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写真は最高にいいのにな~。。。
まいったなあ。。。
正直これほど外すとは思っていなかったのだ。予告編を見て感じた底抜けの楽しさや突き抜け感が、本編には全く、見事に、みじんも、感じられなかった。確かに予告と同じシーンもあったのだけど、何故か本編ではまるで楽しめなかった。
絵本を映画にするわけだから、設定や感情表現にリアルな肉付けが必要なのは解るが、あまりに現実に囚われすぎて絵本を忘れてしまってはそれもまた絵本を映画にする意味も失われてしまう気がする。
例えばプロローグ。
少年マックスは、あからさまに弟をうっとおしく感じている姉とそのBF達に雪のお城(?)を破壊されて放って行かれたり、シングルマザーであるらしい母親がBFといちゃついているシーンを見てしまったりといささか生グサいたち上がり。あげくにキレて暴れて外へ飛び出し、小舟で海へ漕ぎ出してしまうのだ。
何というか、ここまでで既に「あーなんてワクワクする話だろー。(棒読み)」的な雰囲気が漂い始めている。
そしてそのまま1昼夜舟を走らせ、ある島へたどり着くのだが、こんな風に中途半端にリアルを追求したために逆にとても嘘くさいエピソードになってしまっている。だって普通10歳くらいの少年が夜の海に一人でボートに乗ってしまったら、次の日には水難事故の新聞記事にでもなっているのがオチだろう。な~んて思ってしまって全く頭がファンタジーに切り替わっていかないのである。
現実から空想世界に入るためには、やはりそれなりの仕掛けが要るのだと思う。原作だと、それは子ども部屋に突然木がにょきにょき生えてきて、その木々の向こうに海が見えるというところから始まる。絵本のマックスはそんな不思議の海に舟を漕ぎ出すのである。このありえない特異な状況こそが夢の世界への入り口なのだ。
映画では、そういった仕掛けも無く、嘘くささを感じたままかいじゅうたちの世界へと踏み込んでいくことになる。
気を取り直してかいじゅうたちと楽しく戯れようと思ったのだけど、そうは問屋が卸さなかった。(_TдT)
何だろう、この陰鬱さは。
かいじゅうたちはマックスの心を写す鏡とでも言いたいのか。
自己中心、欺瞞、破壊衝動、孤独。そんなものが着ぐるみを着てしゃべっているのである。楽しくなるわけが無い。。。
何かもう、悲惨にバラバラな状態のかいじゅうたちの中にマックスは飛び込んで行き、適当に話を合わせて嘘をついて、王様になるのだった。。。
嘘をついている気持ち悪さとか、不必要なまでの鋭い言葉の応酬。ああ、お金払って何でこんなに惨めな気持ちにならねばならないのだろーか。
ラストも、 (ネタバレのため反転しています) 特別何のカタルシスも無いまま突然「帰る」と言い出すマックス。このシーンが、お母さんの「私がいたら何とかしてあげられたのに」という台詞に呼応していることはわかるんだけど、「だから何?」である。その時かいじゅうに言い放つ言葉「きみ達にもママがいたらよかったのにね。」にいたっては、思わず「えーっ」と洩らしてしまった。それをこの孤独なかいじゅうに言うのかと。。。 信じられないラストだった。
この映画で、マックスはいったい何を得たのか?かいじゅうの心をつかんだ訳でもなく、王様として何かを成し得た訳でもない。ただ楽しんだだけでも良かったのにそれすら感じられなかった。
久しぶりにお金を返して欲しくなる映画であった。。。>┼○ バタッかいじゅうの出来が良かっただけに残念至極。
画と全く合っていず、もうマックスが子ども店長にしか見えなかったよー。
ああ~、映画見たい。。。
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