あったぼこしゅ

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第四話


 公久が真面目な顔で言った。
「どうするって言われても、俺にはもう身内がいませんからどこにも頼ることはできませんよ」
「叔父さんとか叔母さんとかいないんか? 従兄弟とかさ」
「叔父さんと叔母さんは、今ここで死んでいます。それに、一人っ子ですから」
「あっそう。親は?」
 公久は悪びれた様子もなく、淡々と続けた。無邪気な顔をした公久に対して、愛刹は少し声を落として言った。
「親は、刑務所・・・にいます」
 愛刹が仕方なさそうに言うと、公久は少しだけ眉をひそめて、髪の毛を定規で撫でた。
「悪ぃ、知らなかったわ」
「大丈夫ですよ。そんなこと気にしなくても」
 愛刹が慌てて首を振った。
 意外に素直な人だ。もっと人の気持ちも考えない勝手な人たちだと思っていたら、そうでもなかったらしい。これからは、態度を改めないといけないかもしれない。
 そう思って、愛刹が『殺人犯』の方をちらりと盗み見する。
 そういえば、この人の名前は何なんだろうか。公久くんにも名前があるように『殺人犯』も人間なのだから、名前があるはず・・・・。公久くんは「兄貴」としか呼ばないし・・・・。
 『殺人犯』が愛刹の視線に気がついたらしく、そちらを向いて、視線が合う。それからにっこり笑って、
「おや、何かな愛刹クン。ワタクシに何か話したいことでも?」
 とっても嬉しそうに言った。
「い、いいえ別に」
 慌てて視線を逸らす愛刹に、『殺人犯』がそれを見て意地悪そうに笑う。そして、それを見ていた公久は定規を学生服の左にある胸ポケットに収めて腕を組む。
「あ~つまんねぇ。あ~つまんねぇ」
 あまりに唐突な言葉に愛刹と『殺人犯』は咄嗟に公久を見る。
「どうしたんですか?」
 『殺人犯』が言う。愛刹も不思議そうな顔をしている。
「だってよぉ。愛ちゃんと兄貴が仲良くしてんだもんさぁ。僕だけ仲間外れだもんよ。最上級につまんねぇよ」
「そんなっ・・・・」
「公久、男の嫉妬は醜いですよ」
 愛刹の言葉は再び遮られた。
「うっせぇ! なぁ愛ちゃん、僕にも優しくしてよ」
「優しくって、君のお兄さんに優しくした覚えはありませんけど」
 公久が組んでいた腕を解いて、愛刹の上着の裾を掴む。愛刹を見上げる公久の瞳はまさに捨てられた犬のように純粋だった。その瞳を見た瞬間、無類の動物好きな愛刹の手が動く。その手は優しく公久の頭を撫でた。
「愛・・・ちゃん?」
 『殺人犯』は今、目の前で何が行なわれたのか分からなかったし、公久は愛刹の意外な反応によって思考が停止させられている。そして当の愛刹は自分のしたことを後悔して、耳まで真っ赤にした。
「あぁ・・・・あの・・・・・あの自分でも・・・・・・あの・・・・・・ごめんなさい!」
 意味不明で唐突の謝罪をすると同時に、慌てて公久の頭から手を下ろし、胸元で握り拳を作る。
「あああああの俺、ちょっと頭冷やしてきます」
 驚きを隠せない公久と『殺人犯』を無視して、リビングを早足で出て、玄関に向かう。置いてある通学用スニーカーを慣れた足つきで履いて扉を開く。
 閉じた扉に寄りかかり天を仰ぐ。夕日の光はあと一時間くらいでなくなってしまうだろう。そうするとリビングにも電気を灯さなければならなくなる。家の周りには塀が囲まれているから、他の家からは見えないだろうが、用心のためにカーテンやら雨戸やら何らかの対策が必要になる。しかし、公久が応援を呼んだらしいのでその点は心配ないだろう。
「あぁ。俺、何やってんだろ」
 今日は多分、人生で一番最悪な日だ。どう対処すればいいか分からない。あの二人も、何者かさえ分からない。定規で人を倒す公久くん、渦を巻く刃物や鍵で人を倒す『殺人犯』。俺とは全く違う世界の人達だ。それに、叔父さんと叔母さんも死んだ。殺された。だけれど、不思議と涙が出ない。悲しいはずなのに、悲しくなくちゃいけないのに、俺は泣けない。あの二人の前では涙を見せたくないとか、そういう意地なんかじゃない。ただ単に、泣けなかった。俺にも、あの二人に共通するものがあるのだろうか。そう、錯覚してしまう。
 愛刹が今日起きたことを回想していると、人間の気配を感じた。天を仰いでいた目を家の前に向けると、愛刹と一〇メートルくらい離れている所に男が一人立っていた。何やらキョロキョロしている。
 二十代前半くらいだろうか、身長は一七〇超えたくらいに見える。髪の色は黒く、好印象を受けるが、目の周りにはハート型や星型のスパンコールが、これでもかというくらいに貼り付けられていた。服装は、素肌に紅色のパーカーと所々に穴の空いているジーパン、それに下駄を履いている。
 愛刹が不思議そうに見ていると、その男と視線が合った。男がその場から愛刹に向かって話しかけて来る。
「あの・・・お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
 意外と丁寧な言葉遣いに少し感心して、愛刹は短く肯定した。
「はい」
 男は、よかったと一言呟いてから続けた。
「この辺りで、学生服にブーツを履いた少年を見かけませんでしたか?」
 愛刹は少しだけ考えて、台所にいる公久を思い出した。
 もしかして、この人が・・・・。
 そう思うと、咄嗟に言葉が出た。
「もしかして、峰継さんですか?」
 男が不思議そうな顔をする。人違いをしたか、と愛刹が後悔をした刹那、
「何で、自分のことを知っていらっしゃるんですか?」
 愛刹の勘は的中した。何と答えていいか分からなかったが、素直に答えることにした。
「公久くんが電話していたのを横で聞いていたんです」
「そうですか。それで、公久はどこに?」
「台所にいます」
「そう・・・」
 そう言って、峰継は下駄独特の懐かしい音をさせながら愛刹のほうに歩み寄ってくる。
「では、そこに死体があるのかな?」
 峰継はすでに、愛刹の目の前にいた。愛刹にとって峰継は、格好を除けば公久よりも『殺人犯』よりも、よっぽど普通の人間に映っていた。しかし、公久を知っている時点で、それは打ち消されることになる。
「自分はこれから仕事をしなくてはいけません」
 愛刹は何のことか分からなかった。
「はい?」
「失礼ですが・・・自分が何しにきたかご存知じゃないんですか?」
 愛刹ははっとして、公久が電話をしている時のことを思い出した。
 ・・・・隠蔽。そういえば隠蔽って言ってた。峰継さんは隠蔽しにきたんだ。
「そこをどいていただけたら、自分はすぐに帰りますから」
愛刹の後ろには玄関の扉がある。
俺が台所への道を開いてしまえば、叔父さんたちはどうなってしまうか分からない。山に捨てられてしまうかもしれないし、海に沈められてしまうかもしれない・・・・・・。予想が全くつかない。ここをどいた方がいいのか? 叔父さんたちの死体を、あのままにして置くわけにはいかないだろう。峰継さんに全てを任せたほうがいいのだろうか。俺にはとても決められない。決めることなんてできるわけがない。
愛刹がそうやって思考を巡らせていると、愛刹の後ろにある扉が少し開く。峰継がそれに気付くが、無視した。しかし愛刹は気が付かず、未だ思考を巡らせていた。扉は一旦音もなく閉まり、次の瞬間、扉は勢いよく蹴り倒されて、愛刹の背中に直撃した。
「がっ!」
 今まで、出したことのない声を発ししつつ、愛刹は前方に押し出された。どうにか体勢を立て直そうとしたが、無駄だった。
 愛刹の顔面は、地面に叩きつけられた。
「峰継!! 元気だった!?」
 扉があった場所に、公久が立って元気よく言う。峰継が公久よりも、扉の下敷きになった愛刹のほうに駆け寄った。
「愛刹さん!」
 峰継が慌てて、愛刹の上から扉を退かす。それから、公久を睨む。
「何をするかと思ってみていたら・・・・・・公久! 何を考えてるんですか! 扉を蹴り倒したら、扉の前にいる人間が倒れることは分かることでしょう! 愛刹さんは公久や自分たちとは違うんですから・・・・」
「あぁ~あぁ~。分かってるよ。ちょっと、峰継ちゃんと愛ちゃんがいい雰囲気だったから、邪魔してやろうと思っただけじゃん」
 峰継の言葉を遮るように、口を尖らせて不貞腐れた公久が言う。扉が壊れる音と、峰継の怒鳴り声で『殺人犯』もその場に駆けつける。
「あぁ、愛刹クン・・・何てこと・・・・・・。公久ぁ! てめぇ、何やったのか分かってんのか!」
 『殺人犯』が、今までとは一変して言葉使いが乱暴になった。それに負けまいと、公久も反撃する。
「わかってるよ! ちょっとした茶目っ気だろぉが!」
「そぉいう問題じゃねぇんだよ!! てめぇ、確信犯だろ! 愛刹クンが扉の前にいたこと知ってたろ! それ以前に、何で扉を蹴り倒す必要があるんだよ! 必然性がまったくもって、これぽっちもねぇよ!!」
 二人の喧嘩を横目に、峰継は愛刹を扉の下から救いだした。愛刹はしきりに、鼻を押さえている。
「大丈夫ですか?」
 峰継が優しく問いかける。
「えぇ・・・何とか」
 愛刹が小さく答える。
「痛いところとかありませんか?」
「・・・・・鼻血が出そうです」
 しかし、愛刹は鼻血を出すことはなかった。
「公久! 正義(せいぎ)! いい加減にしなさい!!」
正義・・・・? もしかして・・・・・・・?
 峰継一声で、二人の口論を止めた。

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