戦国ジジイ・りりのブログ

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2011年11月19日
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2010/5/10  晴れ


平成22年、戦国イヤーの幕開けにふさわしい初詣スポットを探していて、
候補に上がった忍城(おしじょう)。

石田三成様が来られた地であり、
初詣にぴったりな神社もあるということで一旦は行田に決まったものの、
さほど期待してなかった郷土博物館に結構見ものがありそうだと後で判明したため
(郷土博物館さん、ごめんなさい)、
急遽行田行きは保留となった経緯がある。


その後、せっかくだから予習しておこうと読んだ

のぼうの城関連のスポットもピックアップして
準備だけは早々にしておいたものの、なかなか行かれなかった。


しかし、ついにその時はやってきた

カレンダー通りの連休はたいてい旅に出るけど、
連休は連休でも、正月とGWは泊まりの旅行はしない。

高いわ滅茶苦茶混んでるわでサイアクじゃん!と思っているので。

行きたい所は沢山あるので、
今年のGWは鉄則を破ってどこか行っちゃおうかな~
とか思ってもみたけど、
やっぱり人ごみが嫌いな私はひとまず旅行は外し、
代わりに日帰りで忍城に行くことにした。




東武の株主優待券ってのはすごくいい。

「株主優待乗車証」というきっぷなんだけど、
東武だったらどこまで行ってもタダ!

うちは千葉県柏市なので、柏から東武で春日部に出れば、
埼玉・茨城・栃木・群馬の東武線エリアにタダで行けちゃう♪


年に最低1回は行くのを長年続けてるんだけど、
たいていこの券を使ってタダで行ってます。


で、今回もその東武の優待券を使って、
春日部から羽生に出て(ここまで東武線なのでタダ)、
羽生で秩父鉄道に乗り換えて行田市駅へ。

行田へ行くには、
秩父鉄道なら行田市駅。
JR(高崎線)なら行田駅。

駅の場所は離れてるんだけど、似たような駅名だから、
初めての人には紛らわしいよね。

観光案内所はどうやらJRの方にしかないらしい。
まあ、必要なだけの資料は自前で揃えてあるし、何とかなるでしょ。




世間ではGWだけど、どうやら今日は学校があるらしく
ちょうど通学の時間に重なったので、電車は思っていたより混んでいた。

しかしなんとか座れて(←重要)、
図書館で借りた「もうひとつの桶狭間」とゆー本を
一生懸命読んでたら結構早く着いた。

なんで忍に行くのに桶狭間?って突っ込まれても困ります。
図書館で沢山本を借りてたので、消化に入ったまで(笑)。



さて、行田市駅には観光客っぽい人は全然いなかった。
JRの方を使う人が多いのかな。
まあ、まだ早い時間ではあるけど。

行田市駅には観光用の案内図も置いてなかった。



駅前の道を真っすぐ行って、国道を右へ。
駅前の道はハナミズキが並び、白やピンクの花が満開で美しい。

街路樹がハナミズキって珍しくね?
好きだからいいんだけどさ。

国道に出たところの武蔵野銀行に「高札場」の碑が。


高札場跡碑


高札場とは幕府や領主が決めた法度や掟書などを木の札に書き、
人目を引くように高く掲げておく場所のこと。

国道沿いの街灯の土台は石垣風になっていて、
城下町を演出している。
市役所を過ぎると、そこが忍城跡。

道路からは時の鐘なんかも見えたりして心はやるけど、
郷土博物館へ行く前に、まずは道沿いにある東照宮へ。

駅から15分とあるけど、思ったよりは近かった。


東照宮1
< 行田市本丸12-5 > 住所をクリックすると、Mapfanにリンクします。


名古屋でちっこい東照宮を見てるので、
このサイズにももう慣れた(笑)。


東照宮は、奥平信昌様の正室であり家康公の長女である亀姫様が
慶長16年(1611)に駿府でもらった家康の肖像画を四男・松平忠明公に伝え、
忠明公が大和郡山藩主のときに祖父を祀る東照宮を勧請したことに始まる。

その後は奥平松平家の転封に伴い移転を続け、
文政6年(1823)松平忠堯(ただたか)の忍への転封に伴い
忍城の西方に遷座されたと。

昔は埼玉(さきたま)古墳群の辺りにあったらしいと
神社の由緒は語る。



亀姫様は宇都宮釣天井事件で有名な加納御前のこと。

初めは二男・家治が家康の養子となり松平姓を許されたが、わずか14歳で早世。
奥平家へは新たに養子が望まれたため、
四男・忠明が養子となり兄の家督を継いだ。

ちなみに「忠」の字は秀忠から賜ったそうな。


大阪の陣後、忠明は家康の特命により摂津大坂藩の藩主となり
戦災の復興にあたる。

この時戦時で中断されていた運河が完成し、
これを道頓堀と名付けたのが忠明といわれている。

また、大和郡山藩主時代にはあの荒木又右衛門を
一時期家臣としていたという結構面白い人。

長篠の戦いで有名な奥平信昌様のお子達は、
家康の外孫でもあり、早世した家治をのぞいて
徳川の御連枝として分家を興すことを許されるなど
厚遇されたと。

その中でも、忠明の直系だけが松平姓を名乗り続けたらしい。


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最終更新日  2013年07月23日 21時26分38秒


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