戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年09月21日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
●天応元年(781)


1月、下総で飢饉。
1月1日、伊勢の斎宮に美しい雲が現われ、祥瑞だとする報告があったので
年のあらたまった元日の吉日をもって宝亀から天応(てんおう)へと改元。
あわせて大赦を行う。

前年の宝亀11年3月の陸奥の反乱において、あざむかれて賊軍へ加わった者のうち
賊から逃げ戻ってきた者に対しては向こう3年間租税を免除するという通達を出す。
蝦夷征伐に遠征した者で長い兵役に疲れ家業が破綻をきたしている民衆も多いので、
その家に対しては今年の田租を免除する。もしも蒔く種モミがない場合には
所管の国司がこれを貸し与えるよう指令を出す。

2月17日、 光仁天皇の第一皇女・能登内親王が死去。 享年48歳。

「近頃具合がよくないと聞いてはいたけど、
いつになったら参内して朕を慰めてくれるのかと
心待ちにしていたのに、こんなに急に、しかも年取った朕を置いて
あなたが先に行ってしまうなんて、何て言っていいかわからないよ。

こんなことになるとわかっていたらもっとおしゃべりしたのに!
今はもうあなたの情愛を少しの間も忘れることができなくて、
ただ声を挙げて泣くばかりだよ・・・

あなたには位一位を贈ろうと思っていたけど、今こそそれを果たそう。
あなたの子達は本来は5世王だけど、2世王として特別に遇するから、
あなたは子供に心を残すことなく、黄泉へと続く道を心安らかに
歩んでください」

(by 光仁天皇)

2月30日、陸奥の軍営に向けて相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸などの国から
穀10万石を船で輸送させる。
3月3日、地震。
3月12日、美作の苫田郡の兵器庫が午後3時と午後3時半の2回、大きな雷が
次第に轟くような音を立てて振動する。
3月16日、鈴鹿関の西側の城門の太鼓がひとりでに3度鳴る。
3月25日、1ヶ月に渡って治療を続けているものの、光仁天皇の不眠が続いている。
そのため、大赦を行う。

4月1日、左右兵庫の兵器が大石を地面に投げつけたような大きな音を立てて
ひとりでに鳴った。
光仁天皇、危篤。 このため鈴鹿・不破・愛発の関を固めさせる。

4月3日、勅。

「ち・・・朕は徳が薄いのに天皇となり、もうよく国を治めることも
できなくなってしまった。しかも以前からの病は治らないし、
もうトシでお迎えも近いだろう。ゲホッ

今ここに、皇位を山部親王に譲って朕は残りの日々を
養生して過ごしたいと思う。
山部はずっと朕によく仕えてくれたし、
憐れみ深く孝心にも篤い親王だ。
憐れみ深く孝行というのは、すべての行いの基本だからね。
ムカデが死んでもひっくり返らないのは多くの支えがあるからだって
言うじゃない?

とかくこーゆー時ってのは悪い心を起こす輩がいるもんだけど、
天下を乱すだけじゃなく、自分の一門まで滅ぼすことになるからね。
もしこの機に乗じることを考える者がいたら、先祖からの家門の誉を
汚すことのないよう、心を入れ替えて清く仕え、ムカデ・・・
いや山部をよく支えてほしい。
天は空高いところにあるけど、低い地上の民の声を
よく聞いてるらしいよ」

(by 光仁天皇)



祥瑞によって意気揚々と改元して蝦夷征伐で疲弊する農民を慰撫する徳令も出したのに、
娘には先立たれ、奇っ怪な出来事の報告も続き、自分の病も重い・・・
ここに至って光仁天皇は皇太子・山部親王に譲位。
歴史に興味のない人でもその名前を知っている、桓武天皇の誕生です。


奈良~平安系図-3


光仁天皇の治世は年を追うごとに混乱の様相を呈していきましたが、

それを引き継いだ桓武天皇の時代に入ると、ぎいぎいと不快で大きな音を立てて
歴史が動き出します。
そしてそれは、奇しくも最澄が都に出てくる時期とクロスします。


4月4日、 桓武天皇の弟・早良(さわら)親王が立太子。
4月11日、桓武天皇が即位したことを伊勢神宮に報告。
4月15日、

「近江の大津宮で天下を治められた天智天皇が初めて定めた
法にしたがって、我が父上の大君より天下の政を行う皇位を
朕に授けられたことはただただ畏れ多く思っている。

さて、天下を治める君主はよい臣下を得てこそよく天下を治められると
聞いてるんだけどさ、朕は劣った者ではあるけど、親王をはじめとして
皆がよく補佐してくれればやっていけると思うんだよね。
だから、皆はへつらいや欺きの心を持たず、忠実で裏表のない誠意で
もって朕を助けて欲しい。

朕一人がこうした喜ばしい位に着くのも何だし、朕の母上は皇太夫人
として位階を上げ、朕に仕える中で勤務態度のいい者も1~2人ばかり
位階を上げちゃおうかな。
それから、伊勢神宮をはじめ諸神社の禰宜たちには位一階を与え、
諸寺で智行に秀でた人や80歳以上の僧尼たちには物を布施しよう。
高齢者や窮乏する者、孝行や節義のある者には適宜援助をするよ。
えい、持ってけドロボー、今年の田租は免除じゃ~~!!」

(by 桓武天皇)

4月20日、賀茂御祖神社と賀茂別雷神社の禰宜や祝(ほおり)などに初めて笏を持たせる。
4月27日、皇太夫人・高野新笠に正三位を加叙。
5月4日、地震。
5月13日、地震。
5月14日から15日にかけて、鈴鹿関の城門と守屋4棟で木で建物をつくような
屋鳴りがする。

6月、日照り。
6月1日、勅。

「古の時代には役人には能力のある者を選んで、定員には限りが
あった。ところが時代が下り政務が増えると定員外の役人を
置くようになり、その傾向は広がり続けている。
例えていうなら、10頭の羊を養うのに9人の牧夫がいるような
もんだよ。これの弊害をこうむるのは、他でもない民衆だ。
そこで、郡司と軍毅を除く内外の文武の官で定員外の者は解雇!

また、多くの国司はその務めを果たさず横領したり、法に背いて
民から利益をあさっている。よって、行いのひどい者は任期の途中でも
格下げとし、逆に公正で清い行いの者には高い官職を授ける。
悪を除き善を奨励し、朕は昔のような淳朴な気風を取り戻したい・・」

(by 桓武天皇)

同日、征東大使らに向けてお小言。
「先日の上奏文を見て現地の様子がわかったよ・・・
1人の賊の首も斬らないうちに軍隊を解散しただってえ~
賊は攻めれば逃げるし、ほっとけば攻撃してくる。賊の首領たちは
1人で千人にも匹敵する。奴らはまだ捕まってはいない。

上奏文によると、賊4千に対して斬ったのはわずか70あまり。
なんでこんなで解散なんかするのさ!
都に帰るより、戦勝報告のが先だろ!!
いくら旧例があると言っても、朕はこんなの認めないからね!
まず副使の2人のうち1人を早馬で来させ、委細報告せよ。
他は勝手には動かず、朕の指示を待ってろよ!!」

(by 桓武天皇)

6月12日、地震。
6月18日、道鏡の失脚の際、土佐に流していた道鏡の弟とその子らを赦す。
ただし、故郷の河内には帰れても入京は許さず。
6月22日、地震。
6月24日、金星が昼間見えた。

7月5日、日照りのため大赦。
7月6日、富士山麓に灰が降り、木が枯れたと駿河から報告あり。
7月18日、尺度(現・羽曳野市)の池の水が10時~18時にかけて血の色になり
生臭い臭いが漂う。

8月25日、陸奥按察使・藤原小黒麻呂が帰京。
9月22日、蝦夷征伐の関係者に苦労を讃えて位階を上げる。
9月26日、従四位下を授かって蝦夷征伐に向かった大伴益立(ますたて)に対し、
進軍が進まなかった咎で従四位下を剥奪する。

10月10日、地震。
10月16日、尾張・相模・越後・甲斐・常陸などに在住の12人が自腹で兵糧を
陸奥に輸送したことを受け、物資の量に応じて位階を加える。
また、軍功のあった蝦夷の人らにも位階を授ける。

11月3日、地震。
11月13日、大嘗祭。
11月27日、地震。

12月12日、地震。
12月17日、 桓武天皇の異母弟・薭田(ひえだ)親王が死去。 享年30歳。
12月20日、光仁天皇の病が重いため、大赦。
12月23日、光仁天皇死去。享年72歳。
桓武天皇はのどがつぶれるほどに慟哭し、


「朕の誠意は天に届かず、ついに父君が亡くなられてしまった・・・
服喪令では1年の喪としてるけど、父君の尊さを現すために
喪を3年にしたいんだ。けど、政務がとどこおるのはよくないって
皆が言うから、服喪の期間は6か月とする。

今月25日から、神社の封戸とされている郡を除き、諸国の郡司は
役所の前で3日間声を上げて泣く礼を行え。初日は2度の礼拝を
立坐2回、それ以外は1日に3度行うように。遠方の郡では
この命令が届いた日を初日として行え。」

(by 桓武天皇)

12月24日、地震。
12月26日、兵庫司の南院の東の庫が鳴った。
12月27日、

「服喪6ヵ月はやっぱり撤回!父君を失った悲しみが深すぎるから、
1年にする!!」

(by 桓武天皇)

12月29日、光仁天皇の初七日。七大寺で読経させ、この後は7日ごとに
京内の諸寺で誦経させる。また、49日には国分寺と国分尼寺で光仁天皇のための
斎会を催すよう指示。




地震多いなあ、この年。
日照りもあるし、怪奇現象も続くし、それから7月6日の記述。
詳しい規模などはわかってないけど、どうやら富士山が噴火したようですね。


それにしても世情の不安定な時期をこうして細かく見ていると、
ホントに災害って天子の徳にかかってるんじゃないのかって錯覚すら覚えますね。

蝦夷征伐の方はあれだけ物資や兵をつぎ込んだのに結果を出せないまま解散・・・
光仁天皇路線を引き継いだ桓武はさらに過激に事に臨もうとしている様子がうかがえます。


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最終更新日  2015年10月11日 23時46分27秒


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