☆心臓もハートも治してくれた先生☆ (第28回PHP受賞作)
「どうせこんな体なんだ。俺なんか死んだほうがよかったんだ。」
僕は中学一年生の頃、よく母に対してそんな言葉を吐いていました。
二歳の時、ファロー四徴症という心臓の病気にかかり、手術を受けました。手術は成功したのですが、激しい運動は控えなければなりませんでした。そんな自分の体にコンプレックスを持ち、自分自身が嫌な時期がありました。特に胸の傷が目立つため、決して他人の前で裸になることができなかったのです。
でも、学校で身体測定があると、否がおうでも裸にならなければなりません。周りの子に傷を見られてからかわれたり、哀れみの言葉をかけられたりと、僕の心には深い傷が残りました。
中学生にもなれば思春期真っ只中で、さらに自分の欠点や短所が気になる年頃です。僕は自暴自棄に陥り、「死にたい」とまで考えるようになっていきました。
母は僕が物心つく前に離婚し、母一人で僕と兄の二人を育ててきました。そのため経済的に苦しく、家族三人で質素な生活を送っていました。僕は体が弱かったせいでわがままに育ち、母にはしょっちゅう暴言を吐いていました。困った母は、僕の手術を担当し、かかりつけになっている外科の先生に僕のことをよく相談していました。先生は僕の父親世代よりも少し年上なのですが、やさしくて面白いし頼りなるので、僕も父のように慕っていました。
置いてあった医師免許証
ある日学校から帰って来ると、家に先生がいました。最初は嬉しくて茶の間でお茶を飲みながらいろいろ世間話をしていたのですが、次第に僕の心臓の話になりました。 「先生もお母さんも、お前のことすごく大事に思ってるんだ。変な考えは起こさないで、自分の体を大事にしなきゃ駄目だぞ」 そう言われてピンときました。僕に説教させるため、母が先生を呼んだのだ。そう思うと腹が立ってきて、カッとした僕は、 「先生には俺の気持ち、わかんねーべ。こんな体になったことねーし、金も腐るほどもってっべ。死にたくなったことなんかねーべ」
と叫び、二階の自分の部屋に閉じこもりました。先生は一人で二階に上がってきて、ベッドに寝転がって顔を背向けている僕の横に、そっとしゃがみこみました。
「先生、お前のこと救ったつもりでいたよ。でも、そんなに悩んでたのなら、救ったことになんないよな。ごめんな。先生には心臓は治せてもハートは治せないみたいだな」
先生の言葉に内心申し訳ない気持ちになりながらも、意地になっていた僕は、
「心臓だって完全に治ってないよ」
「そうだよな。先生、医者失格だな」
そう言って先生は部屋を出ていきました。
翌朝下に下りると、すぐに母が、
「昨日、先生に何言ったの? これ処分してくれって、置いてったわよ」
それは、先生の医師の免許証でした。先生は医者を諦めるつもりだとすぐにわかりました。
「あんた、誰が心臓治してくれたかわかってんの? 先生は命の恩人なのよ」
「その分、金がっぽりもらってんだべ」
すると、温厚な母が珍しく声を荒げて
「手術費用払ってくれたのは先生なのよ。返すのはいつでもいいからって言ってくれて。いまだにほとんど返していないのよ!」
それを聞いて、僕は先生の家に駆け出していました。もちろん、先生の免許を手にして。
初めて素直になれた朝
「先生ごめんなさい。何もわかんないくせに、生意気なこと言っちゃって」
玄関口に出た先生に免許証を手渡すと、
「来てくれると思ってたぞ。これ届けてくれたってことは、バカな考えも直してくれたのかな? まぁ朝飯でも食ってけ」
ここで僕は初めて素直になれ、
「はいっ」
と答えることができました。
中に入ると、奥さんが朝ご飯を用意してくれ、三人で食べました。奥さんは
「うちにも子どもがいたらね~。こうやってご飯食べるのもにぎやかになるのにね」
後で聞いた話では、先生と奥さんの間には、子供がほしくてもできず、先生にも悩みがあったのです。
この出来事があって以来、僕は前向きに生きられるようになりました。先生は、僕の
心臓もハートも治してくれたのです。