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重い話題ですが、ちょっとだけおつきあいをお願いしたい。 ジャーナリストという職業は、たいへん重い仕事であると再認識しています。メディアの伝えるところ、 はるかシリアの北の地、アレッポという街で、一人の日本人女性が、命の火を消されてしまいました。おもわずため息がもれてしまいます。 フリージャーナリスト山本美香さん45歳、通信社「ジャパンプレス」に所属の女性ジャーナリストであります。 若いなぁ、私のひとまわり下だわ。山梨県出身、96年からジャパンプレスに所属、アフガニスタン取材などを継続されていたようです。 イラク戦争報道が評価され03年度のボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受けられました。 戦争と戦場を駆け抜けるジャーナリストやカメラマンの方々は、どのような思いと信念で危険な場所におもむくのでしょうか。 彼らが伝えようとする映像や事柄は、それを見る私たちに、どのような思いを抱かせるのでしょうか。それはひとえに非人道的な行いを、目にみえる形にして、戦火に対する怒りをもって世界に告発するためのものなのかもしれません。 しかし、過酷な職業であることは事実でしょう、が、それをおしてまで彼らが貫こうとする事柄は、報道の使命、ということなのかもしれません。それは、現地のその現場でなければ撮れない、書けない、映像や記事なのでしょう。ですがその代償が自身の命というのは、私には辛すぎる事柄ではあります。 さらに言えば今回の取材現場は、あまりに危険すぎる場所であったと認識しています。そこはちょっと危なすぎるのでは、と私は認識したものですが。戦場カメラマンの渡部陽一さんも、その取材理念に、必ず帰ってくる、ということを実現してこその報道だともおっしゃっておられたのを思い出しています。 危険に対する臭い、というか嗅覚を過信しておられたのでしょうか。最後の映像といわれる数分間がTVに流れましたが、そこから臭ってくるあまりに危険なかおりに私自身TVに対して身構えてしまったほどでした。何かに魅入られてしまったのでしょうか。 今となっては失われたという思いのみが、虚しく心をよぎっていきます。同じ、映像を職業とする身でありますゆえ、なんとかならなかったのかと悔しく思います。まだまだこれからでありましたでしょうに。 のちに判明した情報では、シリア政府軍は、外国人ジャーナリストもその標的としていたということです。これはひとえに自国政府に都合の悪いことは、すべてを葬り去る手段に打ってでていたということで、これはジャパンプレスの方でバックアップして、危険であるという情報を彼らにしらしめる義務があったとも思うのです。防弾チョッキを装備していても、訓練された正規軍の標的になれば、弱点を知る彼らから命を守るのは逃げること以外にはないでしょうから。 写真の仕事は、記録するということ、であると写真学校では認識したつもりではありました。しかし報道はそれプラスなにかを求められるようで、私には出来ないな、とあきらめたことを思い出しています。それは正義を貫く信念といったようなもので、ある種の自己犠牲を強いられるような気がして、当時軟弱な私は早々に白旗を掲げたものでした。そこまでの覚悟は私には持てなかったのであります。 そうまでして「伝える」ということの意味はあるのだろうか、と今自問自答しています。しかし、私は「意味はある」と答えたいのです。なぜならば、重すぎる一つの命と引き替えに得られた映像が伝えてくる「なにか」を私たちが見たときに、心に沸き上がる「なにか」を熱く感じるがゆえに、なのでありました。 強い人であったのだなぁ、と感慨深く思います。ご冥福をお祈り申し上げます。聞けばお父上も報道のお仕事であったと、残念な思いは大きいでしょう。が、娘さんが伝えたかったことは、ちゃんと「伝わった」と思うのであります。さて、伝えられた私たちがとるべき行動とは、、、。 最近の報道のニュースに関して、心に浮かぶことどもでありました。おつきあいいただき感謝いたします。本日は、ここまで。また、お会いしましょう。
2012年08月24日
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☆ さて、京都では恒例となりました子供たちのための夏の行事のひとつが地蔵盆であります。 ☆ それぞれの町内にあるお地蔵様をおまつりして、子供たちのぶじと健康をおねがいするこの行事は、 京都の夏の子供たちにとっては、おたのしみのひとつなのでありました。 とくに小学校低学年には、おかしがもらえて、ゲームができて、みんなとたのしくすごせる ミニお祭りのような感じのものであります。 今年は準備の役員職を拝命し、いろいろと お手伝いさせていただきました。もちろん、おとなたちにもおたのしみはあって、 終了後の打ち上げのビールが、なかなかのものなのでありました。 ☆ 当方はやや新興住宅地のようなところではありますが、ちゃんと町内にお地蔵様が おまつりしてあり、当日は特設の会場(ほとんど道路を占有して行うため、けーさつやさんへの 届け出が必須ではありますが)にお地蔵様をお移しして、お坊様にお経を上げてもらい、 そののち子供たちに法話をひとつしていただきます。それからゲームやおかしタイムに なるのですが、これがおたのしみになっているのでありました。 ゲームは輪投げや達磨たおしなどで景品有りの一発勝負、おかしはわたあめやいろんな スナック菓子のつめあわせなどで、幼いころはすごくうれしかったものでありました。 ☆ 盆踊りなどの行事とはまたひと味違った地域密着型のお盆の行事であります。 これがおわると子供たちは夏休みの終わりを感じ始めるのでありました。 さて、これで忙しかった今年の夏のお役目も、ひとまず終了になりますね。 当家ではおじいちゃんから受け継いだ、菩提寺の檀家さんのお世話係りである寺総代の お仕事があり、ことしの自治会の夏行事と地蔵盆のお世話に、夏のお盆の親戚の集まりのお世話と、 なにかとお付き合いの多い八月ではありました。これでやっとすこしおちついて すごせる夏に戻りそうではあります。 ☆ ちょいとお休みしておりました楽◎レビューもまた書き始めようと思っております。 九月は大関ではありますが、また100% 趣味のレビューをぶちかましてみたいと 思っております。おひまでしたらまたちょいとのぞいてやっておくれやす、であります(笑)。 ひと段落ついた八月に思うことどもでありました。本日は、ここまで。また、お会いしましょう。 まだまだ元気な今年の緑のカーテン、九月もおせわになりま~す。
2012年08月19日
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ぅっわっ! 外はすさまじいカミナリ嵐なう、←8.14.AM5 これほどのすさまじさは経験がないというくらいのやつが!おまけに停電二発、おかげでこれじゃないブログの下書きがふっとんじまったぜぃ!まぁパソコンがいかれなかったのは不幸中の幸いと思わねば、ですね。んで、ゆーがたのにゅーす見てるとこっから車で15分くらいのところで家が流されとるではありませんか。もぅ、どびっくりでありました。某国営放送では「しずがわ」と呼ばれっとった所(地元の方は「しつかわ」とおっしゃる)で、宇治川流域のきれいな支流、ここはカワセミも出没する細い清流なのですが。宇治川マラソンでもコースの一部になってたはず。ほんとに驚きました。名神高速につながるバイパスもかん水して車が4台ほど水没していましたし、ヘリの空撮映像では源氏物語ミュージアムの近くの道路が泥で通行不能になっていましたし、災害にあわれた方にはお見舞いを申し上げるしだいでございます。最近の天候の傍若無人さには、腹が立つを通り越して、一種あきらめのような気持ちにさせられてしまうことも多いですね。しかし、身近に体験しますと心から恐ろしいと実感させられます。幸い当方はちょっと高台の方にあり、難を免れましたが、それでも恐怖を感じさせるカミナリとそれこそふろおけをひっくりかえしたような豪雨には、はじめてでしたのでさすがに怖かったです。地球が怒っているのでしょうか。はたまた神の怒りが起こしているのでしょうか。ただの自然現象だとかたずけることは簡単でしょうが、それではかたずかないなにかがあるのやもと勘繰ってしまう私がいるのでありました。 悔い改めよとなにかが言っているのでしょうか。そうではないと思いたいのですが。天の怒りを感じた朝に思うことどもでありました。予定外の臨時のつぶやきにて。 本日は、ここまで。また、お会いしましょう。
2012年08月14日
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マィフェィバリットプレイス♪ お気に入りの散歩コース、その2~♪ 植物公園のとなりにある運動公園のエントランスとガイドウエイ、であります。ここもいつもきれいにととのえられていて、気分良く散歩が楽しめます。祝祭日はかなり人出がありますが、平日の午前中などは、それこそひとりじめの気分にひたることもできます。 やはり花は良いですね。 こちらは植物公園の中にある、薔薇のミニコーナーに咲いていた遅咲きのバラたちです。けなげに咲いています。やさしい色でしょう?さて、写真に撮影したときに、出来あがりの画像と見た目とのギャップに「あれぇ~」と感じることはお有りでしょうか。 これは、自身の脳内でのイメージされた仕上がりと、実際に撮影された写真画像の明るさに、くい違いが生ずること、がほとんどの原因になっています。では、どうすれば脳内のイメージに近づけることができるか、でありますが、ここで「露出補正」というものを使いますってぇと、よりイメージに近い画像をげっちゅできるちゅ~わけでんな。(あれっ、なんか人格がとちゅ~で変わったよ~な気が、しないでもない(笑) では、本題に。一眼をお持ちの方は、カメラの裏面あたりにある露出補正ボタン(+-が描いてあるやつ)を押しながら、電子ダイアルをクリクリリっと回してお好きな数値に設定すればオッケーであります。扱い方はそれぞれのメーカーによって多少は異なりますけど、まぁほとんど同じかしら(←いいのかっ、こんなアバウトでっ(笑) んで、(ぅおっサラッと流すかっ)、かんたんに説明しますと、写真暗くしたぃ時にゃ~マイナス方向に、明るくしたけりゃプラスに回すと、まぁいたって簡単な操作だったりしますんですけど、さにあらず、こんれがまたこうかてきめんでありんせば、百聞は一見に如かずをご覧くださいませ。 たとえば、前回のブログの画像も、露出補正なしで、ノーマルに撮影しますってえと、 こんな感じで、明るい普通のありきたりなどこにでもあるようななんのへんてつもないただ写しました~みたいな一枚になっちまいやがるんですが(笑)、脳内のイメージはもっと光のコントラストの強いっ陽のあたる処だけがキラキラした魅力にあふれた森の小道のイメージだったりしますので、露出補正をマイナス方向にちょいと回しますってぇと、ぁ~んら不思議、 と、このようにイメージに近づいた画像を得られるわけですな。写真をカメラまかせのオートモードにしていますと、カメラのプログラムにそった画像になっちまいやがりますんで、そこは注意が必要でありんす~。たとえば、日光東照宮、あそこの撮影対象に眠り猫と見ざる言わざる聞かざるの三猿がありますが、眠り猫はオートでおまかせで撮ってもそれなりに良い感じに写ることが多いのですよ、(これは、対象がしろくろ半々の明るさだから)すぉれに対して三猿の方は、やや白っちゃけた写真になっちまうことが多いんですね。これはお猿さんたちが暗い色調なのを、カメラのオートがグレーに近づけようとしちまうからにほかなんねぇわけでして。こぅいぅときこそ露出補正のマイナスを使うべきところなのでありました。そうすっと、あらみごと、ちゃんと雰囲気のある三猿さんが写る、というわけでんなぁ。 最近のデジカメは、撮影結果をすぐその場でモニター確認ができるところが良いですね。モニター見て、イメージと違ったら、もっぺん補正入れた一枚を撮り直すことができますんで、便利になったもんだにゃ~と思う今日このごろなのでありました。おすすめの操作方ですんで、機会がありましたらぜひどうぞ。簡単な写真のからくりなのでありました。本日はここまで。また、お会いしましょう。
2012年08月10日
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夏、八月、ヒロシマ、今年も都のかたすみから、小さな祈りを送ります。 今日からこよみの上では秋なのですが、あいかわらずきびしい陽射しがじりじりと、まさにフライパンのように、であります。 目にみえないこと、目にみえないものが、えてして重要なことってあると思うのですが。まぁ重要と言うより危険であることがある時もある、と思うのです。 被爆国ゆえ放射能に対する防御は力を入れていたと思ったのですが、さにあらず金の亡者になり下がった半公共の企業からは理念も消え、いまだ16万人の方々が故郷の土を踏むこともできず、さまよっておられます。被爆国ゆえ放射能は平和利用にかぎるということを決めたはず、にもかかわらずその中枢部にプロがひとりもいなかったというおそまつなありさま。垂れ流された目にみえないものは、めにみえないがゆえに危険な状況を作り出しています。 もうひとつ、目にみえない危険なものに「風評」があります。まったく関係がないにもかかわらず、これによって生活が破たんさせられた方々も多いことでしょう。これが日本の実態とは思いたくはないのですが、実際に有るのは事実なのであります。 根が深いと感じているのは、私ひとりではないでしょう。大津のことがらも同じようなものが底のほうに有るような気がしてなりません。 まもなくナガサキの日がめぐってまいります。いろんなことを考える機会であると思います。良い方向へ向かうには、心になにをもつべきか。目にみえないことがらゆえ、たいせつにしたいと思うのでありました。夏の花を見ながら、こころにうかぶことどもでありました。本日は、ここまで。また、お会いしましょう。
2012年08月07日
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♪~お気に入りの散歩コース、その1 近くにある植物公園の中、木漏れ日のさんぽ道。ここは気温も2~3℃低くて、たいへん心地よいお気に入りの場所なのであります。年間パスポート持ってますので、いつでも、好きなときに訪れることができて、うれしいところであります。 やはり緑は良いですねぇ。孫ちゃんたちがかけまわるのには、ちょっとついていけなくなりつつあるところではありますが、(認めたくないものだな、、若さゆえの、、、)ぐふっ、いかんいかん、セリフが口から漏れ出てしまう~(笑)、業が深いわ♪ さて8月ですので、花は蓮(ハス)が開き始めましたね。やはり儚い色が緑の葉に映えて独特の雰囲気をかもしだしております。 花も良いです。 やはり自分のためのシャッターを切っているときって、すごく充実した気分になれますゆえどうしても必要なのだなぁと納得させらてしまいます。まぁ、そりゃあ他人様のためのシャッターも、喜んでいただける分には充実感を味わえますが、3~4ヶ月ぐらいに一度くらいは、ど~しても自分のためのシャッターを切りたいっと、心が要求してくるのでありますな。もぅこれはどうしようもないことでしょうね。仕事としてのシャッターも、自分の趣味のシャッターもかわりはないと、かつては思ったものでしたが。違いましたね。 でもまぁ、なんとか平穏無事な生活がおくれていますので、ありがたいと思う今日この頃なのでありました。緑のさんぽ道で思うつれづれでありました。本日は、ここまで。また、お会いしましょう。 良い色でしょう? また良いのが撮れたらアップしますね。
2012年08月01日
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