ポプリローズフィールド From 真名 耀子

ポプリローズフィールド From 真名 耀子

幸せ確認





「で、幸せ?」

  裕也に毎度のごとく聞かれる。毎度といっても頻繁にというわけではな

く、私が幸せを

忘れていた頃だったりする。

 これを聞かれるたびに、「あれ?今の私どんななんだろ?」としばらく見て

いなかった鏡を覗き込むように確認する。そして私は答える。

「うん。幸せ」

 そうだ。私はいつだって幸せだったんだ。どうにかこうにか幸せだと感じら

れる要素をいつも最小限は持っていた。それを確認させてくれるのは裕也の役

目だった。


 裕也との付き合いは、小学3年で同じクラスになってからだ。悪ガキで、何

かと私に構ってくるうざったいヤツだった。私が友達とアルト笛の二重奏を吹

きながら下校していると、私の背中のランドセル目がけて「へったくそ~」と

かいいながら、体育着の入った巾着をブンブンと振り回しながら、ぶつけてく

る。

「そういうので、私が相手すると思ってんの? ばっかじゃない?」

 私は彼を子ども扱いし、友達も「裕也くんって、美奈子ちゃんのこと好きな

んじゃないのぉ~?」とからかった。こういう言葉が小学男子のいたずらには

一番効くはずなのだが、裕也は凝りもせずに私に構う。

「そんなんじゃねーよ。ブス! それよりよ~、美奈子の好きなやつ俺しって

ぞ~。消しゴムに書いてあったイニシャルがそうだろー。明日学校で言いふら

してやろうか?」

 同じような消しゴムを持った生徒が多いから、ただ単に自分のイニシャルを

書いただけだ。消しゴムを貸したときにそれを見つけて、ケースの中に隠れる

部分に書いてあったのを、願掛けでもしているのかと思ったのだろう。弱みで

も握った気になっているばかなやつだ。

 私が友達に「こんなの構わないでもう行こう!」と歩き続けると、最後には

「けっ、つまんねーの!」と言って去っていった。

 で、また別の時には私の教科書の隅に、本物さながらに見えるムカデの絵を

いつの間にやら書いて、授業中に私が教科書を開いてどう反応するのかをひっ

そりと一番後ろの席から見守っていた。

 授業が始まり、私は教科書を開いてそのページを見たとたんに、こんなこと

をする犯人が分かり、ばかばかしく思え、友達にそのばかばかしさ加減を共有

しようと思って、「ねぇ、見てよこれ!」と、授業中に隣の席の子に見せた

ら、その子はキャー!ムカデー!と声を上げ、泣き出してしまった。他のクラ

スメイトたちも、本当に教室にムカデが出たのかと思い、一時騒然となった。

私は先生からは叱られ、一番後ろの席に座っている裕也に、「あんたのせいだ

からね!」と言うと、教科書で顔を隠しながらクククと笑っていた。

 どうしようもない裕也が5年の途中で、転校することになった。

「せいせいするわ。行った先でいじめられないようにね。あんたダサいから」

 私はそんな悪態をついた。

「で、幸せ? 俺転校するから」

「うん。幸せ!」

 私は自信を持って答えた。思えばこれが最初に幸せか聞かれたときだった。

目の上のたんこぶが消える思い。そう、これこそ幸せじゃなくてなんというの

だろう!などと本人を前に遠慮なく思った。


 その後、裕也に会うことなど二度とないと思っていたのに、十年以上経って

行った合コンで会ってしまった。子供の頃の面影がそのまんまで、二十歳過ぎ

ても体育着入れをブンブン回して、こっそり教科書にムカデを書いていそうだ

った。

 私の方は、小学生の頃からは大変身を遂げたと思っているから、今回の合コ

ンは縁がなかったものと見送って、他人のフリを通すつもりだったのに、すぐ

に見抜かれた。

「美奈子って、あの美奈子じゃん。○○小学校のときの美奈子でしょ!」

「え? なに二人、知り合い?」

「そうなんだよ!同級生、同級生! 3,4年と一緒で5年の途中で俺転校し

ちゃってさぁ。いやぁ、久しぶりだなぁ。で、幸せなの?」

 合コンでその台詞はどうなんだよ、と思ったが、私はぐるりとここ数年でお

きたことを頭の中で回転させた。

 合コンに来ているという事は恋人がいないということだが、終わりの見えな

い不倫を誰にも気づかれるずに終止符を打ったのが2ヶ月前。考えれば世間を

まだ知らない若い女が、結婚生活が倦怠期真っ只中の会社でいうところの中堅

どころの上司にひっかかってしまったというところだったのだろう。私といる

ことで、仕事の話も共通の話題となるわけだから、そこそこ通じ、愚痴も聞

き、家庭でのうさばらしもできているようで、ストレス解消を手伝ってあげた

だけのことだったのかもしれない。彼が地方に転勤になり家族共々転居すると

いう話を引越し先のマンション選びの条件などを聞きながら、へぇ、と思っ

た。私がいるのだから、ここは何気なく子供の学校のことを理由にするだとか

で、単身赴任するだとかを考えるかと思ったら、全くその気はないようだっ

た。「この人、家族を愛してるんだ」妙に納得した。

 そんなことがあったわけだけど、その中堅上司の転勤がなければずるずると

引きずっていたかもしれないし、もし周りの人間にこの関係がばれていたら、

会社にはいられなかったかもしれない。奥さんにばれていたら、と思うとゾっ

とする。その上司に何の魅力があったのか全てを注いでいたものだから、別れ

た直後は見捨てられたショックがあったものの、それが癒えるのには時間がか

からなかった。そのショック以上に、楽しいことが山ほどあることに、私は気

が付いたのだ。そして今こうやって合コンに来ている。微妙だが、私は幸せ

だ。

「うん。幸せ」

 私は、裕也に答えた。

「じゃないとな! よかった、よかった! じゃ、かんぱ~い」

 私たちはグラスを合わせた。

その後、裕也は小学校の思い出にはじまり、私の知らない転校先での出来事ま

で細かに説明しだして、裕也くんって今も昔も変わってないんだろうね~、な

んて初対面の女の子らに言われるのがまんざらでもないように振舞っているの

がおかしなところだった。

 最悪だ・・・・。私は気づいても気づかないフリをしたら裕也も大人になっ

たものだと認めてやったのに、と思いつつ、裕也は裕也でしかないことを残念

に思った。

 この合コンでいつまでも少年ぽさの残る男が好きなの!などと常日頃言って

いた恵子は裕也をターゲットに絞込み、自ら猛アタックをし、最終的に射止め

た。

 私は、あんなにダサくてもいいのか? と何度確認しても、どこがダサい

の? 美奈子ちゃん妬いているの? などと誤解されはじめたので「恵子がい

いっていうのなら、応援するから!うまくいくといいね」とご愁傷様のつもり

で言った。

 この合コンでカップルになったのは、裕也と恵子だけだった。不作な合コン

だが、私はまだまだ先の可能性に胸がときめいた。なんせ二度と会わないと思

っていた裕也と再会したのは望ましくなかったが、彼女ができた今、合コンに

現れることはない。私は安心して何度でも合コンに足を運べる。

 恵子から「彼が・・」と聞くときはつまりは裕也のことになるわけで、それ

もなんだか妙なわけだが、恵子はどんどんどんどんきれいになっていった。

(あいつ、人を幸せにしてるんだ・・・)

 恵子を見ながら実感する。


 しばらくして、私は転職をし、恵子とも疎遠になってしまい、ということは

裕也のことを聞くこともなくなった。私は日々の生活の中で裕也のことなど思

い出すこともなく、ただ淡々と毎日をこなしていた。仕事は単純な事務の仕事

だけど、残業もほとんどなく、アフター5に何か習い事でもしようかな、とフ

ラワーアレンジを習い始めた。

 家の中に花があるというのはなんだか気持ちがいい。わたしには気持ちのゆ

とりがある、そんな小さなことを再確認することができた。フラワーアレンジ

の習い事だけでは私の夜は埋まらず、私はテニスも習ったし、料理教室にも通

った。自由時間を持て余してしまうことを寂しい人と取られるかもしれない

が、そんなことはない。習い事のない平日の夜や週末は軽いデートをする程度

のボーイフレンドなら何人かいる。私の変わりに掃除、洗濯、料理まで作って

くれるような家政婦のようなボーイフレンドもいる。ただ何も私を満たしきっ

てくれるものはなかった。私はそれを認めたくはなかった。

 フラワーアレンジの教室に通っているのを知って、料理教室で友達になった

里佳子が、結婚式のブーケを作ってほしいという。私はもちろん了解した。

里佳子から招待状が渡され、新郎の名前に神埼裕也とあるのを見て、まさかと

思った。

 裕也の苗字は〈神崎〉だ。同姓同名があったっておかしくはない名前だが、

まさかね。私は期待しているのかしていないのか、めかし込んで里佳子の披露

宴に挑んだ。

 結婚式の30分前に友人らは集合するが、その少し前に私はブーケと新郎が

つけるブートニアを式場の控え室に届けた。

 タキシードを着た新郎が控え室にいる。ブーケを受け取りに近づいてくる。

「あ、どうもありがとうございます。友達が作ったブーケを持って結婚できる

なんて、里佳子お前幸せだな!」

 紛れもなく裕也だ。私に気が付かないはずがない。私は「いえいえどう

ぞ・・・」などと言ってうつむき加減になり、里佳子に「じゃ、邪魔者はもう

いきますね」などと老人のようなことを言って控え室を後にしようとしたが、

裕也に呼び止められた。

「美奈子だろ? あ、やっぱ美奈子だ。○○小学校のときの美奈子でしょ!」

 メイクの仕上げが終わった里佳子がびっくりしている。

「何? 二人知り合い?」

「そうなんだよ~」

 ここから何年も前の合コンの中の席上のような会話がまた繰り返されるのか

と恐れたら、恐れたとおり、裕也は見事に同じことを繰り返した。そしてお決

まりの台詞を言う。

「今何してるの? で、幸せ?」

 自分が結婚式だというのに、人に幸せかを聞くんだ・・・と思ったが、私は

自分の細胞の一つ一つにお前たち幸せか?と聞いてみる。仕事をして、余暇が

あり、自由な毎日を送っている。幸せだ。

「うん、幸せ」

「じゃないとなー! よかった、よかった」

 裕也は裕也のまんまで、妻を迎え家庭を築くんだなぁ。なんだかおかしかっ

た。裕也は私の作ったブートニアをつけて、結婚した。

 披露宴の中で裕也の小学校時代の頃の写真がスライドショーに含まれてい

た。裕也は小学生の頃なりたかったものは宇宙飛行士だったと紹介された。私

あの頃何になりたかったけ? 思い出そうとした。あ、花屋だ。花屋になりた

いと文集に書いたとき、お前みたいな強気な女が花が好きなんて似合わない、

と誰かに言われて、裕也が「でも美奈子は虫もこわがらないからちょうどいい

かもなー!」と言ったのだ。

 フラワーアレンジを習おうと思ったときは意識していなかったけど、子供の

頃からの夢が今に通じていたのかな・・などと思ってきてなんだかうずうずし

てきた。終業の5時を待ちわびる事務なんてしている場合じゃない。


 3年後、私は小さな小さな花屋を慣れ親しんだ町に持った。貯金を全部はた

いて、借金もした。採算が合うのかも不安はあり、軌道に乗るまではまたは乗

っても従業員を雇えそうにはなく、市場への仕入れから店番から、配達から全

て自分でやるしかなく、貧乏暇なしそのものだった。

 売れ残ってしまったしおれかけた花があると家に持ち帰り、「お前、なかな

かいけてたのにね。残念だったけど、最後まで見てあげるよ」

 話しかけながら自宅の花瓶に活けた。そのうち、しおれかけの花用の花瓶が

足りなくなってきた。その花に囲まれながら泣きたくなった。私だってどうな

るのかが分からなかった。

 そんな時にブリザーブドフラワーをやったら? というフラワーアレンジの

教室でお世話になった先生に言われた。

 本物の花を専門の液につけ、好きな色に染める。生花っぽさを残しつつ、生

花と違って長期間保存できる。私はブリザーブドフラワーを作るための技術を

習い、アレンジの技術を生かして、店にコーナーを作ると上向きの兆しがやっ

と見えてきた。

 店を持って、10年経ったとき、小さな女の子を連れたお母さんがやってき

た。

「美奈子~~、ごぶさた~。店やっているとかって教えてくれないんだもん。

たまたま車で通りかかったときに、パパが昔住んでいたことのある町だよって

言うから、へぇ、なんて見てたら美奈子に似ている人がいるじゃない。で、パ

パが絶対に美奈子だ、花屋やるって言ってたからって言うの。ほんとだった

~」

 里佳子だった。里佳子とは年賀状を出し合うくらいの仲をずっと続けていた

が、店が軌道に乗ったら店のことを書こうなんて思っていたら10年も経って

しまった。

「あ、パパは車停めてくるって行ってたからすぐ来るよ」

「え?」

 私は、なぜか髪がくずれていないか、手で確認した。昼を食べてから口紅も

塗りなおしてもいない。裕也が来るからといって、化粧直しをするのもおかし

なことだからやめておこうと思ったが、なんとも落ち着かない。無駄な抵抗だ

が、一つに束ねた髪を後れ毛がないか撫で付け、唇を舌で湿らせた。そこに、

裕也が来た。

「あ、やっぱ美奈子だ! ○○小学校の美奈子でしょ! そうだと思ったん

だ! 俺お前はいつか店でも開くんじゃないかと思ってたんだよね。ほ~ら、

千秋ここがパパが千秋くらいのとき同じクラスだったおばちゃんのやっている

店だよ」

 女の子にそう言う。見ると小学3年生くらいだろうか。千秋という名は恐ら

く裕也のことだから、日本人女性で宇宙に行った向井千秋さんからとったのだ

ろう。かわいい女の子だ。

「夢叶えたな。で、幸せ?」

 目の前は幸せの象徴のような輝かんばかりの家族だ。私は幸せかを自分にこ

このところ聞いていなかったが、店を見渡し、生き生きとした仕入れたばかり

の花と、アレンジ作業途中のブリザーブドフラワーと、いくつかの注文書を作

業台の上に見た。

 伴侶となる人はいないが、慣れ親しんだ町にほそぼそとだが、小さな店を持

ち、そこが私の城で、そこに友人がたまたまではあるが、やってきた。

「うん。幸せ」

「だよなー。幸せじゃないとな~。よし、俺ここの花全部買うよ。ほら!千秋

選べ!」

 全部買うといって、娘に選べ、とどこか矛盾した大盤振る舞い振りを見せる

裕也は、裕也のままだった。

 ここからは見えないが、丘を越えたところに裕也との思い出がある小学校が

ある。私は幸せものだ。




小学校の桜



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