クリオネの想い出



 その晩、食事がある程度すんだ頃、父が子供達(つまり孫達)に「いいもの見せてやっから待ってれ。」と言って持ってきたものは水槽に泳ぐ「クリオネ」だった。何故このことが印象強くあるのかということだが、父の取ったこのアクションが、かなり意外な行動だったのである。

 私が子供の頃の父は、子供のために何かをした(してくれた)ということが、数えるほどしかない。頼んでもだめだろうという思いこみもあったのかもしれないが、私が子供の頃の父の印象として強烈に残っているのは、お酒を飲んで怒鳴っている父、二日酔いで寝床から起きられない父、不機嫌そうにたばこを片手にテレビを見ている父。つまりお酒が好きで、家族のことを顧みない自己中心的なのが我が父親なのだと思っていたところがあった。
 その父が正月にやってくる孫達のために、年の暮れにうち寄せられたクリオネを「あれら来るまで生きてられるかわからないけどな」と言いつつ小さな水槽にすくい入れて冷蔵庫に入れて、交換用の海水まで用意してまっていたとは・・・。誰に言われたことではなく、頼まれたものでもなく、自主的に起こしたそのアクションは我が子に焼き餅を焼きたくなるくらいの行動だった。
 そのときの父の嬉しそうな表情は何だか目に焼き付いている。そして、父は本当は、私たちにも本当はこうしたかった時もあったのではないかな・・・と。私たちは父の片方の顔しか見ないで、そして父も素直に表現できなくて、お互いにずいぶんわからない事が多いままでここまで過ごしてきた気がする。

 流氷も来ないのに何故だか浜辺にうち寄せられたクリオネ。我が子とクリオネによって、ひとつ父を知ることが出来た。


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