こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

「同学年」


会社に、親会社から永久出向の人間が入ってきた。彼は、俺と同学年…同級生でもなく、同期入社でもなく、同い年というだけの同学年…
社員300人ほどの会社だったから、紛れてはいたけれど、お互いに意識していたかもしれない。
彼は大卒、俺は高卒…俺のほうでは対抗意識など持ってもしょうがないと思っていたけど、あちらは、俺を競争相手か友達かと探っているようでもあった。
課が違うということもあったが、俺はマイペースで、あまり熱心に相手にしていなかった。本人は、俺のことよりも、子会社に出向させられたのがいやで、暴れていたようでもあった。
隣の課で話を聞いていると、うるさいやつという印象だった。特に所属課長には、噛みつくように話していた。

【2】
俺の席の後ろで、同学年が課長にうるさく嚙みついている。よく聞いていると、屁理屈をいって課長を困らせているだけらしい。課長は黙っている。相手にしたくないのか、よくわからんことで抗議のようなことをされて困っているのか。俺の課の課長を見ると、困ったやつだなという目で見ているだけだった。実際に、仕事に支障がでるほど、うるさかったので、振り返って同学年に
「うるさいよ!」と言ってやった。
同学年は、俺のほうに向いて
「うるさいとはなんだ」と言ってきた。
「なんだ?」と聞いてきたとみなした。
「うるさいとはなんだ?って聞いてるのか。うるさいってのはな、漢字で書くと『五月蠅』って書いて、春の5月のハエみたいにうっつしいということだ」
「ハエとはなんだ?ひとのことハエ呼ばわりしていいと思ってるのか」

【3】
「ハエ呼ばわりしていいのかって聞いてるのか?もちろん、いいと思ってるよ」
そう言うと、同学年は黙って俺をにらんでいた。最初の静かにさせるという目的は達成できたので、俺は自分の仕事に戻った。
後日、社外から戻ると、また同学年と課長が言い合っている。言い合うというより、課長が、同学年を仕事のことで説得しているようだった。同学年は、それに従おうとせずひねくれていたようだった。
それが長く続くようだったので
「あのー、今やってるのは、大きな声の世間話なんでしょうか?世間話なら、外でやってもらえないでしょうか。うるさいんで」と言ってみた。課長は
「ほら、そういうふうに言われちゃうんだよ」と言っていた。
同学年は、俺のほうを見て
「なんですか?あなたは」と言ってきた。

【4】
「あのな、今のは、課長の業務命令だぞ。日本語の返事は『はい』と『いいえ』の2種類しかないんだよ。どっちなんだ?」
同学年は、怒ったのか緊張して
「なんですか?あなたは?」と言うばかりだ。「『何ですか』なんて返事はないんだよ。『はい』と『いいえ』だけなんだよ。言い分があるんなら『いいえ』でもいいんだよ。どっちなんだ?」
同学年は、ちょっと黙っていたが
「はい…」と『返事』した。
「よし、決まった。話終わり!」
課長が
「そうか、そういえばいいのか」と言っていた。
同学年は、ただひねくれて、だだをこねていたということかな。おとなしい課長だったから、なめていて、甘えたとも見える。どちらにしても、友達にはなるまいと決めた。

【5】
同学年のことは、憎たらしいやつという印象で、今現在の詳細な性格となぜそういう性格になったか知りたかった。
そういう意味では、嫌いだけど興味はあったということだと思う。たまに、休憩時間に会話に扮した質問をしていた。どういう質問をしていたか細かいことは忘れてしまったけど、とにかく奴の心理を探る行為が好きでもあった。
しかし、聞けば聞くほど、腹が立つ奴だった。一度などは、「この野郎!」と飛び蹴りをしてやろうと机に飛び乗ったが逃げられた。後を追いかけたら、裏の階段から降りて行ったようだ。逃げ足が速くて 捕まえられなかった。次に、机を飛び越えて追いかけたときは、裏口に先回りして逃げられないようにした。部屋の角まで追いつめて、さて、暴力を使うつもりはなかったが、そこで問い詰めてやろうと思った。

【6】
同学年を部屋の隅に追い詰めて、どうしてやろうかと一瞬考えたが、そいつは急に土下座して「すみませんでした!」と叫んだ。その姿を上から見たら、脱臼したカエルのようだった。
もう少し、骨のあるやつかと思ったけど、あきれかえった。彼の耳元で
「そうすれば、許してもらえると思ってやってるだけなんだろう?」と言ったら
「おっしゃる通りです!」と簡単に答えた。
俺は、さらにあきれかえって、「やーめた」と言って、自分の席に戻った。
席に着くと、所属課長が
「なあ、机の上に飛び乗るのはやめろよ。汚れるから」と言った。
「そうですね。今後気をつけます」と答えた。興奮もしてなかったので、怒りは収まったと感じた。同学年も、席に戻り、「静かな仕事」が再開された。

【7】
所属課長に止められた、「机飛び乗り」だが、またやってしまった。
同学年が、ひねくれて反論するものだから、机を飛びこえて飛び蹴りをくらわしてやろうとしたのだ。
だが、さっと机に飛び乗った瞬間に、同学年は逃げた。5m ほど離れたところでこちらを見ている。
俺は、机に乗ったまま
「ちょっと来い。何もしないから、聞きたいことがあるんだ」
「なんですか」
俺は、椅子から立ち上がってすぐに机に飛び乗っているのに、なんでやつはそれを察知できて逃げられたのか知りたかった。
「俺が動き出したときには、逃げる準備をしてたのか?」
「そうですよ」
こいつ、逃げ腰で話してたのか。

【8】
机飛び越しは、所属課長に注意されたし、実際に失敗だったし、次に怒ったときは、机を回り込んで歩いて行った。
すると、角の机の女子事務員が立ち上がって、両手を広げて、俺を制止した。やわらかい体がポニョッと当たって、俺は止まった。
「どけよ」
「だめです」
彼女の真剣な表情は、同学年を守るためとも感じられなかった。俺は女子の腰に手をまわして引き寄せ
「わかったよ」と言った。
女子は、自分の体が俺のほうに動いたので「あらら」と驚いていた。
後で聞いた話では、
「ヤマザキさんは、私たちのためにも同学年をやっつけてくれるんだけど、暴力を使わせちゃだめだよ。それは止めないと警察に捕まっちゃうから」という段取りになっていた。

【9】
同学年にしていた質問に彼の実家のこともあった。
「実家に、よく帰るらしいけど、月に1回くらい帰るのか?」
「それ以上帰ってますよ」
ここは横浜、彼の実家は鹿児島。飛行機で往復するらしいが、月の交通費だけでも大変な額だな。
「実家には何をしに帰ってるんだ?」
「何かしなくちゃならないですか?」
「実家に帰るにも目的があるだろう。古い友達に会うとか」
「しませんよ。何もしませんよ」
「実家に兄弟はいるのか?」
「長男がいます。いつ帰ってもいるんだから、あいつは」
「じゃあ、母親に会いに頻繁に帰ってるってことでいいのか?」
「…」

【10】
同学年は体が細かった。仮にもけんかが強そうには見えなかった。
「俺とけんかするなら、真っ向勝負は無理だろうから、後ろからボールペンででも刺すんだな」と言ってあげた。
その後、俺が椅子に座って仕事をしていると、課長やお局様の視線が背中のほうに向いてることに気づいた。みんな、無言だった。
本当に、後ろから刺すつもりなのか。それが卑怯な行為だという自覚もないのか。ボールペンなら、たいしたけがもしないだろうと考えているのか。
知らんぷりして、周りの人の視線と表情を見ていた。奴が動き出したらわかるだろうと思っていた。
今か!という時に、椅子からサッと立ち上がって横によけた。同学年は、見逃し三振のような体制になっていた。
「後ろからでも、無理みたいだな」

【11】
同学年とは、離れた席で対決になったこともあった。
「おまえ、真綿って知らないだろう」
「知ってますよ。真綿ぐらい」
「じゃあ、ひも状の真綿を水に浸した状態なんてイメージできないだろう」
「真綿を水に浸す…はい、イメージできましたよ」
「じゃあ、それを首に巻いてしばるなんてかっこいいことはイメージできないだろう」
「真綿を首に巻く?イメージできましたよ。完璧ですよ」
「そうか、よかったな」
そう言ってしばらくほおっておいた。
しばらくしてから
「おまえ、体に変調を感じてないか。首の真綿が乾燥して、首を絞められるはずなんだけど…」
「…」

【12】
同学年は、机に突っ伏して「く、苦しい」と言っている。
「あ、そう」
苦しい演技をしているのかと思った。
「いや、ほんんとうに苦しい。直してくれ」
本当に苦しいのだろうか。真綿が首を絞めるのをイメージしただけで、本当に息ができなくなるものなのか。
同学年は、「けーけー」言ってもがいている。
「困ったな。解除の仕方、知らないんだよな」
同学年は、喘ぎながら
「助けてくれ」と言っている。
「あ、そうだ。なあ、真綿のひもを外せばいいんだ。自分で縛ったんだから、自分で外せるだろう」
同学年は、見えない真綿を外しているようだ。やっと「ふぅ~」と、息が楽になったようだ。
そんなことに、心理的に引っかかるなんて、感受性が強い子なのかなと思った。

【13】
どういうわけか忘れたが、同学年に対して「殺してやる」と伝えたことがあった。彼は
「そんなことしたら、警察に捕まりますよ」と言う。
「それは、後のことだろう。おまえは死んでいなくなってからのことだ。俺の目的は達成される。おまえは死ぬ。俺は刑務所へ入る。それで刺し違えようか」
「どうすれば、いいんだ」
「どうもしなくていいよ。普通に会社に通ってなよ。会社内ではやらないから。通勤途中、気をつけるんだな」
「通勤途中にどうするつもりなんだ」
「道具はナイフ。一発で心臓を刺す。そのほうが苦しまなくていいだろう」
「どうすれば、いいんだ」
完全に暗示にかかってるようだった。なぜ、俺が言うことを信じて、イメージしてしまうのかはわからなかった。

【14】
同学年は、暗い顔をしてうつむいて
「助けてください」
「おまえ馬鹿じゃねぇ。おまえを殺そうとしてる人間に『助けてください』って言っても無駄だよ」
だが、課長やお局様たちが
「助けてやれよ」と言っている。
「助けてやるんですか?」
「違う。助けてやれ。助けられるのはおまえしかいないんだから」
違う。助けてやれか。お局様の時と同じ状況ということか。
しかし、俺にこいつが助けられるだろうか。きっと、マザコンかパニック障害だろうと思う。俺の貧困な心理判断によれば。
とりあえず実験的にだけど、話だけはしてみようか。質問をしてアドバイスするだけでも、よくなるかもしれないし、他者が見ても治しているように見えるだろう。

【15】
「助けてくれって言ってるけど、ほんとに俺の言うことを聞くのか」
「聞きます」
「じゃあね、まず、鹿児島の実家に帰るのを減らせよ。盆と正月くらいにしときな。交通費だってばかにならないだろう。別のことに使うか貯金しろよ」
「貯金します」
「素直だね。よろしい。それと、5人兄弟の3番目だそうだけど、ほかの兄弟は競争相手じゃないからな。身内・仲間なんだから、なかよくやりなよ」
「はい、普段は仲がいいんですけど…」
「みんなが仲良くしてくれてるんだよ。自分も努力しろよ。それとな、男ばかりの5人兄弟を育てるのは、大変だったと思うよ。おかあさんは戦争のようだったと思う。自分に注がれるべき愛情がたりなかったような気がするのも、気のせいだよ」

【16】
「初恋っていつだった?」
「中学の時…」
「別に恥ずかしいことじゃないぞ。女性を好きになったってことは正常ってことだからな。どんな人だった」
「普通の子です」
「そうか、俺が想像してみるに、けっこう美人だな」
「えへへ」
「女から好かれることより、好きになることのほうが大事だからな。その頃のことを思い出して、もう一度、女性を好きになってみるんだな」
「はい、難しいでしょうけど」
「難しいか。いきなり交際しろって言ってないぞ。人を、女性を好きになれって言ってるだけだぞ」
「はい」
「素直でよろしい」

【17】
素直に「はい」と返事するところをみると、治ったのかなと感じた。これが、俺に対してだけの態度でなければ、治ったのだろうと思う。
俺を上に見て従っているだけなら、まだまだだと思うが、これで一応俺の「治療」は終えたと思った。
「殺してやる」という荒療治が功を奏したのだろうけど、そういうことで人は、はっとして変わるものだとも思った。
今後が心配でもある。一時的に素直になって、またひねくれた状態が良くなることもあるだろう。周りの人間に観察するようお願いした。俺は、長期出張で神戸の震災がらみの仕事に就く予定だったから。
「治療」のために集中力を使ったので、眠くなった。「ちょっと眠ります」と言って、机に突っ伏して眠った。周りの人たちは静かにしていてくれていた。(終)


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