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神秘家の庵

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2009.01.31
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カテゴリ: 心理学と神秘学
写真は「道」
道


 サハラ砂漠は、毎年5キロメートルずつ南へ広がっている。中国内陸部も砂漠化が問題になっている。砂漠化の原因は、無理に作物を植えて多くの収穫を得ようとしたり、放置したり、森林伐採などで土地が侵蝕され、荒廃してしまうことだ。養分も水分も人間に取られてしまった土地は、やがて砂漠になってしまう。いったい、地球上に人間が登場する前、砂漠等存在したのだろうか?


C・G・ユングの心 11

 当時、フロイトは誰にとっても実に特異な存在だった。ユングにとっても、彼の物の見方がいかなるものか分からなかった。
 それが面会した時、ユングにははっきりと分かったのだった。同時に加わりたくない部分を垣間見たのだった。
 それでもフロイトは、ユングに強烈な印象を与えた。
 後にユングは、「フロイトは私がこれまで出会った最初の重要な人物だ、これまでの経験では、彼に匹敵する人間は一人も居なかった、彼は極めて聡明で、鋭敏で、非凡である、それでも彼に対する第一印象は、どこか混乱していた、私は彼を理解できなかった」と書いている。

 ユングが失望したのは、フロイトが小児性欲の中枢的重要性に固執することだった。フロイトの知的才能や、彼が成し遂げた業績に対する称賛の念が、その失望を多少は埋めていた。

 それゆえフロイトと出会ったことを幸運に思い、彼らの協力は6年以上続いた。その間、ユングはチューリヒに住み、ブルグヘルツリ病院のスタッフだった。
 フロイトはチューリヒへユングを訪ね、彼の家に滞在した。ユングもまた、フロイトの客となった。
 二人が同じ所に住んでいたとしたら、もっと緊密になったかもしれない。しかし彼らは、時折の訪問と、文通、会議で顔を合せることで満足していた。
 フロイトもユングを高く評価し、あらゆる機会をとらえて精神分析学の発展について話し合った。
 この二人の開拓者は、手紙によって接触を保っていた。ユングは、フロイトの手紙の全てに答えることはできなかった。フロイトは返事を期待し、返事が来ないと、その理由を問質す電報を打つのが常だった。
 20世紀初めの医学教育には、精神障害についての教えがなく、その分野について少しでも知識のある医者はいなかった。
 フロイトは例外で、彼の著作は神経症の心理学についての独創的な思想を含んでいた。
 だがユングによれば、フロイトは小児性欲を強調するあまり、もっと重要なことを無視する結果となった。
つづく

「ラ・ソレリーナ」はこの前にあります





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最終更新日  2009.01.31 12:07:03
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