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★No015040 たんぽぽ娘 step1
たんぽぽ娘(The Dandelion Girl)
著者:rober・f・young(アメリカ) 発刊:1962年 絶版:1980年
丘の上の少女は、マークにエドナ・ミレー(アメリカの詩人)を思い出させた。それは、彼女が午後の陽射しの中でたんぽぽ色の髪を風に踊らせながら立っていたせいなのかもしれないし、彼女の長く細い脚を取り囲んだ古めかしい白のドレスのせいだったのかもしれない。ともあれ、彼は彼女が過去から現在へ飛び込んできたかのような印象を受けていた。そして、それは違っていた。彼女は過去からではなく、未来からやってきていたのだ。
彼は丘を登り、息をつかせながら彼女に距離をとって背後で休むことにした。彼女はまだ彼に気づいてはおらず、彼女を驚かせないように気づかせるためにはどうしたらいいか考えあぐねていた。その考えをまとめる間、彼はパイプに火をつけ、煙草が生命を宿らせるまでふかしていた。彼が再び彼女の方に向き直ると、彼女は振り返って彼を不思議そうに見つめていた。
彼は彼女の元へゆっくりと歩き出す。空は近く、風が顔に当たる感覚を、彼は楽しんでいた。彼は、もっとハイキングへ行くべきだな、と自分に言い聞かせていた。彼は、小屋と釣り用の桟橋のある小さな湖を抜け、秋の暗い炎に燃える、今は背後の眼下に広がる森を通り、この丘にたどり着いていたのである。彼の妻が陪審義務で不意に召喚される間、彼は夏期休暇の二週間に独りになることを強いられた。桟橋で日がな釣りをしたり、暖炉のそばで涼しげな晩を感じたりして2日が過ぎ、特に目的を持たずに森を抜け、丘にたどり着き、そして彼女に出会った。
彼女の元へたどり着いた時に見た彼女の目は青く、それは彼女の細いシルエットを縁取る空と同じ色をしていた。彼女の顔は卵型を形作り、その表情からは若く見え、やわらかく、そして甘い印象を受けた。風を受ける彼女の頬は、触れてみたいという強く抗いがたい衝動を感じさせるほどの既視感を覚えさせた。実際、彼は手がうずくのを感じたが、その手が脇から離れることはなかった。
なぜ、と彼は自問する。自分は44歳になる。彼女はどう見ても20歳は少し超えたくらいだろう。一体自分はどうしたというのか。
「景色を楽しんでいたのか?」
彼は大声でそう問うた。
「ああ、うん」
彼女はそう言って、自分の手で半円を描きながら振り向くと、こう告げた。
「だってすごいじゃない!」
「ああ」
彼は彼女の視線を追った。
「そうだな」
その先には再び森が広がっており、低地を暖かな9月の色に染め上げ、数マイル離れたところで小さな村落を包み、国境の前哨地で終わっていた。はるか遠くに目をやると、コーヴ市の全景はもやが包んで柔らかげ、まるで不規則に広がった中世の城であるかのように、夢よりも現実味のない印象を与えた。
「君も街から来たの?」
彼は尋ねた。
「ある意味ではそうね、」
彼女は微笑みかけて答えた。
「私は240年後のコーヴ市から来たの」
それは、彼にその言葉を信じることは期待しているのではなく、そうした振りをしてくれればいいと告げるような笑みだった。彼は、笑いかけて言った。
「それって、西暦2201年ってことだよな? それまでには、ここはものすごく発展しているんだろうな」
「うん、そうね」
彼女は足元の森の端を指差し、
「この辺りまで巨大都市(メガロポリス)が広がっているわ。2040th通りがあのカエデの木立をまっすぐ走っていて…、あそこにアカシアの木が立っているのが見える?」
「ああ、」
彼は応える。
「見えるよ」
「あそこは新しい商店街なの。そこのスーパーマーケットは全部回るのに半日かかるくらい大きくて、アスピリンからエアロカーまで何でも買えるのよ。その隣にはブナの木立があって…、大きいドレスショップがあって、最先端をいくデザイナーの作品が並んでるの。このドレスも朝にそこで買ったのよ。すごいキレイでしょ」
それがその通りなのだとしたら、それは彼女が身につけているせいなのではないだろうか。しかしながら、彼は不躾にならないようにそれを見つめた。それはまるで綿菓子や、海の泡や、雪を混ぜ合わせたような、彼が知らない素材から作られていた。奇跡の繊維製造業者には、合成技術に限界はないのだろう。そしてそれは、若い少女が考えるほら話にしても同様である。
「ここにはタイムマシンで来たのか?」
彼は尋ねる。
「うん、お父さんが発明したの」
彼は近寄って彼女を見つめた。彼はそれまで、そんな含みのない相貌を見たことはなかった。
「それで、ここにはよく来るの」
「うん、ここはお気に入りの時空座標なんだ。時々何時間もここに立って、ずーっといろんなものを見ているの。おとといは兎を見たわ。昨日は鹿、今日はあなた」
「でも、君がいつも時間の中で同じポイントに戻るなら、どうして『昨日』があるんだ?」
「ああ、そうね」
「マシンは異物として時の流れに影響を与えてしまうから、同じ『座標』を維持するためには、24時間ずらす必要があるの。私は違う日に戻ってこられたほうがいいし、そんなことしないわ」
「君のお父さんは一緒に来たりしないのかい?」
頭上を越えてVの字を描いて飛んでいく雁の群れをしばらく見つめた後、
「私のお父さんね、病気なの」
と彼女は言った。
「来られるなら、絶対来たいと思うんだ。でも、私が見たものを話してあげるから」
そして早口で付け加えた。
「だから、本当に来たのと同じでしょ? ねぇ、そうよね?」
彼女の真剣な眼差しは、彼の心に触れた。
「自分のタイムマシンを持ってるなんて、」
「すばらしいことに違いないよ」
彼女は真面目な様子でうなずく。
「草地に立つことが好きな人にとってはね、最高。23世紀には、草なんて生えてるとこほとんどないもん」
彼は笑いかける。
「20世紀にだって、そんなに残ってるわけじゃないさ。マニア向けのコレクターズ・アイテムに分類されてると言っても過言じゃあない。僕ももっとこんな所を訪れないとな」
「あなたはこの近くに住んでいるの?」
「3マイルほど戻った所にあるキャビンに滞在してる。ここで休暇を過ごそうかと思ったんだが、あまり長くはいない。妻が陪審義務で呼び出されてね、一緒に来られなかったんだ。休みも延期できないし、気の乗らないソロー気取りはやめにしたとこさ。僕はマーク・ランドルフ」
「私はジュリー。ジュリー・デンヴァース」
その名前は、彼女にとても似合っていた。彼女がまとった白いドレスが、この青い空が、丘が、9月の風が彼女に似合っていたように。多分彼女は森の中の小さな村落で暮らしているのだろうが、そんなことはどうでもいい。彼女が未来人を気取りたいだけだったのだとしても、そこに何も問題はなかった。重要なのは、彼が彼女を最初に見たときに感じたこと、そして彼女の上品な顔を見つめた時にわき上がる優しい気持ち。それだけだった。
「ジュリー、君はどんな仕事をしているんだ? それとも、まだ学生かい」
「私は秘書になる勉強をしているの」
そう言いながら、彼女はつま先立って体を翻し、胸の前で手を合わせた。「私ね、秘書の仕事ってとても好きになれると思うんだ」彼女は続ける。
「大きなオフィスで、誰もが重要だと思うようなことを記録していくの。それって、すっごいことだよね。ね、私を秘書にしてみたくない?ランドルフさん」
「それはとてもいいね」
彼は応える。
「妻は、戦争前に僕の秘書をしていたんだ。それが出会ったきっかけだよ」
まて、俺は何を言っているんだ。
「奥さんはいい秘書だった?」
「最高だね。秘書としての彼女がいなくなったのはとても残念だ。でも、ある意味で彼女を失い、別の意味で得たんだろうね。彼女がいなくなったおかげで、電話の取次ぎが大変だったよ」
「そうなんでしょうね。あ、もう帰らないと。パパが私の見てきたものを聞きたくて待っているし、夕飯を用意しないと」
「また明日会えるかな?」
「うん、多分。ここには毎日来てるしね。また明日、ランドルフさん」
「また明日、ジュリー」
彼はジュリーが軽やかに丘を降りていき、2040th通りの存在する、240年後の世界のあるカエデの木立の中に消えていくのを見つめていた。彼は笑った。なんて可愛らしい子どもなんだろう。こんな人生の中で夢中になれるような、驚きを禁じえないような感覚があるというのは、なんとわくわくすることなんだろう。彼はそれを否定したからこそ、2つの事柄を完璧に成し遂げることができたのだ。20歳の頃、彼はロー・スクールに通う真面目な青年だった。24歳には、小さいながらも開業することができた。彼はそれに満足し…、いや、完全に満足したというわけではなかったか。アンと結婚して後は、急いで生計を立てる必要もなくなり、少し時間を置いた。戦争が始まると、「暮らす」ということが遠いものになり、あるいは卑しいものであるかのようにさえ感じられるようになっていた。しかし、市民としての生活に戻ってくると、またあくせくした日々が戻ってくる。今では妻と息子を得て、年に一度4週間の休みをとり、湖のそばのキャビンでアンとジェフと共に2週間を過ごし、ジェフが大学へ戻っていった後の残りの2週間をアンと過ごす以外は、仕事に専念してきた。しかしながら、今年は後の2週間を、彼は一人で過ごしていた。もっとも、まったく独りでというわけではなかったのだが。
パイプの火はとうに消えてしまっていたのだが、しばらくはそれに気づきさえしなかった。彼は再び火を点け、丘を降りると森を抜けてキャビンへともどり始めた。秋分が過ぎて、日はますます短くなっている。辺りにはすでにぼんやりとした夜の匂いが満ち始めていた。
彼はゆっくりと歩き、日が沈む頃に湖へと着いた。湖は大きなものではなかったが、深さはそれなりにあり、周りを木に囲まれていた。キャビンは水辺から少し離れた松林の中に建っており、桟橋から小道が続いていた。小屋の裏手からは砂利道が伸びており、それをたどっていけばハイウェイに出られるはずだった。小屋の裏口には、彼のステーションワゴンが停められており、彼を文明の元へ戻す準備はいつでもできているようだった。
キッチンで簡単に食事を済ませ、本を読むために寝室へ向かった。時たま発電機がうなる音が聞こえたが、それ以外に夜を妨げる現代人の耳に慣れた音はなかった。暖炉の横にしつらえた棚から詩集を選ぶと、腰を下ろしてページをめくりながら、彼は丘での午後に思いをはせていた。お気に入りの詩に3度目を通す間、彼は陽光の下で立ち、髪を風に揺らしながら、雪のようなドレスで脚を包んだ彼女のことを思い出していた。彼はのどにつかえを感じ、それを飲み下すことはできなかった。
本を棚に戻すとキャビンを出て、錆の浮いたポーチに彼は立っていた。パイプに火をつけると、努めて彼の妻のことを思うようにした。すぐに彼女の顔が思い出される。しっかりとしていて優しい顎、温かさを持ちながらどこか恐れを浮かべ、そしてその理由はついぞ知ることができなかった瞳、未だ柔和さを失っていない頬、優しい微笑み。そして鮮やかな茶色の髪と、優雅に見える背の高さ。それらすべての要素は強く目の裏に焼きついている。彼女のことを思い出すたびに思うのは、彼女がまったく年をとらないということである。遠い昔、おずおずと彼のデスクの前に立っているのを驚きの目で見上げた頃と変わらず、愛しいまま年を重ねている。当時は、まさか20年後に自分が娘ほども年の離れた超妄想少女と秘密に会っているとは、思いもしなかったろう。いや、そうではない――彼は動揺していた。それだけだ。少し平静を欠いていて、目がくらんだだけだ。今はもう足は地についており、元通りに戻っている。
一服を終えると、彼は部屋に戻っていった。寝室で服を脱ぎ、ベッドにもぐりこんで灯りを消した。彼はよく眠れる方だったが、その日はなかなか寝付けなかった。ようやく眠りについたころ、もどかしいような夢のかけらが訪れた。
「おとといは兎を見たわ。昨日は鹿、今日はあなた」
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