ポプリローズフィールド From 真名 耀子

ポプリローズフィールド From 真名 耀子

ぴったりの相手




 目の前の彼女はスプーンに掬ったリゾットをゆっくりと口元に持っていき、

丁寧に息をかけて冷ました。

「ふーっ、ふーっ」

つい、大げさな、と思ってしまった。

そのスプーンをこれまたゆっくりと口に運んで、かわいらしく咀嚼した。そし

て、意味不明に何度も頷き「んー!」などと言っている。やっとスプーンの先

に少し乗せたリゾットを噛み砕かれノドを通ったあたりで、「おいしーい!」

とやる。

「これ何チーズを使ってるんだろう。リゾットのお米とすごくよく交じり合

ってる!」

まるで、レポーターでもやっているかのように彼女は「どう?」と聞かなくと

もコメントをした。早くこの食事を切り上げたい。これが僕の率直な意見だ。



 こんな感想を述べると、まるで僕の方が義理立てして食事に付き合っている

ようだが、そうじゃない。僕の方が彼女を誘ったのだ。

 僕が彼女、彼女、というと恋人の意味に取られるかもしれないが、ここでの

「彼女」は「she」という意味である。つまり固有名詞で話すまでもない女の

人ってこと。僕はここ二ヶ月ほど、毎週違う女の子を食事に誘ってはげんなり

して帰る、ということを繰り返している。恋人としての彼女は僕にはいない。

いたらこんなげんなりすること繰り返さない。楽しい食事、弾む会話、その後

のお楽しみを、場所を変えても同じ女の子と繰り返すだけだ。まあ、恋愛なん

てそんな単純じゃないだろうけど。


 僕の恋人への条件は、一緒に向かい合って楽しい食事が出来るか、というこ

とだけだ。この条件はハードルが高いことに最近になって気がついた。

 よく男はいう、肌がきれいな女がいい。背が高すぎるのはごめんだ。マニキ

ュアのはげているのは女を捨ててるね。何はともあれ色気でしょ。

 きれいな女の子を捜すのはそれほど難しいことではない。こちらが望まなく

とも女の子ってのは、きれいになろうと涙ぐましく努力する。毎月何万もかけ

てエステに行ったり、高い化粧品を買って赤ちゃん肌を目指し(なんで大人っ

ぽい女性を目指しながら赤ちゃん肌に戻りたがるのかは不明だが)、マニキュ

アだってちょっと刷毛で一塗りすればいいだけなのにネイルサロンに定期的に

通い、一時間くらいかけてマスクをかけたネイリストと談笑しながら指先に芸

術品を飾る。一日8時間働いて得たお金を、男にきれいだって思われたいから

投資するなんて随分回りくどい、と僕は思う。大抵の場合出費のほとんどは美

容に消える、という女の子には疲れている子が多い。これは僕の分析結果。

 僕は外見に磨きをかけすぎる子が好きではない。「私がこんなに頑張ってい

るのに、変わったところの何ひとつも気がつかないのね!」なんてやられる

と、「気付かれたいからやっているの? じゃあ、それに気がつく誰かを探す

んだな」とやってしまう。これは、半年前に別れた女の子とのやりとりだ。確

かにその女の子は疲れていた。こちらが気がつかないものだから、もっときれ

いになってやろうと自分に呪縛をかけていた。堂々巡りだ。そしてその女の子

は更に疲れていき、爆発した。



 僕はそんなに立派な人間じゃない。容姿も人並み、気立ては人並み以下かも

しれない。だけど、恋人を探すからには僕だって条件がある。きれいな女の子

じゃなきゃだめだなんて言わない。そんな野暮なこと。夢がある子、なんてそ

んな自分を棚に上げて言わない。ただ、一緒に向かい合って楽しく食事ができ

る子を探しているのだ。変な話かもしれない。好きになる子を探している。さ

さいだろうが、条件付で。

 彼女はニコニコしながらリゾットを食べ、二口くらい食べたところでシェフ

のお勧め季節のサラダが運ばれた。

「あー、そういえばサラダ来てなかったのに、私リゾット食べちゃった。ま、

いっかー。遅れて出したのあっちだもんね。だってそうしなくちゃせっかくの

リゾット冷めちゃうしさ。あ、取り分けるね」

 と一人芝居でもしているような見事な滑舌で言い上げて、僕の分のサラダを

笑顔で差し出してくれた。彼女の頭に『気配り、気配り』と浮かんでいるのが

見えた。

 僕たちはとりあえずビールというパターンでアルコールを飲んでいた。その

次に何を頼むかでテンションが分かる。おかわりのビールもしくはアルコール

度数の高いものにいくか、ソフトドリンクに切り替えるか、お水ください、に

いくか。僕は、礼儀として彼女が次に何を飲むか聞いてから自分のを決めるこ

とにした。正直なところは「お水ください」なのだけど。

「あ、ワインとか良くない? 赤? 白? ボトルとかで頼んじゃう? 多い

かなー。あ、デキャンタもあるよー」

 彼女のテンションは上がっている。

「明日は朝早くないの? 僕は朝から会議があって、今夜その資料帰ってから

まとめたいからそんなに付き合えないんだよね・・・」

 僕は逃げた。不自然な逃げ方だ。日曜日の夜に食事を、と言ったのはこっち

で、月曜に会議があろうが金曜までにまとめられなかった資料をまとめようと

思えば、土曜でも今日の昼間でも会う前にやっておけばいいことだ。そもそも

なんで日曜に会うことにしたかというと、土曜日は違う女の子と会っていたか

らだ。もてるわけじゃないのに、そんなことを繰り返している。もちろん昨日

会った女の子にも恋愛感情は沸かずに、会計が終わるとさらりと別れた。


「なんだ、そうなんだ・・・残念。じゃ、私お水でいいわ。でも最後デザート

とコーヒー飲みたいな」

 彼女は、何一つとっても完璧だと自負しているだろう。物分りがいい上に甘

え上手という顔だ。これを一石二鳥とでもいうのだろうか。

「デザートね、もちろんどうぞ。もしあれだったら僕は飲まないけど、グラス

ワインもあるんだから飲めばいいじゃない」

 僕の精一杯の気配りがこれだ。

「んー・・・。でもいい。次に取っておく」

 次はないよー、と心の中でべろを出していた。何が僕をそこまで天邪鬼の不

届き者にさせているのか、一度だめだと思うと僕は立て直すことが出来ない。

彼女がリゾットを食べたときの幾度と続けられた小さな頷きが嫌だったのか、

「んー!」とおいしさを口に物を入れたまま表現したのが鼻についたのか分か

らない。ただ「違うんじゃないの?」とボーっと目の前の彼女の動作を眺めて

いる僕に誰かが教えてくれた。それはまあ、僕自身に違いないわけなんだけ

ど。

「彼氏とかいないの?」

 次に・・・という彼女に僕は半ば素っ頓狂な質問をした。断っておくが、食

事に誘う程度で恋人の有無まではそれほど深く問わない。いれば断るだろう

し、というのが僕の考え。

「いないこともないかなー」

こんどはじらしに入ってきたのか? 僕は彼女の手に乗ってあげたほうがいい

のかを考えた。気配り上手、甘え上手、でスキを見せたりガードしたり・・・

「なんだ、やっぱりそうか。君みたいな人に彼氏がいないはずはないよね。ど

んな人なの?」

 僕はなるべく部外者としての顔を保とうとした。異性としてではなく、恋愛

対象外の人間として体裁を保つ。彼女の手に乗らない方を取ったというわけ

だ。今日の食事も、

「この店に食べに行きたいが行く相手がいない。一人で行くのも物悲しいの

で、興味あったらどう?」 

と興味があるのは料理であって、あなたではない、というところを強調して誘

って実現したという具合だ。間違っても、

「食事でもどうですか? どこか行きたいところ考えといてください」

なんてことはしない。これではあなたに好意を持っているんです。僕にチャン

スをください、みたいに聞こえてしまう。

 僕はいつでも逃げ道を確保しながら行動することにしている。もし、一回目

の食事で心惹かれることがあったなら、その次のことはその場で考えればい

い。

 彼女の目が狼狽しているのが分かった。がっくりする僕を期待したのだろう

か。しかし次の瞬間何か厚塗りされた皮が溶けて、リラックスした彼女が現れ

たように見えた。

「んー、遠距離なの。もう二年も。月に一回どっちかが会いに行くってペース

が続いてるの。このままの関係がいつまで続くか分かんない」

 話が長くなりそうだったので、僕は確保した逃げ道を使うことにした。

「遠距離で月に一度会う関係くらいでちょうど良いのかもね。僕なんて面倒く

さがりだから毎週デートでどこ行くか考えなきゃならないなんてのは無理だ

な」

「月に一度でちょうどいい? あっちの方も?」

 ここまでくると相談だ。僕はもう異性の友達になっている。今回のケースで

いうと成功とも言えるだろうか。

「女の子が思っているほど男は浮気性じゃないよ。みんな小説やテレビの見す

ぎだね。考えてもみなよ、貴重な時間を一緒に過ごしたいと思う相手を見つけ

るのがどれほど難しいことか。距離の問題じゃないんじゃないかな」

「そうかなぁ。でも私ときどき寂しくなるの」

 彼女のねっとりとした視線が僕に注がれた。彼氏がいると知っている上での

進展なら後ろめたくもなく、割り切ったものになるんじゃないかという期待か

らだろうか。

「今や、テレビ電話もある時代だよ。やろうと思えば顔を見ながら会話出来

る。仕事中にだってメールで連絡取れる。会話するには何不自由い。・・・・

そうだな、例えば今日みたいにどこどこで食事が一緒にしたい、という時は簡

単じゃないかもしれないけど、まったく会えないわけじゃない。月に一度会う

ときに、楽しみを集めとけばいいわけだ」

「遠距離したことないでしょ? だからそんな風にポジティブなことばかり言

うのよ。寂しいというのは・・・・連絡取れる取れないとかって問題とは違う

の」

 彼女はゴブレットについた水滴を指で拭いながら上目遣いに続けた。

「彼女いるの?」

「いや、いれば君を誘わないよ」

「そうよね。いれば私を誘わない」

 僕はビールを一杯しか飲んでおらず、まったく酔いというのは回っていな

い。意識はしっかりとしている。そして彼女も同様のはずだ。

「だけど、私は彼氏がいるのに来たわ。そしてあなたはそれを不思議に思わな

い」

 リードを一気に彼女に取られた。怖くもあり、彼女の新たな一面を見てもっ

と覗いてみたいという好奇心が沸いたことは否めなかった。だけど僕は気がな

い態度をくずさなかった。

「だって、僕が君を誘ったのは・・・・ここの料理を食べてみたかったからだ

よ。周りを見てごらんよ。一人で来るような店じゃない」

「別に女の子とじゃなくたっていいわけじゃない? 例えば同僚の誰かでも、

後輩をおごってやるでも・・・」

「男と来る・・・・か、考えてなかったな。悪い癖だ。きみにも迷惑だったよ

ね」

 彼女は壁際のソファーに腰掛けている。ゆったりとした姿勢で座り、あと

1,2時間は動きそうもないほどしっくりときている。食事はすっかり終わり、

見事に平らげている。おかわり自由のバケットが入った籠も空だ。食べっぷり

は良かった。僕はウェイターに頼み、デザートメニューをもらった。

「さ、君のリクエストのデザートを食べて出るとしよう。悪いけど僕は今日は

そんなに遅くまで付き合えないんだ」

「ねぇ、話は途中よ。なんで私を誘ったの? 女の子なんて他にもいっぱいい

るでしょ」

 そりゃあ、女の子なんていっぱいいる。毎週誘っているくらいだ。ご心配な

く、君だけじゃないんだよ、と教えてあげたかった。ただし、どんなときも下

心があるわけじゃない。純粋に好きになる子を探しているんだ。

「深い意味なんてないよ。誤解させちゃったなら謝るけど、食事がしたい、と

いうだけなんだ。楽しい食事をね。そう、難しい話はぬきでさ」

「難しい話じゃないわ。シンプルかつイージーよ。私、遠距離恋愛しているっ

て言ったわよね」

「ああ、言った」

「アパートには一人で住んでいるの」

「そうなんだ・・・・」

「彼氏がたまに・・・つまり二ヶ月に一度泊まりに来るの。私も向こうに二ヶ

月に一度。交互にって意味なんだけど」

「分かるよ」

「分かってないわよ」

 運よくデザートが運ばれ、次いでコーヒーが並べられた。話は中断された。

「さ、どうぞ召し上がれ。気取る必要なんてないよ。僕は君を襲おうなんてこ

れっぽちも思ってないから」

 とうとう、ストレートに言ってしまった。もちろん、食事に誘った時点では

好きになれるかも、という期待があってのことだったけど、今はもうそうじゃ

ない。彼女は9人目の女の子だった。もちろん僕はその誰一人にも指一本触れ

たりしない。今日みたいに女のこの方から誘ってきたにしてもだ。何せ僕は純

粋に一緒に向き合って食事を楽しめる恋人を探しているのだから。

 彼女は少し顔を赤らめて俯いた。

「誤解しないでよね。こっちだって誘ったわけじゃないわよ。一人暮らしして

いるって言っただけ」

「もちろんそうだろうね」

 彼女はチョコレートムースのケーキをぱくりとやって二度三度噛んで、コー

ヒーを啜った。もう、「んー!」なんていいながら何度も小刻みに頷いたりは

しなかった。初めておいしそうに食べるな、と微笑ましく彼女を見た。

「私の憧れはね」

「うん」

「彼より先に、好きな人をみつけることなの」

「どういうこと?」

「彼に申し訳なさそうに、『好きな人ができちゃったの』って言いたいの。で

きちゃったの、っていうのがポイント。避けられなかった運命、みたくね」

 僕は笑った。非力な彼女の苦肉の策。いじらしいというのが正しいのか。ま

るでその彼氏とすごろくでもやっているかのようだ。どっちが先に上がるか競

争している。

「好きなんじゃないの?」

「だから、分からないの。1ヶ月に一度のデートでもシーンとして会話が続か

ない時があるのよ。何話していいのかわからないの。1か月分の近況報告して

も、お互い知らない人の話を聞くだけで・・・つまり、一緒にお昼を食べてい

る子のことだとか、上司の誰々が・・・といったようなね」

「自分の話をすればいい」

「そんなに新しい話題なんていつもあるもんじゃないわ」

「それで『好きな人ができちゃった』って言いたいというわけ?」

「ばかばかしいでしょ。でもね、危機を感じさせたいの。マンネリ化してるん

だもん。乗り越える何かが必要なの」

「距離だけでも十分障害を乗り越えてると思うけどね」

「結局のところ・・・・好きっていう気持ちなんて消えちゃってるのよ。その

消えてるかもしれない<好き>があるかどうかを確かめたいの。今二人とも月

に一回会うルールを崩せなくてなんだか変に縛られている感じなの」

「はあ・・・」

 僕より彼女の方が深刻で切羽つまっているようだ。

「僕が力になれるようなことはなさそうだな。聞いてるところによると、やっ

ぱり君は彼氏のことが気になってしょうがないんだ。とことん話したいのに、

素直になれていないだけに聞こえるけど?」

「恋をし始めた子が羨ましいの。逢いたくってしょうがなくって、その人のこ

とばっかり考えて、どんどんきれいになっていって・・・」

 おいおい、それで僕は「こんなに頑張ってるのに気付いてもくれない」と言

われて別れたこともあるくらいなんだぞ。

 僕は真剣に彼女がどうしたらいいかを考え始めていることに気がついた。ど

うしたら彼女は幸せになれるだろうか。

「誰だって上辺だけ見れば他の人の方が幸せに見える。他の子から見たら、君

が羨ましく見えることだってあるんじゃないの? 僕からすれば君みたいな子

と遠距離恋愛している彼氏が羨ましいよ」

 彼女の目は爛々と輝いた。そうだ、女の子がきれいになるには羨ましがられ

るというのも大きな要因だろう。エステに行くよりよっぽど効果的だ。

 僕の頭は、どういう子だったら僕は好きになれるのか、というところにまた

戻っていた。理屈じゃないのは分かっている。僕のささいな願いは、向かい合

って一緒に楽しく食事が出来ること。では、今日のところはどうだったのだろ

う。この子じゃない、と思ったのは彼女が気に入られようとして、よそ行きを

装っていたからで、はじめからそんなことしなければ、触手は伸びていたかも

しれない。ただ、彼女には本命の彼氏がいるのだが。

「恋愛相談みたいになっちゃったね」

「でも楽しかったよ」

 僕は、ウェイターを呼んで会計を済ませた。一万円札を出して硬貨が何枚か

返ってくるくらいの金額だった。

 別れ際に「じゃあ、また」と言える相手にはいつ出会えるのだろうか。好き

になる子を探している。変な話だ。ひどく利己主義で機械的に聞こえるだろ

う。だけど、探してあげなきゃいけないんだ。こんなになって探し当てたら、

少しは感謝してほしいね。何せこっちは月に何万円も投資してたった一人のき

みを見つけようとしているんだから。お願いだから女ったらしなんて思わない

でくれよ。

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