歎異抄を学ぶ

歎異抄を学ぶ

2007年03月29日
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昨日葬儀が終わりました。

21日に病態が急変した祖父は26日午前1時半過ぎに息をひきとりました。
長い闘病生活でした。
偶然にも私は、亡くなる一週間前までは毎日病院にお見舞いのため通っていましたが、祖父は元気な方で少しではありますが、話も出来たし、一緒にご飯を食べたり出来ていました。

しかし、20日までその状態だった祖父が21日の早朝、私と父が月参りから帰宅すると病院から電話があったということでかなり非常事態とのことで親族類全てに召集をかけるほどの状態となりました。

その日の先生の言葉は、早くて今日、長くても1週間といわれたことは今も覚えています。

そして本当に、5日経ったところで、私たちより先に旅立たれたのです。

葬儀で大変なのは準備と聞いていましたが、私にとって身内の葬儀は始めてでしたが、25日の深夜から一睡もすることなく、27日を迎えました。
25日からというのは、寝ようとまどろんでいた所に電話がなったため寝られませんでした。


しかし、全ての看護師が病室に出ているのか、緊急用の入り口も全て鍵がしまっており、家族は寒い夜だったこともあり、白い息を見ながらひたすらピンポーンとなるあの呼び鈴をひたすら押し続けました。

そして15分後、やっと気づいたのか入ることが出来た病院。

飛び込むように入った祖父の病室。
既に連絡を受けて30分以上経過していたこともあり、体をきれいにしてもらい我々は僧侶ということもあり、あらかじめ数日前から準備してあった白衣を着せて頂いて、例のポーズになった祖父がそこにいました。

言うまでもなく、私は祖父には28年に渡り、家にいる限り毎日話をしたそんな典型的なおじいちゃんこ、おばあちゃんこっていうやつで、号泣でした。

ちゃんと分かっていたし、死が浄土真宗的には極楽浄土への出発だと頭では理解出来ていましたが、いざその場に立った時、本当に無常の極みでした。

生前祖父が残したノートがあります。

タイトルは「無常の風が吹いたなら・・・」
いかにも僧侶らしいタイトルですよね、私はこれを見たときも号泣です。
申し訳ない

今から13年前に祖母にうながされて書いた自分の葬儀にはこうしてほしいということが書かれたノートでした。



しばらく祖父の死を感じつつ、日記を書いていきます。
私にとって大切な祖父でした。





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最終更新日  2007年03月29日 06時26分04秒


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