前回“がん”の話題になり、もし自分が“がん”に侵されたら抗がん剤治療は拒否すると書いた。
ただ、これが自分自身ではなく身近な人という場合はちょっと困るとも書いた。
予見して書いたわけでは全くないが、なんと同居している義母が“がん”になってしまった。
一月前のことだ。
体調が優れないと、寝込んでしまった義母に、黄疸が発症してあわてて病院に担ぎ込んだ。
去年まで義父がお世話になっていた病院だ。
義父は去年の11月“腸閉塞”を起こし、小腸の切除手術をした。
その後、病院の新築病棟引越しのドサクサに転院を強制され、今は違う病院に入院している。
入れ替わるように、義母が緊急入院になった。
検査の結果“すい臓がん”の疑いがでた。
“すい臓がん”と聞いて、僕は暗澹となった。
2年前、職場の同僚が、体調を崩し退職した。
60歳だった。
腰が痛い、めまいがする、食欲が無い、気がふさぐ等々を訴えていた。
病院の検査を勧めてはいたが、退職後は忙しさにかまけて連絡を取らずにいた。
それが、半年後、偶然息子さんに会った同僚が恐ろしい話を聞いた。
“すい臓がん”で亡くなっていたと言う。
あまりの出来事で驚き、後悔した。
“すい臓がん”については、その時すこし勉強した。
“すい臓がん”は、発見が難しいこと、発見したときは既に手遅れである場合が多いことがわかった。
亡くなったTさんは、手術をしたのか、抗がん剤治療だったのか知らない。
すい臓がんが解ったときでは遅いということは立証した。
緊急入院した義母は、数々の検査を受け、胆汁を抜く管を入れるための手術をした。
お腹に管を通され、点滴の管を何本も付けられた義母の姿は2ヶ月前の義父と同じだった。
仲のいい夫婦だねという冗談に少し笑った。
問題はそこからだ。
担当の若い内科医の説明では、すい臓に4センチほどの腫瘍があり、がんである率が高いと言う。
しかし、転移や浸潤はしていない。
上手くいけば、手術で摘出できる可能性がある。
よって、外科医にその検討をしてもらっているとのこと。
しかし、僕は思った。
転移も浸潤もしていなければ、腫瘍は“がん”ではないのではないか。
近藤誠氏のいう“がんもどき”ではないか。
氏の『がんもどき理論』では、転移しない“早期がん”はがんではない“がんもどき”で、放っておいても将来転移しない。
だとしたら、手術をして体にダメージを与えるより、そっとしておいたほうが質の高い生活は出来るし、余命は長くなる。
僕は、腫瘍はそのままにして、胆道の手術だけですまないかを内科医に聞いた。
医者は訝しげな表情で、取れる可能性があるなら取った方がいい。
取らなければいずれ大きくなり、胃を圧迫し栄養が取れなくなると言った。
十二指腸なら解るが、胃を圧迫するってドンだけでかくなるんだ。
「でも、昭和天皇は摘出しなかったですよね」
昭和天皇も“すい臓がん”に侵された。
『がん治療総決算』(近藤誠著)によると、すい臓切除手術をしなかった主治医の判断は正しかったとしている。
昭和天皇と聞いて、
「何年前の話しですか?20うん年?僕は知らないです」
程なく担当は内科から外科に変わり、担当の外科医から何回か説明を受けた。
執刀医は自信に満ちた口調で説明をする。
自信無げでは困るけど、誠実に対応する姿に、初めは手術は嫌だといっていた義母も、ようやく決心をする。
とにかくお腹を開けてみないと、取れる腫瘍なのかどうかも、腫瘍ががんであるかどうかもわからないのだという。
一番いい方法を選ぶから任せて欲しいという。
『幽門輪温存膵頭十二指腸切除術』という手術を受けることになる。
『幽門~』という手術自体は、「Q&A膵臓の病気」という本に、説明された図と全く同じものが出ていたので、一般的な手術なのだろう。
ただ、簡単な手術ではない。
もし、切除が難しいと判断した場合は、バイパス手術に切り替えるとも言った。
これは昭和天皇に施された手術だ。
どちらにしても何箇所も縫合する難手術だ。
そして、3月15日、手術が行われ、無事膵臓と十二指腸切除が成功した。
その後集中治療室で術後経過を見て、体につながったチューブが1ッポン1ッポンはずされ、昨日一般病棟に移った。
僕は昨日から風邪をひいており、義母には会わずにいる。
面会をした妻と子ども達の様子は、喜びと安堵が見える。
退院までにはいますこし時間が掛かるだろうが、ここまでは順調だ。
しかし、退院してからのことで勉強しなければならないことがまだまだたくさんある。
食事のこと、糖尿病のこと、リハビリテーションのこと、義母の生きがい、そして万一再発した場合の対処法。
あれから何冊も本を読み、色々考えた。
“がん”とは何か。
僕は思っている。
“がん”は病気ではなく“老化現象”なのではないか。
まだ思いついた段階なので深くは語れないが、“老化現象”という補助線にしたがって解き明かすと、見えなかったものが見えてくる気がする。
“がん”はウィルスや細菌による病気ではない。
がん細胞はもともと自分の正常細胞なのだ。
活性酸素やタバコなどの有毒物質のせいだと言うが、そうでないこともある。
義母もそうだ。
タバコも吸わず酒も飲まない。
のんびりした性格で、食事も菜食主義に近い。
運動をほとんどしていなかったことはあるが、原因となる負の活動はまったくない。
義父の世話はストレスだったろうが、ここ数年のことだ。
4センチの腫瘍は10年ぐらいの年代ものだ。
その頃もいろいろあったのだろうが、決定的なことではない。
やはり、外からの現象より、内に持っていた要因が大きいと考えられる。
みんな、すでに“がん”という時限爆弾を持っている。
そのタイマーが何時にセットされているか知らないだけだ。
いずれ“がん”も解明される日が来るだろう。
だけど、僕の存命中はまず無理だ。
だから、勝手な仮説もまだまだ許されるだろう。
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