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第一章 5
第一章――1日目――
5 暗闇の夢と幸福な夢 DREAMER
暗闇の中を歩いていく。
先は見えない。
後ろも見えない。
左右さえも見えない。
しかし、歩ける。
ザクッザクッ。
草―だろうか?―を踏み分け、手で先を探りながら歩いていく。
ザッザッ。
目が全く利かない。
草と土の臭いのみが嗅覚を狂わす。
…何で、歩いてるんだろう?
自分は、何故、こんな暗い闇の中を進んでいるのだろう。
戻りたい。
…けど、戻れない。
止まりたい。
…けど、止まれない。
進まなければ、どうにかなりそうな…狂った感覚。
そこに自分の意志は…ない。
おかしな話だけど、進まないといけないと思っているのに、そこに意志がない。
まるで、操り人形。
何かに引き寄せられているように、足だけが前に進む。
けど、自分の意思に反して、ではない。
元から自分に意志がないのだから、この足を動かしているのは他の意志でしかない。
そんな…がらんどうの心を持ったような自分が、暗闇の中に溶け込んでいくかのようだった――。
……。
「蒼二~…」
………。
「…もぅ……なよ…て、そ……ん」
…………。
「…そうだ」
……………。
「…ほう。それはなかなかに興味深いな」
「でしょ?」
「是非とも、見せてもらいたい」
「よーっし…。えいっ!」
ザラザラザラ…。…
「……ぎょ――」
「ぎょん?」
「ギョエーッッ!!」
おれは奇怪な声と共に目覚めた。
「な、何だぁ!?」
何かが背中の中を駆け巡った。…ような気がする。
「おいおい、風見、どうしたんだよ?」
「寝るのはいいけど、もうちょっと普通に起きろよな」
「あ、そうか。風見、怖い夢でも見たんだろ?」
「な~る。そりゃ、納得」
「だろ?」
などと周りの男子は言っていたり、
「はははっ。笑い取んなよー」
とか言って大笑いするヤツがいたり、
「ふふふっ」
とか笑ってる女子もいる。
…ちくしょお~……。
「…つぅ~か……何じゃ、こりゃあ!?」
背中がやたらと重い。…ていうか、服に何か入ってる。
「んゲッ! カッターの中に入ってる!?」
とりあえず、跳んでみる。
ジャラジャラ…。
「うおっ!? ズボンの中に入った!!?」
「全く、なんぼ見ても飽きひんやっちゃで…」
ジャラジャラ。
カランカラン。
「おぉ~、ズボンの中からポンポンとペンが出てくるじゃないか! 摩訶不思議だ!
…って、何を冷静に見てるか! 手伝え、手伝え!」
おれのズボンからは依然、留まることなくペンが大量に飛び出してくる。
「う~ん、シャツをズボンから出せばいいと思うんだよね」
「…あっ!」
おれはすぐにカッターシャツをズボンから抜き出す。
ジャラジャラジャラ……。
幾本ものペンがおれの体から滝のように出てくる。
…いや、厳密に言えば、おれの体から出ているのではなくて、
シャツとの間に挟まっていたペンが落ちてきているのだ。
…と、
「あぁ…、やっと全部出たみたいだ……」
下に落ちたペンを見てみる。
どこかで見たことのあるペン。
「…って、これ全部おれのじゃん!」
それは紛れもなく、おれがいつも筆箱に入れているペンたちだった。
…ちょっと待て。
「ということは……」
おれは、自分の筆箱の中身を確認してみる。
…空っぽだった。
「おい、このみ! てめぇが何かやったことぐらいわかってんだよっ!」
おれは傍で一緒に笑っていたこのみに怒りをぶつける。
「あれれ~…、バレちゃいましたか」
「バレバレだ! バカタレッ!」
「おい、蒼二。怒るのもわからんではないが、もう少しこのみに感謝したらどうなんだ?」
横から睦美が割って入る。
「何だって?」
「だからだな、まぁ、起こし方は多少アレだったかも知れないが、
仮にもこのみは次の授業に蒼二が起きていられるようにと、起こしてくれたんだ。
幼なじみのその苦労を、お前は察することも出来んのか?」
「む……」
確かに。
それは大いにある。
よってここは……。
「あー、頭ごなしに怒って悪かったな。…それと、ありがとう」
あぁ~、何かしゃらくせぇ…。
素直な気持ちってヤツなんだけどなぁ…。
…あれ? 何だかいいように言い包められてますか? おれ。
「えへへー♪ いいって、いいって、そんなことぉ」
このみは笑顔で答える。
「そうか…。いつの間にか寝ちまってたんだな…」
「いつものことだろ?」
「うっせぇ! …まぁ、その通りなんだけどさ」
「認めるのか…。そこの辺りをもう少し改善すべきだと私は思うのだが……」
「そう? まぁ、おれもそう思うからな…。善処します」
「それはまた…おもしろそうだな」
「あ、そう言えば…睦美! お前、このみがおれの背中にペンを入れる時、
『おもしろそうだ』とか言ってただろ?」
「ちっ…いらんことを思い出して……」
「何か言ったか?」
「ふ~ん♪ 何のことだかぁ~?」
「逸(そ)らし方が態(わざ)とらし過ぎるぞっ!」
「まぁまぁ、どうどう。落ち着け、落ち着け」
「これが落ち着けるかっての! え? それをよくもまあ、
いけしゃあしゃあと『おもしろい』とか言えるよなぁ?」
「ぷっ…。だって現に『おもしろい』からな」
「まだ言うか!」
「ああ。私はいくらだって言うぞ? 『おもしろい』『おもしろい』。蒼二は本当におもしろい男だ」
「うぬぬぬ…もう、我慢出来ん!」
我慢の限界。勢い余って、思わず睦美に飛び掛かろうとするおれ!
「待って!!」
それを止めるこのみ!
「もう…! ケンカはダメだと思うよ?」
「そんなこと言ってる場合か! コイツは…、コイツはなぁ……」
おれを完全にバカにし腐った女だ。
だから――。
「やらなきゃならねぇ!」
少なからず、男にはやらねばならない時がある。
…その相手が女の子っていうのは、情けない気もするけれど…。
「わぉ! やらしぃ~~!」
「お前が言うか…」
そこへ現れたのは智之。
…いや、最初からいるにはいる。
会話に入ってなかっただけだ。
ちなみに裕也も傍にいるけど、こっちもこの状況を知っているのか知らないのか、
…いや、知らないワケがない。だって、この騒ぎだ。知らないっていうのは明らかにおかしい。
よって、知っている。
しかし、ノートパソコンで何かをやっている。
「いやな? 何や、ちょっと様子見とったんやけど、オモロイことなってきたなー思て」
「面白いか…コレ?」
「そりゃそうや」
「何でだよ?」
「そりゃあ、お前。睦美とやりおうて、ホンマに勝てんのかいな? ワイは思わん。
せやから、ワイは睦に賭けさしてもらうで。…なぁ、みんな?」
「おぉ、そうだな! 俺は、紫村に賭けるぞ!」
「俺も!」
「いやいや、ここは“まさか”ということも十分ありうる…。風見に賭けるぞ!」
「よしっ、それなら俺も!」
あっという間に、俺も俺もの嵐。
…流石なのか何なのか、女子での参加者はいない。
「あれれ……」
このみは両手を口に当てて呆然としている。
「はいな、はいな。そんなら、ここに並んだってなー。只今の金額はこうなっとるで!
配当は――」
何をやってんだか。
バカらしい。
…って言うか、何故に裕也が参加してますか?
しかも睦美に賭けてるし。…けっ、友達甲斐のないヤツめ。
「…で、どうするんだ? やるのか? 蒼二がその気なら、私はいつだってその勝負受けるぞ?」
「…いや、何だかもう白けちまった。勝手にしてくれ……」
やってられん。
「それもそうだな。賢明な判断だ」
「んじゃ、次の授業の用意でもすっか。…あ、ペンは拾ってくれよな?」
「その必要はないみたい」
「え?」
このみがそんなことを言うモンだから、おれはさっきペンを散乱させた場所を見る。
…ものの見事にキレイさっぱりだった。
「あり?」
どうしたものか。
…これも魔法?
「……このみ?」
おれはこのみの顔を見る。
「ううん、ボクじゃないよ?」
「睦美…じゃないよな。だとすると――」
カタカタカタ。
何も言わず、ただキーボードを叩く男子を見る。
「…ゆう、か?」
「……」
そうなんだろうな。
まったくコイツは、結構、気が利くヤツだ。
…こんなだけど。
「…ま、いっか。さ、席に着こうぜ。もうじきチャイムも鳴んだろ」
「あのぉ~、ともゆきくんは?」
「あぁ…アイツは、ほっとけ」
そして三人が席に着く。
すると、チャイムが鳴った。
「あ、そう言えば、次の授業って何だったっけ?」
パスッ。
シュッ。
―パスンッ!
「……」
コロコロ…。
ザッ。
シュッ。
―パスンッ!
「……」
三時限目は体育だった。
誰が何と言おうと体育だった。
これは、体育に間違いない。
…というワケで、野球。
イッツ・ベースボール!
おれは外野だったけど、はっきり言って、こんなのはボールを受けて、塁を守っている奴に送球。
以上、って感じだ。
ま、味気ないのは仕方ないけれど、おれが自分でそれに拍車をかけている。
「……」
適当にボールを捌(さば)く。
それ相応に運動が出来れば、正直どうってことはない。
…そんなモンだから、色々考え事も頭に浮かぶ。
例えばさっき(一時限目が終わった後)のペンばら撒き騒動。
あれも有耶無耶(うやむや)になりかけていたが、結局のところ犯人はこのみで間違いない。
何故、このみが犯人だと断定出来るのか?
それは、愚問というヤツだ。
答えは簡単。このみは、『魔法』が使えるからだ。
…いや、『魔法』と表現してしまうと、深緑町の住人が使える不思議な力とで紛らわしくなってしまうから、
ここは、『魔術』とでもしておこう。
しかし、実際は『魔法』とあまり大差ないので区別するのは難しい。
まぁ、敢えて分けるなら、といった感じだ。
…このみの魔法は、モノを浮かばせる力。
使える魔法はそれだけしかない。
けど、そういった『力』に興味を持ったこのみは『魔術』を勉強し出した。
それが三年前。
おれたちが中学に入学して少し経ったぐらいの時のことだった――。
おれとこのみは物心がつくかつかないかという頃からいつでも一緒だった。
一緒に遊び、一緒に食事をして、一緒にお風呂にも入ったし、一緒に寝たことだって何度なくあった。
もちろん、そんな幼い頃に他意など全くない。
どうして、おれとこのみがこうして一緒に育ったのかと言えば、
それは親同士の付き合いの面が非常に大きかった。
家が隣同士で同年代、さらに子どもの生まれた時期までもほとんど同じだというのが、
親同士の仲を深める要因となり得たのだろう。
さて、そんなワケで男女の違いはあるものの、幼い頃から同じように育てられたおれとこのみ。
両方が両方ともに物心ついたときには、既に傍にいた相手。
異性という事実よりも、家族のような近しい気持ちの方が強かった。
何をするときも一緒で、一日の大半を二人で過ごした。
ずっと二人で過ごせると信じて止まなかった幼い頃の日々。
けれど、今の毎日だって決して悪いモンじゃない。
少しだけ、おれたちの心は離れてしまったようだけど……。
『ボク、大きくなったらそーくんのお嫁さんになるよ!』
『ホントに? わーい、うれしい!』
…今、思い返せば赤面してしまうような恥ずかしいセリフも、何の気兼ねもなく言い合えた仲。
そう。おれたちは自分たちの将来さえ誓い合った仲だったのだ。
…いつからだっただろう……二人が一緒にいる時間が減り始めたのは。
おれは“ぼく”から“おれ”へと変わり。
…あれ? このみは変わってない?
一緒に寝ることがなくなり、同時に一緒にお風呂にも入らなくなった。
一緒に食事をすること、一緒に遊ぶこと。
今でも続いていることも当然あるけれど、いつの間にか多くのことを一緒にはしないようになった。
――そんなある日。
あれは中学一年の秋だったか…。
このみからこんな話を聞いた。
「そ-くん、あのね…ボク、『魔法』を勉強しようと思ってるんだ。…それで、そーくんはどう思う?」
はじめ、おれはこのみの言っていることがさっぱり理解できなかった。
だって、魔法だぞ?
突然そんなことを言われて誰が「はぁ、そうですか」なんて言えるんだ。
だから、おれは……
「マホウ?」
と訊き返した。
「うん。『魔法』」
「…って、何なんだよ?」
「あれ? そーくん、魔法って知らない?」
このみはパチクリさせて訊いてきた。
まるで、珍しいものを見るかのように。
「いや、そりゃちょっとは知ってるけどさ…。でも、それって空想――ファンタジーの世界の話だろ?」
「ううん。ちゃんと現実に存在してるんだよ。魔法って本当に」
「へぇ…とは、すぐには言えないけど……もうちょっと詳しく教えてくれよ」
「うんっ」
そう頷くと、このみは嬉々と語り出した――。
そもそも、魔法というのは現実には存在するのであろうが、
はっきり使っているというのをなかなか見る機会がないので、おれのようにやはり空想の話
――あり得ない『奇跡』として取られている場合(ケース)がほとんどだ。
しかし、ここで考えてみてほしい。
何故か、これが言い得て“妙”だと思うのは、たぶん、おれだけではないはずだ。
だって、存在するものなのに、存在しないものとして捉えれている。
…そんなのおかしいじゃないか。
このみの話によれば、魔法についての情報を操作している機関があるのだと言う。
確か――『魔法協会(マジック・ソサエティー)』という名前の期間だった。
何故、情報を操作する必要があるのか?
答えは、魔法を無闇に使われ、知識などを荒らされるのを防ぐためだ。
かつて、人類が魔法という技術を習得し、自由に使っていた時代があった。
しかし、人間の中には常に自分の利益、利得、利潤のために技術を行使するという、
極めて利己主義でいて自己中心的考えを持った輩(やから)が少なからずいるものである。
結果的に、元から魔法を使えて者たち―生粋の魔法使い(ウィザード)たち―により、
人類は魔法を使うことを禁じられ、科学の技術を飛躍的に向上させていくこととなる。
……けど、それはまた別の話で。
魔法の知識は魔法使いたちの手によって一箇所へと集められた。
――こうしてできたのが、マジック・ソサエティーというワケだ。
しかし、マジック・ソサエティーは、その後決して人間にその知識を公開し、
啓蒙しようとしなかったワケではない。
魔法は空想の産物であるといっても、魔法はあると信じて疑わない者。
そういった者たちには、極秘にその技術を公開し、教化した。
魔法を学ぶためには、魔法があると強く信じることが大切なのだと言う。
このみが魔法を学ぶといっても、まだ信じきれないおれとは、そこが大きな違いなんだろう。
ここで一つ言っておかなきゃいけないんだけど。
人間には『魔法』は使えず、『魔術』を使うってことだ。
大きな違いはないけど、魔法使いの血筋に生まれれば『魔法』を使え、
そのバリエーションが豊富だということ。
人間では流石に限界があって、魔法使いほどたくさんの魔法は使えない。
そこで、人間はいくつかを選んでそれを専門的に学び、極めることになる。
――さて、魔法を教えてもらえることになったら、今度は実際に教えてもらう方法を選ぶことになる。
その方法は二つ。
先に断っておくけれど、
これからの内容はあくまでもこのみのような普通の人間が魔法を学ぶ場合にのみ当てはまる。
魔法使いは別ルートで確実に魔法を学んでいく。
ではまず、一つ目の方法。
それは、『留学』し、
マジック・ソサエティーに設置されている『魔法学校(マジック・スクール)』で学ぶ方法。
もう一つは、『通信教育』…ではないけど、家で勉強をする方法だ。
前者のメリットは、普段おれたちが学校へ行っているのと同じように学校で学ぶため、
魔法をたっぷりと学習する時間がある。
でも、その他の一般教養的な知識があまり学べないのがデメリットになる。
後者のメリットは、比較的自分のペースで勉強することができるけど、
本格的に学ぼうとすると時間がかかるというがデメリット。
そこで、このみが選んだのは―後者―つまり、実際にマジック・スクールに通わずに、
魔法を学ぶというものだった。
その理由をこのみはこう述べた。
「ボクは、そーくんと一緒にいたい。学校に行く時だって…。マジック・スクールに通えば、
魔法をしっかりと学べる。そんなことわかってるよ…けど。けど……、ボクはそれよりも今のこの“時”を
大切にしたいんだ。だから、だから……」
このみの言いたいことは良くわかる。
だからこそ、おれはそれで本当にいいのかと考えてしまうんだ。
「でも、このみはホントにそれでいいのか?」
おれだって、今こうやって二人で過ごせる時間を大切にしたい。
その点でおれはこのみと思っていることは同じ。
でも、そんなおれの懸念は何のその。
このみは元気良く、そして一瞬おれよりも輝いて見えるほどに、力強く、
「うんっ! もちろんだよっ!」
胸を張ってそう言った。
その顔は、本当に嬉しそうで、おれはこれでもいいのかな、と思った。
だからおれは、
「そっか。じゃあ、おれは何も言わない。…いや、何も言えない。だって、
これはこのみが自分で決めたことなんだから、何も言えるワケないよ。自分で一度決めたことなんだから、
ちょっとやそっとのことで、やーめたなんて言うなよ? …あ、おれじゃないし、このみがそんなこと
言うワケないか。じゃ、おれが言えるのはこれだけだ。――頑張れ!」
応援することにした。
このみが全力で自分の好きなことをやるんなら、
おれはそれに向かう幼なじみを全力でサポートすることだ。
そこに一切の迷いはない。
「うんっ。ありがとう!」
……それ以来、このみは魔法の勉強を続けている。
おれはその様子を時々聞く程度。
――といった感じだ。
その頃は、「まあ、やれるところまで頑張ってみろ」という風にしか思っていなかったけれど、
町が“こんな風”になってからは、このみの言ってることが途轍(とてつ)もなく現実味を帯び出した。
現在、このみが使える『魔術』は、十数種類だ。
コツコツと勉強しているらしいが、やっぱり独学―厳密に言えば違うけれど―ではキツイモノがあるらしく、
一年間に覚えられる量は三種類ぐらいのモノらしい。
ただ、それはベースになる種類の話であって、アレンジを加えれば使える魔術は百種類以上になるのだという。
そう言ってしまうと、やはり大したことないではないかと思われがちだが、それは見当違いというものだ。
マジックスクールに通えば、確かにこれの三倍ほどのペースで魔術を習得できるらしい。
だが、それはマジックスクールに通っていたらの話で、
自宅での学習でここまで早いペースで習得しているのは珍しいことなのだとか。
人間には、生粋の魔法使い―ウィザード―ほど、残念ながら魔術を覚えることは出来ない。
けれど、このみの場合はこのままいけば人間の常識を超えるほどの魔術を習得することが
できるかもしれないのだそうだ。
ということで、このみが魔術を覚えるのが他の人間よりも桁外れに早く、その量も多いということがいえる。
世界には、『魔術』―もう一度断っておくが、説明が簡単になるように名前を変えているだけで、
一般的には『魔法』と呼んでいる―が、万単位で存在するらしいけれども、その全てを使える者は
未だかつていない。それができたのは、ウィザードたちの生みの親―魔法の造物主―だけだ。
色々“適正”っていうのがあるみたいで、要は出来ることと出来ないことがあるらしい。
“らしい”とかばっかりだけど、おれは別に『魔法』の勉強をしているワケじゃないから、
今、言っているのは全部このみからの受け売りに過ぎない。
話を戻そう。
専門家や得意な者であっても、使える数は最高で八千種類ほどらしい。
そんなの、覚えるだけで大変だろうけれど。
多分、好きこそ物の上手なれってヤツだろうな。
最近覚えた諺(ことわざ)だ。
将来、魔法という分野で何かをしようと考えている者は、必ずマジックスクール足を踏み入れるという。
しかし、このみは今のところそこに行く気はないらしい。
おれと同じ学校に通ってるのがいいらしいけど…それがいいのかどうか、おれにはわからない。
でも、このみが決めたことなんだから、これはこれでいいんだろう。
まぁ、おれの意見としちゃ魔法だけを専門で教えているような学校があるなら、
間違いなくそこに通うべきだと思う。
まったく、このみの考えていることだけは未だによくわからん。
以上が、『魔法』と『魔術』の話なんだけど……。
バコッ!
「いでっ!」
何かがおれの頭に当たり、おれは濁った声を出す。
「おーい、風見ぃー! 大丈夫かぁー!?」
遠くで先生の声がする……が、俺の意識はそこで途切れた――。
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