雪香楼箚記

秋(2)_秋されば






                                      柿本人丸
       秋されば雁のつばさに霜降りて寒き夜な夜な時雨さへ降る










 秋になれば、空をゆく雁の翼にも霜がおりて、寒い夜ごとに時雨までも降る、の意味。人丸作として新古今集には採ってありますが、出典が不明で、新古今集以外の歌集には見あたりません。

 秋されば、というのは、秋がすぎさると、ということではなくて、秋がくると、秋になると、の意味。雁のつばさに霜が置く、というのは、万葉集以来の古典和歌の表現です。むろん現実にはそういうことはないのでしょうが、歌人たちはこの表現を非常に愛好しました。寒々とした晩秋初冬の雰囲気がよく出ているとは思いませんか?

 一首の力点は、時雨さへ、の「さへ」にあります。雁のつばさに霜が置くような寒い季節がやってきて、時雨まで夜ごとに降りはじめた、という、推移する季節感とそれに対する驚きが「さへ」の一言で言いつくされているといっていいでしょう。雁のつばさの霜は、歌人には直接関係のない自然現象ですが、夜ごとに降る時雨は非常に身近なものとして感じられています。その差が、「さへ」という言葉に端的に表されているのです。

 夜な夜な、という繰り返しの表現や、降りて、を臆せず二度使っているあたりに古風な感じが見えて、アルカイックな魅力のある歌です。おそらく、平安朝初期を下ることのない古歌が、なんらかのかたちで撰者の目に入ったために採録されたのでしょう。淡々として事実だけを歌い、感興は極力けずっている作ですが、それだけに一首の趣がつよく読者の心をとらえ、冬の夜時雨の光景へと誘いいれる魅力を持っています。


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