戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年08月04日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
神社拝殿の向かって左側には、こんなものがあります↓。


福山・阿部神社48・阿部政弘公像


 【阿部正弘公石像潜り

  正弘公は天保14年(1843)25歳にして江戸幕府老中、今の大臣になり
  教育に力を注ぎ嘉永5年(1852)老中筆頭、今の総理大臣に就き江戸と福山に
  誠之館を建てる。

  安政元年(1854)日米、日英、日露の和親条約を結び開国し、近代文明国、
  日本の基礎を作る。また、学問のできる人材を広く重用して教育の重要性を昴揚し、
  日の丸を日本の国旗とした人でもあります。

  就職の御祈祷を受けられ、石像を潜り希望をかなえて下さい。】
  (現地案内板より)


はい、ふたたび阿部正弘さんの登場で~す。

日の丸を日本の国旗にした人って・・・
そんなの知らなかったぞ

そこで日の丸についてちょっと調べてみたら、
日の丸の旗の歴史は存外に古く、由来については諸説あるらしい。

が、もともと日本は自然崇拝の国だったので、
太陽もその対象のひとつであり、
最近では実在が危ぶまれている聖徳太子の「日出処天子」発言は有名だし、
戦国武将たちも日輪をモチーフにあしらったグッズを多く使用するなど、


けど、ここではあくまで国旗としての日の丸が主題です。

日米和親条約の締結後、外国船と区別するための
船舶旗の制定が必要になった幕府では、
当初日の丸とは別のデザインの国旗を考えていたらしい。

しかし、最終的に島津斉彬・徳川斉昭の推す日の丸に決定、



オリンピックなどで日の丸の旗が上がると、うちの母親はいつも

「日本の旗はいいわねえ~」

と言う。


島津斉彬(薩摩)・徳川斉昭(水戸)のどちらも名君として名高いけど、
押しも強そうだしな・・・

滔々と語る2人の名君を前に、顔中に汗をダラダラかきながら
苦手な正座でじっと話を聞いてる正弘さんの図を想像するとちょっと笑えるし、
あるいは押し切られたか!?って気がしないでもないけど、
じゃあ幕臣はどんなデザインにしようとしたのかというと、
白地に太い黒のラインを横に1本引いたものだという。

うわ~っ・・・
場合によっては、そんなシブイ旗がオリンピックとか運動会とか
祝日の民家の玄関にはためいていたカモ・・・って想像すると、
正弘さんの美的センスに拍手を送りたくなる。


ああ、阿部さんちってのは皆様インテリというか、
詩歌や絵画の才能も持ち合わせていた人が多く、

「これで素人!?」

っていうような絵が残されていてね。
まあ、絵の上手い殿様は別に阿部さんちに限った話じゃありませんが。

これからは日の丸を見たら、ぽってり顔の正弘さんを思い出してくださいね



えっと、正弘の股くぐりに戻りましょう。
股っていうか、ほとんど尻の下くぐりだけど

じゃなくて!!

備後護国神社の由来を書いた解説板は2つあり、
1つは全文を、もう1つは抜粋して 「福山編(9)」 に載せましたが、
抜粋した方の解説は最後の部分をカットしてあります。

カットした部分はこちら↓。

 【歴代の中で特に阿部正弘公は、老中筆頭として国旗(日の丸)を制定され、
  嘉永6年(1853)ペリー来航に当たり和親条約を締結し、日本の開国と、
  福山に誠之館を創設して、近代教育の基礎をつくられた教育の神様で、
  天満宮と並び尊ばれ、受験合格・学業成就の神として信仰されています。】


阿部氏歴代藩主はみんなここに祀られているから一律神様になった訳だけど、
正弘さんは特に教育の神様ですよ。
あの天神様と並んじゃうんですよ。
頭がいい人だったから、それにあやかろうって趣旨じゃないんだね。



実はおととい(平成25年8月2日)、「延喜式」を見に図書館に寄りました。
やっぱり紙ベースでも大和国十市郡に「阿部神社」は載ってませんでした。
まあ載っていたところで詳しい縁起が書いてある訳でなし、
古い方の阿部神社がどういう神社なのかは結局わからなかったんだけど、
「三百藩藩主人名事典」なるものを見つけて、福山藩の部分をコピーしてきました。

阿部氏歴代藩主はほとんどの人が江戸で生まれて江戸で死んでるし、
ウィキペディアにも阿部氏歴代藩主はあまり藩政を顧みなかったって
紹介されてるので国元との縁が薄かったのかと思ってたけど、
「三百藩藩主人名事典」によると、正弘さんの場合は時期が時期だし、
早くから老中になっていたこともあって、
藩の政治はもちろん家老に任せてはいたものの、
しょっちゅう手紙で細々と指示を出したり、江戸詰の藩士や儒臣を福山へ帰らせて
積極的に藩政の改革に乗り出していたんだそうな。



正弘さんの藩での事業としてはやっぱり誠之館(せいしかん)の創設が話題に上るけど、
パパである5代目やグランパである4代目も学問所を造っている。

なのに正弘だけが教育の神様って、不公平じゃね?
と思ったら、誠之館のレベルってのはそれまでとは段違いらしい。


1万石のアップした給料分を誠之館につぎこんだと 「福山城(16)」 に書きましたが、
「三百藩藩主人名事典」によると、誠之館は福山だけじゃなく
江戸にも造ったそうなんだな。

具体的にどんなものだったのか、以下は「三百藩藩主人名事典」からの引用です。


 【安政元年12月に4,200坪、付属練兵場18,000坪の広大な敷地に、
  学舎や練武場・書籍寮を連ね、教育内容も、儒学のみならず、国学・洋学・医学・
  数学・習字・礼法、更に軍法・練武と当時の全ての学問を網羅した一大学圏を
  形成している。

  なお藩士の子弟はすべてここに学び、考試に合格しないと藩庁への出仕は
  できないと英断している。これは世襲制度下の大改革であった。しかも入学者は
  庶民の秀才にもひろげられている。】


なあるほどね~!
これじゃ1万石かかるし、教育の神様として抜きん出た存在に扱われるのも
道理だわ~。

まあしかし、これだけの敷地であり、庶民にも門戸を開放してたんなら
当然福山のがメインで、江戸のは分校ってカンジなのかな。
「藩校」って枠組みじゃもはや収まらないよね。



ところで、正弘さんのこの像。


福山・阿部神社49・阿部政弘公像



うん、顔はふっくらしてるし、鼻のもったりした部分なんか
あの肖像画と似てるな。
再度あの肖像画を掲載しますので、皆様も見比べてみてください。


阿部政弘肖像画
      (「阿部正弘公肖像画」の白黒写真 二世五姓田芳柳筆 福山誠之館蔵。
       画像はウィキペディアから)


おお~、着物のひだとか、肖像画とほぼ同じじゃないか!

ただ、肖像画の方はちょっと伏し目がちになってるのを
石像では視線を正面に持ってこさせたってぐらいの違いだよな。

しかし、肖像画と見比べてみるとよくわかるんだけど、
石像の右手は何をしてるんだ?と思ったら、笏を持つ形なんだな、これ。

石像の写真を拡大して見てみると、丸めた手の中は空洞にはなっていないようなので、
おそらく当初は肖像画と同じく笏を手にしていたものと思われる。

ポッキリ折れちゃったかな?
でも石像でしょ、これ?
折れるか!?

ただですね、

 【阿部正弘公銅像については、大正11年本丸に衣冠束帯姿の像が建立されていたが、
  昭和18年供出、昭和51年建立期成同盟会が設立され、同53年4月、二之丸
  (人質櫓西)に建立された。】
  (「新版福山城」より)

って歴史があるそうでね。

オリジナルがこれと同じだったかまではわからないものの、
個人的な想像として、恐らく肖像画の正弘さんを銅造り3次元リアル復元して、
供出された後にふたたび同じものを造ったんじゃないかな~って気がした。

まあ、城内にある像より、こっちの方がリアルっぽくていいよな。
ただ、体型は修正しないでもっと大きくしてもよかったと思うけど


うおっっ!!
気がつけば、また正弘さんだけで1話使ってしまう・・・
まあ、(いつものことですが)関心や愛情がそのまま文章量に投影されるので、

「アンタってホントわかりやすいよね~」

とご笑納いただければ・・・(笑)。


で、この像はここでのお目当てのひとつでもあり、
寄る年波で脳の働きがお弱くなっているのに加え、
歴バナをまじえたブログなんか書いているわたくしは
是非とも正弘の尻の下をくぐっていくべきところ。

幸い、夕暮れで境内には誰もいない。

ので、チャレンジしました、尻くぐり・・・いへ、石像潜り。

横幅はまあまああるんだけど、とにかく低い!
1人旅の時は絶対荷物は身体から離さないので、
幼稚園がけにしたままのデカいカバンと共にくぐるのは結構大変でした。

結局、カバンを先にくぐらせてそれを握ったままズリズリ・・・
誰もいない時でよかった
正弘本人には絶対くぐれないね(くぐる必要ないし・・・)

効果があったのかどうかは・・・
毎日このブログを読んでくださる皆様が判定することです


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最終更新日  2013年12月18日 14時28分52秒
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