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ココロ ニ アカリ ヲ・・
クリア(6・7話)
クリア(6・7話)
僕は布団をたたんで角に寄せ、1m四方の折りたたみ式の机を広げた。4畳半の殺風景な畳の部屋に、ユカが入ったとたんなんだか自分の部屋じゃないみたいになってしまった。
隣の部屋から音楽がもれてくる。優しい旋律だ。この音楽がどんな曲なのか音楽に疎い僕には知りようもなかった。ただ、今まで気にならなかった隣の部屋の物音に、落ち着かない気持ちにさせられる。
「客が来ることもないから、お茶はない。喉 乾いているなら水ならあるけど。」
「ジュース買って来てまーす。ジョージアのブルーマウンテンも買ってきてるよ。それとビールも!」
「おう!気が利くじゃん。」
ユカは机の上にトンとタッパーを置き、缶コーヒーと100パーセントりんごジュースを並べた。
僕はビールを冷蔵庫に入れ、腰を下ろし、机に肘をつき頭を抱えた。
「迷惑そうだね。ごめんね。」ユカは気まずそうに僕の机の正面に正座した。
「髪 切ったんだな。」
「うん。毛先がボサボサだったから、縮毛矯正っていうストレートパーマかけてもらって、痛んだ毛先を切ってもらったの。」
いったん言葉を切って、口角の右端を上げてニッと笑った。
「似合う?」僕を覗き込む目は大きくてクリクリしてて、子供みたいだ。
「似合わない。前の方がよかったよ。」
「そう?今日大学であった山下くんとか由梨絵ちゃんは、似合うって褒めてくれたのにな。」
ぼくは足をのばし机に肘ついて、煙草をぷかぁと吐いた。
「ほら、昨日会った小山くんの地元の高校の同級生。」
「ああ」
「あの人の髪型がすごく清潔感があって素敵だったから、無性に髪が切りたくなったの。」
「ふうん」やっぱ、藤田の影響か。
「縮毛矯正って高くってね、1万五千円も使っちゃったよーー。バイト頑張らないと!あはは。」
ユカは無理に明るく振舞っているようで、明るい声もわざとらしくて、僕はなんだか自分の部屋なのに居心地が悪くて逃げたいような気分に襲われた。
「・・・・・男の部屋にこんな時間来るもんじゃないよ。涙も止まったし、落着いたのならもう帰った方・・・」最後まで言葉を言いきることはできなかった。ユカが言葉をさえぎったから
「昨日の人、小山くんの好きだった人とか?」
僕はため息をついた。「うん、そうだよ。」答える声は優しかったと思う。男の部屋に押しかけこんな話を切り出すユカという女の子が、少し可哀想になってきたのだ。
「つきあっていたの?」
答えるのに1拍間があいた。
「うん。つきあっていた。」
「そっかぁ」ユカはやっぱりという風にため息をついて、続けた。「あ、せっかく作ってきたんだから食べてよ。ジャーーン。」
1つ目のタッパーの中身は、おにぎり。
2つ目のタッパーの中身は、煮込みハンバーグが6個。
3つ目のタッパーの中身は、ポテトサラダとシーチキンサラダと卵サラダ。
「おおおお!」女の子にこんな事してもらったのは初めてなので、タッパーをあけた時、お弁当独特の優しい香りに胸がキュッとなった。
「ビールもらっていい?」
「げっ、やめてくれよ。酒癖悪そうだもんな、お前。」
「いいじゃん、買ってきたの私だよー」ユカは勝手に冷蔵庫をあけ、僕の分のビールも持ってきて僕の前にトンッと置く。
「ともかくいただきます。」僕はユカを拝むように手を合わせた。
煮込みハンバーグは美味しかった。外食やできあい弁当ばっかりしか食べていないお腹に優しく落ちていく感じがした。
「うっまいなーコレ。うん。」
「でっしょ~。」ユカはニッと笑って、ビールをクイッと飲んだ。
「・・・・ねぇ、聞いていい?」
「なにを?」
「なんで別れたの?」
話してしまおうか迷った。しかし、今日1日頭の中でもやもやしていたものを声にだして整理してみたかったし、僕のアパートにおしかけてまできたユカに対して誠実に正直に接してあげたかった。本当に、ユカはなんだか痛々しかった。
「高校3年の頃な。」
「うん」
「俺、フジタとキスしたんだ。」
「おおお。」ユカはおにぎりをほおばりながら、目をぱちくり開けた。
「そしたら、翌日、フジタと仲のいい女友達とつきあってた男から・・・おまえら遂にキスしちゃったんだってなって。」
僕は煙草の煙をぷかぁとはく。
「うん。」
「俺、その男嫌いな奴だったから、ムカッとしたっていうか・・・・、あいつらの話に俺達のキスやなんかがおもしろおかしくいつもしゃべられていたんだって考えるだけで、ゾッとして・・・。」
「うん。」
「で、フジタ呼び出して「そんなこといちいちしゃべんないでくれよっ」って・・・」
「うん。」
僕はまた煙草の煙をぷかぁとはく。
「・・・・それからなんだか気まずくなって自然消滅。」
ユカは眉をよせて顔をゆがませた。
「なにそれー。ばっかみたい。」
「はーーーっ。」僕はため息をついて続ける。「お前って本当に歯に衣着せぬ奴だなぁ。」
「俺さぁ。おしゃべりな女の子理解できないんだ。低俗だと思うし、軽蔑もしてる。」
「うん」
「だから、これからフジタとつきあっていく上で、ケンカしたりキスしたりそんな事を他の人間が知っているという状況を想像するだけで、我慢できないし、だから謝らなかった。そして、フジタとつきあうのはもういいやって思ってしまったんだ。」
「・・・・・」
僕達の間に沈黙が走った。
「でも・・・」沈黙を破ったのはユカだった。「私もケイとキスしたら言いふらしちゃうな。ケイとキスしちゃった♪私とそういう仲なんだからみんな手ださないでねーーー♪私達幸せでーーす♪ってね。」
「はぁ、お前とキスすることは一生ないな。」
「そうかな?」ユカは挑戦的な瞳で僕を見つめたかと思った刹那、机から身を乗り出した。
おでこと鼻先と唇が一気にぶつかり、ユカの唇の冷たさと柔らかさのみを僕の唇の上に残した。
「!!!」
「ほらっ♪キスしちゃった~。明日は大学のアナウンス部占拠して、大学中に放送しちゃお~♪」
「!」
「でも・・・・・・・・・・・もったいなかったね、こんな事で好きな人と別れちゃうなんて。」しんみりとユカはつぶやいた。
そうなんだ。あんなにたわいのない事が許せなかったせいで、僕はいつもいつもいつも胸の奥がつかえていた。なぜ、許せなかったのだろう。なぜあんなに嫌悪してしまったのだろう。でも・・・・
「その頃は、どうしても嫌だったんだ。我慢できないくらい。」僕はつぶやいた。「恥ずかしかったし・・・。」言葉にするのも恥ずかしかった。
「そっか。」ユカがぼんやり相槌を打ったあと、フッと顔をあげ、そしてゆっくり僕を抱きしめつぶやいた。「私とつきあってみない」と。
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