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次男@ リーダーと言う言葉の魔性 リーダーと言う言葉を受け止めた時、言葉…
ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…
lovedolpin @ ツイてる♪  私も「ハッピー」「ツイてる」大好き人…
2004.03.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
この作品は井上靖さんの最後の長篇である

雑誌『新潮』に連載され、平成元年9月に新潮社から刊行された
それから1年あまりの後、平成3年1月83歳で亡くなった

とのこと。
病床に臥せり、しかも高齢、それでも作品を書き続けたという著者
凄まじいエネルギーで書いていたのだと改めて実感。

人生について八十歳に達した著者自身には、人生についての自分の考えを
『人類の教師』である孔子や語り手の蔫薑(えんきょう)を通じて読者に語りかけたい
という積極的な気持ちもあったに違いない

解説にはこのようなことが書かれている

10年くらい前に購入した本なのだが、読んではやめ、読んではやめ、ということが続き


先日、論語の本を読んだこともあり再び読むことにした

今度こそ、読み込んでいけますように☆
少しでも孔子について知ることができますように☆

⇒子の魅力
 何とも言えず大きく、ゆたかな子の人柄というか、教養というか、そうしたものに触れると
 もう一生、子から離れることはできなくなります

 →大きく豊かなものというのは何か?
  烈しさと穏やかさ、厳しさと優しさ、温かさと冷たさ
  こうした相反するものが同居している状態にある魅力

  このような独特の豊かさを知ってしまうと、子から離れることができなくなる


 ●いつも感ずる無比の優しさ
 ●常に正しく、真剣に生きようとしていた、そのすごさ
 ●年齢を感じさせない、年齢とは無関係な若さ
 ●二人とない、明晰な頭脳、大きい教養
 ●隙のない生きる姿勢

 ●正しく生きることを己に課した人
 ●努力、努力、努力の人
 ●古今無双の道徳家
 ●過失を再びしない立派さ
 ●人には優しく、自分自身に対しては厳正峻烈
 ●他人を許す大海のような大きさ
 ●生涯燃え続けた人間愛
 ●威あって猛からず
 ●心にもないことを、一切口にしなかった人
 ●世を救い、人を救うという一番立派なことを考えていた人

⇒人間、道にかなったことをやっていれば、どこかで天は嘉してくれている
 ”よし”としてくれている

⇒国が亡びようと、亡ぶまいと、そうしたことには関わり無く
 不幸は、不幸な人たちは、地上のいたるところに満ち溢れております
 いま振り返ってみると、子にとっては、たとえ一人でも、不幸なものを救おうと
 必死なお気持ちでの中原の旅であったかと思います

⇒ 五十にして天命を知る

 自分が為そうとしていることに、天の使命感を感じたこと
 当然のこととして大いに努力するが、いくら使命感を感じようと、
 いかにそのために努力しようと、そのことの成否となるとまたそれは別問題
 成功するかもしれないし、思わぬ妨害があって成功しないかもしれない
 すべては天の裁きに任せる他はない

⇒子にしても、一生のうち一度や二度は、絶望といってもいい立場に立つこともおありだったろうと
 思いますが、併し、子にはそれは、絶望としては受け取れなかったのではないでしょうか

 天命とか、天の試練とか、そうしたものとして、それに対しては、面を上げて耐えておられたに
 ちがいありません

 こういうところが、子の、われわれ凡人とは違うところかと思います

⇒ 『仁』
 相手によって、以下の2つの『仁』を選び、その説き方を変えていたのではないか?

 1.大きな仁(時代を動かすことのできる立場の人に対して
 2.小さな仁(名も無き庶民に対して)

 どちらの『仁』であれ、その核心となっているものは

 同じ人間への愛
 人間として誰もが持っていなければならぬ ”まごころ”

 すべての人間が倖せに生きてゆくための、人間の人間に対する考え方であります

 人間はお互いに相手を労わる優しい心をもち、そしてお互いに援け合って、
 この生きにくい乱れに乱れた世を、やはりこの世に生まれてきてよかった
 と思うように生きようではないか

 そういう考え方が『仁』であります


⇒子はいつも、人間のことばかりお考えになっておられました

 人間の倖せ(しあわせ)について、不幸について
 そして人間が、特にこの乱世に生まれ合わせた人間が、少しでも倖せになるには、どうすればいいか
 人間が不幸になるのを防ぐにはどうしたらいいか

 人間、この世に生まれて来たからには、いかなる時代であろうと、倖せになる権利がある

 そのようなお考えが、あらゆる子のお考えの根本に座っていたかと、と思います

⇒蔫薑が子に対して受けた最も強い印象

 冷静きわまりないところ

 子はいつ、いかなる時でも、仮初にも、ご自分を喪う(うしなう)ことはありませんでした

 子がいかなる時でもお持ちになっていた冷静さが、結局のところ、誰も及ばない非凡なものとして
 思い出されて参ります

 ■民の義を務め、鬼神は敬して之れを遠ざく、知と謂うべし
  →民が正しいとするところを尊重し、鬼神相手の信仰問題は敬意を表するも、まあ、慎重を期して
   深入りしない方がいい、これが”知の政治”というものである

 ■未だ人に事うる(つかうる)こと能わず(あたわず)、焉んぞ(いずくんぞ)よく鬼に事えん(つかえん)  
  →いまだに生きている人間にも仕え得ないのに、どうして死者の霊に使えることができよう

 ■未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん
  →まだ生の何たるかも判らないのに、どうして死が判ろう

⇒師・孔子の豪さ(えらさ)、大きさは、自分の周囲の者に対して、特に誰をという見方を
 なさっていないところです

 子路、子貢、顔回という三人の高弟に対しても、あくまえ平等、特に誰をという見方は
 なさっておりません
 長所、短所、みな正確に見ておられます

 ですから、三人、皆に後事を託そうとしておられたのであります

 子路への叱責、子貢への無視、顔回への労わり
 みな子の愛情の表現であったと見るべきかと思います

いろいろと深く考えさせられた
孔子の生き方、教えについて少し理解できたと思う
教えの根底には世の人々皆の幸せを願う気持ちが強くあったとのこと。
それを常に考え実践していった孔子。

その教えは今の時代にも十分に通じると実感した。

今この時期に読めたことに感謝。ありがとうございます。
というわけで宣言は以下。

☆私は、自分のできることを精一杯やり、あとは天の裁きに任せます!
☆私は、相手を労わる心をもち、援け合ってこの世に生まれてきてよかったと思うように生きます!
☆私は、相手のしあわせを考えます!

読んではやめていただけあって、とても中身が濃くすべてを理解することは
やはりとても難しいと実感しました。

自分なりの気づきを今の自分が理解できる範囲でやっとの思いで書かせていただきました。
よろしくお願いします。

それでは皆さん、素敵な週末を☆
(^-^)






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Last updated  2004.03.19 06:24:05


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