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その日はどのようにして宴に参加したのか、よく覚えていない。
 正式に可視の式を行ったか、あるいは適当に揚屋の女将に見繕われて呼び出されたのか。
 格式高い島原ではあるが、このところ乱れも生じており、確か最上級の太夫はいず、二番格の天神の自分と、同じく天神の輪違屋の糸里、桔梗屋の吉栄はいたはずだが、それでは正式に逢状ももらってなかったかもしれない。
 とかく記憶がおぼろげなのは、その時高熱を出していたからであろう。
 身揚がりをして休めば借財がかさむ。
 だから、熱があろうと具合が悪かろうと、座敷を休むことは遊女である以上許されぬ。
 しかし、熱で浮かされた体は感覚も遠く、あっと思った時には塗りの銚子から盃に注いだ酒があふれ、こぼれていた。
「貴様、何をする!」
 袴に酒をこぼされた男がやおら盃を放り出して右手を跳ね上げた。
 その先につかまれているのは、先程この男が三百匁(約1.1kg)あると自慢していた、骨が鉄でできた大鉄扇ではないか。
 周りで妓たちの悲鳴が上がった。
 反射的に明里は身を縮め、頭をかばってうずくまった。
 だが、いつまで経っても打撃は襲ってこなかった。
 恐る恐る目を開けると、かの大鉄扇が目に入り、それを持った男の右手が、別の男のこぶしでおさえられているのがわかった。
「芹沢先生、しばらく、しばらく!」
 他の男達の慌てふためいた声がし、続けて膳を蹴り飛ばして暴れ始めた芹沢と呼ばれた男を羽交い締めにしたりして、なんとか暴れるのを宥めようとし始めた。
 宴席は大騒ぎになった。
 明里はぼんやりその様を見ながら、三百匁の大鉄扇がもし頭に打ち下ろされていればどうなっていたかを考えた。
 悪くすると命を落としたであろうし、よしんば助かったとしても、二目と見られない傷が顔に残ったかもしれない。
 そうなれば遊女としてやっていけるわけもなし、この先路頭に迷うのは必然であった。
 そこまで考えが至った時、明里はいまさらのように意識を手放した。


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