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皆さんは今日という日を如何お過ごしですか・・・。私は今、初詣のことをチラッと考えていました。初詣は昔、恵方(えほう)参りとも言われていました。恵方とは、その年の干支に基づいた、歳徳神(としとくしん)がいるたたり神が来ない縁起の良い方角のことを言います。この最も縁起が良いとされる方向にある神社仏閣へ詣でると、年神から福が与えられると考えられていたのです。でも、近年ではそういった習慣も薄れ、有名な寺社へ参るのが一般的になっています。そもそも初詣は、古代のころ大晦日の夕方から氏神様の社に籠ったり、神社の前で年を越していた「年籠(としこもり)」が由来と考えられています。現在の一般の人々が大晦日の夜にお寺で除夜の鐘を聞き、元日に神社にお参りする初詣が一般化したのはごく近年のことです。また以前は、初詣というと元旦に限られたものでしたが、今では、松の内(1月7日)までにすませておけば良いとされています。ちなみに、参拝の時にパンパンと打つ拍手ですが「かしわで」と呼ぶのは、実は間違いなのだとか…?。ある時代に拍の字を柏と間違われたことによるもので、昔に食べ物を柏の葉に乗せて供した際に、おかわりの合図としてパンパンと手を叩いたことに由来する言葉であるといわれています。よって「柏手(かしわで)」ではなく、「拍手(はくしゅ)」が正しいそうです。ご存知でしたか。意外とご存じない方が多いと思われますが・・・。ちなみに正しい参拝の作法は「二礼二拍手(はくしゅ)一礼」です。自分のお願い事にあわせて、お祈りすることを選んでお願してください。※ 本年最後のご挨拶となりました。 あと少しで2018年。 皆様方にはこの一年の楽しく明るい思いでは胸の奥に刻み込み 悲しく、苦い思いでは、スッパリと捨て去り 来る新しい年が未来に向けて明るく楽しいものとなりますように 心よりお祈り申し上げます。 私は、今から妻や、帰省中の娘の作るおせち料理の匂いをいただきながら、祝い箸の 名前書きを致したいと思っております。 今日は大晦日、明日の新年に際して貴家では祝い箸のお名前書きは済まされました か・・・。 本年も当ブログ並びにFacebookを可愛がっていただきまして本当に有難うございました。 より良き新年をお迎え下さいますことを祈念しつつ年末のご挨拶と致します。 本年中は本当に有難うございました、来る年も何卒よろしくお願い申し上げます。 本年のご声援に感謝申し上げご挨拶と致します。 有難うございました!!! 良き新年を !!!
2017.12.31
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大晦日がお誕生日のカピオラニ王妃のラブソング秘話〜 Ka Ipo Lei Manuハワイ島ヒロご出身のカピオラニ王妃は、ハワイ王朝第7代君主カラカウア王のお妃様。1834年12月31日生まれ、183年前の大晦日に誕生されました。ハワイ王朝の方々は、音楽の才能を持たれた方が多くおられたのですが、カピオラニ王妃の「Ka Ipo Lei Manu (My Cherished Sweetheart)(愛しいあの人)」は、現代でも、ハパやロバート・カジメロなどに歌われ、大変有名な曲です。1890年11月、カラカウア王は、病気療養のためにメインランドサンフランシスコに旅立ちます。そして、カピオラニ王妃は、最愛の旦那様のためにこの曲をつくります。ウェルカムバックパーティーの時にこの歌をプレゼントしようと、127年前の今頃は、きっと宮殿内で練習をしていたのではないかと、思います。(遠い昔の話には思えないのは、私だけでしょうか?)しかし、1891年1月20日、カラカウア王は、滞在先のサンフランシスコのパレスホテルで、最愛の妻が作ったラブソングを聞くことなく、帰らぬ人となってしまいます。ハワイ旅行の際には、是非、イオラニ宮殿を訪れていただきたい。イオラニ宮殿には、現在でも、歌い継がれている、ハワイ王朝の方々による FOREVER SONG 作品に関するエピソードが、たくさん残っています。勿論、お庭にはカメハメハ大王像があります。宮殿はガイドツアーで見学が可能。年末にはカピオラニ女王の誕生日(12月31日)を記念して特別に夜の宮殿を開放する恒例の夜間ツアーが行なわれる。 カピオラニ王妃 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ)
2017.12.30
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越年にあたって 大 掃 除 12月13日~30日の間に行う 注 連 縄 出来るだけ28日に飾り付ける、29日は避ける 28日に忘れた場合は30日に 31日はあまりにも押し迫って飾り付けるのは神様に失礼とされる 年越しそば 年を越す前に食べる、年を越してからは縁起が悪いとされている 年賀状関係 年賀状の日付 1月1日に着く場合のみ元旦 その他は1月吉日とする 年賀状の挨拶文 目上・上司には「謹賀新年」とする 部下・同僚・目下には「賀正」「賀春」等を使っても良い お正月飾り 「鏡餅」は床の間に、床の間のないお家は、玄関から一番遠い場所に おせちの食べ方 「数の子」「田作り」「黒豆」の順に食べる、後はお好きなものを お 年 玉 目上の人・お年寄り・父母等に差し上げる場合は「お年玉」とは書かない 「お年賀」と書く 皆様、如何ですか・・・。ご存じの事ばかりでもなかったでしょ、何もこだわることはございません、ご参考まで。
2017.12.27
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今日はクリスマス・イヴです、冬の寒さに凍てついていた街が華やかなイルミネーションで彩られ、ゆきかう人々の心を明るくしてくれる不思議な日、クリスマス。西洋では宗教的な意味を持つMerry Christmasという言葉は使わず、Happy Holidayと言葉を交わす人も増えているそうです。 日本では、クリスマス当日以上に盛り上がるのが、クリスマス・イヴです。本来、クリスマス・イヴとはクリスマスの前夜祭のことで、キリストの生誕を祝うミサを行う日。「イヴ」という言葉は英語のEveningに基づいています。 クリスマスが12月25日なのは、なぜ クリスマスの語源は、ラテン語の略で、Christ(キリスト)+mas(礼拝)=Christmasといわれています。またXmasのXは、ギリシャ語「Xristos」の頭文字です。 クリスマスはイエス・キリストの生誕に関係していると言われ、一般的にはキリストの誕生日とされていますが正確には誕生日ではないのです。キリストの誕生日は記録として残されていません。この日がキリストの誕生日としてお祝いされるようになったのは、当時太陽神を崇拝していたローマで12月25日におこなわれていた行事が、のちにキリストの生誕祭と結びついたからだといわれています。 日本には、宣教師フランシスコ・サビエルたちが伝えたとされています。その後の鎖国時代も、クリスマスは隠れキリシタンの間で受け継がれていきました。当時のクリスマスは「愛を贈る日」とされていましたが、現代のプレゼント商戦では「特別な贈り物をする日」に変わってきています。 大切な意味が込められたクリスマス・アイテム クリスマスには、この日ならではのたくさんのアイテムがあります。たとえば、玄関に飾る柊のリース。柊はキリストが十字架に架けられた時に被せられた冠に使われた葉。そのトゲは、キリストの受難を表しているとされています。西洋では柊に魔除けの力があるとされ、悪いものがこないようにと玄関のドアに飾ることが慣わしになったといわれています。この柊、実はクリスマス・ツリーに使われることもあるのです。 クリスマス・ツリーは、一般的に樅の木を使いますよね。でも樅の木は、聖書に登場しません。樅の木を使うようになったのは、ドイツがはじまり。凍てつく空気に覆われたドイツの冬の森の中、樅の木だけは緑を絶やさずいきいきとしています。その十字架のように広がった枝の形から「聖なる緑の木」といわれるようになり、冬になっても葉を落とさないことから「永遠の命の象徴」とされて、クリスマスで広く使われるようになりました。 さて、柊や樅の木の緑といえば、クリスマスの色。他に赤と白を加えた3色が、クリスマス・カラーとして使われています。この3色にもそれぞれ意味があり、赤は愛(キリストの血)、緑は永遠の命、そして白は純粋さを表しているのだとか。そう考えると、クリスマス・カラーって素敵な組み合わせだと思いませんか? こんな風に、改めてクリスマスデコレーションを眺めてみると、12月25日が特別な日だということを再確認できるかもしれませんね。 最後にもう一つ子供さんたちが楽しみなクリスマスプレゼントについて そういえば、何故、プレゼントは靴下に入れるんでしょうか・・・ 昔々、東ローマ帝国にミラという町があったそうです。そこに住む心優しいニコラ ウスさんは病気の人を助けてあげたり、一人ぼっちの人に支援したりと、慈善活動 をしていたんだとか。そんなあるとき、家の中ですすり泣く姉妹を見かけました。 「お父さんが死んでしまいもう、私達は生きていけない(><)」涙を流しながら 不安な時間を過ごしていたようです。ニコラウスさんは考えます。窓には鍵がかか っている!だから、煙突に金貨を投げ込もう、と。すると、暖炉の下に干してあっ た靴下に、金貨が落ち・・朝起きた姉妹達は神からのお恵みだと大喜びしたとか! 如何ですか、そんな事解ってるよ、と言う人も、本当! 知らなかった、と言う人も、今宵は少しだけでも理解したところで今晩のクリスマス・イヴと明日のクリスマスを大いにお楽しみ下さい。今宵は雨との予報、今年に限ってはイヴより明日の本番が良いのかも・・・。
2017.12.24
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ハワイNEWS オアフ島の公共交通機関であるThe Bus (ザ・バス) はワイキキ ー カリヒ間を結ぶ「ルート2」のバスを2017年12月3日の早朝から24時間運航に切り替えました。また、2018年1月1日からは乗車運賃が新料金設定へ変更となります。 詳しくはコチラ↓ https://www.allhawaii.jp/article/2699/ ☆オアフ島の公共交通機関、The Busの2番路線が24時間運航を開始ワイキキーカリヒ間を結ぶ「ルート2」のバスが2017年12月3日の早朝から24時間運航に切り替わりました。 24時間運航するルート2の路線図は以下の画像でご確認いただけます。(※画像をクリックすると拡大します。) ルート2はKCCファーマーズマーケットが開催されるカピオラニ・コミュニティーカレッジとカリヒ・トランジットセンターまでを結ぶルートで、カピオラニ・コミュニティーカレッジからはカパフル・アベニューを通過し、ワイキキのホノルル動物園がある辺りからカラカウア大王像のあるエリアまでをクヒオ通りに沿って走ります。 その後カラカウア大通りを通ってアラモアナエリアからダウンタウン、カリヒエリアへと進みます。(カリヒ~ワイキキへはその逆のルートとなります) カリヒまでのルートにはホノルル美術館やダウンタウンなど夜にイベントを開催するスポットも含まれるため、夜のイベントへお出かけされる方も増えると思いますが、夜は昼間に比べ治安が悪くなるエリアもありますので、お出かけの際は人気のないところを歩かないようにするなど、十分にご注意ください。 ※特にカリヒエリアはあまり治安の良いエリアではありませんので遅い時間のお出かけはお控えください。 ☆2018年1月1日より運賃が新料金へ The Busの運賃が2018年1月1日より、以下の料金設定へ変更となります。 1月1日以降にThe Busにご乗車の予定がある方はご留意ください。 片道運賃 $2.75 1Dayパス $5.50 購入日の午前12時から次の日の朝2時59分までの27時間乗り放題。 購入する場合はThe Busの乗車時、お金を料金箱に入れる前に運転手にお知らせください。 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ) Aloha Street JAL home page aloha-program.com iHeart Hawaii
2017.12.23
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陰暦11月の中で、陽暦12月21日か22日。 冬至は暦の上では冬の最中で寒さの厳しい時期だが、この日を境に日脚は伸びていく。 「冬至冬なか冬はじめ」といわれる。この日は、柚子湯を立てたり、お粥やカボチャを食べて無病息災を祈る。 冬至は太陽の黄経が二七〇度に達し、わが国のある北半球の正午の太陽の高さが一年中で最も低く、昼がいちばん短い日。 現行の新暦では12月21日か22日。 中国前漢武帝の時の太指史令だったが、匈奴に降った李陵を弁護して宮刑に処せられた司馬遷の歴史書『史記』天官書に 冬至、短(たん)、極(きわ)まり、土炭を県(か)く、 炭動き、鹿、角解(つのと)け、蘭根出(い)で、 泉水躍(おど)る。略(ほ)ぼ以て日の至るを 知り、晷景(きけい)を要決す……。 とあり、当時の宮廷で土と木炭とを衡に県けて冬至の時が測られ、またここには出ないが八尺の棒の影の長さによって冬至の到来が知られたようだ。 晷景とはこんにち言う日時計。要するに、冬至を太陽の運行の出発点として、暦が定められた、ということだろう。同じく漢代編集の周末以来の儀礼の書『礼記(らいき)』月令・仲冬には 日の短きこと至(きわま)れり、陰陽争い、 諸生蕩(うご)く、君子(くんし)斎戒(さいかい)して、処(お)るときは必ず身を掩(かく)し、身寧(やす)からんことを欲す。 声色を去り、嗜欲を禁じ、形性を安んず。 事は静ならんことを欲し、以て陰陽の定まる所を待つ。 とあり、陰の気と陽の気との相争う時なので、君子たる者は諸事をつつしみ、一陽来復の時を待つことが期待されたようだ。 門前の小家もあそぶ冬至かな 雑煮くふ冬至も昼の日ざしかな 書記典(でん)主(す)故園に遊ぶ冬至かな 天文の博士ほのめく冬至かな 燈心をそへて遊ぱむ冬至の夜 順に凡兆、太祗、蕪村、召波、蝶夢。俳諧時代の冬至の句にしきりに「遊ぶ」の語が出るのも、遊興ではなく諸事をつつしむ続きの生業を休む意味ではあるまいか。 俳句時代に入ってからも乙字の 「疎かりし隣に遊ぶ冬至かな」がある。 冬至に冬至弼や冬至南瓜(かぼちゃ)、冬至蒟蒻(こんにゃく)などを食べ、冬至湯に入るのもつつしみの変型か。 冬至粥土鍋の蓋のことことすいづくにか在りたる冬至南瓜切る 不揃(ふぞろ)ひの冬至蒟蒻坊(ぼう)泊(ど)まり 冬至湯の煙あがるや家の内 をみなごのひとりあそべる柚子湯かな 順に泉雨、爽雨、緑生、普羅、展宏。冬至湯に柏子を入れるのは太陽の象(かたど)りもあるか。 我が家でも今宵は柚子湯に浸かって体を温める事と致しましょう。
2017.12.22
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Aloha! ハワイの州鳥でもある「ネネ」を見たことはありますか? ネネは元々渡り鳥でしたが、ハワイの気候や自然環境に適応したため渡ることを止めた鳥なんです! ハワイ島火山国立公園やカウアイ島ハナレイではネネによく遭遇します。今は巣作りの時期に入り、ツガイで道路を歩いていることも多いのでドライバーの皆さんはご注意くださいね!https://www.aloha-program.com/curriculum/lecture/detail/77 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ) Aloha Street JAL home page aloha-program.com iHeart Hawaii style.nikkei.com
2017.12.16
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「ちょっと言いたくなる京都通」として奥深い京都の良さや 京都の人も知らない情報などをおりまぜながら、 わかりやすく紐解いていきたいと思います。 ぜひ身近に京都を感じてください。 さて、宇治茶の歴史にゆかりの深い人物の一人に豊臣秀吉がいますが、 彼の正室であった『北政所』をご存知でしょうか。 『ねね』という名前の方が聞き覚えのある方が多いかもしれません。 政略結婚が普通であった当時、秀吉とは珍しい恋愛結婚で結ばれ、 仲睦まじい夫婦であったといわれています。 その『ねね』が秀吉の菩提を弔うために開創した『高台寺』を今回ご紹介していきます。 ■ ねねの秀吉への情愛が満ちてるんえ。 「ねねさん」と言えば、豊臣秀吉の良き妻「北政所」としてあまりにも有名な女性です。 一国のトップとして国を司る秀吉を支え続けました。 秀吉の活躍には、ねねの力が大きいと言われています。 そしてねねの強く優しく聡明な人柄と美しさは今なお、多くの女性に支持されています。 「高台寺」は秀吉亡き後、1606年(慶長11年)に、ねねが秀吉の菩提を弔うために開創しました。 当時、武将の妻は、夫が亡くなると小さな寺で院政するのが通常でした。 しかし、ねねはこの地に10万坪の寺を建立します。 そのスケールの大きさにねねの人望の厚さがうかがえます。 徳川家康は、政治的配慮から多大な財政的援助を行い、そのため寺は壮麗をきわめたと言われます。 ねねが多くの人に慕われたからこそ実現した高台寺の建立。 現在の高台寺は15,000坪。 残念ながら度重なる火災や廃仏毀釈により、失った建物も多いそうですが、重要文化財指定の「表門」、「開山堂」、現在も北政所が眠っている「霊屋(おたまや)」など、数多くの素晴らしい歴史的建造物が残されています。 また、お茶をたしなむのが好きだった秀吉が、伏見城で使用していた茶室、「傘亭」と「時雨亭」を、ねねは高台寺の庭園に移築させました。 「傘亭」は、利休の意匠で、傘を開いた時のような放射状に組まれた天井がユニークな茶室。 「時雨亭」はめずらしい2階建ての茶室で、「傘亭」とは、土間廊下でつながっています。 美しい庭園は、作庭家・小堀遠州の代表作。 偃月池(えんげつち)と臥龍池(がりょうち)という2つの池の間に「開山堂」が建ちます。 東山を借景とし、北に亀島、南の岬に鶴島を造り、「鶴亀の庭」とも呼ばれ、その石組みの美しさは桃山文化の美意識を表現しています。 偃月池に映る月を観るための、「観月台」は秀吉がこよなく愛したと言われています。 「開山堂」と「霊屋」を結ぶ臥龍廊(がりょうろう)は、龍の背に似ていることから名づけられました。 夫、秀吉が愛した建物や風景に囲まれて余生を送ったねね。 秀吉への深い愛を感じずにはいられません。 質実剛健なイメージが強い禅宗でありながら、高台寺にはねねの女性ならではの優しさが随所に見られます。 果敢な昇り龍の秀吉を思わせる建築に、ねねの優美さが醸し出された庭園。二人のコラボレーション…おしどり夫婦の絆が今なお感じられる佇まいです。 ■ お茶を愛し、人を愛したんどす。 秀吉が千利休を好み、茶道を好んだことはよく知られています。 利休がお茶のお手前、茶道という様式を確立しましたが、それ以前は、お茶が体に良い「薬」という考えで好まれていたようです。 秀吉がこよなく茶道を愛したのは、お茶席がひとつの交流の場であったからではないかとも言われています。 お客様を接待したり、気の置けない人たちと会話を楽しんだりする場。時として、恋人たちの語らいの場として、時として政治の密談の場として、お茶席は様々に使われていました。 いずれにせよ、同じ空間でお茶を飲みながら、穏やかなひとときを誰かと過ごす…という人とのつながりを大切にする秀吉ならではの嗜好の表れではないでしょうか。 強いリーダーシップと多くの人を魅了するカリスマ性があった秀吉。 リーダーは孤独とよく言われますが、秀吉は決して孤独ではなく、秀吉自身も人が好きで多くの人との交流を好んだと思われます。 「<茶飲み友達>という言葉もあるように、形式張ったお茶の作法を大上段として考えるのではなく、お茶の持つ世界観を大きくとらえ、人と人との交流や楽しむことの道具として考えても、お茶は素晴らしいものです。 そのような気持ちでお茶席に入るのもおもしろいし、ひとつの方法でしょう」と間宮義信事務長は語ります。 秀吉、ねねともにこよなく愛した茶道。 その流れをくみ、400年経った今も、高台寺では季節ごとに様々なお茶会を開催しています。 最近は、外国の方々も多く参加されているそうです。 「京都に来たビジターに、心をこめてお茶でおもてなしをする」ということを基本にしている高台寺。 茶道の難しい作法を知らない人も気軽に参加できるように、カジュアルなやり方を心がけているそうです。これからの季節、ロウソクの灯りだけでお茶を楽しむ「冬の夜の茶会・夜咄(よばなし)」が開催されます。 当日は、有名な「高台寺蒔絵」の手桶水指、花筏炉縁などを主体に道具立てをします。 桃山美術を彷彿とさせる「高台寺蒔絵」は、黒漆の面に金粉を蒔いて文様を浮かび上がらせた美しく貴重な品々。 実際に目にするチャンスです。 「お茶の席」と聞くと緊張するかもしれませんが、最初は誰しもわからないもの。 隣の人の真似から入ってもビキナーなら大丈夫。 徐々にお茶というものを自分の中に取り入れていけばよいそうです。 お茶会デビューは肩の力をぬいて始めましょう。情緒ある夜のお茶席へ、参加してみませんか。 ■ ロマンティックな夜の紅葉は圧巻え。 誰からも尊敬された北政所。 「ねねさんにあやかりたい」「ねねさんの人柄に触れてみたい」と、多くの人々が高台寺を訪れます。 いつの時代も男性が望む理想の女性像。 また女性も憧れる素晴らしい女性の先輩。 ねねが生存中も多くの人が彼女を訪ねて来たと言います。 面倒見のよいねねは、来る人はこばまず、何日も滞在する人にも情をかけたそうです。 優しさに満ちたねねの信条を今に伝える高台寺。 北政所が亡くなった後も、サロンのように色々な人が集まる場となりました。 人が人を呼び、人や物も集まってゆきます。 そのような人の輪と和の表れとして、こちらには貴重な美術品も沢山所蔵されています。 古くからの「サロンの精神」を大切に、現在もお茶会をはじめ、美術品の展示、ジャズやコンサートなどの音楽会…柔軟で開かれた寺として、幅広いイベントが開催されています。 新しい事や物を取り入れる斬新な考え方は秀吉から、多くを受け入れる包容力はねねから受け継がれてきました。 高台寺は紅葉の名所でもあります。 日中、山や空を背にした紅葉も美しいですが、夜のライトアップに浮かび上がる赤く染まったもみじも情趣を誘います。 最近、秋の夜のイベントとして京都のお寺でみられるようになった、夜のライトアップは、遷都1200年を記念して、1994年に高台寺が最初に始めました。 日中なかなか紅葉を鑑賞する時間がない人にも人気があります。 夜の庭園ならではの風雅な光景は息を飲むほどの美しさです。 臥龍池(がりゅうち)に映る真っ赤なもみじがライトアップのクライマックスを飾ります。 高台寺周辺は、石塀小路、ねねの小径、ねねの道、台所坂と石畳ロードが続きます。 遥かいにしえのねねを想いながら、趣きある石畳の道を歩くのも楽しみのひとつです。 秋から冬へ、夜が長い季節、紅葉と美術の両方を堪能できるなんて素敵ですね。 大切な人とご一緒に、ロマンティックな秋の夜長を満喫してみませんか。 取材協力:高台寺 京都市東山区高台寺下河原町526番地 電話 075-561-9966 美しい古都に思いを馳せつつ、おいしいお茶を飲みながら はんなりとした時間を過ごしてみませんか。
2017.12.13
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ALOHA!!! ロイヤル ハワイアンのココナッツ・ラナイは、豊かな色彩のガーデンを見渡す落ち着いた空間です。その昔、長い船旅ののちハワイに到着したゲストが、ハワイの風と緑を楽しんでいただけるようにホテルは設計されたと言われています。そのラナイに、ホテル90周年を記念してロイヤル ハワイアン ベーカリーが登場しました。シグネチャー・ペイストリーとともに、静かなひと時を過ごされてはいかがでしょう? ロイヤル ハワイアン ベーカリー ロイヤル ハワイアン創業90周年を記念して、2017年2月1日に「ロイヤル ハワイアン ベーカリー」がオープンしました。ホテルの歴史を感じさせる本館のココナッツ・グローブを見渡すココナッツ・ラナイに位置し、オアフ島で初めてのホテル内独立ベーカリーとなります。ご宿泊のお客様にサービスされる人気のバナナナッツ・ブレッドをはじめとする豊富なペイストリーや焼きたてのデザート、カスタムケーキ、限定コーヒーなどを多彩にそろえ、ご滞在のお客様だけでなく軽いお食事のアイテムやお土産としてお楽しみいただけます。 ロイヤル ハワイアン ベーカリーを率いるエグゼクティブ・ペイストリーシェフのキャロライン・ポルトゥオンドは、パティシエとして14年の経歴をもち、ロイヤル ハワイアンのペイストリー・チームに2014年に加わる以前は、ラスベガスにて自身のベーカリーショップを経営していました。ネバダ州でウェディングケーキを依頼したいベーカリーNo.1に選ばれたり、世界中のペイストリーシェフがカスタムケーキを制作する姿を追うテレビ番組「ファビュラス・ケーキ」にも出演するなど全米でその才能を認められています ロイヤル ハワイアン ベーカリーについて詳しくは: http://jp.royal-hawaiian.com/bakery.htm 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ)
2017.12.09
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みんなが忙しい12月がいちばん好い 12月、陰暦の12月には、異名が沢山あります。良く知られているものに「師走(しわす)」。皆さん「年末になって、師僧までもが忙しく走っている」からそう言うと思っているでしょうが、これは俗説であってあまり当てにはなりません。正しくは、「し=始末、仕事」が「わ(は)す=果てる」の意から来ているのだそうです。 12月には、他にも異名が沢山あります、小学館の「日本国語大辞典」にはまず「限月(かぎりづき)」「極月(ごくげつ)」、これはそれぞれ「一年の最後の月」「年の極まる月」と解説されています、いかにも12月らしい名前です。「限月」には、どんづまりで先がないと言う感じ、「極月」も、ちょっと極道のようだし、袋小路にいるような気分ですね。 そのほか、「暮古月(くれこづき)」「春待月(はるまちづき)」「氷月(ひょうげつ)」「年満月(としみづき)」など、なんとなく字面から12月を想像できるような名前がいろいろ。昔は俳句の季語などに使われていたようです。 また「弟月(おとづき)」「親子月(おやこづき)」「黄冬(おうとう)」などの呼び名。室町時代や江戸時代に使われていたそうですが、なぜその名が付いたのかは定かで有りません。 大体”季節感”と言うものは花鳥風月よりも人が生きて暮らしている姿にこそ感じるのではないでしょうか・・・。それが最も強く感じられるのが12月です、時代が変わっても、それは変わらない。除夜の鐘や餅つきなど、みんな人がすることなのです。
2017.12.06
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Aloha! 様々なトロピカルフルーツが豊富なハワイ 🌴 実は以下の中でひとつだけ先住民がハワイへ持ち込んだ伝統植物があります。他3つは西欧人が定住後に栽培されるようになったと言われています。どれかご存知でしょうか?1 バナナ2 パイナップル...3 パッションフルーツ4 パパイヤhttps://www.aloha-program.com/curriculum/lecture/detail/290ハワイの食物のイメージはさまざまなトロピカルフルーツやナッツ類でしょう。ここでは、今日広くハワイに流通している食用植物のうち、ハワイに自生(野生化)しているもの、あるいは栽培しているものを中心に紹介します。果実 ハワイでは100を超えるトロピカル・フルーツが栽培されています。そのなかから、とくによく知られているものを紹介します。 バナナ(マイア)やココナッツ(ニウ)、マウンテンアップル(オヒア・アイ)、サトウキビ(コー)などは、伝統植物と呼ばれます。これらはソシエテ諸島やマルケサス諸島などから移住した先住者が持ち込んだものです。これらの果実は嗜好品としてではなく、主食や非常食として暮らしに不可欠なものとして用いられました。伝統植物のひとつであるバナナ(マイア) その後、西欧人が定住するようになると、パイナップル(ハラ・カヒキ)やマンゴー(マナコ)、パパイヤ(ミカナ、ヘイー)、パッションフルーツ(リリコイ)、グァバ(クアヴァ)、ストロベリーグァバ(ワイアヴィー)、スターフルーツ(フア・ホークー)、アボカド(ペア)などが栽培されるようになりました。これらの植物は移住者がそれぞれ個人的に持ち込んだのものではなく、園芸植物の売買を行なう商人を通じて導入されました。なかでもスペイン系アメリカ人のドン・マリンは園芸業者として数多くの食材に関わりました。果実やナッツでは、パイナップル、マンゴー、グァバ、パパイヤ、アボカド、イチジク、アプリコット、モモ、ナシ、リンゴ、ライム、レモン、オレンジ、コーヒー、ココアなどがあります。また、ハワイで最初にブドウ畑をつくり、ワインを生産したのもマリンでした。ホノルルの vinyard(「ワイン畑」の意味)通りは、彼のブドウ畑を横断することに由来します。(※パイナップルをはじめとする主な果樹はイギリス人のジェームズ・マクレーによってもたらされたという説もあります。) これらの果樹はハワイの農業試験場でさらに品種改良を行ない、農産物として諸島全域に広まりました。ナッツ コーヒー(コペ)はハワイ島のコナコーヒーを筆頭に、カウアイ島、オアフ島、モロカイ島、マウイ島、ハワイ島で栽培されています。マカダミア(マカケマ)ナッツもハワイ島を中心に広く栽培されています。ちなみに、コーヒーの果肉を使用したジュースなども加工販売されています。主食 タロイモ(カロ)、ブレッドフルーツ(ウル)、サツマイモ(ウアラ)などは、いずれもハワイ人の主食として深く伝統文化に関わってきました。キャプテン・クックが来島した18世紀末には300を超える品種があったと報告されています。当時のハワイ諸島はアフプアアという小規模な自治体の集合体で構成されていて、自治体ごとに独自の品種を栽培していました。今日ではさらに種類が増え、500前後の品種があります。この他にも、日常的に利用される果樹や野菜類、穀物類がハワイ諸島で広く栽培されています。クイズの正解はバナナでした。写真はハワイのバナナ・コナコーヒーの実・タロイモ 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii
2017.12.02
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