」と、慌てて、切符を受け取ると、これまた、慌ててバスに向いました。慌てたので、45DHの支払いを忘れてしまいました。しかし、モロッコ人はしっかりしています。走って追いかけて来て、きちんと、お金を取りました。(当たり前じゃわい!)バスですが、なんと、僕が乗ってきた、バスじゃーないですか!全く、ほんまに、とんまな話です。良く、調べるべきですねー、事前に。このバスには、日本人らしき、女性グループが乗っているのです。時折、日本語が聞こえて来ましたから、らしき、ではなく、日本人です。日本人に出会うのは、マラケシュで、ツアーのおばさんグループに次いで2度目です。今度は若いバックパッカーさん達です。だから何だ、ってことはないのです。ただ、単に、そう言う人たちが居たって話だけです。そんなこんなで、ワルザザードは歩きませんでした。車窓からの風景。綺麗に整備されていますねー!
2008.04.15
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さぁ、モロッコの旅、一番のハイライト、アトラス山脈越えです。天城越えとは、ちょっと違いまするぞ!天城峠は標高たったの、830m。このアトラス山脈は、すごいかな標高、最高地点は2000mを超えます。そして、オート・アトラスの最高峰は、4167mもあるのです。この山脈が、緑豊かな、海岸沿いと、サハラ砂漠に続く、カスバとオアシスの世界に、分けているのであります。さぁ、いつも通り、CTMバスにて、出発です。出発して、マラケシュの車窓から見られる風景。緑豊か、平坦です。暫く走ると、山も見えて来ます。もう、アトラスの麓辺りです。ウヮッオー! 雪を抱いた、アトラス山脈の山々が見えます!もう、この辺りが、通過地に於ける、最高地点に到達します。最高地点を越えると、風景が一変します。木々が極端に少なくなるのです。相変わらず、雪を抱いた、アトラス山脈。2000m程の高さにいても、まだ、さらにさらに高いです。しかし、雪解けの水を、栄養を貰い、こんなに花も咲いています。一方で、何もないはげ山もあります。変化に富んでいますねー!居眠りする暇がありません。バスが急停車しました。何じゃー! 危ないじゃーないか!アトラスの山を見ていた、僕は、心の中で、そう叫びました。羊さまの、道路横断でした。この高地でも、羊飼いは多いですねー。山並みに、点々とうごめくのは、みんな羊さんです。アトラスの村落です。土地に溶け込んでいて、どこが家なのか分からない程です、山肌と、土と、家が、同じ色です。アトラスを降りて、少し走ると、もう、そこは、土漠の世界です。さらさらの、砂漠をイメージする、アトラス越えのサハラ側ですが、全く違いました。この風景から、山を取り除けば、サウジアラビアと同じです。7時45分、マラケシュ発。12時30分、ワルザザード着。4時間半あまりの、アトラス山脈越え。まぁ、見ごたえのある、バスの旅でありました。
2008.04.14
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昼食食べて、さて、史跡探訪の続きじゃ! と勇みこんで歩いて、エル・バディへの道を聞くと、なんと、午後3時まで、クローズだと言います。「なんじゃよー! 長い昼食休みじゃのー」、と思いますが、政府には勝てません。「ばっきゃろ! 開けろ!」って言ったって、無視されるに決まってます。で、せっかく近くまで来たのに、市内に戻りました。ツアーだったら、こんな無駄なような時間は、絶対にないでしょうね。何時から開いて、何時に閉まるかなんて、ツアー会社が当然、調べて、工程を組むでしょうから。市内に戻って、日本語可能なネット屋を見つけたので、この時間は無駄ではなかったです。「犬も歩けば棒に当たる」って言いますが、「アジアの星一番が歩けば、良い事あり」、って言う、格言にします。さて、エル・バディ宮殿です。この中庭を囲むように建物があり、360もの部屋があったそうです。因みに僕の東京のアパートは、6畳2間です。ワンルーム以上のところがすごいです。しかし、360部屋に比べると、蚤より小さい。(こらこら! 比較すんな!)この四角の建物は、金の工場で、且つ風呂であったとのこと。金と風呂、何が関係するの? 金製造の余熱を風呂に使ったのかな?南側のテラスから、中庭と、金の工場を見たところです。これは、テラスから外を撮ったものです。一般庶民の家並みです。ここには、高い建物がありません。規制されているのでしょうかー?それとも、干乾しレンガでは、高層ビル作れないのだろうか?マラケシュは、世界遺産ですから、簡単に改造出来ないと言う理由があるのかも知れません。次が、バイア宮殿です。この写真の周囲の建物は、4人の后と、24人の側室の部屋だったと言うことです。そんなに沢山いたら、1人や2人、忘れませんかねー?しかし、1人で、28人もの女性を囲ったら、あぶれた男がいるはずです。そう言う男は、どうしたのでしょう? 奴隷みたいに生きたのでしょうか?嫌ですねー!って、あぶれた方も、28人も后や側室がいる方の、両方です。ゼロは絶対的に困ります。しかし、28人もいらんよ。28人もいたら、どうすんだよ?せめて、4人まで結構。理由は不明。そん位で良いんじゃないかなー? と。お! それでは、ムスリムに適しているぞよ!(それでは、4人も要りません。)ここには、今も、時々、国王が宿泊するらしいです。
2008.04.13
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サウジに、たどり着きました。10日(木)の朝、帰国の途に着く為、カサブランカのホテルを出発したのが、朝の9時半。サウジの我が家に到着したのが、12日(土)、朝の5時。43.5時間かかりました。カサブランカの空港にて、ボーデイングカードを受領した時点にて、既に予定より、1時間遅れておりました。これでは、ドバイにて、乗り継ぎ予定のバハレーン行きフライトに、間に合わないじゃーないか? トルコからの帰国時と同じじゃーないか?と、不安になります。隣に座った、アラブ系の顔しているがタイ人と言う人は、いやー、1時間くらい、空中で飛行機がぶっ飛ばすから、大丈夫だよ、間に合うよ、などと、知ったような口を聞いてました。しかし、1時間、2時間、3時間と遅れると、もう無理です。フセインへ連絡取れないなー、困ったなー、と飛行機の座席にて、腹を空かして思っていたものです。搭乗して5時間が経過する頃、本日は、キャンセル、ホテルに泊まって貰います。とのアナウンスが流れます。乗客の数十人から、拍手がおきました。何で、拍手するんじゃ? と不思議に思いましたです。それからが、大変です。 1.出国してしまっているので、入国手続きをして戻る。 2.エミュレーツ事務所へ行って待機。(通路に大人数が待機です。) 3.担当者の説明が未熟の為、乗客は大混乱。 4.2時間ほど待って、ようやくホテル行きのバスに乗る。カサブランカ市内へ。 5.ホテルのチェックインも大混乱。全員がチェックインするのに、 たぶん、1時間以上かかった。 6.電話したくても、ホテルの人たちは、チェックインの対応で大わらわ。 質問も出来ない。 7.夕食も、1時間以上かかる。 8.夕食食べ終わったら、もう夜の22時。 9.この頃、ようやく、明朝4時半起床、5時半ホテル出発と連絡あり。 しかし、フライトの時間は不明。そんなこんなで、サウジアラビアへの連絡も出来ず、イライラのしどうしでした。フセインへも、会社の人が連絡してくれて、バハレーン空港へ迎えに来ていました。連絡があるまで、空港で待っていたそうです。ほんとに、ご苦労様でした、フセイン!今日は、疲れているので早く寝ます。明日から、又、モロッコの旅、続編をアップします。皆様の、ブログへも、お邪魔したいと思います。
2008.04.12
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エミュレーツ航空、カサブランカ発ドバイ行き、EK752欠航です。機内に乗り込み、5時間待ったあげく、欠航となりました。一応、エミュレーツが手配したホテルに宿泊ですが、バハレーン空港で、運転手のフセインが待っています。連絡が取れません。一応、たった今、ホテルの無線ランが繋がり、会社の方にメールを送れましたが、サウジは、夜中の2時。起きて、すぐに、メールを見てくれたとしても、フセインは、空港で、徹夜待ちです。エミュレーツ! ダメですよ。 お奨め出来ません!
2008.04.11
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王宮は見せて貰えず、写真も撮らせて貰えず、追い払われて、すごすごと引き下がって来たことは、既報の通りです。けったくそ悪いけど、歩いていると、そう言う気分も変わります。歩くってのは、気持ちいいものです。人間本来の姿だからでしょうか?エル・バディ宮殿を目指して、歩いています。これが、マラケシュの一般人の住居であろうかと思います。こう言った、若干赤みがかった色の建物が、圧倒的に多いです。調度12時、お昼の時間になりました。おいしそうな、清潔そうではないですが、街の串焼き屋って感じのお店があったので、入って見ました。たった、こんだけです。質素な昼食ですねー。9DH、130円。安いのだから、仕方ありません。味はまぁまぁです。ついでに、本日、食べたり、飲んだりしたのを、載せます。歩きつかれて、一休みに飲んだ、コーヒーです。6.5DH。結構高いです。街を歩く人々を眺めながら、ゆっくり飲みました。夕食もついでに、掲載しますね。豪華に、ミックスサラダです。これが、問題になったタレ。昼も食べた、ソーセージ。魚のフライ。多すぎます。ちょっと油っぽ過ぎますが、白身魚でおいしかったですよ。問題は、支払いの時。メニューには、ソーセージ20DH、魚20DH、サラダ5DHってありました。ですから、頭脳明晰でない僕の計算でも、合計は45DHとなります。ん? 合ってますよね?ですが、タレが一皿、5DHで、合計55DHだと言うのです。「そりゃー、ねーだろー!」 むむむ! ムカッとして言いたい場面です。例え、1円也とも、理に適わぬお金は、出さない主義なのであります。これは、ケチとは申しません。きちんとしたリッパな生き方と理解して頂きとう存じます。ですけど、隣に綺麗なフランス人のおばさんが二人いたので、「ケチな日本人だなー、日本人は、だから嫌なのよ」、などと、日本人全体の印象を悪くしたらこりゃー不味いっぺ! と思って、渋々、何も言わずに支払いました。でも、これって、絶対におかしいですよね?旅人に不快の念を感じさせる不届きな輩には、きっとアッラーの、お怒りがいつの日か、ドカンと落ちる事でありましょうや。ふん!
2008.04.09
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さぁー、マラケシュ、丸々1日フリーであります。どこへ行きましょうか?街には、大型の市内観光らしいバスが走っています。そして、明らかに市内観光用の、馬車も走っています。しかし、そこは、健脚自慢のバックパッカー、貧乏なバックパッカー。見所は、そうそう、遠くもないようなので、歩いて見て廻る事にしました。まずは、メディナの南方にある、アグノウ門を目指します。これです。王宮の近くにある門でした、いくつも門はありますが、これが一番美しいようです。スルタンが宮殿に行くために使われたらしいですが、死刑にされた罪人の首も晒したとのことです。やだなー! 死刑には、なりたくねー!門の上に、でかい鳥が巣を作っています。この鳥、カタカタとか、嘴をたたいて鳴いて、門や城壁の上の、沢山巣を作って住み着いております。これって、コウノトリですかねー?すぐそばの、ホブ門も見ていたら、馬車がやって来ました。その向こうに見えるのが、アグノウ門です。ほら、ここにも大きな鳥が巣を作っています。やっぱり、コウノトリでしょう? 大量にいますぞ!次に行きましたのが、サアード朝の墳墓群です。観光客は、欧州系ばっかりですねー。ほとんど100%そうです。中には、はっとする美人もいますし、しゃがむと、半ケツになる女性もいます。(注:半ケツとは、お尻の割れ目が見えることを言います。)半ケツは、この際、関係ありません。欧州系が、ずらリ並んで、お墓を見るのを待っているのです。僕は、お墓に興味はありません。どんなに豪華でも、お墓なんぞに興味はありません。しかし、10DH支払ったので、全部見ることにしています。サアード朝、1549年から1659年の、歴代スルタンが葬られていると言う事で、大きなお墓群です。大きく3つの部屋に分かれてました。庭にもお墓らしきものがありましたね。で、次は、エル・バディ宮殿へ行こうとしました。この辺りだろうなー、と思った頃、欧州系の高校生くらいに思える、美女集団が、歩いて行くのが、見えました。おー、これはしめた。後を着いて行けば、宮殿にいけるぞ! おまけに形の良いお尻の大群じゃわい! しめしめ。と普段から真面目な顔を、さらに真面目にして、歩いたのです。しかし、かなり歩いても、宮殿は出てきません。変りに、青空市場が出て来ました。野菜なんぞを見ていたら、美形お尻軍団は、どっかにいっちまいました。どこへ行ったら、良いんじゃ?全く、どこの国でも、男を騙すのは、女に決まっています。え? 騙されてない? お前が、付いていっただけだろう? って?はい、そうでした。すいませんです。で、止む無く、歩きます。かなり歩きました。聞きながら歩きました。そしたら、こんな広い所に出ました。しかし、偉そうな門番が、3人もいて、「しっしっ!」って言うように手で、この私目を、追い払うような手つきをします。失敬な! こいつ死刑にしたろか!と思いましたが、その権限も、力も、お金も、何にもないので、すごすごと引き下がって参りましたです。写真を撮ろうとしたら、あいつ、それさえもダメだ、と言いやがるのです。くっそ! と思って、写真、隠し撮りしました。ざまーみろ!ですが、この上の写真は、別物で、城壁の中に、丸く通路がありますが、その向こうの右手に王宮の入り口があります。そこは撮ったらイカンと言うのですねー。けち臭いやっちゃ!
2008.04.06
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CTMバス乗り場から、メディナまで歩き、ホテル探しで、歩き廻り、もう疲れきっております。4時間近くウロウロしたのですから。しかしながら、旅の目的は、歩くのではない。ホテル探しでもない。と、気付き、重い足をひきづり、スークへ行く事にしましたです。何故なら、このスーク見ずして、マラケシュを語るなかれ!マラケシュを見ずして、モロッコを語るなかれ!と言われているのです。え? 誰が言ったか? ですと?あぁ、あのアジアの星一番さんです。ふふふ、と笑うなかれ!ここ、マラケシュは、世界遺産であり、選ばれた理由の一つに、スークもあるのです。ここは、アジアの星一番さんを、信用しときなはれ。なにー! 信用ならんですとー! むむむ! じゃが、肉じゃが、ここのスークは、ほんとに大きいのです。と、ガイドブックが言っております。世界最大である、とも言っております。こんな所が、延々と続きます。衣料品、香辛料、装身具、皮革製品、木彫り品、陶器、銅製品、カーペット、何でもあり、です。延々と、1キロに近いほど、歩いたでしょうか?小さな門があり、スークの外に出たようです。でもお店はありました。そこを歩くと、小さな広場があり、こんな建物がありました。クッバ・バアディンと呼ばれるもので、12世紀に建てられた、水利設備だとのこと。水利設備には見えない、立派なものですねー。この貯水池の水は、50キロほどあるアトラス山脈から流れて来るのだそうです。そして、その隣に、ベン・ユーセフ・モスクです。メディナの中で、最大のモスクだそうです。さて、又、スークを戻り、フナ広場にやって来ました。屋台が並んであります。食い物です。腹も減りましたので、夕食です。おー!羊の頭が置いております。屋台のおっちゃん、心臓だの、脳みそだの、と日本語で説明してくれます。頭の良くなる脳みそは、欲しいけど、羊の脳みそは食べたくはないぞな。これが足だと言うので、食べてみる事にしました。お皿に、盛ってくれます。フォークもスプーンもありません。どうやって食べるのかと見ていたら、隣のフランス人カップルは、手で食べていました。熱いのにねー。パンを千切って、肉を親指にくっつけて食べるようです。食べ難いです。これに、お茶を飲んで、16DH。安いですねー!別の屋台にいって、スープを飲みました。このスープの屋台が、一番混雑しています。1杯3DH(50円)と安いからかなー? この鍋に大量に入ってます。これが、マメスープです。ハリラと言うようです。羊肉で出汁をとり、マメ、タマネギ、トマトなど細かく刻んで、煮込んだもの。とろ~りとして、うまいです。フナ広場の屋台は、これから夜に向かって、さらに活気が増して行くでしょう。僕はと言えば、バスの移動と、2万歩も歩いた疲れより、活気はなく、まだ薄暗くなったばかりなのに、早めにホテルに帰り、就寝予定です。
2008.04.05
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タジンも食べたし、さて、ホテル探しです。候補は、二つ。ホテル・アリ → 欧米人に人気あり、ネットも使い放題。 シングル160DH、ダブル250DH。ホテル・ミモザ → 清潔で、モロッコの女性グループにも人気あり。 シングル50DH、ダブル100DH女性に人気と言う言葉に惹かれ、ホテル・ミモザへ行きました。調度、受付の青年が、食事中で、テラスで待ってくれってんで、屋上に登りました。おー! フナ広場と、その向こうに、クトゥビアの塔が見えます。しかし、待てど暮らせど、受付の青年が着ません。20分を過ぎて、痺れを切らせて、1階に降りて行きました。何しとったのか知らんけど、まだ、パンを食ってます。仕方ないので、まだ、待つ事にしました。何せ、モロッコ女性に人気のホテルって言うのですから。さらに待つこと10分。やっと、部屋を見せて貰いました。まぁまぁの部屋だし、机もあるし、ここにしようと思って、バックパックを開けて、荷物を全部、机とベッドの上に出しました。そして、部屋代を支払いに行くと、120DHだと、言いおります。えー? トイレ、シャワー共同は、50DHじゃーないんか?と聞くと、いや、あの部屋はダブルなんだ、と言いおります。しかし、ダブルでも、100DHじゃーないんか?と聞けば、それは、古い。今は、120DHじゃ。とのたまう。くっそー! そんなら、別のホテルに移る!と言って、せっかく、部屋中に広げた荷物を、詰めなおしました。ったく、腹立つなー。待たせるだけ、待たせて、あれは、何じゃ!女性にだけ、優しいのではないのか? そんなホテルはダメダメ。と、メディナの安宿の方へ歩いて行きます。フナ広場の端を歩きます。すごい人だかりです。縁日のようです。しかし、今は、それを覗き込むそんな余裕ありません。ホテル探しです。横目で見て、先を急ぎます。こんな道路の、さらに、わき道へ入ります。そして、ホテルを5軒も見て廻った頃、気付きました。 トイレ、シャワー共同シングル 70DH → 全て満室 トイレ、シャワー共同ダブル 120DH → これしか残っていない。どのホテルも、ほとんど同じ値段で、部屋もほとんど同じ内容です。しかも、机がなかったり、コンセントさえない部屋もあります。パソコン使えません。 いやー、困った、困った。ホテル・ミモザにしとけば、良かったかいな? と若干、後悔の気持ちが湧いて来ましたが、なにくそ! 日本男児ここにあり!ってな気持ちで、さらに探すことにしましたぞな。安宿が、ここに40軒程度あるでしょうか?僕は、その半分以上、見ました。ホテルアドバイザーになれそうです。しかし、やはり、同じです。いい加減、疲れて来たし、これなら、もう少し高めのホテルにした方がいいかな、と初心貫かずの方針転換です。安宿群からちょっと離れた所にある、ホテル・ド・フコール。ここなら、シングル210DH、これが満室でも、ダブルが290DH.サウジ出稼ぎの金もあるし、まぁ、今夜は贅沢しよう。と、そっち方面に移動です。すると、その途中に、ホテルがありました。面倒だけど、寄ってみるか、と、そう思ったのです。当たり!ダブル90DHがありました。シャワー室も近く、お湯もばっちり出ます。探し回った甲斐がありました。ホテルチェックイン、16時。1時間半も、ホテル探しに費やしました。
2008.04.04
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サハラ砂漠に来ています。メルズーガと言う、砂漠へ入る基地見たいなところですが、ネットカフェがありました。日本語が、読み書き出来るので、喜んだら、WORDのソフトが入ってません、USBに入れた、文書を取り出せず、今は、リアルタイムの書き込みです。しかし、皆さんの所へ、お邪魔して書き込みしようとしたら、何名かの方は、楽天に登録しないと書けませんと、エラーになってしまいます。色々と、面倒ですねー。サハラ砂漠、良かったですよー!素晴らしいの一言。らくだに、往復4時間も乗りました。
2008.04.02
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