2002年04月07日
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お寺から30分ほど走って次に訪れたのは、その名も「武蔵の里」。大原町にある「武蔵資料館」だった。前庭には先客の団体さんがいた。そして、何と武蔵と小次郎がその団体さんを案内しているではないか。後でわかったのだが、その団体さんは70歳くらいの男女のグループで、久しぶりにこの町の小学校の同窓会に出席する人たちだった。

案内役の武蔵と小次郎が前庭の広場で「コント巌流島」をやると聞き、団体さんに混じって見物することにする。まず自己紹介から・・・武蔵は大原町役場観光課の職員で、小次郎は三セク「武蔵の里」の従業員だ。幼馴染らしくお互いにファーストネームで呼び合っている。本名は忘れてしまったので仮にマサオとヒロシとしておこう。

マサオ 「お~い、小次郎。小次郎~。はよう決闘せんか。わしゃこの後出張に行かないけんのじゃけん」
ヒロシ 「よ~し、わかった。ほな、はじめようかい。みなさん、この線から外で見ちょって下さいね」

武蔵が講談調で巌流島の決闘の筋書きを語る。

マサオ 「・・・そのとき武蔵、船の中にある使い古した櫓が目に留まった。これ、船頭、船頭・・・・こら、ヒロシ!はよう船頭役をやらんか!」
ヒロシ 「わ、わしがか?」
マサオ 「二人しかおらんのじゃけん、おまえに決まっとろうが。はよせえ」

船頭役になったヒロシ、武蔵の前で櫓をこぐ仕草


ヒロシ 「へえ。そりゃええけど、何に使いなさるんで?」
マサオ 「船頭、おまえには関係がないことじゃ。・・・と言うと武蔵、懐から小刀を取り出し一心に櫓を削り始めた。・・・やがて船は巌流島の浜に到着する・・・」

小次郎役に戻ったヒロシ、急いで武蔵の反対側に走る。

ヒロシ 「待ちかねたぞ!武蔵」

と言うや、愛刀「物干し竿」を抜き放ち、鞘を投げ捨てる・・・・ハズなのに小次郎、丁寧に鞘を広場の端の方に置きに歩く。

ヒロシ 「明日もこの鞘を使わにゃならんけん、壊れたら大変じゃけんね。」
マサオ 「小次郎、敗れたり!鞘を捨てるは、おぬしの身を捨てたのも同じ事・・・・」

笑いを随所に織り交ぜ、見物人を自分達の世界へぐいぐい引き込んでいく名演技にしばし見とれていた。殺陣の場面では走り寄りながら何度も刀を合わし、迫力満点。よっぽど練習しないと、こんなに息の合ったコントは出来ないだろう。

マサオ 「太陽を背にして立つ武蔵・・・」
ヒロシ 「おい、おい、マサオ。今は昼前じゃけん、おまえモロに太陽を浴びとるやないか~」
マサオ 「おっ、ほんまや。けど、場所変わるのめんどうくさいけんこのまま続けよ」



マサオ 「このとき武蔵は空中高く飛び、小次郎を一撃の下に倒したとなっておりますが、私が飛ぶと後で骨折の恐れがありますので、よう飛びません。皆さんは武蔵が飛んだと想像しながらご覧下さい」

という解説に、観客からもどっと笑いが上がる。ゴロンと倒れる小次郎。

こんな素晴らしい職員がいる大原町は大したものだと感心させられた。私が町長ならこのマサオ君達には給料を倍出しても惜しくない(笑)。

武蔵資料館には武蔵直筆の「達磨頂相図」(本物)、自作の刀の鍔(本物)、枯木鳴鵙図(複製)、五輪書(複製)などが展示されていて、小次郎(ヒロシ)君が一つ一つ丁寧に説明してくれた。 「達磨頂相図」の鑑定額は何と1億9千万円なのだそうだ。もちろん二重ガラスの向こう側に飾ってあった。

二日目は朝からどっぷり「武蔵漬け」になってしまったtetywestだった。






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最終更新日  2002年04月08日 12時38分45秒
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