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戦場の薔薇
第十話「レーヴェ」
AMH-009812宙域/デブリ帯
何処までも延々と続く漆黒の海。その中で煌く無数の瞬き。
遮る物の無い宇宙空間を直進した太陽光がスペースデブリの表面にぶつかって乱反射を繰り返しているのだ。
数日前、ここで大きな戦闘があった。これは、その時の残骸が吹き溜まった場所で、デブリの大半は戦艦の破片やTPのパーツなどだった。
そこにあって、唯一原型を留めたデブリ。それは、撃沈された守人軍の大型戦闘艦「スレイプニル」だった。
全長一キロほどもあるこの戦艦は、主に艦隊の旗艦として運用されている。それが沈んでいるという事は、即ち、この戦場で勝利を収めたのが公国軍であったという事を意味していた。だが…
「…こちらレッドワン。ターゲットに接触した。これより探査を開始する…」
既に破壊され、大穴の空く焼け爛れた装甲面に手を掛ける一機のTP。その後方には、五機の同型TPも待機しているようだった。
『…了解だ。だが、そこは既に公国軍の領域だ。慎重に当たれ…』
「…了解…」
静けさの中に微かな接触音だけが響く。宇宙空間である為に、大気を振動させる事はないが、その分鋭敏になったパイロットの感覚が、機体を伝う僅かな振動に音を感じていた。
砲撃によって開けられたのであろう装甲面の大穴から入り込んだTPは、用意されていた3Dマップを基にスレイプニルの艦内を捜索し始めた。
「…ここには無い…か。しかし、良くもやってくれたものだな…」
先頭を行くTPパイロットの目に映る惨状。
そこにあったのは、冷たい宇宙を漂流する守人軍兵士の遺体だった。
それも、一つや二つではない。視線を向ける先々に、スレイプニルのクルー達の亡骸が漂っていた。
『…隊長、アレではないでしょうか…?』
「…?」
隊員の一人から通信が入り、その声の主が乗るTPの指先が示す物に目を向ける部隊長。
そこには、大きく「Extp-666」と記されたコンテナが浮遊していた。
「…間違いない。この中にレーヴェが…」
何事も無く任務が完了しそうだ。と、安堵の溜め息を吐き出す部隊長。しかし、その直後だった。
『…探し物見付かったんだ?オメデトー♪』
「む?」
突如回線に割り込む男の声。そして、ほぼ同時に友軍機のパイロットが悲鳴を上げた。
『っぐわぁっ!』
「ど、どうした!?」
部隊長が振り向いた時には、友軍機の頭部が破壊され炎上していた。
『一足遅かったねぇ。ワリィけど、そいつの中身はオレ達が先に回収させてもらったぜぃ~』
「なんだと…っ!?」
状況が未だ飲み込めない部隊長は、何処から狙撃されたのかを確認しようと必死で周囲を見回した。…が、立て続けに撃ち放たれた弾丸が次々と友軍機の頭部を破壊して行く。
『メインカメラがっ!』
『た、隊長!?』
『前が…何も見えません!』
奇襲に合い、平常心を失ったパイロット達が混乱し、TPに無茶苦茶な動きをさせてしまっていた。
「一撃で頭部を破壊だとっ?…この手口、まさか…!?」
レーダーの有効範囲を広域に広げた部隊長。そして、ようやく発見出来たのは、遥か十キロメートルも彼方で熱源を発する敵TPの識別反応だった。
『き、貴様は…ネックチョッパー!?』
「はい、せいかーい。良く出来ました~☆」
モニターに映し出された照準をヘルメットのゴーグルに反射させ、その内でニッコリと笑顔を作るベリオ。
スレイプイルからは肉眼で確認出来ない程の所に浮かんだ別のデブリに腹這いになり、十メートルはあろうかという超長銃身の狙撃ライフルを構えた深緑のTP。それこそ、ベリオの駆る愛機「オーディン」だった。
「クッ、よりにもよって、とんでもない奴と出くわしたものだ…っ!」
急ぎ機体を反転させ、物陰に隠れようとする隊長機。
『各機転身!物陰を利用して姿を隠せ!』
「り、了解!」
ベリオはスレイプニルに前もって開けられていた風穴を利用し、狙撃していた。だから、物陰に隠れてしまえば、狙撃は不可能になると踏んだ部隊長は、友軍全機にそう指示を下したのだった。しかし…
『軽率だな。そして、浅墓だ。…他にも敵機が潜んでいるとは考えなかったのか?』
「な…にぃっ!?」
薄闇の中を真紅のTPが疾駆した。その残光が友軍機の間を擦り抜けた直後、友軍TPの二機は袈裟切りに真っ二つとされていた。
「ブレアの紅い魔女…ヴァネッサ・ブランシュタインか!?」
『気付くのが遅過ぎだ。お前等に、逃げ場など無いんだよ…』
紅い装甲に運動性を重視した細身の機体。身の丈をも超える大鎌を備えたそれは、ヴァネッサの駆る「カーミラ」だった。
公国軍のエースが二機も一つの戦場に現れる事など稀だった。予想だにしないそんな状況では、もはや逃げる事など出来ないと踏んだ部隊長は、味方への救援を要請しようと通信機のスイッチを入れていた。
「こちらレッドワン!状況が変わった。現在、我が隊は敵機と交戦中!至急救援を…!」
『ガ…ガガ…ピー…ザーーーーーザザッ』
しかし、聞こえて来るのは返答ではなく雑音ばかり。つい先程まで使えていた通信機は、まるで使い物にならなくなっていた。
「クソッ、どうなっている!?」
『…アンタに恨みは無い。だが、これも任務…。悪く思うなよ』
闇に解ける漆黒の妖獣。その赤い眼光はフワリと宙を舞って隊長機の眼前へと降り立った。
その手が握る長銃身のハンドガンは、銃口を部隊長に向けたままで徐々に熱量を増していった。
「公国軍の…、黒い妖犬…!…ぬぉああああああっ!?」
コックピットを閃光で照らすケルベロスの砲火。胴体を打ち抜かれた隊長機は、そのパイロット毎一瞬で焼き尽くされてしまった。
「た、隊長ぉぉーーーーー!」
「隊長が…やられた!?」
頭部を破壊され、二機だけ残された守人軍のTP。そのパイロット達は、あまりの恐怖で正気の沙汰ではなかった。
「ち、ちきしょぉーーーっ」
「ここは…、化け物どもの巣窟かっ!?」
二機の守人軍TPは、メインモニターの映像をサブカメラへと切り替え、ようやく状況を把握し始めていた。
周囲を取り囲む公国軍のトップエース達。そして、指揮官を失い、完全に孤立した自分達。
攻める事も、退く事も出来ない。そんな状況の中での彼等の心境は、自らの命を敵の手に鷲掴みにされた。そんな感じだろう。
そこへ降り立つもう一つの存在。
「天使…だと…!?」
純白の装甲をそう感じてしまうほど、彼等の神経はどうかしてしまっていた。
「ち、違う!」
「…公国軍の白い孤狼。奴まで来ていたのか…。どうやらここは、本当に化け物の巣窟だったらしい…」
完全に戦意を喪失した守人のパイロット達は、現れたフェンリルを半分放心した状態で見つめていた。
『守人軍のパイロットに告ぐ。私は、公国軍特別遊撃部隊ホーリークロス所属、マクシミリアン大佐だ。既に貴殿等の敗北は決した。速やかに武器、及びTPを放棄し、投降したまえ』
その言葉に抵抗する事も無く、守人兵は直ぐに投降した。
TPを放棄し、生身を晒した彼等を見て、ハンドキャノンを構えたまま見下ろすケルベロス。
「…任務完了…か」
タクマは、ホッと胸を撫で下ろす気分だった。
初めての部隊戦で、彼なりに緊張していたのだ。
そんな彼の様子を見て、ティリアが珍しく声をかけて来た。
「…タクマ…」
「…ん、なんだ?」
振り返ったタクマに、後部副座から薄っすらとした笑みを見せる彼女。
「…お疲れ様…」
「あ、あぁ…」
タクマは面食らった顔をして、微かに頬を紅潮させた。
と、いうのも、ティリアのそんな表情を見たのが始めてで、それが心の中の女性に重なったからだった。
複雑な気持ちではあったが、こんな形で労いの言葉をかけられるなど夢にも思っていなかった彼は、少し嬉しくなって言葉を返した。
「…お前もな、ティリア」
【0020/10/29/10:40】
AMH-009812宙域/高速巡洋艦エンデュミオン
マクシミリアン率いる特別遊撃部隊ホーリークロスの母艦「高速巡洋艦エンデュミオン」。
遊撃部隊としての活動を始めるに当たり、アルマンダイン総統から与えられたのが、この最新鋭艦である。
大気圏離脱能力を持ち、高い機動性と単体での戦闘能力に優れるこのエンデュミオンは、円錐に近い形状をしている。
武装は、ブリッジ前方、艦のほぼ中心点に位置する広域破壊を目的とした高圧縮ビーム弾頭砲「ラグナロク」を主砲とし、両舷に備えた対艦対TPマイクロミサイル「ジークムント」八門。加えて、全自動照準機銃「バルムンク」二十四門を装備している。
クルーは総員三十名足らずだが、彼等の何れも各ジャンルでトップの成績者であり、文字通りのエリート集団で構成されているのだ。
「…で、アレは先行試作された連中の新型なんだとさ」
食堂の一角でパイプ椅子に腰掛けた男女数名が、長いテーブルを挟んで話し込んでいる。
その中で、組んでいた足を組み替え、蓋のされた容器から伸びたストローを咥えて話すベリオ。
「つまり、試作品の搬送中に我が軍との遭遇戦になった…。そういう事か」
「あぁ。…その上、回収に来た部隊は俺等と出くわして…か。あ~ぁ、ツイてないねぇ、アイツ等」
愉し気に話すヴァネッサとベリオ。その間で、黙々と食事をとるタクマとティリア。微妙な構図だった。
「…なぁ、お前等さ、こう…楽っしい~♪って事とか、ないの?」
「ん…何がだ?」
ベリオのそんな質問に、素の表情でそう返すタクマ。ティリアに至っては、全くの無反応だった。
「無敵の天然っぷりだな…」
呆れた…。と、言いたげな笑みを浮かべ、ヴァネッサがそう言うと、タクマは怪訝な表情を浮べて小首を傾げた。
「全員揃っての昼食か。仲がいいな、結構な事だ」
突然会話に割り込んで来たのは、他でもないマクシミリアンだった。無論昼食を取りに来たのだろう。
しかし、そんな彼の言葉に、ヴァネッサとベリオは顔を見合わせて呆れ顔を浮べた。
「(ここにも天然がいたか…)」
その直後、厨房のカウンターから昼食を得て戻ったマクシミリアンに、全員の注目が集まっていた。
「(あの仮面、口まで覆ってるのに、どうやって食う気だ…まさかっ!?)」
そう思っていたのは、ベリオだけではなかった。
「(誰一人、あの仮面の下を確認した者は無いと聞く…。これは、素顔を拝むチャンスか)」
そんな期待をしてか、タクマとティリアの意識まで、その鉄仮面に向けられていた。
ゴクリ…。
全員の生唾を飲み込むような音が聞こえた。そして、時は満ちた…。
その手が仮面に掛けられたのだ。
「(キターーーーーーーーーーーー!)」
しかし、仮面が外されたと思った次の瞬間、仮面の下半分…つまり、口元の部分だけがパカッと外れ、上半分が残されたままの状態になっていたのだった。
期待が外れ、その思いは口を開かせた。
「外れるのかよっ!」
「…ん、なんの話しだ?」
「あぁ…いや、何でもないッス…」
ガックリと肩を落とすベリオとヴァネッサ。その傍らで、タクマも少し残念そうな表情を浮べていた。
「…所で、話しは聞いているな?」
「?」
唐突なマクシミリアンの質問に、一同は不意を突かれて顔を上げた。
すると、彼はフォークを握った手で下の方を指し示し、そのまま話しを続けた。
「先程捉えた彼等…いや、レーヴェという新型についてだ」
「あぁ~、えぇ、まぁ…」
ベリオの中途半端な回答に、マクシミリアンは軽く息を吐いて続けた。
「あのレーヴェという機体。…なんでも、ドレインの研究に関連したモノらしい」
「ドレインの?」
その名を聞けば、一番最初に食い付いて来るのは、何時もタクマだった。
「奴は、ここ最近になって、THMシステムというTP用の戦闘システムを開発したらしい。LD…つまり、ティリア君の能力を簡易的に与える物なのだそうだ」
「リンクドールシステムの簡易版というワケですか…」
「これを使用する事で、通常の兵士でも飛躍的に戦闘能力の向上が見込めるらしい。…全く、厄介な物を作ってくれた物だ…」
そう言うと、下を向けたフォークで昼食の野菜を突き刺し、そのまま口へと運ぶマクシミリアン。
「…また、面倒が起こりそうだねぇ」
「なぁに、少しばかり張り合い甲斐が出るというだけさ」
違いない。…と顔を見合わせ、笑うベリオとヴァネッサ。すると、今度はタクマがマクシミリアンの方へと目を向け、口を開いた。
「…では、下の連中は用済み…という事ですか?」
それは、処分するのか?という意味での言葉だった。
平時であれば、捕虜は丁重に扱わなければならないという規則があるが、この戦争でそれは有り得ない。つまり、用が無くなれば処分という形で処刑されるワケだ。
しかし、マクシミリアンの意向はそうではなかった。
「いや、彼等には、丁重にお帰り願う」
「…丁重に?」
タクマには、彼が何を言っているのか判らなかった。
しかし、ヴァネッサにはそれが理解出来ていた様子で、首を軽く縦に振りながら納得していた。
「なるほど…」
ヴァネッサに理解出来ている事が自分には判らない。そんな歯痒さからか、怪訝な表情を浮べたタクマに、黙りこくっていたティリアが口を開いた。
「…つまり大佐は、タクマ達に対する恐怖心を植え付けられた彼等をあえて開放する事で、公国軍特別遊撃部隊ホーリークロスという「名」そのものに抑止力を与えようとしている訳ですね…」
「そういう事だ」
二つ名を持つトップエースによって構成された部隊。その名前が有名になれば、それだけで敵の戦意を削ぐ事にも繋がり、同時に戦場で目立つ事で味方の戦力を守れるという一石二鳥の策だった。
「…戦わずして勝つ…か」
姑息な手段といえば確かにその通りかもしれない。だが、その効果には大いに期待出来るであろうと理解出来た。
自身の意向とは異なるが、それが作戦だと言われれば、タクマに逆らう事は出来ない。
上官の意思は絶対でなければならないのが、軍であり、兵士でなければならなかったからだ。
「…了解…」
部隊に所属する。と、いう事の難しさを感じながらも、こうしてタクマは馴染んで行くのだった…。
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