満天の星の下

満天の星の下

2021.03.23
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カテゴリ: 海外
87年のクリスマス直前、日本から来た留学生仲間3人で海南島に行くことになった。同行者は、企業派遣のOさんとY子さんの2人。Y子さんは、これまでもバックパックで中国を旅行しまくっていたらしい。Oさんは、寡黙だが親分肌の頼れる兄貴。私は、と言えば、一応リュックは持っていたが、バックパッカーとしての経験はなく、中国の国内旅行もその時が初めての初心者。
Y子さんのモットーは、中国国内旅行の交通手段は、汽車の旅が基本。それも、いわゆる2等硬座。今回、海南島まで飛行機を使うにあたり、ずいぶん葛藤があったらしいが、経緯は知らないがとにかく同じ飛行機で行くことになった。
語言学院から北京空港までのタクシーの中で、自分がハイテンションになっていたことを覚えている。
12月の北京はとにかく寒い。学生寮はその頃までに1人部屋になっていたが、暖房は部屋に備え付けの小さな給湯式暖房器のみ。ただ、窓は二重になっていたし、部屋にいて寒いと思ったことはない。ところが、一旦寮の建物の外に出ると、少し歩くだけで足下から身体が冷え切った。ということで、「中国のハワイ」、「常夏の楽園」海南島に対する期待は膨らむ一方だった。
北京を定刻に飛び立った737は、約3時間で無事海口空港に着陸した。
我々の目的地は、島の南にある三亜の鹿回頭別墅。Y子さんは、海南島には2度目とかで、三亜には以前お世話になった知り合いがいるとか。海口についてからは、Y子さんがリーダー。で、彼女の指示通りにバスに乗って南に向かう。
途中、通什という、少数民族の村がある町に泊まる。この時初めて、ユースホステルの多人房と呼ばれる大部屋に泊まる。文字通りベットがいくつも並んでいる部屋に男女入り乱れて寝ている。若い女性もベッドの上で平気で着替えたりしている。ここではそういうものらしい。
Y子さんのように汽車の旅に固執する留学生は多くいた。私自身は、移動に時間が取られ、目的地の滞在時間減るのがもったいないなとずっと思っていた。この後、三亜から香港に出るのだが、この時の経験で自分の考えは間違っていたことに気づいた。旅行の醍醐味は、少なくとも当時の中国では、目的地までの移動にあった。続きは明日。





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Last updated  2021.06.11 21:25:07
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