貧乏旅人 アジアの星一番が行く 世界への旅
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2008年10月14日(火) 27日目まず、両替しなければならないので、ボグラの町の中心へ向かいました。いやー、どこもかしこも、リクシャーだらけです。 銀行は、シャット・マタと言う、道路7本が集まる、7差路の近くにありました。町の中心地です。驚いたのは、単に100US$の両替なのに、個室に通されました。そして、な、な、な、なんと、紅茶がサービスで出されました。すごく偉い人のようで、 今日のレート持って来い! パスポート、ここと、ここをコピーせよ! お茶を持って来い!などなど、命令を出しています。本人は、写真のように新聞読んでいるのです。命令を受ける方は、いちいち、「アッチャ!」、、と言います。何で、「アッチャ!」、何でしょうねー?入り口は、本当に銀行かよ? と言うような建物でした。記念の為に、写真を撮ってみました。紅茶サービスは、効きますねー。バングラデシュ、一気に好きになりましたよ。そして、トイレはどこ? って聞くと、ずっと中まで、案内してくれます。しかも日本語が出来る人がいるのです。用を足して、外に出ると、その人も一緒に、出て来て、お店に来ないか?と言います。なんだー、客引きかよー! とガッカリしましたが、まぁ、変なもの薦められたら、帰ってくれば良いや、とのこのこ、ついて行ったのです。そしたら、こんなお店です。各種、色んなホースを売っているお店で、全く、いかがわしい事ありません。わざわざ、冷たいセブンアップを買って来てくれて、コップに注いでくれます。聞けば、日本の東京、大塚に5年いて働いたそうです。それを元手に、今や、社長さん、ラフィクルさんです。銀行といい、このお店の、ご主人と言い、ほんと親切です。さて、暫くネットに繋げてないので、ネット屋を探しに、町へ繰り出しました。あっちに聞き、こっちで聞き、ネット屋に行って見ても、どこも日本語が使えません。一番大きいと言う、BORODOLA HELP LAIN と言うネット屋、ここにも、行きましたが、やっぱり駄目です。諦めました。ボグラの町を走る列車の線路も、人で溢れています。一体、汽車が来たら、どうするのか? ネット屋を探していたら、ニューバザールに迷い込みました。綺麗なお店も、沢山あります。外のリクシャーだらけの風景とはずいぶん異なります。 食事ですが、どうも軽食のようなものばかりで、どこへ行けば、主食が食べられるのか? 今の所、分かりません。右の写真が、「ドイ」と言って、甘い食後の食べ物です。 さて、午後は、モハスタン遺跡へ出かけました。モハスタンは、4世紀頃から栄えていた、仏教都市遺跡との事です。残っているのは、8~11世紀頃のものとされていますが、実際には、この写真のように、城壁跡くらいしか、ありません。近くでは、農家の人たちが、稲を積んでいたり、草取りをしたりしています。皆、写真を撮ると喜んでくれます。 遺跡の南方、バショルゴールへやって来ました。これは、「初夜の家」と言う意味らしいです。ある王子が、新婚初夜の夜、蛇に噛まれて息絶え、ガンガーに流されたと言う伝説があるからだそうです。ほんとだとしたら、可哀想!する前だったら、王子様可哀想! した後だったら、花嫁さん可哀想?しかし、その息絶えた王子は、ヘビ使いの娘に救われて生き返り、その娘と幸せに暮らしたと言う、ハッピーエンドの伝説です。(なら、する前の方が、良かったですね?)ラクシンダル・メドゥ寺院跡と言う事ですが、この跡から、どのような寺院が建っていたのか、しばし、瞑想したものでした。基礎と言うか、土台と言うか、複雑に作られているものですから・・・。遺跡は、このリクシャーで、2時間半ほど、かけて廻りました。運ちゃんの写真を撮ろうとしたら、通りかかりのお母さんや、子供達も一緒に入って来ます。たぶん、モスリムだと思うのですが、中東と違って、ずいぶん、大らかですねー。
2008.10.17
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