蓼科高原日記

蓼科高原日記

2011.03.05
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カテゴリ: 想うんだけど

2011年3月5日(土)

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黙想

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※※※


復活ののろし


以前に比べるとずいぶん口数の少なくなったわたしです。

でも、ブログに関してはキーボード入力なのでずいぶん復活したでしょ?

心の中の言葉を音にする前に指先でなぞるようにしているのです。目を閉じてキートップに触れる指先に集中しています。

その前に言葉を音にしてしまうと、別の回路を使うことになるので、失語症的な症状が出てくるからです。

あ、そういえば、きのう主治医に紹介された某大病院に行ってきました。そんなところに行くのはじつに20年ぶりのことです。

症状を話すとみごとに 仕分けされてしまいましたよ。患者仕分けとでも言うのかなあ、要するに病の「兆候」を訴えてもだめで、顕在的な明瞭な症状が出ていないとまともに見ないというのがトレンドみたい。

それはそれで立派な見識だと思う。マンパワーにも施設のキャパシティにも限界があるのだから。しかし、そうなのだったら、もっと開業医とのコミュニケーションを密にして、1日がかりで受診に行くという無駄足を踏ませないで欲しい。



診療だと安いから、脳ドック、人間ドックを勧めるってことよ。

病院経営も大変だと思うけれど、これってアメリカンすぎない?

ということで、「べつにいつ死んでもいいし、 不便だけど心配じゃないから検査はしません」とこたえた。

今回の件ではっきりわかったのだけれど、医学というのはいまだにというか最初から「唯物論」の学問なのよ。ハードウエアとしての人間しか見ない。ソフトウエアとしての人間には興味がない。



だけどひとが生きるというのはそういうことではないでしょう?

ひとが死ぬというのはそういうことではないでしょう?

人生って、そいういうものではないでしょう?

「命を救う」なんていう命題そのものが間違っていることにそろそろ気づいて欲しい。

医師にできるのは「いのちに寄り添う」ことだけだ。

医師だってひとりの人間としてはじつに様々な想いを抱えて自らの仕事に従事していることと思うけれど、それは自身の問題として生涯悩み苦しむほかない。

わたしがわたしの仕事や人生の問題を居丈高に語ることが出来ないのと同じことだ。

反論はいっさい受け付けない。


☆たてしなラヂヲ☆

http://twitter.com/tateshina_radio



※※※


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Last updated  2011.03.05 07:56:43
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