こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

「カメラおじさん」


江戸川を巡視していたら、河川敷で中年のおじさんが、木を工作しているのが、堤防の上から見えた。
舟の桟橋でも作るつもりなのか。それなら河川法で禁止されているのだから、止めなければならない。
運転手さんに「止めてください」と言って、車から降りて、堤防を駆け下りた。いきおいがついて止まらず、川べりまで来た。「おっとっと」
川べりまで来たついでに、平らな石を拾って「水切り」を何回かした。
おじさんはきょとんとして俺を見ていた。
こちらが「こんにちは」と声をかけたが、
「なにやってんだ?」と聞くので
「水切り」
「『水切り』って?…」
「水切り?平らな石を水面をはずませて投げること」

【2】
おじさんは、手書きの設計図を書いて、工作をしてるようだ。
きょとんとしているおじさんの前に行って、空を見上げて言った。
「今日は、いい天気だな。雲ひとつないな。宇宙を見てるみたいだ」
「あんた、宇宙が見えるのか?」
「見えますね。青空の向こうは宇宙でしょうから」
おじさんも空を見上げていた。口を開けて。
俺は、遠い堤防に目を移して言った。
「青い空と緑の堤防のコントラストがいいな。
寒色同士のコントラストってのもいいもんだなぁ」
「寒色ってなんだ?」
「寒色?寒い感じの色。青とか緑とか。赤や黄色は暖かい暖色…ですけど」
「寒色かぁ」と言って、おじさんも遠くを眺めていた。

【3】
ある日、堤防の上を車で移動中、先日の木工作おじさんが立っているのが見えた。なにか黒い塊を、大事そうに持っている。
俺を待っているようにも見える。黒い塊は武器か。
近づいて行って、車から降りて「こんにちは」と声をかけた。黒い塊に見えた物は、一眼レフカメラだった。
「どうしたんですか?そのカメラ?」
「いや、買ったんだよ。趣味で始めようと思ってな」
「そうですか。いいカメラですね。高かったでしょう」
「そうなんだな。けっこう高いものなんだな」
「で?何を撮るんですか?」
「江戸川だよ。あんた言ってたじゃないか。寒色同士がいいって」
「そうでしたね」
河川敷の木工作品はきれいになくなっていた。

【4】
結局、木工おじさんには、河川に桟橋など作るのはだめですよなどとは、一言も言わなかった。おとなに、杓子定規な注意などしても素直に聞いてくれない、と考えていた。もっと、凝ったことをして、違法行為を止められたらなぁ、と考えてはいたが、なかなかうまいことはいかない。
でも、木工おじさんは、俺と会話して、カメラを始めた。木工はやめてカメラにしたらとは言っていないんだけど。
結果的に、違法な桟橋など作って、舟遊びをするより、カメラが趣味になってよかった。
カメラなら、続けられれば老後の暇つぶしの趣味にもいいだろうし、舟遊びよりは、品がいい感じがするし、おばちゃんたちにもモテるかもしれない。
巡視員としては、違法行為を止められたし、おじさんはカメラおじさんになって、楽しんでくれるだろうし…めでたし…めでたし…

【5】
ある日、堤防を車で行くと、カメラおじさんがたっていた。手には、金色に輝く物を持っている。あれで、たたくつもりなのか。
近づいていくと、金色に光るものは、長さ30cmほどのトロフィーと見て取れた。
車から降りて「こんにちは」と近づいていくと、カメラおじさんは挨拶もせずに
「このあいだ、写真のコンクールに初めて出品したら、佳作になっちゃったんだよ」と言う。
「へえ~。初出品で佳作受賞。そりゃすごいね」
「いやあ、まさか受賞なんてないと思って出したんだけどな」
「よかったね。せっかく始めた趣味なんだから…励みになるんじゃない」
「励みにはなるけど、おれなんかが、こんなものもらっていいのかよ」蔭佐の
「いいんだよ。審査の結果なんだから」

【6】
「これは、あんたにあげたいんだよ」
と、カメラおじさんは、トロフィーを差し出した。
俺は、ただカメラを始めるきっかけを作ってやっただけだから、おじさんのカメラセンスと技術の受賞だよね。
「いやいや、受け取れないな。これはおじさんの宝物だよ。自分で大事にとっておいたほうがいいよ」
「あんたのおかげで、受賞したような気がしたんだけどな」
「いや、おじさんの実力だよ。自信もってこれからもいい写真撮って…そういえばその写真のほうがほしいな」
「そうなんだよな。とっておきたかったんだけど、ネガまで提出しちゃったから」
「残念だったね。そこんとこは…」
こうして、俺は「無冠の帝王」を続けた。
(終)


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