SHOZO~ぼくはこうして世界の四大アーティストになった~

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嶋本昭三

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2005.07.01
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カテゴリ: 作品
東京都現代美術館は、日本で最も巨大な現代美術の美術館であるから、


開館して約一年が過ぎた頃、コレクションの中の8点について
「名作誕生の秘密」と題した講演会が催された。
8点の”名作”にぼくの「穴」の作品も選ばれ、講演会に招かれた。


この作品は1950年頃の制作である。


ぼくは美術大学に行かせてもらえなかったので、関西学院大学に入学した。
1947年のことである。

当時この大学には予科と本科があったが、本科に入学したとき、


教授の娘さん(といっても結婚されていた)が絵描きで、壁に大きな絵が掛けられている。
緑の綿のような森の上を、女が裸で歩いているというもので、
ぼくはびっくり仰天してしまった。


戦争が終わって間もない頃である。


当時、ぼくは、戦争画のように写実的な絵しか見たことがなかったのだ。
そして「そうしてこの女性は空を歩いていて落ちないのですか」と愚問を呈して
笑われてしまった。

「昭三さん、絵というものは自分の夢を描けばいいのであって、物理的におかしくてもいいのです。」


絵とはそんな自由な世界だったのか。


その後、縁あって吉原治良に師事することになった。
師吉原治良は「上手下手はどうでもよい。今まで人のやらなかったことをやれ」


それなら簡単なことだと広言し、何度か描いて持参するのだが、
師は外国の美術雑誌を示しながら、この辺が似ているので駄目だと言う。

そんなことを言われても、その頃のぼくは外国の美術雑誌など見ることはできないのだから仕方がない。


当時は、お金がなくてキャンバスも買えず、新聞紙を糊で何枚か張り合わせて代用していた。
あるとき急いで描いていたら、充分に乾いていなくてキャンバスに穴があいてしまった。




「そうだ、穴のあいた絵はないはずだ」


そして穴のあいた絵を何点かつくり、師のもとに持参した。









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Last updated  2005.07.01 13:33:14


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