こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

「どもり」


会社に「どもり」の人がいた。年齢は40歳代だろうか。普通に話せば、低音の魅力的な声なんだけど、慌てて話すときだろうか、
「こ、こ、こ、今度の~」と激しくどもってしまう。
それを聞いている女子社員などは、くすくすと笑っている。そんなにおかしいことか。
その人とは課が違うので、普段話すことはなかったが、人員が足りないなどの理由で、他の課の俺に話がきた。
「こ、こ、こ、今回…ひ、ひ、人を、か、か、か、貸してほしいですけど…」
俺は、思い切って言ってみた。
「なにどもってるんだよ。何言ってるかわかんねぇじゃねぇか。はっきり気合入れてしゃべれ!」
「はい」
ちょっときつい言い方だったかなと思ったが、こちらも気合を入れて言ってみた。

【2】
「はい」
その人はどすの効いた返事をすると、どもるどころか、すらすらぺらぺらと話し出した。
どういうことだ。
学生時代にもどもる人はいた。
「ちゃんと話は聞いてるから、落ち着いて話せよ」と言うと、どもらずにすらすらと話した。あわてない状況を作ってやれば、すらすらぺらぺらと、普通の人よりよくしゃべった。
この人もそうだ。落ち着け!と厳しく言ったから、どもらないのだろう。
あんまりいっぱい話されたんで、内容が把握できなかった。
「すいません。一度にいっぱい言われるとわからないんですよね。少しどもってもらえますか…というわけにはいきませんね」
「そうはいきませんね」
ノートを持ってきて、要点を言ってもらってメモした。

【3】
自分の席に戻ると、お局様が
「ヤマザキさん、ちょっときつい言い方なんじゃない」とご意見を言ってきた。
「うるさい!今度あの人がどもったとき笑ったら、あごの骨砕くぞ!」
と、こぶし出した。
お局様は、興奮状態で
「そんなことしていいと思ってるの?暴行罪じゃない。警察呼ぶわよ」
後ろからどもりの人が
「おまえは黙ってろ!」
と大声が聞こえた。
俺に対して言ったのかと思い
「なに?」と、睨み返した。
するとどもり男は
「そっちの女に言ったんだ!」
と強く言った。
なんだ、そうなのか。お局様は、指示通り黙っていた。

【4】
俺もお局様に
「俺も真似するかな。おまえはだまってろ!」
と言ってやったら、ほんとうにお局様は黙ったままだった。
それから、俺は神戸に出張することになり、会社を離れた。
神戸の現場事務所に、どもり男から電話があったことがある。あまり親密な関係でもなかったので、なんの用事だろうと思った。
どもり男は、少しもどもることなく話しだした。
「あの時は、大変お世話になりました。おかげさまで、どもらなくなりまして」
「そうですか。よかったですね」
やっぱり、会社で女子にくすくす笑われると思うと、緊張して余計にどもってしまうんだな。
俺が、鉄拳を使うと言ったから、女子たちも笑えなくなったか。

【5】
「ところで、会社にいるときはどもらなくなったってことですけど、他の場所では、どうですか?たとえば、家にいるときとか…」
「そうなんですよ。会社ではどもらなくなったんですけど、家では、時々どもってました。
そのたんびに、嫁が笑うんで、一度ひっぱたいてやったんです。」
「あらあら、だいじょうぶでしたか」
「そしたら、どもっても笑われなくなるし、笑われなくなったら、どもらなくなったんですよ。」
「そうでしたか。よかったですね」
やっぱり、思った通りだ。女性に笑われるということを気にするから、余計にどもってたんだ。
「これも、ヤマザキさんのおかげです。ありがとうございました。」
「いえいえ、俺はきっかけを作っただけですから、あとは自分の努力だと思いますよ」

【6】
「いえ、努力なんてしてないですよ。すべてヤマザキさんのおかげだと思っています」
「そこまで言われるなら、お受けしておきますけど、ところで、どもる原因なんですけど、言いたくなかったら言わなくていいです。あのー、子供の時におかあさんに笑われましたか?どもってうまくしゃべれないときに?」
「ええ、母親には笑われましたね。」
「俺は、それが原因だとおもったんです。どもることの」
「そういえば、子供のころからどもりが治らなかったですね」
「治ってよかったですね。どもらないと、低温の声で魅力的ですよね」
「そうですか。自分ではわからないですけど」
「いや、今こうして話してても、素敵な声と話し方だなって感じますよ。」
「いや、ほんとにヤマザキさんのおかげです。すごいですよね。何十年もどもってたのに」

【7】
「ところで、おかあさんは健在ですか?」
「いいえ、他界しました。ろくに親孝行もしないで終わってしまいましたね」
「親孝行は子供の時に終わってるじゃないですか。昔の母親って、娯楽もなく働くだけでしたからね。子供が笑わせてくれたと考えれば、もうすでに親孝行はしてたんですよ」
「そうなんでしょうか。そういえば、私も子供に笑わされた覚えがあります」
「そうなんですよ。みんな、子供の時に、親を楽しませるいい子だったんですよ」
「そうだったら、報われる感じがしますけど」
「それより、おとなになってから、落ち着いて話せば、いい子供から、いいおとなになれますよ」
「私でも、なれるもんなんですかね」
「もう、すでに、なってるじゃないですか」
(終)


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