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写真が、又、容量オーバーとなりました。 下記の、Ver4へ引っ越します。貧乏旅人 アジアの星一番が行く 世界への旅今後とも、よろしく、お願い致します。常連の皆様へVer4のお気に入りに登録するので、Ver4の方へ、一度コメントして下さるよう、お願いします。
2008.11.20
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2008年11月18日(火) 62日目この日は、世界遺産:ハンピの東遺跡群を見に行きました。その道中にて、おや? 一寸法師か? と言うような舟を見ました。あらー? こちらには、女性が二人乗っています。一寸法師ではないですねー!網を投げ入れています。女性の漁師さんですな。この辺りの実用舟のようです。こんな感じで漕いでいます。中は、こんな風に作られています。 トゥンガバドラー川です。この川でも、一寸法師風の、舟が渡っていました。お、おおー! 黄色いサル発見!いや、違います! 笑っています。少女ですよ? 何しているのでしょう?この木に登っています。これです。これを取っていたのです。ハッティとか言っていました。一つ貰って食べましたが、あまりおいしくはありません。味があまりないのですよー。一緒に、取ったり、拾ったりしていたら、仲良くなりました。彼女達、手には例の、ヘーナ(Heena)って言うのかな? スペルからすると。それを、手に描いていましたので、写真に撮らせて貰いました。
2008.11.20
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2008年11月18日(火) 62日目ハンピはヘンピ(辺鄙)な、ところにあります。しかし、ハンピはハンパ(半端)でないほど、素晴らしい村です。ハンピ - ヘンピ - ハンパ おー! 繋がっとるのー!いきなり、面白くもない、オヤジギャグで始まりましたが、ほんとに辺鄙な場所なんです。世界遺産なのに、大きい都市からの直通バスもないし、町とも言えない村なのです。しかし、世界遺産の遺跡だけでなく、この辺りの雰囲気も素晴らしいのです。ほんと、半端でないほど、良いのです。原則、1日1回で、 ブログは纏めて来たのですが、ここは、1回ではとても、とても、描き切れません。従いまして、たぶん、5~6回になろうかと思います。それほど、お奨めなんですよ!それでは、「世界遺産ハンピ巡り」、始まります!============================ケララ州の天候は、真っ青な青空がなかったような気がします。やはりカメラのせいではないですね。タミールナードゥのマドゥライ以来、完璧な青空はなかったです。本日も、完璧とは言い難いですが、青い空が少し顔を見せています。ここが、ハンピのメインストリート、地元の皆さんはバザールと呼んでいます。バス停を出るとすぐバザールですが、そこを左手の一番奥が、ヴェルーバークッシャ寺院です。典型的なヒンドゥー寺院です。本日は、歩いてしか行けない、東遺跡群を見に行くことにしました。確かに、このように、岩ばかりで、車も自転車も、通ることは不可能です。 岩の道を登りきったところ、突然、寺院が見えて来ます。これが、アチュタラヤ寺院です。さらに歩いて近づいてみると、参道がこんなにも長いのです。隆盛期は、すごい寺院だったのでしょうねー! さすが世界遺産です。判り難いでしょうが、寺院内の建物を、3枚お見せします。 これが、参道の片側です。ここは柱しか残っていませんが、この上に屋根もついています。気温は、それほど高いとは思わないのですが、ずっと歩いていると、汗も出てきます。その分、そよ風か、気持ち良いのです。喉が渇いたので、ココナッツで、喉を潤おします。14ルピー、30円位です。そして、ハンピのハイライトと言われる、ヴィッタラ寺院にやって来ました。しかし、ここは、現地人10ルピーに対して、外国人は、250ルピーも入場料を取ります。白人のおばはん、こんな差をつけるのは異常だ! と怒っていました。ですが、旦那さんらしき人が、入場券を2枚買ってきたようです。アジアの星一番は、と言えば、入場するか迷っています。そしたら門番が、「この後ろの小山の上へ登れば、全景が見えるから、入らなくても良いよ」、とかアドバイスしてくれるもので、せっかくの世界遺産、入らずに帰りました。しかし、幸運の女神が、アジアの星一番の後ろに控えているのか、ここで、入場しなかったのは、大正解だったのです。
2008.11.20
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本日、2回目の更新です。世界遺産の街、ハンピなので、ネットカフェは沢山あり、その点は、問題ありません。==============================2008年11月17日(月) 61日目さて、ハンピへ向かいます。フセインの故郷、ケララ州は、とっくに過ぎ去り、マイソール、バンガロールと、カルナータカ州です。向かっている、ハンピも同州です。実は、始めの計画では、ハンピへ行く予定はありませんでした。バンガロールからゴアへ行き、ムンバイへ抜けるつもりだったのです。しかしながら、コヴァーラムで、プリー以降、初めてあった日本人の方より、ハンピは、最高だった、と聞いて、急遽、予定を変更したのであります。さて、バスです。最高級バスでなく、普通のローカルバスです。しかし、客が少なく、乗り心地も最高です。座席が、布製だと埃を吸って、綺麗そうに見えても、叩くと、ゴホッゴホッっと咳が出るくらい、埃が出ます。ですが、このように、ポリ製だと、拭けば綺麗になります。 道路も片側2車線で、インドでは、初めてかなー? こんな高速道路は。道路状態も良いので、ガタガタしないし、高原なので、風も爽やかだし、いやー、夜行列車にしないで良かったなー! 100ルピー程度の手数料支払っても、バスの方がよかったわい! とニコニコしながら思いました。注:全線がこんなに良い道路ではなく、本日走った、全体の半分程度は、 この位で、残りの半分は工事中か、ガタガタ道でした。車窓には、山も見えて来ます。 あれ? 何か風車のようなものが、沢山見えますねー!エジプトの紅海沿いにも沢山ありました。風力発電やっているのですねー!そこを過ぎると、荒地か、畑が続きます。北インドや、南インドのように、稲作は出来ないようです。畑がずっと続きます。 バンガロールからハンピへの直接のバスはありません。ホスペットと言う町へ行き、そこから、乗換えで、ハンピへ行きます。朝、汽車のチケットを1時間掛かって、キャンセルし、その足ですぐ、9時20分のバスに乗って出発しました。ハンピ着は、19時35分。本日も、10時間のバス移動でした。夜も遅いので、気に入った宿ではないのですが、取り合えず、1泊ここに泊まります。SHIVA GUEST HOUSE と言います。250ルピーですから、エアコンなしの水シャワーのみです。食事に行ったら、レストランに、Arabic Heena と言うデザインブックが置いてありました。中東では、よく見た、ヘンナとか言う手に施すものです。こう言うのが、あるのですね。これを見て、注文するのでしょう。足用のデザインもありました。
2008.11.19
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2008年11月16日(日) 60日目マイソールへ昨夜遅く着き、午前中、マハーラジャ宮殿を見ただけなのに、もう、バンガロールへ移動しています。エアコン付き、デラックスバスです。たった3時間のバスの旅なのに、225ルピーもします。バス内もデラックスですが、値段もデラックスです。金持ちばかりなので、車内も落ち着いています。因みにこれが、最高級で、次が、175ルピー、最下位が、確か125ルピーとか言っていたと思います。バンガロールは、とても大きな都市です。インドの田園都市と呼ばれているらしいですが、長距離バス停や、汽車のシティ駅周辺を廻っても、そう言う雰囲気はありません。この日も、夕方5時半にバスで着いたので、バス停近くの宿にしました。370ルピー、800円弱です。明日の夜行の列車のチケット(バンガロール→ハンピ)は購入済みです。ですが、買った時から、今でも、ずっと迷っています。夜行列車でなく、バスで行こうかなー? と。スリーパー席しか買えてないし。一晩、迷った末、やっぱりバスで行くことにしました。朝、一番で、シティ駅へ行って、チケットの払い戻しをしました。バンガロール →ハンピ 213 →159ルピー(-54) 25%減ハンピ →ゴア 182 →142ルピー(-40) 22%減何と、取り消し手数料を、25%も取られてしましました。まぁ、しかし、バスですぐに移動できるので、よしとしました。と言うことで、バンガロールは、全く市内の見どころも足を運ばず、全く見ないで、素通りすることになりました。何で、そんなに先を急ぐのか分かりませんが、まぁ、一人旅ゆえ、気の向くまま、行きたい時に、行きたい所へ行くのです。痒い痒い病ですが、痒さの峠は越したようです。しかし、まだ、ポツポツノ内部に、痒みの元が残っていますので、もう2~3日は、痒さが続くものと思われます。こんな写真アップして、気持ち悪いですねー! へぇ、すんまへんでした!身体中に、こんなのが出来ているのです。
2008.11.19
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2008年11月16日(日) 60日目昨夜は、マイソールに、午後9時40分に着きました。それから、宿探しでしたが、行く宿、行く宿、どこも満室で、参りました。ここは、標高770mなので、エアコンは不要です。ですから、安宿に泊まろうと目星を付けておきました。しかしながら、バス停近くは、満室です。あるのは、エアコンも付いてないのに、600ルピーとか、高い部屋です。夜も遅いので、オートリクシャーを捉まえて、美術館近くの安宿行きました。そしたら、ひぇー! ここも満室です。おまけに、リクシャーの運ちゃん、メーターで行ったのですが、夜の10時を過ぎたら、50%増しだと言いやがり、かなり揉めました。「乗る前に、きちんとメーター通り、と言うことで話済みだろ!降りる時になって、50%増しはないだろ! 乗るとき10時を過ぎていたのだから、そうだとしても、言わないお前が悪い。絶対にメーター分しか払わん!」長い説明と言うか、文句を言ったのです。そしたら、ぐちゃらぐちゃら、「ホテルのフロントに、ここの運転システムを聞けだの」、何やら言ってました。が、15ルピーだけ、運転席に叩きつけて、さっさとホテルへ向かいました。ホテルは、又もや満室でガックリと、肩を落としてホテルから出て来ると、そいつ、まだ待ってました。「この野郎!まだ50%取るつもりで待ってたのか! 勝負すっか!」と思ったら、先ほどの勢いはどこへやら、ニコニコしています。バス停近くまで戻りました。リクシャーの運ちゃん、今度は、15ルピーなのに、「サンキュー!」、とか言って喜んでました。何が50%増しだったのでしょうか?こんな部屋しか見つからず、450ルピーです。夜、遅く着くのは、考えものですねー。安ホテルが見つからなかったら、ある物、みんな着て、ショルダーバッグを枕に、バックパックは、鎖で身体に付けてロックして、公園のベンチか、路上に寝なければならないか?とまで思いました。見つかって良かったです。まだ、路上生活者にはなりたくないのです。さて、前置きが長くなりました。(いつもの、事ですが・・・。)マイソール最大の見もの、マハーラージャ宮殿への道を急ぎます。おー? 宮殿の一部かな? と思ったら、単なる道路の中央にあるものでした。南門まで来ました。門は四方にあるのですが、南門からしか入れません。面倒ですが、仕方ないです。写真撮影は禁止との事であります。「200ルピーも取って、撮影禁止かよ!」と怒りたい所です。インド人は、ここでも20ルピーです。バングラデシュの世界遺産、バゲルハットで、バングラ人に成りすましたように、又、インド人に、成りすますか? と一瞬、黒マジックを探しました。そんなもの、都合よくある訳ありませんし、塗ったら、後が面倒です。ですが、あの時、反省し、多少のお金は支払う事に決めたのを思い出しました。僕の隣で、白人のおっさんも、迷っていたようですが、意を決したように、財布を出しました。よって、僕も財布を出して、晴れて入門したのであります。この上の写真を撮ったあと、「カメラは持込禁止じゃ!」、と、預り所へ行くよう係員から、指示がありました。200ルピーも取って、その上、カメラ預り料を、5ルピーも取るのです。「ぼったくりじゃーねぇーかー! このー!」、と怒りがこみ上げて来ましたが、計算してみりゃー、たったの10円ですから、「まぁ、いいか!」、と怒りを納めたのであります。そして、その宮殿へ入る時に、靴を脱がされます。そして、それを預けねばなりません。そしたら、又々、金取るのです。「いい加減にせぇーや!」、と思いましたが、0.5ルピーです。計算してみりゃー、1円です。まぁ、1円くらい、払ってやろうじゃーねぇか、と、気前良く、1ルピー出したのです。「釣りはいらねぇー、江戸っ子でぇ~!」、などとは、言ってません。1円だろうが、2円だろうが、きっちり、筋は通します。貰います。返して貰います。ところが、下足番のおっちゃん、お釣りをくれません。1ルピーだから、2円です。1円のお釣りを貰わねばなりませぬ。「お釣りを、よこせー!」、と言ったら、下足番のおっちゃん、何を血迷ったか、ヒンドゥー語か、何語か分からん言葉で、グジャラグジャラ言うので、こちらも「はよー、お釣りをよこせ!」、ともう一度言いました。そしたら、血迷った下足番、預り券を、この僕から、奪い取ろうとしました。「なにすんじゃー、このー!」、と、その後は、日本語で、「たかが1円であろうと、お釣りはきっちり返せ! 何を考えているんじゃ”! ドアホ!」、と叫びました。廻りの人たちは、「何事があったのか?」 と僕と下足番を見ています。こうなったら、後へ引けません。何て言ったろか? と思案中、下足番の奴、1ルピーを返してよこしました。「俺はな、1ルピーを返せっていっているのじゃーないの! お釣りの0.5ルピーをよこせと言っているんじゃっよ!」、」、と、先ほどからの続きで、日本語で言います。しかし、1ルピーを受け取りません。押したり戻されたり、の繰り返しです。怒った顔しているし、どうなってんじゃ? と思いましたが、ひとまず、この勝負には僕が勝利した訳であります。1ルピーを財布に納めて、宮殿内部の入り口へ向かいました。しかし、何とも、すっきりしない精神状態です。宮殿入り口での、荷物チェックも厳重です。人は、どえらく多いし、うんざりします。たった20ルピーしか払わん現地人と、大枚200ルピーも支払った、貧乏外国人も同じ待遇です。ちったぁ、差別待遇せぇよ! と怒鳴りたくなります。何だか、近頃、怒りっぽくなってませんか? アジアの星一番さん?そう言えば、怒りっぽいかなー? 精神状態が不安定みたいです。「外国人の方は、こちらへどうぞ!」、物腰の柔らかい、英語の流暢な男性が、言いました。その手の先の方を見ると、ガイド何とか、とか、書いてあります。そちらへ行くと、入場するか迷っていた白人が、「2000ルピー!」ってな、素っ頓狂な声を出していました。見ると、それはデポジットであって、外国人には、無料でイヤホン付きの音声ガイドを貸してくれるようなのです。う~ん、これには感動しました。外国人からは、ふんだくってやれとばかり、高い入場料を取っておきながら、何のサービスもない観光名所がほとんど全部でした。しかし、ここは、何と、気の効いたサービスをするのでありましょうか?おまけに写真つきのガイドブックも無料で配布されました。一部をお見せしましょう。ヒンドゥーの神様が、悪人をやっつけたところが、絵になっております。当時の様子を示す絵画や、肖像画などが、壁には飾られています。王家の使った部屋も、見る事が出来ます。これが、宮殿の中の、一室です。実物は、もっと素晴らしいです。全体の造りと言い、宮殿の中と言い、パリのベルサイユ宮殿を思い起こさせます。(言っときますが、ベルサイユ宮殿は、2回行ってるので知ってます。)この、マハーラジャ宮殿、素晴らしいです。アーグラのタージ・マハルに匹敵する素晴らしさです。タージ・マハルは、お墓であり、ここは宮殿なので、比較にはならないと思いますが、それほど、素晴らしいです。お金がかかっているなー! と言う造りと、内部です。1897年から16年の歳月をかけて造られたそうですから、まだまだ、最近の建物です。マハーラジャとは、インドの王様の尊称なので、マハーラジャ宮殿と言うのは、他にもきっとあるのでしょう。しかしながら、ここのマハーラジャは、インド最高の大金持ちの争う藩主であったとの事ですから、この宮殿のすごさが分かります。外から見た、マハーラジャ宮殿です。追記宮殿の内部を見てから、靴を取りに行きましたが、その時に、1ルピーをきちんと支払いました。下足番のおっちゃん、普通の態度で、0.5ルピーを返してくれました。どうも、あの時、お釣りがなかったようです。あんまり、怒ってはいけませんね。日本人の評判を落とします。怒りっぽくなったり、イライラしたりするよなー? と自分でも感じていました。なんでやろ? と考えて見ましたが、思いつきません。旅慣れして来たからなのか、旅に飽きて来たのか、あまり良い傾向ではありませんね。気を付けましょう。
2008.11.18
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2008年11月15日(土) 59日目身体中が、痒くて仕方ありません。蚊ではないです。蚊対策は常に万全を期しています。そして、蚊ならば、どこを刺されたか、概ね分かります。今、蚊には刺されないであろう、お腹や、背中、太股の後ろや、側面なども痒いのです。一直線に10個位プツプツが出来ている箇所もあります。チェックして見たら、その痒い所のどこも、ムシ刺されの後のように、プツプツが出来ているのです。昨夜の宿、アレッピーのベッドに、南京虫でもいたのかなー?ボディボードで傷ついた、お腹は、カサプタのようになっていて、痒くはありません元々、虫刺されの後の治りが悪い体質で、掻いてしまうと、ひどい時は、ジュクジュクといつまでも、治らない時などもありました。持参のメンタームのかゆみ止めを塗って、出来るだけ掻かないようにしています。それから、インドへ来てから、首から上、顔と首がベタベタして仕方ありません。汗を掻くからかなー? とも思いましたが、サウジでは、汗はもっと掻いたと思いますが、そんなにベタベタした記憶はありません。食べ物のせいかなー? いつだって、カレー定食食べてますから。カレー定食がない夕食時は、フライドライスばっかりです。どっちも油が多いでしょうか?そう言えば、日本食は、コルカタの元勤務した会社の寮で食べさせて貰ってから、1回も食べてません。食いてぇーなー! ポカラのカツ丼も、うまかったなー!食事のせいでないとすれば、湿気のせいかなー? 脂ぎっているのです。いずれにしても、顔を洗える時は、いつでも洗ってます。さて、コーチンは、ネット屋はあるのですが、日本語の使用できる所は、一つも見つからなかったし、大体、見どころも見たので、移動する事にしました。コヴァーラムでゆっくりしたせいか、何だか、調べて移動するのが億劫になっています。リゾートモードから、旅モードに移行していないようです。どこに、そのモードスィッチがあるのかも分かりません。心の中なのかなー?これから、インド内陸部のマイソール、バンガロール、ハンピなどを廻って、再び海岸部のムンバイへ出ようとしています。リゾート地のゴアはパスしようと思っていました。(コヴァーラムで堪能したので。)昨日、汽車の切符を買いに行ったら、コーチンからバンガロールまでは、全て売り切れで席がありません。バンガロールから、ハンピまでは、エアコン席の2等も1等も売り切れです。仕方なく、スリーパーと言う代物に、初めて乗って見ることで、購入しました。ハンピから、ムンバイまでの直行列車がないと言うので止む無く、ゴアまでのチケットを購入しました。インドの汽車での移動は、チケットの購入が面倒ですね。切符を買ってしまってから、これで良かったのかなー? と反省仕切りです。後ろでは、インド人が並んで待っているし、係員もあまり親切でないので、滞在日など、慌てて頭で計算して買ってしまったのです。ゴアへ行く気ないのに、ゴアまで買ってしまいました。と言うことで、コーチンを後にして、マイソールへ出発です。お馴染みのバスに乗ります。さて、次の写真は何でしょうか?物置棚の鉄の棒と、つかまる為の鉄の棒の間にある、細い紐に注目です。バスの後ろの方へ辿っていくと、こんな風に、垂れ下がっているのもあります。バスの後部座席から、一番前の運転手の横まで続いています。一番前には、鐘のようなものが付いています。 さて、これは、何でしょう?正解は? 乗務員から運転手への連絡用です。降りる客がいる時は、「チン!」、と1回鳴らします。「止まって頂戴!」って合図です。「チンチン!」、と2回鳴らすときは、「出発して頂戴!」って合図です。仲々、風情があって、よろしい合図ですねー!乗務員が、どこにいても、後ろから前まで延ばされた紐で合図を送れます。これは、ケララに入ってからのバスに付いていたように記憶します。北インドの方では、乗務員がドアをバンバン叩いて、「出発しろ!」って合図を送っていました。それはそれで、迫力あって面白かったですが、風情に欠けます。どこだったかなー? タミルナードゥのどこかだったか?笛を乗務員が持っていて、「ピッピッピッー」、と耳がうるさい! って怒るほど鳴らしていました。全インドのバス、このケララ方式を、採用して欲しいですねー!そしたら、世界中から「チンチンバス」って名称で親しまれるでしょう。コーチンからトレッショー。トレッショーからカーリカットカーリカットからマイソール。バスを3回乗り換えて、海岸沿いから内陸部へ向かいました。カーリカットを出発すると、ほどなく、山を登り始めます。椰子が少なくなって来ました。標高は、どの程度でしょう? 涼しくなって来ました。お茶畑が見えて来ました。コーチンを、朝7時10分出発。マイソールには、夜の9時40分到着。本日は、14時間30分の、バス移動でした。あぁー、ケツ痛ぇー!
2008.11.18
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2008年11月14日(金) 58日目女子高校生に惑わされて、余分な時間を食ってしまい、ギリギリ、セーフで、船の出発時間に間に合いました。これが、船です。バックウォーターの船とほぼ同じですねー。コーチンは、島が多く、ジェッティーから、船で行き来します。今は、観光船に乗っていますが、実用船も多く走っているのです。電車やバスの到着する大陸側から、一つ目の島が見えます。おおー! 懐かしい! ローディング・アームが見えて来ました。僕も、今は、失業中ですが、元エンジニアーの端くれ、これを買って据え付けたこともありました。ローディング・アームとは、船から液体を陸揚げする時に使用するものです。ま、言って見れば、ロボットの腕みたいなものであります。女子大生グループの乗っている船と行き違いました。皆さん、イェーイ! とか、やってます。コーチンの女性達は、乗りが良いですねー!コーチンに住みたくなったです。(単純な脳じゃのー!)これが、チャイニーズ・フィッシング・ネットと言います。バックウォーターでも沢山見ましたが、ここ、バスコ・ダ・ガマが埋葬された、一番、海側の半島にも、沢山ありました。中国人が、持ちこんだ、漁法のようです。外側の半島、フォート・コーチンへ上陸しました。こんな魚が獲れます。(大きいのは、外海で獲ったものだと言ってました。)これを、ここで買うと、近くのレストランで、料理してくれます。因みに、大きい海老7匹で、200ルピー、400円位でした。聖フランシス教会です。ポルトガルらしいですねー! (行った事ありませんが・・・)マッタンチェリー地区です。全くインドらしくない雰囲気ですよね。地中海沿岸的な雰囲気が漂っています。長いこと、ポルトガルに占領され、その後、オランダに占領され、日本にも2年ほど滞在し宣教した、フランシスコ・ザビエルの宣教の本拠地としても知られるように、古くから、欧州人が居住したからでしょう。本土側に戻って来ました。多くのインド人達が、海を眺めています。綺麗に整備された護岸歩道です。涼みながら、歓談しながら、愛を語り合いながら、中には、手を握り合いながら、沈みゆく夕陽を、皆で見ているのです。追記コーチンは、いや、ケララ州全体に言えることで、コーチンは、その代表かも知れませんが、町全体が綺麗です。北インドとは、そこが異なります。動物が少ないせいでしょうか? 牛も道路を歩いていません。従って、糞も落ちていません。地元の人たちも外国人だからと、興味津々で、声をかけて来る人も少ないです。又、金儲けの為に、しつっこく声をかけて来る人も少ないです。過ごしやすい、居心地の良い、地域ですねー。今の所、インドで住むなら、ケララ州かなー? と感じます。フセインの奴、こんなのんびりした所で育ったもので、ボォーっとしていたのかなー? いや、生まれつきかな? 生まれつきだな、やっぱり。何度、キャディの仕事を教えたか分かりませんが、最後まで気の効いたキャディにはなれませんでした。どうしているかなー? ちょっと脳が不足的な面はありましたが、良い奴ではありました。脳が不足的と言えば、僕もそうなので、調度良かったのかも知れませんね。どっちかを選べって言われたら、忙しないアシュラフよりは、フセインの方を選ぶでしょう。
2008.11.17
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honjitu wa nihongo kakemasen.sumimasen ga comment muri desu node gokanben wo!====================================2008年11月14日(金) 58日目本日は、コーチンって言うタイトルで書きます。え? 何でインドの旅の途中で、名古屋コーチンのことを書くのか? ですと? 違いますなー! そのコーチンとは、似ても似つきません。そのコーチンの出どこは、中国ですから。え? スケベーになったなー! ですと?ビートたけしの言ったコーマンの男版、コーチンについて書くのか! ですと?ち、違います! いくらヒンドゥー教で、リンガに感化されたからと言って、そんな事を書く訳がありませぬー! ぬぬぬー! ありませぬー!アジアの星一番にとって、もっとも遠い所にある言葉が、スケベーなのです。で、コーチンとはですねー、バスコ・ダ・ガマが、ここに到達した地なのです。ヨーロッパ人として初めて、アフリカ大陸南端の喜望峰を廻って、辿り着いた人ですね。その人の遺体もここに埋葬されていました。(ずっと以前に、掘り返されて、故国へ送られたそうですが。)と言った事で、インドとしては、異国情緒溢れる都市なのであります。朝、バックウォーターの町、アレッピーからバスで、そのコーチンへやって来ました。1時間半で着きます。宿にチェックイン後、早速、今後の汽車のチケットを購入した後、州立の観光事務所へ行き、午後の市内ツアーを申し込んできました。この時は、時間節約の為に、オートリクシャーを利用したのです。そして、午後2時出発の船に乗るので、地図を見ながら、聞きながら、ジェッティーに向かいました。しかし、どこで間違えたのか、女子高校に迷い込んでしまいました。いえー! 決して、知ってて行ったのではありませぬ。迷い込んだのです。覗きではありませぬぞ! あくまで、迷い込んだのです!しかも、校門の入り口で、女子高生に聞いたのに、そこを通って行けと、指示されたからなのであります。そしたら、何やら、学芸祭のようなものをやっているようです。制服の娘達にカメラを向けると、キャーっと言って逃げて行きます。で、帰る素振りをして、数歩だけ歩き、いきなり振り向いて、又、カメラを向けると、一斉に、キャーっと言って、逃げて行きます。面白いので、何回か、繰り返したら、中には、興味津々な娘もいまして、写真を撮らせてくれました。写真に撮りませんでしたが、最後には、全員が教室から出てきました。そしたら、今度は、きちんと着飾り、準備完了した娘さんたちが、写真を撮ってくれと、勢ぞろいです。もっと、皆さんのを撮りたいと思ったのですが、年配の先生らしき人が、「むむ、怪しき奴? 何者ぞ?」、と言う目で、近寄って来たので、慌てて逃げました。そんなことで、思わぬ、時間を食ってしまい、船の出発、ギリギリで、ようやくジェッティーに辿り着いたのです。女子高校生には気を付けねばなりません。時間を忘れてしまいます。長くなり過ぎたので、「コーチンその2」、で続きを書きます。追記ここコーチンでは、エルナクラム地区と言う、大陸側で、ジェッティーに近い場所にある、ジョーンズ・レシデンシーと言う格好良い名称の宿に泊まりました。(330ルピー、700円位です。)ここの所、エアコンなしの宿ばっかりですが、本日もエアコンなし。そしたら、ここは暑くて、暑くて眠れません。で、入り口ドアを開けて寝ました。そしたら、フロントから夜中に「ドアが開いてる」、とわざわざ、電話が来ました。親切と言うか、何と言うか、起こされてしまい、その後眠れずに寝不足です。
2008.11.16
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本日、2回目のアップです。 アレッピー、コーチンと、日本語入力可能なネット屋さんが見つからず。 リアルタイムに追いつくのは難しいです。現在、西海岸の、カーリカットと 言う町から、マイソールへの移動でバス待ちです。 ラップトップをネット屋に持ち込んで、接続しています。これだと、日本語が 書けないネット屋さんでも、大丈夫です。(11月15日) =============================== 2008年11月13日(木) 57日目 名残り惜しい、コヴァーラムから、バスでクイロンまでやって来ました。 ここは、バックウォーターの、中心となる町であります。 さて、バックウォーター(Backwater)って、何でしょうか? 英語に弱い僕は、分からないので早速、辞書で調べて見ました。 しかしながら、適当な訳がみつからないのです。 「聞くは一時の恥じ」って事で、聞いてみました。どうも、「水郷地帯」、 と言うような意味があるようです。辞書には載ってないのですがねー。 多くの川や、入江や、湖が、複雑に交錯しているようです。 本日は、その水郷を、8時間掛けて船旅をすることにしました。 これが、船です。 これが、1階席と、2階席です。 客は、ほとんど白人。インド人が3名、日本人が1名ってところです。 現地の舟も、結構、頻繁に通ります。 こんな大きな湖も横切って行きます。 ここは、ケララ州と言うところですが、ケララとは、「椰子の国」って意味だそうです。 この川の辺は、確かに椰子ばっかりです。 おー! フセインの家かな? フセインとは、ご存知、サウジでの2代目専属運転手です。 彼は、サウジ出稼ぎで、たんまり稼いでいるから、もっと良い家かなー? 岸辺の椰子の中に、このような家が結構あります。 おー! これが、フセインの家か? こんな美しい塀で囲った家も散見されます。金持ちの家なのでしょうねー! フセイン君、今は、何をしているのかなー? なんせ、8時間も水の上を走るますので、写真も沢山撮りました。 行きかう舟も、仕事用から、観光用まで、色とりどりです。 この風景を思わせる、現地の小学生の作文です。 「おばあちゃんは、川へ洗濯に行きました。 おじいちゃんと、お父ちゃんは、、川へ魚取りに出かけました。 お母さんは、川で髪を洗ってます。 お兄ちゃんは、川で歯磨きしています。 お姉ちゃんは、川へ、おしっこしに出かけました。」 お? なんや? 全部、川やないか? まだ、続きがあんのか? 「そして、僕は、川へ水泳ぎに出かけました。 川は、僕んちに、なくてはならないものです。産まれた時から、ずっと、 川のお世話にならない日はありません。 僕は、川のそばで生まれて良かったです。ありがとう! 川さん!」 おー! ええ作文やなー! アジアの星一番が、先生だったら、満点を上げるなー。 ってな、出まかせは書いたらいけませんよねー? でも、そんな情景が 浮かんでくる風景なのです。 こちらは、刈り上げた稲を運んでいる所です。 写真を撮ろうとしたら、皆さん、ポーズをとってくれました。さすが、観光地で、 観光船を毎日見ている皆です。ありがとう! 元気でな! 次は、本当に、現地生活には、なくてはならない移動手段の舟です。 潮来花嫁さんは、もう舟で行かないでしょうが、ここでは、舟に乗って 行くかも知れませんねー。 そんなこんなで、10時半に、クイロンを出発し、途中、昼食と、お茶で、 2回、休みましたが、ほぼ予定通りの8時間ちょっと前、18時15分に アレッピーに到着しました。 これは、その数十分前に撮った、夕暮れ時の風景です。 宿は、ジェッティーのすぐ近くにある、KTC ロッジにしました。部屋は、屋上に 後で閉て増したようで、コヴァーラムの宿と同様、椰子で作られています。 部屋は、すごく清潔です。これで、200ルピー、約400円です。
2008.11.15
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2008年11月12日(水) 56日目 コヴァーラム・ビーチで、ゆったりしていたら、もう5日も経ってしまいました。 インド大陸の旅も、残すところ1ヶ月程度となり、まだ、インド内陸部、 パキスタン近くの、湿地地帯、砂漠地帯、など、行きたい場所多数あります。 ネパールのポカラ同様、まだまだ、ここで、さらに、ゆったりとしたい気持ちですが、 そう言った事情により、明日、出立することに致しました。 本日も、本を読み、空を見上げ、渚を見下ろし、この景色を見ながら、 昼寝を楽しんだのであります。 そして、午後は、渚を独り占めして、ボディボードを心行くまで味わったのです。 あまりに、波に乗りすぎて、ボードに乗りすぐて、お腹が真っ赤になってます。 (日焼けでなく、ボードに擦られて) そして、シャワーを浴びて、この夕陽を見ながら、ベランダで、ビールを飲んでいます。 追記 ここ、コヴァーラム・ビーチは、派手さはないし、ビーチの砂浜も広くはなくて、 世界各国にあるビーチ・リゾートに比べれば、劣る面はあるかも知れません。 しかし、安いのが魅力であり、洒落たレストランもあり、マッサージ屋さんもあり、 日本の中古小説も入手可能であり、色々と、しつっこい手合いもいません。 過ごしやすい、リゾート地です。 追記の追記 朝、出立する時、浜辺で、現地人が、綱引きをしているのが見えました。 良く見たら、相手は、海の中です。 どうも、網を引っ張っているようです。何漁って言いましたか? 地引網でしたか? 夜になると、海の方に、光が沢山見えます。まるで、向こうに陸地があるようなのです。しかし、昼間は何も見えません。 地元の人に聞いてみたら、「あれは、漁船だ。」、と教えて貰いました。 漁業とリゾートの村なんですね、ここは。
2008.11.15
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2008年11月11日(火) 55日目 本日、2回目の更新です。時間はあるのです。 ============================なんかねー、思ったんですよ。それが、何であるか、忘れてしまいました。 くっそー! 何だたっけなー? 「そうなんだよなー!」って、我ながら思うような 事柄だったのです。 ダメです。思い出せません。 ゆったりと、波の音に、身をゆだね、時おり、ボォーっと空を見上げていると、 「あぁ、生きてるって、ええもんやなー!」、と、感じます。 そんな風に時を、過ごしているので、脳の思考もゆっくりとなったか、止まって しまった見たいな、ゆるい感じなのです。 な、何ですと? いつもボォーっとしてるだろ? ですと! 脳の動きも、いつものろいだろ? ですと! もうー! そんな事言ったらいけまへん! その通りですから反論しませんけどー、 素直に文章読んで下さいな。ようは、何も考えず、ゆったり過ごすのも、良いもんや、 と言いたいのです。 分かって貰えましたか! でも、きちんと、毎日ブログは更新しています。偉いもんですねー! で、毎日、2回行く、レストランを紹介します。 もっと良いレストラン多いです。皆さんは、きっと行かないでしょうから、参考にならないと思いますが、まぁ、そこん所は、我慢して下さい。そこそこ、キレイなレストランなのです。 僕の泊まる宿:ホテル サンセットのすぐ横の路地を入った、ずっと奥の方に あります。レストランの名前は、「KEERTHI」 キールティとでも読むのでしょう。 このレストラン、昼食に、現地で働くインド人用に、ミールス(ターリー):定食を 作ってくれます。野菜カレー定食が、30ルピー。フィッシュカレー定食が、40ルピー。 60円とか、80円ですから、何れも、ローカルが食べられる価格帯です。 安いし、うまいので、僕も、毎日、現地人の仲間入りしています。 上のと、左の下のが、魚です。マグロでしたね。 夜は、一番安い、トマトスープか、野菜スープに、チキンチャーハンか、 チキン焼きそばか、チキンビリヤニかの、2種類を食べています。 昼食と夕食、これで、栄養は充分でしょう。 これは、ホット&サワー・スープです。 ちょっと高めの60ルピーです。 そして、フィッシュフライドライス。 食事が終わって、夜の、コヴァーラム海岸を、散歩します。 このように、浜辺通りには、ぎっしりお店が並んでいます。 本日は、本を読むのも飽きたので、海に入って見ました。 僕は、透明度の高い、お魚さんが一杯いて、色とりどりの珊瑚があるような海、 そう、ダイビングが好みで、砂浜の海は、あまり好きでありません。 海の底の見えない海は、「ケッ、海じゃねぇーぜ!」、ってな、印象なのです。 ハワイのワイキキなんて、なんじゃ、これー! と思いました。 すぐ近くの、ハナウマ・ベイは、すんごく、良かったですけどね。 でも、まぁ、庶民の楽しむ、海にもたまには入ってあげよかな? と言う、 気持ちで、のっそりと出かけた訳であります。こんな所へ。 海に入っている人は、まばらです。 白人のビキニの女性が多く、その付き添いの男性が、わずかです。 波に揉まれるだけで、な~んにも、おもろーないなー!と思いましたです。 何気に、波の先を見ると、白人女性二人が、サーフボードに腹ばいになり、 気持ち良さそうに、すい~! す~い~! と、岸に向かっています。 おー! 面白そうじゃー! と、早速、サーフボードを借りに行きました。1時間50ルピー、100円です。 始めて見ると、白人女性のように、波にうまく乗れません。 「クゥー、腹立つなー!」、、と白人女性を見ると、ビキニのパンツがずれて、 日焼けしてない、真っ白なお尻と、その真ん中の割れ目までが見えてます。 「おお! こっちの方が、ええか?」、とも思いましたが、サーフボード熱中に 戻りました。 10分、20分、うまく行きません。 大きい波が来た時、波の下の砂地を蹴って、思い切りバタ足しました。 そしたら! 乗れました! すぅーーーーーっと、波の前を滑るように 岸に向かっています。 気持ち良いー! 白人女性のハンケツ見るより ずーっと気持ち良いー! 熱中しましたねー! 熱中時代です! でも、その後、全てがうまくは乗れません。結構、難しいものであります。 ま、でも、運動神経は、並以上のアジアの星一番さんですから、30分を 過ぎた頃から、要領を飲み込みました。 まず大切な事は、波を選ぶことであります。同じような大きい波でも、岸まで 辿り着かない内に消えてしまう波と、ずーっと岸辺まで続く波があります。 そのずっと続く波を見つけるのですねー。 それは、前方の波ばかり見ていては、ダメです。岸側から折り返す波があると、それとぶつかって、波が壊れてしまうのです。だから、両方を見て、一番良い波を見つけるのですねー。後は、海底に足が着いていれば、思い切り砂地を蹴り、岸に向かって 大きく足をばたつかせるだけです。それで、波に乗れます。 気持ち良いですよー! もう一つ、大きい波でも、砕け散った波は乗りにくいです。 海が盛り上がり、波になりそうな所が、一番乗りやすいようです。 サーフボード初心者の体験談でした。 サーフボード抱えて、波を捕らえに行く、アジアの星一番です。 ちょっと離れて見える人影は、白人のハンケツ美人です。(見えますか?) 追記 壊れたカシオのカメラ、売れました。1000ルピー、2000円です。 大きいですねー! この金額。 誰が買ったか? 宿の受付の男性です。 カメラが壊れた、と言ったら、「直せる」、と言うものですから、丸1日彼に 預けておいたのです。しかし、真っ白に写るのは、直りません。 でも、彼から、この壊れたカメラ欲しそうな雰囲気が、発散していたのです。 で、一旦は、日本に帰って修理に出せば直るから、と、部屋へ持ち帰りました。 翌日、「カメラ買う?」って聞いたら、「いくらなの」って聞き返して来ました。 インド人がいつも使う手、「いくらなら買う?」、と逆質問です。 何度か、同じよう問答を繰り返した後、彼は言いました。「500ルピー」、と。 「これ、新品は、15000ルピーしたんだよね。壊れたと言っても、ほとんど 使えるし、10%の1500ルピーは欲しいところだよ。」 と言って考えておくから、いくら出せるのか、そっちも考えておいて、と 気を持たせて、部屋へ戻ったのです。 雰囲気より、まぁ、1000ルピーで、手打ちだな、と思っていました。 そしたら、その後、その通り1000ルピーで買うって言うのです。 宿代、二日分と、壊れたカメラ、交換と同じです。 2台もカメラ持って歩くの面倒だなー、捨てるのももったいないし、 どうすんべ? と悩んでいた所なので、1000ルピー、二日の宿代、 大助かりです。 追記の追記サーフボードって言うと、ボードの上に立つ、サーフィンも言うようです。ボードの上に、腹ばいになって波に乗るのは、「ボディボード」って言うらしいです。知らなかったですねー。ボディボード。ボディ・ペインティングって言うのは、どっかの国の酒場でやってました。
2008.11.12
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2008年11月10日(月) 54日目最高の部屋に眠り、ベランダでは空を見上げ、飽きれば、日本の小説を読み、そして、飽きれば、美しい渚を見下ろす、贅沢な日を過ごしております。そして、ふと、足りないものが、二つあると、気付きました。一つは、まぁ、100%無理なものでありますので、足りないと思うだけです。もう一つは、願いが簡単に叶いそうなものです。サウジでは入手不可なもの。そうです、そうです、アルコール類です。ベランダの籐椅子に座って、本を読みながら、ビールを飲む、これぞ最高でしょう!で、フロントで聞いて、早速買い出しに行く事にしました。ここはリゾート地なので、レストランで飲みながら、本を読むってのが、常道であります。しかしながら、貧乏人バックパッカー、安さを求めて、一直線です。レストランでビール飲むと、90ルピーから100ルピー。(聞いた話し)しかし、バスに乗ってリカーショップで買えば、50ルピー。倍の値差です。これは、買いに走るでしょう!但し、実際に走るだけの脚力はありませんので、歩きました。これが、僕の居るホテルの浜辺です。ホテルから遠い方から写したものです。この右手には、レストラン、ホテル、みやげ物屋が、所狭しと立ち並び、空きスペースは、全くありません。コヴァーラムには、浜辺が二つあります。バスの到着するバス停に近い方と、さらにその浜辺から歩いて行くとある、浜辺の二つです。僕のホテルはバス停から一番遠い所にあります。これが、バス停に近い方の浜辺です。お? 誰かいますねー? 誰でしょうか?ありゃー? アジアの星一番さんでは、ないですか? いつも着ているのとずいぶんと違いますねー! リゾート気分ですな?って、自分のこと書くのも、面白いですねー。実は、この着ている上下、ここで買いました。持参荷物は最小にしてあるので、ズボンは1本だけ。で、海水パンツさえ、持って来ていません。この上下で、いくらだと思いますか? 正解を教えましょう。100ルピー。200円少々です。買い叩きましたが、安かったのか、どうか?それは、売る主のみ知るって奴です。この写真、僕の後ろの方を見て、覚えて置いて下さい。酒屋があるのは、VELLARって言う場所で、2Km位だって聞きました。2キロなら歩こうと思っていましたが、バス代が、5ルピーとも聞いたので、それなら2キロよりあるはずだ、と思い返し、バスに乗ることにしました。7ルピー出せば、、バスは、1時間近く走りますから、5ルピーだと、最低、10キロは、行くでしょう。途中、と言っても走り出して、すぐですが、こんな切り立った岩もありました。2キロと聞いた割には、相当走ります。どうも聞き間違いのようです。かれこれ、20分、いや30分以上走ったでしょうか? 車掌さんに、何度も、まだか? まだか? って、確認したほどです。バスを降りて、右に曲がったら、酒屋はあるって聞いたのに、ヒンドゥー教の寺院がありました。こんな所に、酒屋さんはないでしょう。車掌さん、英語が分からんもんで、この日本人は、お寺に行きたいのだろう、と、勝手に決め付けたに違いありません。(寺院は、注記参照)酒屋を探していたら、バザールがありました。バザールと言っても、中東のバザールと異なり、日本で言うデパートです。デパ地下の食品売り場(こちらでは、デパ1階でしたが)、日常品売り場、洋服売り場、などなど、ほとんどのものが、ここで買えます。パンツ2枚、ランニングシャツ3枚、靴下2足、を思い切って購入。ここには、トランクス型のパンツも売っていました。砂糖に、トイペに、ピーナッツ二袋、リンゴも2ヶ買いました。このデパート、警戒が厳重です。荷物は、持ち込めません。預けねばなりません。購入した袋は、プラステックの紐(?)で、厳重に閉じられます。(他の品物を入れられないように。たぶん)出口は1箇所。入った所から出ようとしたら、出口から出よ! と厳しく指導されました。そして出口では、レシートを見せないと出られません。レシート出すと、捺印してくれて、やっと解放です。いや、入り口に近い所にある、荷物預り所へ行かねばなりません。面倒ですねー!そして、本来の目的、酒屋さんです。ビール3本と、ウィスキー半瓶を購入。酒屋さん、袋をくれず、瓶を新聞紙で包んだだけなので、持ち辛いったらありません。袋を準備して行かなけりゃーダメです。こちらの酒屋さん。幸い、デパートでは、袋をくれたので、うまく入れ替えて何とか持ち帰りすることが出来ました。さて、又、バスで帰りました。が、先ほどのバス停に近いビーチです。雰囲気が違いますねー!先ほどと、同じ場所から撮って見ました。すごい人です。先生らしき人に引率されて来ている生徒達もいます。遠足場所なのでしょうか? こちらの浜辺には、外国人は少ないです。どうも、こちらが地元用、奥の浜辺が外国人用見たいです。(決められている訳ではないですが。)さて、本日の購入品です。パンツ2枚:400円、下着3枚:180円、靴下3足:200円でした。そして、本来の買い物、ビールとウィスキーです。ビール3本:300円、ウィスキー:300円でした。こんなに、買って飲みきれんのか?本日は、宿代も含めて、1日で3360円も使ってしまいました。大散財ですが、より快適なリゾートにする為には、安い! 安い! 安過ぎ!注記VELLARと言う場所にリカーショップがあると聞き、バスの運転手にそれを見せて、降りる場所を教えてくれ、と頼んでおきました。宿では、2Kmと聞いていたのに、かなりの時間走りました。誰かが、間違えてた訳ですが、宿で聞いたのが、正しかったのでした。VELLARと言う小さな町を、すっ飛ばして、トリヴァンドラムと言う人口74万人の、西海岸有数の町まで行ってしまったのです。ヒンドゥー教の寺院は、「バドマナバスワーミ寺院」、と言って、トリヴァンドラムの象徴的寺院でした。道理で、りっぱな寺院だと思ったものです。まぁ、そのお陰で、下着に靴下まで買えたので、よしとせねばなりません。が、こんな間違いが生じるのですねー? 何故なんでしょう?ちゃんと、紙に行き先の場所も書いて貰っって、それを見せたにも係らず、です。
2008.11.10
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2008年11月9日(日) 53日目あ~ぁ、あ~ぁ、ああ~! 良く寝た! 寝たぞぃー!9時間以上も、寝てしまったかな?そして、ふと、ベッドから、頭を上げて、外を見れば?うわぁー! どした、どうした! ここは、どこじゃー!なんと、なんと、波が僕の方へ向かっています。溺れてしまいそうです。そんな錯覚さえ、覚えそうな、部屋であります。そうです、ここは南インド、最高級のリゾート地、コヴァーラムであります。昨日、カニャークマリから移動し、ホテルにチェックインしていたのです。イスタンのツリーオブライフで管理人さんをやっている、「もりみほ」さんが、昨年泊まって、とっても良かったとの宿、MARINA KOVARAM へ行って見ました。残念ながら、塗装中で、客をとってません。「歩き方」では、推薦多数と記載の、グリーンランドは、かなり奥まった所にあり、且つ、お値段も安くもなく、且つ、部屋以外の外回りが、あまり綺麗でありません。蚊も多そうです。 で、泊まるのは、断念しました。それ以外も、いくつか見ましたが、気に行ったのはありません。ここは、素通りではなく、少し長く滞在したいので、値段も、部屋も、場所も気に入ったのを見つけたいと思ってました。バックパック背負って、浜辺をトボトボと歩いていたら、上から声がかかりました。「ルーム?」、と。高そうなので、首をフリフリ、歩いて通り過ぎようとしました。そしたら、2階から慌てて降りてきて、「見るだけ、部屋見て?」、といつもの通りの、誘いの言葉です。「金ないから、泊まれん!」、ときっぱり言うも、「見るだけ、ね、見るだけ!」、と、敵さんも、真剣です。「金ないからね!」、と念を押して、部屋を見に行ったのです。そしたら、最上階で、バンブーで作った、素敵な部屋なのです。部屋も広いです。冷蔵庫もあります。そして綺麗です。シャワーは水ですが、既に見た他のホテルは、どこもそうです。エアコンなしですが、既に見た他のホテルは、どこもそうです。(エアコン、温水シャワーの部屋は、2000ルピー位するらしい。)バルコニー付です。 (イタリア語)テラス付です。 (フランス語)ベランダ付です。 (ヒンドゥー語)( )内は、原語。ほんとは、「渚のバルコニーで、待ってる~♪」 と、バルコニーを使いたいところですが、ベランダの大元は、ヒンドゥー語らしく、それがイギリスで使われているらしいです。ですから、ここでは、ベランダを使わねばなりませぬ。ダ、で止まる言葉は、ニーと延ばして終わる言葉に比し、詩的には劣るような気がします。(僕の詩的センスですから、全く当てになりませんが・・・。)そのベランダから、右手を見たものです。おー! 灯台が見えますぞ!そして、左手側です。 おー!渚が全面的に見えますぞ!全く気に入りました。100%、いや、500%気に入りました。しかし、そんな素振りは、見せられません。「で、いくらなの?」、聞きました。(気のない素振りで)「良い部屋でしょ?」、答えになってない。「で、いくらなの?}、又、聞きます。(気のない素振りで)「こんなに、海が良く見える部屋はありません。」、答えになってない。「で、いくらなの?」、又々、聞きました。(ちょっと、少しだけ、声を高くして)「この通り、部屋は広いし、蚊も来ません」、答えになってない!「だからー! いくらなの!」、声を荒げて聞きました。「そのー、普通は・・・、そのー」「普通じゃなくて、いくらなの? いくらで泊まれるの?」、もう高飛車です。「普通は・・・、1000とか、800ルピーとか・・・」「あっ、そっ!」、部屋を出ようと歩き出しました。「ちょ、ちょっと、待って! 600ルピーまでなら・・・」、と、後ろから聞こえました。「良かったー!」、と本心、そう思いました。声をかけてくれなかったら、500%気に入ったこの部屋に泊まれない所だったのであります。しかし、まだ粘ります。しつっこいですぞ! アジアの星一番は。「ん? 600ルピー? 金ないなー!」、試しに言って見ました。「何泊しますか?」、この答えは、まだ安くする見込み十分であります。「そうだなー? 日本語の小説でもあれば、ずっと泊まっても良いけど?」と言って見ました。「・・・、ない、ありません・・・」、残念そうです。「小説でもなけりゃー、暇で暇で、しょうないじゃん!」「海へ入ったら・・・? いや、どこかで、見つけて来ます・・・」「う~ん、もっと安くならないの!」「いくらなら?」「500ルピー! それなら、2泊する。」、ときっぱり言って歩き出しました。これも賭けですねー。そしたら?「分かりました。特別です。500ルピーで結構です。」やりました!そんなこんなの、やり取りがあった後、ここへチェックインしたのです。このベランダの籐椅子に座って、小説を読みます。ほんと、ゆったりして、最高の気分です! 本を読むのを飽きたら、海を見ます。下を通る、観光客を見下ろすのも、気分上々です。そうそう、日本語の小説は、近くの雑貨屋で、1冊、60ルピーで売ってました。たったの120円か、130円なので、買おうとも思いましたが、読んでしまったら、不要になるので交渉し、返せば、40ルピー返金、即ち、20ルピーで借りました。40円から50円で1冊借りられます。高木俊郎作、「ルソン戦記」、上下巻、を借りて来ました。もう、部屋は、最高! しかも安い! 小説もある。完璧なリゾートライフを過ごせる準備は、これで全て完了です!
2008.11.10
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2008年11月8日(土) 52日目これは、喉が渇いた時や、ちょこっと一休みしたい時に、チャイを飲むときに寄る、チャイ屋さんです。ちと高級です。きちんと、お店で作ってますから。自転車にタンクを乗せて、売り歩くチャイ屋さんもいます。いつもの、定食、ミールスです。昼は大体、これにお世話になっています。これで、28ルピー、凡そ60円です。ご飯も、おかずも、お代り自由です。腹一杯食べられるのが、バックパッカーには、大変、有り難いです。さて、カメラ購入による、思わぬ出費に、心重く、今後の節約に思いを馳せていたところ、インド最南端の町、カニャークマルへの夜行バスがあることを知りました。宿の張り紙に書いてあったのです。しかも、観光付です。カニャークマリ最大の見どころ、日の出観光も含まれております。350ルピーと結構高いですが、宿をキャンセルすれば、200ルピー戻って来ます。昼のバスで行っても、100ルピーはするので、観光付きの所だけ、少々、お得と言うことになります。早速、申し込みました。夜の、10時に出発。バスは、狭い道を、無理な追越をかけながら、ぶんぶん飛ばして行きます。客は、インド人家族ばかりです。「何で、あんた、こんなバスに乗ったのだ? 何故、ツアーバスに乗らないのだ」ある一人のインド人の客が、問いかけて来ました。「え? これツアーバスでしょ?」どうも、彼らのツアーバスとは、白人達が乗っている、エアコン付きのりっぱなバスのようで、この自然通風バスは、ツアーバスの内に入らないようなのです。このインド人達、僕の身なりを見ても、貧乏バックパッカーに見えないようです。身なりとからは、見えぬ、風格が、このアジアの星一番さんから、出ているのか?そんなこたぁー、ないな。日本人は、皆、金持ちだ、と思っているのでしょう。うとうとしたら、1時頃、小休止。チャイ飲んで、トイレ(と言っても路上ですが)行って、バスに戻り、そして又、うとうとしたら、3時に又、小休止です。と、思いきや、もうカニャークマリに到着したと言うではありませんか!早い! こんなに早く着くのに、何で、そんなにぶっ飛ばすんだ!日の出を拝むと言ったって、3時にゃー、出て来るまい、お天道様も。インド人客と、運転手、何やら、外で、大揉めに揉めています。どうも、朝の観光の時間まで、どこで休めば良いんじゃ! 部屋位準備せぇー!てな、事で、揉めていたようです。僕は、恐怖の、49時間バスの旅、を経験してますので、数時間の待ち時間程度、バスの中で待てます。なんら問題ありません。静観してました。問題解決したようで、家族単位で、宿の受付の前の椅子で待つことに相成り申したです。僕は、たった一人で、とある宿のコンクリの上の安物の椅子がある所で待たされました。安物は安物でも、僕は一向に構わないのですが、蚊には困ります。バッグから、蚊取り線香を取り出して、火を点け、現地購入のオドモス(蚊除クリーム)を手足、首に塗り、さらに蚊取マット:電池駆動を首から、ぶら下げて、しばしの休息に入りました。廻りの騒々しさにも負けずに、深い睡眠に入っていました。起こされたのは、5時半です。観光出発の時間です。早速、カニャークマリの御来光を見に行きました。新品、大枚、4800ルピーで購入した、サムソン製デジカメで初撮りです。う~ん、うむ、うむ。雰囲気は出ていますが、今ひとつ、色が冴えませぬ。壊れたカメラ、カシオのデジカメを若干ズームにして、撮って見ました。壊れたカメラの方が、朝日らしい色合いですねー!カシオには、人物、風景、キャンドルライト、スポーツ、パーティ、花、緑を鮮やか、夕日、水しぶきを止めて、紅葉、夜景、花火、食べ物、逆光、文字、白黒、レトロ、トワイライト、などなど、色んなのを選んで撮影出来るのです。し、しかし、安物、サムソン製には、そんな機能はありません。さすがに、安物は、安物です。仕方ないですね。安物を買ったのですから。こんなに沢山のインド人さん達が、この御来光を見に来ています。雲はあったのですが、一瞬でも、太陽さんが顔を出してくれたので良かったですね。さて、ほんとの、ほんとの、ほんとの、インドの最南端です。この御来光の写真の、若干、南側です。お! 亀がいましたぞ! ん? 亀かいな?ん? おかしいぞ! 波が来ても、びくともしません、この亀さん。違いますなー! これは、きっと、例の、シヴァのリンガ(男根)です。亀に間違えますよ。しかし、良く、亀頭って言ったものですねー。似ているって言われれば、そっくりかも知れません。言われなくても似ているかな?最南端の地に、しかも、波打ち際にさえ、シヴァのリンガを祭る、ヒンドゥー教の、奥深さに、感銘した次第でございまする。感銘冷め遣らぬ間に、ちと、居眠りしている間に、次のヒンドゥー教の寺院へ到着しました。ヒンドゥー教の寺院は、どこへ行っても、裸足にさせられます。しかし、ここは、裸足の上に、上半身、裸でなければ、入場出来ないと言うのです。おー! おおー! 何だとー! 上半身は、は、裸? ほ、ほんとかー!20歳前後の若い女性も、参拝してないかなー? などと、邪まな考えで、門をくぐってみますると、なんじゃらほい、がっくりやんけ。女性は裸ではありませんぬ。 男だけでした。ちょっぴり残念。(ヒンドゥー教に染まって来ました。ちと、スケベーになっています。)追記バスの運転手、何故、夜中に、そんなぶっ飛ばして来たのか?意味、分かりました。その運転手は、客を降ろしたら、マドゥライに帰るのです。朝からの観光は、別のバスがやって来るのです。早く、家族の元に帰りたいからだったのですねー。もっと、ゆっくり、ゆっくり来れば、バスの中で眠れたのにねー。客の為より、自分の為。その気持ちは分かりますが・・・。
2008.11.09
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2008年11月7日(金) 51日目カメラ、買うことに決定しました。高額なので、もったいないのですが仕方ありません。写真が満足に撮れないのでは、ブログの意味なしとなります。下手な文章だけでは、誰も読みません。写真がなければ、カ~ン、鐘一つ、不合格です。で、早速、マドゥライの町へ、探しに出かけました。ですが、カメラ専門店と言うような、お店が仲々見つかりません。ようやく見つけたお店は、キャノンとソニーの2機種しかありません。値段も8500ルピーから一歩も負けません。このインドで、大した心がけです。その点は、気に入りましたが、いくつかのお店を見て、値段と内容を比較してから買う習慣がついている為、他の店を探しに出ました。不思議ですねー。日本にいると、もっと高価なもの、特に着るものなどは、何店も比較して買うなんて事は全くなく、気に行ったら、即刻、購入するのに、安旅に出ると、どんな安いもの、生姜1ヶ、5円でも、何店か見るのです。ドケチ根性が、染み付いています。もっとも、バックパッカーには、体力と、時間のみ、あるのが取り柄で、それ以外は、何にもありませんからねー。次に探した、お店は、携帯電話が主で、カメラは、ほんの少ししかありません。で、やはり、キャノンとソニーです。お値段も、あまり変わりなく、大体、相場は分かりました。店員さんです。「もっと、安いのはないか?」、と聞くと、「韓国製ならある」、と言います。「お-、そんでいい、それ見せてくれ!」6メガピクルスで、ズーム3倍、今、使っているのと同じです。SDカードも、1ギガ。全く、問題ありません。お値段は、5000ルピー。何とか負けさせて、4800ルピー。これ以上は、絶対に下がりません。最後の手段に出ました。「実はの、100ドルしか、持っておらんのじゃ、今、1ドル=47ルピーで、調度、4700ルピーなんじゃよ、4700ルピーに負けてくれ!」為替も、ずいぶん変動しています。9月18日にデリーに着いた時は、1ドル=45ルピーでした。それが、10月24日、コルカタでは、1ドル=49ルピーでした。今は、1ドル=47ルピーです。「48ルピーで換金してくれる、両替屋がある。」、とマネージャーが言いました。「そんじゃー、100ドルで、買えるな?」その両替屋へ、店員が、案内してくれましたが、歩いて、5分以上かかります。途中、もっと大きなカメラ屋があったので、店員を待たせておいて、値段を調べましたが、高めです。一緒にいった店員、「そうじゃろ、そうじゃろ!」、って嬉しげな顔です。両替屋では、1ドル=47ルピーで、48ルピーにはしてくれません。マネージャーの奴、いい加減なこと、言いやがった訳ですが、もう、これ以上の交渉も、無理なので、両替し、購入することに決めました。これです。まだ、カシオのカメラ使えますが、写りがおかしいですよね?アップにすると、少し良くなるのですが、それでも、明暗がおかしいです。100ドル。1万円。1週間も、暮らせる大金です。が、綺麗な写真を撮る為には仕方ありません。え? なら、もっと高いのを買え! ですと?いやいやー、この程度の品質で、十分撮れます。写真集を出版する目的ではないですからねー。ブログに載せる為です。大きく、引き伸ばす事はないですし、これで良いでしょう!と言うことで、明日から、韓国製写真で、お送りします。
2008.11.09
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2008年11月6日(木) 50日目ついに、インド大陸、50日目に到達しました。日にちと言うのは、本当に1日、1日と、過ぎ去って行くものなんですねー。サウジに居た時は、1日が長かったです。今は、1日が、あっと言う間に、過ぎ去って行く感じです。え? と言うことは? サウジに居た方が、長い一生を送れるってこと?えーーーーぇえ! そう言えるのかなー?と言うことは? 単に長いだけでは、ダメってことですな?ありゃりゃー、難しいことを考えてしまいました。止めときましょう、考えるのは。さて、もう本日は、アシュラフの故郷、マドゥライに来ています。このバスに乗って来ました。ねー、おかしいでしょう? この写真。このように写ってしまうのです。露出を調整する所が、壊れてしまったか、一昨日から、おかしいのです。困りました。ですが、フラッシュ焚いて撮る時は、問題ないのです。これが、昼食です。キレイに撮れてますよねー? うまそうに撮れてますよねー?ホテルにチェックインし、昼食後、ミーナークシ寺院へ行きました。宿から、歩いて、10分程度の所にあります。何やら、見えて来ました。西門です。西門に違いありません。何か、特殊なデザインかなー? ヒンドゥー教にしては、海岸寺院と同じように、地味だなー? と不思議に思って、近くで撮って見たものです。これは、藁か、萱です。南門へも行って見て分かりました。現在、塗装中なのです。藁か萱は、その覆いだったのです。残念ながら、ヒンドゥー特有の、派手派手なものは、見られませんでした。注:1年ほどかけて、塗装するらしいので、今から行く人は、期待せずに、 行ってくださいまししかし、青い空ですよねー! これがほんとの色です。ズームにして撮ると、このように撮れるのです。普通に撮ったら、露出オーバーで、真っ白になってしまいます。壊れたなー、カメラ。東門から入って、左手にある、千柱堂です。実際は、985本らしいですが、僕は、数えませんでした。ガイドブックを信用するしかありません。意味が分からなくて、申し訳ないのですが、色んな像があります。ヒンドゥーには、色んな神様がいますが、その神様達でしょう。 これは、ナンディホールと言って、牝牛の像です。ヒンドゥー教の皆さん、これに触って、祈っていきます。牛以外にも、ゾウなのか、何の生き物か分からない像も沢山あります。 次に、覚えている方もおられるでしょう。リンガです。そして、又々、リンガです。インド人のだけに、真っ黒ですねー!そして、これも又、リンガです。こいつは、ちと、それらしいです。(名古屋の神社のより、シンプルですが・・・。確か、記憶では・・・。)このミーナクシ寺院の、ミーナクシとは、ドラヴィダ民族の土着の女神だったそうです。夫が、アリャハルと言う土着の神様でした。しかし、ヒンドゥーの勢力拡大により、この女神は、シヴァと無理やり結婚させられ、シヴァの后になったそうな。何だか、ヒンドゥー教って、今でも、その辺りにありそうな話ですねー。良いのかな? そんなに世俗的であって。神が他人の奥さんを、盗ってしまって良いものでしょうか?それを信じる、信者の皆さんも、他人の奥さんを、盗ってしまうのでしょうか?それは、罪にならないのでしょうか?それが、そうなら、その部分は、ええなー!そこんとこだけ、ヒンドゥー教になれないもんですかねー?(盗る方の立場で、ですよ! 盗られる方の立場は、お断りです)
2008.11.07
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2008年11月5日(水) 49日目南インドを、すごい勢いで南下中です。チェンナイ 1泊 マハーバリプラム 2泊そして、本日の予定は、ポンディシェリーで、バス乗換えで通過後タンジャーヴールに宿泊です。世界遺産のある、マハーバリプラムと、タンジャーヴァールの間には、下記の町があります。しかし、1泊するまでもないとして、通過することにしました。ポンディシェリー 250年間、フランスの植民地。インドらしくない町なので 寄って見る価値があるとのこと。チダムバラム 舞踊の神として知られる、踊るシヴァ神、「ナタラージャ」を 祀った寺院を中心に発達した町クンバコナム チョーラ朝時代に建てられた寺院の門前町全部、寄っていたら、とても日程不足です。しかしながら、結果的に、全ての町へ寄る事になってしまいました。宿泊したマハバリプラムから、タンジャーヴールへの直行バスはないと、地元の人に聞いていました。で、ポンデシェリーまで行ってから、直行便に乗るつもりでした。しかし、実際は?マハバリプラム → ポンデシェリー(2時間15分)バスを乗換えて、ポンデシェリー → チダムバラム(2時間)バスを乗換えて、チダムバラム → クンバコナム(2時間15分)バスを乗換えて、クンバコナム → タンジャーヴール(1時間05分)なんと、4回バスを乗り継ぎ、合計、7時間半かかりました。待ち時間を入れても9時間です。バスの本数が多いので、待ち時間は全く気にならないくらいです。疲れましたが、面白いです。何が? と言えば、南インド人の対応です。北インドでは、必ず声を掛けられ、「どこから来た?」 とか、「名前は?」 とか、果ては、「金くれ!」 とかです。しかし、チェンナイ以南では、あまり、そのような事がありません。白人の団体さんの観光客は、多いので、観光客慣れしていないとは思えません。バングラデシュとは、異なるはずです。何故でしょうか?今から、さらにじっくり見てみるつもりです。で、何故、急いで南下しているかと申しますと、実は、ここ、タミール・ナードゥ州は、今が雨季なのです。チェンナイへ僕が着く前には、雨がずっと降っていたと、市内観光の時の、隣の男性が言っていました。インドでは、雨季は6月から9月なのですが、ここだけは、11月の降雨量が他の月に比べて、圧倒的に多いのです。(10月も多い)雨が降り続いて、足止めを喰らうのも面白くないので、一応の見所は抑えた上で、急ぎ足で、ケララ州へ移動しようと考えています。そう言えば、サウジ時代の僕の初代運転手、アシュラフの故郷が、タミールナードゥ州です。その中の、マドゥライ出身です。ここから、バスで、4時間程度の所まで来ました。彼が、ここまで帰って来たら、バスの窓から、顔を突き出して、故郷の方を見るのだろうなー? などと考えながら、バスに乗っていました。タンジャーヴールの町。今夜、泊まるホテルの部屋。Hotel Lion City。ここの所、夜は涼しく、エアコンと止めて寝ているので、エアコンなしの部屋にしました。415ルピーです。およそ、850円也。途中、チダムバラムの長距離バス停で、昼食を食べました。バナナの葉っぱが、お皿替わりです。南インドでは、そのようです。費用も、たったの10ルピー。20円です。庶民の食事は、安いですねー!世界遺産のブリディーシュワラ寺院。63mもの高さがあり、遠くからでも見えます。そしてライトアップされています。明日まで待てないので、行って見ました。これです。手前側から、前殿、前室、本殿で、本殿の一番上のライトの下にあるのが、冠石です。この石ですが、81トンもあるそうです。この石を乗せる為、長さ6キロにも及ぶ傾斜路を作って運んだとの事です。ここの、御神体は、シヴァのリンガである、とガイドブックに書いてありました。そう言えば、同じく世界遺産のマハーバリプラムの海岸寺院、そこもリンガでした。さて、リンガってなんぞいな?臨画 :手本通りに絵を模写する。 →違いますねー!麟芽 :腋芽の一種。オニユリなどに見られる。 →違いますねー!林歌 :雅楽の一つ。 →違いますねー!お! もう一つありました。梵:リンガ :男根。それをかたどった像。繁殖を象徴する。こ、これだー!何だよー! リンガなんて、言うから分かりません。チンポの事でしたわ。ヒンドゥー教ってのは、チンポを御神体にする宗教なんですねー。しかし、確かに、繁殖がなければ、滅びる訳ですから、そりゃー大切であることに間違いはありませぬが、そうだったのかー!そう言えば、回廊に太い丸太のようなのが、ずっと並んでいました。あれが、リンガだったのですね。知ってれば、まじまじと、見たかなー?ライトアップされています。ここは、入場料ゼロ、不要、ただです。 太っ腹ですねー! ヒンドゥー教!
2008.11.06
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2008年11月4日(火) 48日目チェンナイを、わずか1泊で通過し、マハーバリプラムへ移動しました。大正解です。(チェンナイも悪くはないですよ)マハーバリプラムは、小さな町ですが、落ち着いていて、洒落たレストランも多く、世界遺産の史跡もあり、海辺も綺麗で、言うことなし! 二重丸の場所です。もう一つ丸を足して、三重丸でも構いません。気に入りました。さて、これは、何でしょうか?別の角度からの写真を、3枚、お見せいたします。 クリシュナのバターボールと名づけられている岩です。昔、ゾウを使って動かそうとしたものの、びくともしなかったそうです。ミャンマーのタイ寄りの山の中に、同じような球状の岩があり、それは宗教上の何かにされていましたね。確か、チャイティーヨーとか言う、地名でした。何で、動かないのか、不思議です。アルジュナの苦行、です。これは、「ガンガーの下降」、とも呼ばれているそうで、ガンガーがこの世に降りて来たときの物語を彫ってあるそうです。ファイブ・ラタ(5つの石彫り寺院)これは、一つの巨大な岩を、彫りだして作ったもので、7世紀に作られたもの。どでかい岩があったものです。そして、それを彫って寺院を手作りで作ろうとしたのですから、すごいものです。せっかくですから。5つの寺院を縮小で、アップします。ナクラ・サハデーヴァ・ラタドラウバディー・ラタアルジュナ・ラタ ビーマ・ラタダルマラージャ・ラタ 世界遺産の「海岸寺院」です。整備された、通路と、芝生の向こうの方に見えて来ました。これも、7世紀に建てられてそうです。かつては、7つの寺院があったそうですが、現在残っているのは、これだけです。広い整備された敷地の中に、地味な、この寺院は似合っています。寺院の日陰に座っていると、ベンガル湾から爽やかな涼しい風が頬を撫で、波が岩に当たる音が、遠くの方から、聞こえて来ます。外壁には、牛が沢山ひざまづいています。シヴァ神に仕えた、ナンディー牛をモチーフにしたものだそうです。この町は、白人の観光客、団体さんが多いです。バックパッカーも多いですが、それより、お年寄りの団体ツアーのお客さんが多いように見受けられます。さて、いつもインドで何を食べているか?僕の場合、インドカレーの定食が多いです。北の方では、ターリーと言えば、定食のことで、通じました。しかし、ここ南インドでは、通じないと思ったら、ミールスと言うらしいです。これは、フィッシュカレーです。おかずが少なすぎるので、マグロの揚げたのを追加注文しました。これで、45ルピー(90円程度)町の地元の人が食べる食堂だと、大体、こんな価格です。ちょっと洒落た食堂だと、2倍位になります。ここで、魚を揚げています。青空の下、屋台みたいなものです。宿の近くの浜辺。ここは、排泄物もなく、プリーとは全く異なります。だから白人の観光客が多いのか、白人の観光客が多いから、綺麗になったのか、どちらが先かなー?ま、何れにしろ、清潔で、綺麗なのは、良いことです。カメラが、ちょっとおかしくなりました。左上に、黒い斑点が出ていましたが、それが無くなりました。レンズの汚れではなかったようです。しかし、色がどうもおかしいです。南インドは、空の色が薄い? のか? と思いましたが、そうではなく、カメラがおかしい見たいです。毎日、毎日、腰につけて、働かせているので、過労でしょうか?労わりながら、使っているのですがねー?本日、2回目のアップでした。
2008.11.04
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2008年11月3日(月) 47日目 早速、チェンナイ市内観光に出かけました。 宿に出入りの、旅行代理店が、タムルナードゥ州観光開発公団が行っている 市内ツアーと同じ内容で、同じような金額だったので、申し込みしたものです。 Museum Art Gallery Gandhi Mandapam Sanke Park Parthasarathy Temple Light House Fish Aquarium Marine Beach Burma Bazaar と、9箇所も、見学する内容で、金額は、わずか80ルピー、プラス入場料 40ルピーで、合計120ルピー(240円)です。 9時から14時となっていたので、5時間で、こんなに廻れるんかいな? と 心配になりました。 宿に迎えにきたのが、45分遅れの、9時45分。 マリナ・ビーチに偉い人が眠っています。そのメモリアルです。 マリナ・ビーチです。波打ち際へ行こうと、歩いています。 遠いのです。砂に足をとられて、歩きにくく、疲れます。 ようやく辿り着きました。「アジアの星一番」さんです。 浜辺の砂浜は、広く、長いのいですが、波打ち際の浜辺は短いです。 インドに来て、ずっと気になっていたのですが、こちらのカラスは、全身 真っ黒でなく、首の廻りが、薄い色です。動きや泣き声は、全く東京の カラスと同じです。 パルタサラティ寺院とツアー内容に書いてありましたが、ここは、 カバーレシュワレ寺院です。ヒンドゥー教寺院らしい雰囲気で、派手な 像が塔門の四方を全て覆っています。 次が、ヘビ園。ワニも沢山いました。 博物館。 ツアーバスの、僕の隣は、9歳のお嬢さんでした。インドのど真ん中、ナックプールと言う、全く知らなかった町から、親族で、観光に来ているようです。英語が達者で、へたくそな僕は、たじたじとしてしまいます。インドは、英語は普通に話しますねー。驚きです。 さて、南インド、タミールナードゥを、のように廻るか、考えてました。 チャンナイを足場に、ツアーに参加する方向に、かなり傾いていました。 しかし、本日の市内ツアーに参加してみて、バスから見るだけの場所が 多く、やはり、自分の足で見て歩く方がいい、と決定。 チェンナイ、わずか1泊ですが、次の世界遺産、マハーバリプラムへ 移動です。 これが、チェンナイの長距離バス停。
2008.11.04
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2008年11月2日(日) 46日目プリー海岸を離れるには、何と言いましょうか、もう少し残りたい気持ちと早く、移動したい気持ちが、複雑に絡み合っている感じです。あの、うんこさえなければ、こんな素晴らしい海岸はないのでは、と思えるほどなのあります。日本で言えば、九十九里海岸とか、かなー?1泊2食付、240円の宿も魅力的でした。ここの主人、白人は泊めないのだ、と言っていますし、日本人だけ泊めるとも言っています。(韓国人も日本人の内らしく、韓国人は泊めるそうです。)又、玄関の扉は、常時鍵をかけていて、ドアチャイムを鳴らすと開けてくれます。24時間対応で、セキュリティに関しても万全です。従って、部屋のドアには、鍵がありません。宿泊者に不届き者が居ない限り、外部からの盗難などは、心配ありません。安くて、こんなに、しっかりした宿は、少なくとも、僕の少ない経験の中では、初めてです。彼の兄は、日本に住んでいます、そして、この宿と同じ名前の、サンタナと言うインド料理を経営して、今や、大阪、京都、あと、どこかあ忘れましたが、2都市、全部で4軒も、お店を持っているそうです。さらに言えば、自分達、兄弟のお金、及び日本人の友人達の寄付金で、学校を経営していて、200人の子供達を面倒みといるそうです。地元の名士ですねー!1年間、2万5千円で、里親にならないか? との張り紙もありました。そんな状況で、どこで蓄財するのか、プリーの近くのメイン道路に、ホテル・ニューサンタナをオープンしています。こちらは、高くて、エアコンつきは、2000円位します。インド人の客で、いつも込み合っていると言ってました。長々と、宿のサンタナの説明でした。部屋です。エアコンなしのファン付きで、トイレもシャワールームも、共同でしたが、客が二人だけだったので、不便は感じませんでした。お得です。ずーっと小説を読んで、一歩も宿を出ず。夕方、宿を出発。リクシャーとバスと、そして、リクシャーを乗り継いで、汽車の出発する、ブバネーシュワルと言う都市に着きました。今回の夜行は、エアコン付き2段寝台が満席で取れず、エアコン付き3段寝台です。しかしエアコン車は2段寝台でも3段寝台でも、ここでは、ファーストクラスのようです。特別な待合室が在って、入り口に見張り番がいます。その人にチケットを見せたら入れてくれました。セカンドクラスの待合室は、見張り番もいない部屋が、別にありました。で、3段寝台ですが、寝る分には、全く問題はありません。2段寝台と違って、カーテンで通路と仕切られてはいませんが、気にはなりません。問題は、朝から昼、そして夕方の起きている時間帯です。上段との隙間が、狭いので、起き上がって座ると、頭が上のベッドにぶち当たって、座る事が出来ません。寝っぱなしで、およそ、20時間、夕方5時。時刻表より、15分早く、チェンナイにつきました。いやー、良く寝ました。チェンナイ駅です。可愛らしい駅ですよね? インドらしくないです。手前の車が、オートリクシャーです。さて、宿探しです。オートリクシャーで行きます。目指す、パレス・ロッジ、エアコン付き、175ルピー(350円)は、行って見たら、エアコンなしでした。エアコン付きなんて、始めからないって言います。「歩き方」さん、どこで、間違えたのでしょう?止む無く、ホテル・カンチ、エアコンつきで、875ルピー(1800円)へオートリクシャーを飛ばして行きました。しかし、値上がりです。1200ルピーにもなっていました。止む無く、オートリクシャーで、エグモア駅近くに戻り、ニュービクトリア、975ルピーへ行って見ました。やはり値上がりです。税込みだと、なんと、1350ルピー。ガックリ。近辺の、宿も、くまなく探しましたが、高いか、エアコンなしかで、見つからず。辺りは、暗くなるし、「歩き方」に載っている安宿は、全部見たし、心当たりがなくなり、途方にくれておりました。1200ルピーでも出して、泊まるかと、バックパッカーにあるまじき、弱気の気持ちが湧いて来ました。と、そんなとき、どこからともなく、現れたインド人。「ルーム?」、とか言って声をかけて来ました。「おー!」心のなかで、声をあげていました。ホテルの客引きです。普段なら、「うっせーなー! このー!」、などと見向きもしないのですが、このときは、ありがたく思いました。5分ほど歩きましたが、ありました。HARINI LODGE です。エアコン付き、600ルピー(1200円) もう、ここに決めました。
2008.11.03
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2008年11月1日(土) 45日目プリー海岸の散歩は、諦めたので、暇です。小説も朝から晩まで読むのは疲れます。それでですねぇー、実行は、しませんが、もし本を書くならって、妄想でどんな構成になるか、考えて見ました。今までの、旅に関して書いたものを、焼きなおすってことで、纏めると、下記のようになりますです。タイトル :世界への旅作家名 :アジアの星一番第一章 序章 何で、これを書こうとしたか? 何故、旅が好きになったのか? 何故、海外が好きになったのか? などを、書くかなー? と。 第二章からは、主にバックパッカーとして訪ねた国の、ブログを纏め直すってことで。それに、旅に関して、以前に、書いたのをプラスするってことで。それと、それは、ここ数年に行った国かな? そんなんで、どうだろか?第二章 東南アジア編 ミャンマー ラオス マレー鉄道 小説・宇超人 (これは、遠距離恋愛、不倫をテーマに、舞台はマレーシアとして 書いた、小説です。元務めてた会社のプロジェクト誌に連載しました。) タイ カンボジャ インドネシア ベトナム第三章 アラビア半島 サウジアラビア バハレーン オマーン イエメン UAE(ドバイ・アブダビ) ヨルダン カタール クウェート シリア レバノン 第四章 中国 中国事情 (中国へ仕事で行っていた時、1回当たり、400字詰め原稿用紙に10頁 程度に纏めて、69回親しい人へ送ってました。それを抜粋する。) 黄山紀行 (中国事情の一つ:黄山へ行った時の紀行文) 上海OL物語 (中国事情の一つ:上海のOLになった気持ちで書いた4人の女性の物語)第五章 インド大陸 インド ネパール バングラデシュ第六章 アフリカ大陸 エジプト モロッコトルコは、どこに入れるかなー?ヨーロッパも、仕事で行ったけど、あまり面白そうな題材がないです。それから、中南米は、これからだし、第七章にするかな?東欧にも行きたいし、これは、第八章かなー?アフリカは、まだ沢山の国へ行きたいし、第六章を、どうするかも問題だ。そうだ! ダイビングも入れなけりゃー! あの神秘さ、宇宙のような海、人間、海からやって来たんだ! と感じさせる海、これを入れなきゃー!飛ばして、10章にしようか?第十章 ダイビング 伊豆海洋公園 グアム モーリシャス(南アフリカの近く) サイパン モリジブ(インド洋に浮かぶ小島群) パラオ(フィリピンの東方) ティオマン島(マレーシア) マレーシア東海岸の島々 プラウ・スリブ(インドネシア) バリ島(インドネシア) サムイ島(タイ) 沖縄 プーケット(タイ) パタヤ(タイ) アラビア湾(サウジアラビア) アカバ湾(ヨルダン) 紅海(エジプト) マルマリス(トルコ)ひゃー、多いなー! こりゃー、第5巻位じゃ、足りないぞ!自費出版、1巻300部、80万円とすると、5巻で400万円?写真とか、沢山入れたカラーだと、2倍はするらしいから、800万円? アチャー! アッチャ! アッチャー!ダメです! 無理です!ま、そう言うことで、暇な1日の、妄想は、あっけなく完了致しましたです。
2008.11.01
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