ポプリローズフィールド From 真名 耀子

ポプリローズフィールド From 真名 耀子

運命の人




「運命の人」



 あと1ヶ月。

 あと1ヶ月で、タイムリミットが来てしまう。

 私は焦る。

 11ヶ月前。37の誕生日に、よく当たると評判の占い師に「あなたの運命

の人が、この1年以内に現れるでしょう。そして2年以内にあなたは結婚をす

るでしょう」と言われた。

私は小躍りするほど嬉しかった。1年以内なんてもうすぐってことじゃん! 

結婚も2年以内と照準が定まっている。あきらめかけていた30代での結婚も

夢じゃなくなった。やっとやっと私の恋愛人生が日の目を見る。

思えば随分長い道のりだった。学生時代からの仲良し5人組で最後に残った真

美子には悪いけど、これで居残り組みからおさらばだ。

「で、その人どんな人なんですか?」

 私は占い師に詰め寄る。

「この人はあなたの生活を豊かにしてくれる人です。新しい世界を見せてくれ

るでしょう」

「え? お金持ち? で、容姿は? 誰に似ている人ですか? で、年は? 

年上、下? 私この際どっちでもいいです!」

「さあ。今はそこまでは見えません。ただし、これを逃すと今度運命の人に出

会えるのは、12年後です。不運続きの12年が続きます。つまり暗黒の12

年を光あるものにしてくれるのは、運命の人にかかっているのです。この運命

の人を逃してはいけませんよ」

「暗黒・・・・12年・・・・」

 12年とは長すぎる。血の気が引く思いがした。この1年で、私の人生が決

まる。光か、闇か二つに一つ。

確かに1年以内に運命の人が現れるのは魅力的だが、タイムリミットが来てし

まうのもあっという間だ。私の運命はこのカレンダー1枚分の日付の中に託さ

れている。一日もムダにはできない。さて、どうしたものか。

 そこで携帯が鳴った。真美子だった。

「ユカ? ね、今度の日曜日空いてる? 新しくできたアウトレット行こう

よ」

 買い物へのお誘いだった。

「え? 日曜日?うーん・・・来月じゃだめ?」

「なんでいきなり来月まで飛んじゃうの? 今月はなんか用でもあるの?」

 用はない。だけど、女友達とアウトレットにいっても、そこには、別の女性

客でごったがえしているだけで、運命の人はアウトレットには来ないと見た。

「う~ん・・・今月はちょっと忙しくてさ」

「なんだぁ、残念。実は弟がさ、車出してくれるっていうのよ」

 真奈美の弟?

 あ、そういえば2年下に弟がいて、大学からずっと実家出ているって言って

たっけ。

 あれ? もしかして私の運命の人って真奈美の弟とかだったりする? まさ

かね。友達の弟だなんてやっぱ気が引けるな~。

 私は携帯片手に勝手に照れる。

「そ、そうなんだぁ。じゃ、せっかくだし、行くぅ? お姉さん」

「なによ、急に。お姉さんだなんて」

「あ、いや、いや。意味ないんだけどさ。OKじゃあ、日曜日ね!」

 私はカレンダーの日曜日に赤く○をつけた。


 日曜日、待ち合わせの駅のロータリーにシルバーのミニバンに寄りかかりな

がら待っている真奈美と、真奈美と弟と思われる男がいた。私が手を振ると、

二人も気づいて手を振り替えしてきた。普通といえば普通だが、フレンドリー

でさわやかな反応だ。

(へぇ、大きな車乗ってるのね。アウトドア派なのかなぁ。スノボやサーフィ

ンや、スキューバーダイビングとか、バーベキューなんてしちゃうタイプ? 

私はそういうのしたことないから、占い師の言っていた新しい世界を見せてく

れる人ってこういうことかも?)

 近寄ってみると、年下には見えない落ち着きぶり。アウトドア派には見えな

いちょっと線の細いタイプだけど、家庭的な雰囲気で、こんな人と結婚したら

大事にしてもらえそうな雰囲気。この年になると、年下っていっても、もうい

い年だしね。かえっていいかも! 私は弾んだ。

「はじめまして~」

 愛想よく挨拶すると、車のスライドドアが開いて、小学生の男の子と若い女

の人が、声を揃えて「はじめまして~」と言った。

「え?」

「あ、うちのと、息子です」

 真美子の弟が言って、家族を紹介してくれたが、私の耳にはうまく入ってこ

ない。

 アウトレットまでの1時間半、私はむっつり黙ったままだった。

「どうしたの?」

 助手席に座った真美子が振り返って聞いた。

車の中に響き渡る永遠に続くアニメソングメドレーに挟まれながら「なんでも

ない」と答えた。暗黒の12年が着実に迫ってきている。

 全ては過ぎ去ってから答えが分かる。目前としていることにおいては、それ

が正しい選択か、間違った選択かだなんてことを語るのは結局のところ勘でし

かない。

 私は気持ちの切り替えが私の運を持ち上げてくれると信じ、アウトレットで

は勝負系とあらば全て買い込んだ。

 日曜日をムダにしてしまったことは痛かったが、一人で家にいて近所のコン

ビニに行くだけではつまらない。まあ、よしとしよう。

 私は、買って来た勝負服を並べ、月から金までのコーディネートを組んだ。

そう。どこにチャンスが転がっているか分からない。私は気張った格好で出勤

した。

「今日の先輩かわいい~。髪巻いちゃって。それに、その豹柄ミュールにピン

クのハート柄ストッキングと赤と青の花柄スカートにすっきり水色のストライ

プのフリルブラウスを合わせるなんて、今日まさか合コンですか?」

 後輩の智子がおおげさな声をあげた。ふと自分の姿を見ると、色色色、柄柄

柄で主張しすぎ故に、その主張をきれいに打ち消し合ったはちゃめちゃなコー

ディネートだ。なんだか恥ずかしくなる。

 私の会社は、女性従業員のみの下着の卸問屋だ。取引先にはもちろん男性が

いるものの、

打ち合わせや商談の打ち合わせがない限り、男性に会うことはない。

気が緩んでいるとは認めたくないが、いつもは髪をひっつめ、グレーか黒か白

の無地のものばかり着ていた。その私がこの格好だから、目立つのなんの。

 それにしても、合コンですか? だなんて失礼な! 彼氏とデートですか?

くらい言ってくれればいいのに。私は変なところに引っかかる。だが、1ヵ月

後は・・・と思うと、不思議と笑顔になった。

「どうしたんですか? 先輩。無敵な笑顔浮かべて・・・雰囲気いつもと違い

ますよ」

 合コンか。最近してないな~。ある時から急に面倒くさくなって誘われても

行かなくなった。毎回毎回、見知らぬ人に会って、自己紹介から始めて、愛想

よく話合わせて・・・・。それでもって大した人来てないしね。って、男の方

もそう思ってんのよね、きっと。あ、でも待てよ。そうやって腰が重くなって

いると運命の人がせっかく合コン行っても、私が不参加では出会えない。今ま

で不参加だったその合コンに行っていれば出会えてたのだろうか。

 それか出会っていたのに、気づかなかったということはないだろうか。運命

の人に出会うと、ドラか何かが鳴って教えてくれるのだろうか。それとも電流

が体を駆け抜けるのだろうか、どんな合図があるのだろう・・・。できればそ

れを先に教えておいて欲しいものだ。

 この11ヶ月間の間で、誰か思い当たるような人いたっけ? 私は思い返

す。

そういえば、占いをしてもらって2日後の残業帰り。駅の改札近くで「ねぇ、

ねぇ、終電まで飲んでいきませんか~~?」なんてナンパされたっけ。酔っ払

いめ! と思って顔もろくに見ないで無視したけど、もしかしてあれって運命

的な出会いだったの? まさかね。

 それから2週間後に友達の彼氏の友達というのを紹介してくれるというの

で、かなり期待していってダブルデートみたいのしたけど、背が私より5cm

も低くて、太っているし、髪もまだ30代なのに後退していて、私も容姿は人

のこと言えないけど、自分のこと棚に上げてNOだった。随分羽振りのいい会

社に勤めているらしく、お金だけはあるようだったが、離婚したばかりで慰謝

料がどうのと初めて会った私に武勇伝のように話していたのはさらにいただけ

なかった。

 もっといい人が現れるはず。私はそう信じた。だって、占ってもらってから

1ヶ月も経ってなかった時だ。

 3ヶ月経ったころには思わぬ相手と一人飲みにはうってつけの行きつけのバ

ーで出くわした。

 バーのカウンターで悪酔いしている一人の男。バーのマスターに絡んでい

る。見慣れたその背中。嫌な予感がしたが、もしや、もしやと思うと、気にな

って仕方ない。

 マスターがドアに立つ私に声をかける「いらっしゃい。どうぞ、どうぞ。カ

ウンター空いてますよ」どうやら、マスターも酔っ払いから開放されたいよう

だ。

 スツール3つ分空けて座った。酔っ払いの座っている側の右手で、頬杖なん

てついてみる。そうしながら、そーっと視線は酔っ払いに向けてみる。

間違いない。10年前に結婚しかけたあの男だ。プロポーズしたのはあっちの

癖に、母親が私の写真を見ただけで「マサちゃんにぴったりのお嫁さんはママ

が探してあげる。取り消しなさい」と言ったらしく、それを私に正直に言い、

「ほんとにごめん!」と私に土下座してプロポーズを取り消したマザコン男

だ。「私とお母さんとどっちをとるの?!」詰め寄っても、その頭を上げよう

としなかった。もっとましな振り方を考えられなかったのだろうか。

左手をすばやく確認すると、指輪はしていないようだった。これだけではなん

ともいえないが、あの姑のお陰で結婚できないとか? っくく、と含み笑いが

出た。ヤツが不幸せだったら私は幸せだ。話しかけて確かめる価値はあると思

った。

 だが、ここで私がまだ運命の人に出くわしていないところに、彼はどう思う

だろう。まだ自分とのことで傷心しているとは絶対に思われたくない。あ~、

これが運命の人に出会った後だったら堂々と彼の前で幸せをひけらかすのに!

 私は悔やんだ。

 私は、ブランデーショットを一気飲みし、2千円をカウンターに置いて、バ

ーを後にした。

 このマザコン男が、まさか巡り巡った運命の人だったとか? まさかね。現

在の私にとって彼は疫病神だ。

 その後プツリと新しい出会いは途切れ、やっぱマザコン男は疫病神だったこ

とが、判明した。

 そして私の運命の人が現れるというタイムリミットは1ヶ月を切っている。

本当に1年以内なんだろうか。せめて、あと数年のうちに現れますよ、くらい

だったらまだ希望が持てたものの。ふ~。ため息だ。


「あれ? 先輩今度はため息ですか? 微笑んだり、難しい顔したり、ため息

ついたり、今日は随分表情豊かなんですね」

 智子がじろじろと私の様子を見ている。

「ほっといて。いろいろあんのよ」

「いろいろありますよね~。実は私もちょっといろいろあって、先輩に聞いて

ほしいことがあるんですけど・・・」

「え? 私に? なに?」

「実は、つきまとわれている人がいるんです」

「え、それってストーカー? 嫌だったら、びしっと言ってやりなさいよ。つ

きまとうなって」

「いえ、ストーカーというほどじゃないんですけど、こちらがそれとなく断っ

ているのを読み取ってくれないっていうか・・・・それで、先輩にビシっと言

ってもらえないかなって思ってるんです」

「はい?」

 智子がもじもじしている。

「実は私・・・断りきれなくなってレズなんだって言っちゃったんです」

「はい? で、どこに私の出番があるの?」

「だから、先輩が私の好きな人ってことになってもらえないかと・・・」

 あほらしい。空気が読めない男に、単純にはっきりと断ればいいだけのもの

をどうしてそんなでまかせを言うんだろう。で、会社の先輩である私にその立

役者になれと? 

「先輩、一生のおねがい」

 智子がかわいらしく、額の前で手をぎゅっと握り、こうべを垂れる。

 男がこんなこと言われたら、一肌脱いでやろうと思うのだろうか、でも私は

女だ。なびきはしないが、後輩がかわいいことは確かだ。

「で、どんなヤツなの?」

「ちょっと妙な人なんです。見かけは結構いけてる系なんですけど、発明する

のが好きみたいで、特許取るのが趣味だって言っていました。で、語ると長く

て、人の話が耳に入らないみたいで・・・」

「変なヤツ」

「そうなんです。だから、弱っちゃって。で、この間特許出願中のなんとか

が、大ヒットして何万個売れて、なんとかかんとかって、もーわけわかんな

い!」

「すごいヤツじゃん」

「え? もしかして先輩そういう人タイプですか?」

 あれ? これってもしかして・・・・

 私はこのパターンから、見出そうとしていた。

 1年以内に運命の人が現れる。その人は、私の生活を豊かにして、新しい世

界を見せてくれる。最後の月になってやっとやっと現れたってことか!

「ふふふ。今月中だったらその発明家に会ってもいいよ」

「ホントに?」

「ホント、ホント」

 とそこで、新たな問題が浮かび上がった。

 智子の苦し紛れの言い訳のせいで、私もレズだということにされてしまって

いるではないか。

「ただね、さっきの理由じゃないのにしない?」

「さっきの?」

「ほら・・・レズだっていうやつのこと」

「え? だって、私、その人に期待持たれても困るからちゃんと言おうと思っ

て本当のことをきちんとはっきり言ったんです。なのに信じてくれないか

ら・・・」

 ということは、智子はそっち?

「考えといてくださいね」

 智子が意味深にウィンクした。先輩にウィンクだと? どうかしている。ま

るで気のある男にするみたいな目配せだった。

 ん? まさかね。私に恋心? 智子が運命の人だとか? 私は頭をブンブン

と振った。

 智子が私の耳元で囁いた。

「エープリル・フールですよ~」

 え? 今日は4月1日か・・・。すっかり騙されてたってこと? 安堵しつ

つも確認せねばなるまい。

「どこまでが嘘で、どこからほんと? 発明家の部分は?」

「ぜーんぶ嘘ですよ。ひっかかりましたねぇ、先輩」

 してやられたわけだ。

 1ヵ月後の5月の私は、光の中か、闇の中か。私は、運命に逆らってでも、

自分のタイミングで運命の相手に出会うことを願って止まなかった。 


light in may


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