緑と清流

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神秘家の庵

神秘家の庵

2009.01.02
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カテゴリ: その他
写真の花は「梅」
梅

ことわざ
「驕る平家は久しからず」
 栄華の絶頂を極めても、慢心する者はやがて必ず滅びるという戒め。


夢の話 1

 現代の我々は、夢と日常生活は切り離して考えるが、昔の人々にとって夢は生きる上で欠かせない大事なものだった。
 夢に見た事は現実を左右するものであり、夢解きをする博士もいた。
 現代でも夢占をする人は多いが、昔の唯識学のプロが優れていたのは、フロイトやユングの比ではなかったらしい。

 夢で見る内容は一種の物語であり、絵画や文芸のネタとして、深く結びついている。

 聖徳太子は、斑鳩の宮の傍らに夢殿を造り、一日に三度沐浴をして入った。
 ある時、七日間も夢殿に籠って鍵を掛け、音も聞こえなかった。周囲の人々は心配したが、高麗の恵慈法師が、「太子は瞑想中なので、おこしてはならない、八日目には出ていらっしゃる」と言った。
 傍らの机の上に一冊の経典があり、太子が恵慈に語ったところによると、
「私が前世で衡山(こうざん)に居た時に奉じたお経がこれです。以前、小野妹子が持ち帰ったのは、私の弟子のお経でした。三人の老僧は私がお経を納めた場所を知らなかったので、間違ってしまったのです。それで私は自分の魂を送って取って来させました」
というわけだった。
 また、百済から十人の僧がやって来て、
「太子が前世で、衡山において法華経を説き給いし時、私たちは盧岳の道士として、教えを受けました」
と言った。
 翌年、小野妹子は再び唐の衡山に行った。前に会った三人の老僧のうち、二人は亡くなっていて、残った一人が、
「去年の秋、あなたの国の太子が、青龍の車に乗って、五百名を従え、東の方から空を踏んで来ました。そして古い室の中にあったお経を取り、雲を従えてお帰りになりました」

 太子が夢殿に七日間籠っていたのは、そのせいだった。





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最終更新日  2009.01.02 06:58:08


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