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まる 2005さん合気道はつまるところ呼吸の練習をしているのだと思われる。
技の稽古をしているけれども技そのものはもうどうでもいい。
身体運動と呼吸の重なり。
それが稽古だ。
呼吸が身体をつくる。
身体が心をつくる。
一方、剣の稽古では、個人的な研究を重ねている。
道場の稽古では、剣を素直に振り上げて正面斬りしてくる相手(受け)に対しての剣捌きを型通りにしている。
型通りとは、左右どちらかにかわして相手の首や頭に切っ先を振り下ろして寸止め・あるいは胴抜き・・・など。
最近、ある流派の剣術を真似て稽古前などに素振りをしているため、ついその剣捌きが出てしまう。
「かわった振り方をしてるね」
道場長はとくに咎める風でもなく、指摘された。
ある流派の剣術を参考にしている旨を正直に話すと、否定するでもなく是認するでもなく・・・という感じであった。
「こうでなければならない、ということはない」
常々、そう仰ってる方なので、道場では教えていない剣術を使っても否とは云わないのだ。
そこに救われる。
だが、ある先輩はその剣捌きを見て、「違う!」と。
きちんと頭上で刀を止めてから斬りおろすよう云われる。
(自分が研究している剣術では、いったん動き出した切っ先は相手の身体に達するまで動きを止めずに加速運動を続ける)
従わざるを得ないところが辛い。
だが・・・求め始めたものは止められない、のである。