2001年10月28日
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城の南側、長塀に囲まれた広場へ行く。テントがずらっと並んでいた。なるほど、これが「お城祭り」だったのか。地元の人たちの書画、手芸などの文化展。特設ステージの上ではおばちゃんたちが、集団ジャズダンスのリハーサルをしている。フリーマーケットもある。果物や野菜の産直市もやっていた。ミカンを売っていたので覗いてみると、黒点病のきたないミカンばかりをkg当たり200円で売っていた。無農薬栽培と謳っている。

私はミカンの生産者だが、無農薬栽培については、かなり懐疑的である。実際に無農薬栽培を試みたこともある。しかし、きれいなミカンはできない。カリフォルニアやスペインに比べて湿気の多い日本では、雨の一番少ない瀬戸内海地域でも、無農薬で黒点病から果実を守るのは不可能である。また、ヤノネカイガラムシという害虫から、ミカンの木と果実を守るのも不可能なのだ。この害虫は一度ミカンの木に取り付くと、防除をしてもなかなか根絶は難しい。今の市場流通ではそのようなミカンは加工品になる。生産者側に立てば、同じように手間をかけ、味も同じなのに、外観だけで加工品に回る今の流通システムに問題があるとは思う。

しかし、もっと問題なのは、無農薬栽培のミカンと、手抜き栽培のミカンが外観上は区別できないことである。したがって、もし無農薬栽培をやりたいのなら、まず自分でしっかりとした販売ルートを開拓しなければならず、なおかつ消費者に信頼されなければ成り立たないと思っている。そうすると、「お城祭り」で不特定多数の消費者に無農薬栽培のミカンを売ったりはしないだろうという結論になる。まあ、どちらにせよ私は買わないのだが・・・

ここからは、特設ステージの向こうに天守閣が見えた。わざと真中だけ石垣を低くしてあるのだ。見えるのは「一の天守」の南面だ。したがってその奥にある「二の天守」は見えない。この視覚効果はとてもおしゃれだ。などと感じたのは、私が平和ボケしている証拠だろう。攻める側にとってみれば、天守閣が遥かかなたにあるような錯覚にとらわれる。「ここまで来れるものなら来てご覧。その代わり、相当の犠牲を覚悟しな」と言われているような恐さをも覚える。守る側にしてみれば、天守閣が見守ってくれているという安心感を与える。

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「お城祭り」会場からの天守閣


加藤清正は、篭城の食料にする目的でわざわざイチョウの木を植えたそうだ。また、城内の畳は全て食料になる肥後芋茎(ずいき)製だった。しかし、この城が実戦を経験するのは築城から270年以上後の西南の役である。そのとき清正の思想は見事に生かされ、薩摩軍の包囲を40日以上持ちこたえている。そのへんの経緯は司馬遼太郎の小説「翔ぶが如く」に詳しい。

熊本城のキーワードは「天守閣」と「3回」というところだろうか?そう思いながら広場を横切って、また鉤型に曲がり、私達は城の外へ出た。






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最終更新日  2003年01月11日 18時32分13秒
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