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2006年09月08日
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テーマ: 吐息(401)
カテゴリ: Essay
sion



 母は、紫苑の花が大好きだった。
 だから、わたしがいけばなの雅号を貰うとき、
 「ケイちゃん、紫苑はどう?」
 と、まるでこれ以上の名案はないと言わんばかりの顔をした。
 「あ、いいね。それに決めよう」
 二つ返事で快諾すると、母はものすごく嬉しそうに頷いた。
 その時、我が家に紫苑を植えた日の光景が、鮮明によみがえったのである。
 だってその日、玄関までのアプローチの、最初に客を迎える絶好の場所に、母とわたしとで植えたのだから。

 「ケイちゃん、ちょっと手伝って」
 暮れなずむ晩春、母はスコップを持ってそのアプローチに立っていた。
 「何を手伝うの?」
 わたしは、気の進まない面持ちで、すでに背中を見せて歩き出した母の後ろに従った。
 「お花をもらったから植えるんだよ」
 「お花って?」
 「しおん」
 「しおん?」
 「そう。しおん」
 「へえ、初めて聞くね。どんな花?」
 「それは咲いてからのお楽しみ。母さんはね、娘が生まれたら絶対につけたいと思っていた名前。しおんって素敵な響きがしない?」

 「むらさきのそのって書いてシオンって読むんだよ」
 「へぇ」
 わたしは「へぇ」を連呼しながら、咲く花への期待に膨らんだ母の、童女のような横顔を眺めていた。

 母は、花を愛で、動物を愛し、自然をいつくしむ人だった。

 「どこそこの桜が咲いた」「裏の山のツツジが咲いたよ」「あそこの谷の石楠花が開いたそうだ」
 そう言っては都度、おにぎりを持ってわたしや妹を伴った。
 乗り物といえば、一時間に一本程度のジーゼルカーかバスしかなかった頃、平気で一駅くらいは歩かされた。
 子供心には、それがとても苦しいことだったのだけれど、花を愛でる母の嬉しそうな顔を見ている内に、いつしかその醍醐味のようなものを共有していたのだった。

 「これくらいかな?」
 スコップで掘った穴の中に、しゃっきりと伸びた一株の苗を植えた。
 「いつ咲くの?」
 「うまくつけば、晩夏から初秋かな?そんなに派手じゃないけど、母さんは大好きなの」
 その花が咲く日が待ち遠しくて仕方がないといった様子で、たっぷりの水をかけていた。
 母が言った通り、ぐんぐんと伸びた紫苑がわたしの背丈を越えた秋口に、薄紫の可憐な花をいっぱいつけた。
 「ね。可愛い花でしょ?」
 母は自慢げに、そしてこれ以上の喜びはないといった面差しで紫苑を見上げていた。

 それから毎年、紫苑は我が家の庭に咲いた。
 母が大好きだというその花を、いつしかわたしも大好きになっていた。
 だから後に、わたしはこうして『紫苑』というハンドルネームを名乗っている。

 紫苑の咲く頃、わたしは母を思い出す。
 母との会話を思い出す……。


sionjyoutiji

 紫苑(しおん)キク科@鎌倉:浄智寺






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最終更新日  2006年09月09日 05時46分58秒
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