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2017年04月10日

「比ぶ者なき」（メモ１１）

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太上天皇が深い息を漏らした。
「わたしがこれほどまでに願っても、そなたの胸の内に巣くう鬼は満足せぬのか」
「鬼、ですか」
「さよう。父、鎌足亡き後、そなたをないがしろにした皇室と朝堂を恨む鬼だ」
「太上天皇様、お言葉にございますが、わたしはだれも恨んではおりませぬ。この不比等をそれほど小さな器の男だとお思いですか」
「だからこそ、そなたの飼う鬼は恐ろしいのだ」
太上天皇は目を閉じた。
「恨みなどどうでもよいか。そうであろう。その胸に抱いた恐ろしい野心を食うて大きくなる鬼じゃ。その野心を成すためにはどのようなことでもしてしまう恐ろしい鬼じゃ」
「太上天皇様――」
「左大臣でも太政大臣にでもなるがいい、不比等。そこで諦めるのだ」
「太上天皇様――」
太上天皇様は眦を決し、不比等を睨んだ。その姿こそ鬼そのものだった。
「ご決断が遅すぎましたな、太上天皇様」
不比等は腰を上げた。
「わたしはわたしの道を行きます。軽様と軽様の子々孫々が玉座に就き続けることをお望みなら、わたしの行く手を阻まないことです」
不比等は叩頭した。言葉を失って睨み続ける太上天皇を残し、寝所を後にした。
（馳星周さん「比ぶ者なき」Ｐ２４３）