2006年03月07日
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光野 桃著  『エレ・マニ日和』  2000  (株)新潮社  p.19

光野はもとヴァン・サン・カンの編集者で、その手の女性にはカリスマ的存在らしい。
もちろんそんな人だとは知らず、手にとってちょっと読んでみたら面白そうなんで借りてみただけだ。
実際読んでみたら、社会人類学者の上野千鶴子に勝るとも劣らないほどの洞察力を感じてしまった。
彼女は肉的な女流作家が好きだといっていたが、彼女自身は間違いなく骨的だ。

さて、そんな彼女がとあるデザイン事務所のオープニングパーティで知り合ったメークさんが言ったせりふが「作りこんだナチュラル」であった。

彼女(実は男なんだけど)は「作りこんだナチュラル」を「しらじらしさ」と評価する。
光野は「非ナチュラル」こそが、この停滞した時代にドラマチックを生むと主張する。
そう、徹底してナチュラルを作りこんでいくことで逆に、非ナチュラルが生まれるのである。


しかし、作りこめば作りこむほど、なんか「しらじらしさ」がにじみ出てくる。
それはぼくは一種、カメラの目で現実を再構築するからだと思っている。
すなわち、普段の日常生活ではまったく気にも留めないディテールも、バーチャルな世界では定量的に再現される必要があるからだ。
意識に上らないものをブランクとすることができないのだ。
だからディテールを作りこめば作りこむほど、そのリアルさはしらじらしくなる。

しかし、実際の事象はもちろん、すべて存在する。
それを実存にかえるのはコンテクストでありそれに影響された認識だ。
都市計画家ケビン・リンチはそれをレジビリティ(legibility)と呼ぶ。
そのレジビリティが都市のイメージを構築するというのだ。

レジビリティが都市のイメージ、すなわちアイデンティティを構築するのであれば、レジビリティとして「残る」都市構成要素の抽出がアイデンティティを尊重しながら都市を更新していくことを可能にする。
レジビリティが主観に帰属するものであれば、情報としての都市構成要素はできるだけたくさんテーブルの上に乗せておいた方がよい。






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最終更新日  2006年03月07日 01時33分48秒
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