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蘇芳色(SUOUIRO)~耽美な時間~
「殯(もがり)の森」
「殯(もがり)の森」
奈良県の山間部。そこにしげきの暮らすグループホームがあった。軽度認知症の老人たちが介護スタッフとともに共同生活をしているのである。しげきは亡くなった妻の思い出の詰まった黄色いリュックサックを大切にしていた。今でも彼は妻を愛しているのだった。
新しい介護スタッフとしてやってきた真千子が、そのリュックサックを無断で触ってしまう。激しく怒るしげき。彼は真千子を突き飛ばしてしまう。落ち込む真千子だったが、先輩介護スタッフに励まされ、少しずつしげきと心を触れ合わせるようになってくる。真千子もまた、最愛の子どもを亡くし、心に傷を負っていたのだった。
ある日、しげきと真千子は、しげきの妻の墓参りに行くことになる。山の中にある墓に、2人は向かうのだが・・・。
後半部分をじっくり見て、「萌の朱雀」や「沙羅双樹」を見たときに感じた『何か』が、再び私の心に染み込んでくるのを感じました。
この感情が何なのか、まだわかっていないのですが、「殯(もがり)の森」を見た後に思ったのは、自分自身の中から湧き出てくるものだけではないということです。
もともと自分の中にある感情もあることはあるのですが、もっと違った根源的な想いが、河瀬作品を見ているとひたひたと心に染みてくるのです。
それは河瀬監督が受賞後のインタビューでも言っていたことと通じるのかもしれないと思います。
「映画作りは、人生と似ている。困難があり、混乱することがいっぱいあり、心のよりどころを求める。形あるものでなく、目に見えない何か。風や光、誰かの思いなどに心の支えを見つけることで、一人で生きていける」
目に見えない何かを感じることの出来るのが、「殯(もがり)の森」だと思うのです。
自分が生まれる前、そして死んだ後の世界を感じ、全ての命は繋がっている・・・そんなことを思いました。そう、まさに「殯(もがり)の森」は観客にとっての『へその緒』なのです。
生まれる前に自分と世界をつなぎとめていたもの。そこから生きる術を教わってきました。でも一旦生まれ出てしまうと、人はへその緒のことなんて忘れてしまっています。自分は一人で生まれてきたんだ・・・という奢った気持ちになることもあるでしょう。
でも「殯(もがり)の森」を見ると、自分を生かしてくれていた「へその緒」を思い出すのです。そして自分は生かされているという謙虚な気持ちが湧き出てきます。
森の中で、しげきが川を渡ろうとした時に真千子が激しく泣きじゃくりながら止めます。もちろんそれはしげきの身を案じてのこともあるでしょうが、まるで三途の川を渡って、あちらの世界にいってしまいそうなしげきを見て、真千子は亡くなった自分の子どもを思い出してしまったのではないでしょうか。
その夜、濡れた衣服のままでたきびを囲むしげきが、寒さを訴えると、真千子は優しくしげきを抱きしめ、暖めます。まるでわが子をいとおしむように。
翌日、ようやくしげきと真千子は、しげきの妻の墓にたどり着きます。まるで妻自身を抱きしめるように、墓に頬を寄せるしげき。その姿を見て真千子は、死は終わりではないことを悟ったのではないでしょうか。死は肉体を滅ぼし、愛する人の姿を目の前から消し去ります。しかし、しげきは今も亡き妻を愛し続けているのです。妻の肉体は消え去っても、人はまだ愛することが出来る・・・。死は全ての終わりではありません。へその緒を通って、生まれる前の世界へと帰っていくのです。そして全世界と繋がるのです。
しげきは亡き妻を感じ、真千子も亡くなった子どもを感じます。繋がっているから・・・。たとえ死がお互いを引き裂いたとしても、世界を包み込む存在として繋がっているから・・・。真千子はきっと亡き子どもの、そんな声をいたのではないでしょうか、殯(もがり)の森で。
これからも河瀬直美監督の作品を見続けていきたいと思います。
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