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年に一度の健康診断に行ってきました。
健康に自信があるわけでなく、
人間ドッグも受けたことがないので
せめて被爆二世の健康診断だけはと毎年受診しております。
今では募集が始まると病院の方から案内状が届くようになったのですが、
初回の受診は昭和の頃でした。当時は病院でなく、原爆被爆者福祉センター(そんな名称だったと思う)
まで出向いていました。
最近は電子申請も可能になったし、近くの病院を選べるし、日程もかなり長期間になったので受診しやすくなりました。
何より無料で受けられるのが助かります。
予約時間に健診課窓口で問診票に記入をすませたのですが、
ここで他の何か気になるところがあれば受診することもできます。
私は去年うっかり忘れていたので骨密度測定をお願いしました。
(本当は5で割り切れる年齢で受診すると若干安い。)
今年の問診票は、去年の記載内容とちょっと違っていました。
両親のどちらが被爆したかを記入する項目がありますが、
去年までは父母のどちらが、どこで(広島か長崎か)被爆したかを記入するだけでした。
今年被爆した方の親の病歴を記入する項目が増えていました。
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血液検査をするまえに、最初に骨密度を測るというので
腕まくりしかけた手を慌てて足首に持って行きました。
いつもこの時期はモコモコブーツなのですが、何度も靴を脱ぐので駐車場でブーツからサンダルに履き替えて病院にきました。
看護師さんが「寒いからタイツを履いてる人が多いんです。優秀です~。」
とおほめの言葉をいただきましたが、健診でタイツ履いてきたら
心電図はどうするんだろうね??
足首出すけど年に一度しかないから忘れるんかしら。
測定は終わり、あとは問診と骨密度の結果待ち。受付で名前を呼ばれて骨密度の検査結果を受け取りましたが・・・
「もし、時間があれば保健士からの説明もさせてもらいますがいかがでしょうか?」
結果は思いきり黄色いゾーンにのっかっていました。
なんとなく予想はしてたけど、やっぱりねというかんじでがっかり。
いうても、15年くらい前に初めて測った時は
レッドゾーンでしたから、少しは改善したのでしょうが
数値は低めなら聞いておかないといけないよね。
牛乳嫌いで中学入学とともに乳製品から遠ざかっていたので
骨年齢がベラボーに高齢化と言われました。
牛乳がきらいなのにスキムミルク飲んで、かなり努力したお陰で
数値はあがってきました。
それでも今は実年齢の85%。
うーん、ちょっと厳しいです。
乳製品は脂肪も含まれているので私の年齢では今のままで十分だそうな。
小魚と野菜、それに吸収を助ける食品を取る事で改善が必要です。
寒いから休んでいたランニングも再開するかね。
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最後はドクターの問診と診察です。
この時は血液検査の結果が入力されているので
過去のデータと合わせて気になるところがあれば
教えてくれますが、やっぱり血液の数値が全体的に低いのは
変わりなかったです。
貧血の改善、食生活だけではなかなかすすみません。
ここでドクターが問診票をみて、おやっという表情をされました。
「お父さまが被爆されたんですね。」
「・・・発症されたんですね。」
「今は健在ですか?」
病歴には、『骨髄性白血病』と記入していました。
市内で被爆といっても色々ですが、比較的近い距離で直爆でした。
爆風、熱風による即死は免れましたが、放射能の影響はいつになるか
本当にわからないですね。
「26年前に亡くなりました。」
ドクターは一瞬、えっというような表情をしました。
故人かもしれないという予想はあったけど、思っていたよりも早く亡くなったと思われたのでしょうか。
「慢性でしたが、急性に転化しました。」
「転化して1年半くらいもったと思います。」
そう言うと、ドクターは顔をあげてでも少し沈黙して、少し言葉を選んでいるようでした。
そして、
「・・・お若いのに。 それはお気の毒でしたね。」
と声をかけてくれました。
その一言であれやこれやいろんな事が一度に思い出されて涙が出そうになりました。
「特に心配なことはないです。」
「来年、またいらしてくださいね。」
問診が終わり、受付に受診票を返却すると
おみやげと交換してくれました。
ジュースとバレンタインのチョコ。
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