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21.グループ・サウンズ(GS)VOL:3
グループ・サウンズ(GS)VOL:3
ザ・ゴールデン・カップス
横浜を拠点に、R&Bやブルースを中心に、当時の最新洋楽ロックを演奏し、GS界からも、その音楽的な先端性と、ハーフとルックスで羨望の眼差しで見られていたバンド。
"ゴールデン・カップス"の中心メンバーの一人、エディー藩が'61年(中学3年生)の時にバンドを組んで同級生や先生から大喝采を浴び、高校入学後は、米軍キャンプなどで演奏して、一回の演奏で$50から$100のギャランティを得ていた。(当時$1は360円)
やがて、エレキ・ブームによってテレビ局は競ってエレキのコンテスト番組の放送を始める。エディー藩もそれらの番組参加するために、日頃のバンド活動で知り合った仲間達を集め出場することになる。
当時の最強メンバーで構成されたグループが、伝説的な"ファナティックス"である。
メンバーは、小林輝雄(Ds)、田彗 敏(Bg)、ジョニー野村(Vo)、平尾時宗(Vo)、藩 広源(Eg)の5人。
"ゴールデン・カップス"の中心メンバーのもう一人が、この時の平尾時宗である。
その後、数々のエレキ・コンテスに出場して大暴れするが、勝ち抜きエレキ合戦では、1点差で"サベージ"に惨敗してしまう。
その後、大学に入学したエディー藩を待ち受けていたのは、'70年安保の学生運動で、授業は全く行われず、学校の傍の逗子海岸で釣りなどをして音楽とは離れて過ごすようになる。しかし、一大奮起し、気を取り直しアメリカに向けて出発する。
アメリカではジェフ・ベックなど有名なミュージシャンのステージを見て歩いた。
帰国直前のサンフランシスコで高校時代の仲間の平尾時宗と偶然再会する。(平尾時宗は、'66年の"ビートルズ"公演のあった次の日に、音楽感覚を研ぎ澄ますために渡米していた。)
その後二人は帰国し、ある日、平尾時宗から本牧のゴールデン・カップという店で歌を唄っているから、見にこないかと誘われる。
しかし、エディー藩の思いとは裏腹にバンドの演奏する音楽はブルース・マインドのないバンドだった。
それを率直に平尾時宗に伝えたところ、逆にメンバーを集めてバンドを結成しないかと持ちかけられる。
そこで、結成したバンドが、"グループ・アンド・アイ"である。
その後、バンド名を"ゴールデン・カップス"に改める。
メンバーは、エディ藩(Lg)、ケネス伊東(Sg)、ルイズルイス加部(Bg)、マモル・マヌー(Ds)、デイブ平尾(Vo)の5人。その後に、ケネス伊東がビザの関係(兵役)でアメリカに帰国し、ミッキー吉野(O)が新たに加入する。当時、ミッキー吉野は16歳。更に末期には、柳 ジョージやアイ高野なども加入する。
デビューのきっかけは、TBSのプロデューサーが本牧で暴走族のリーダーのドキュメント番組の制作中に、偶然本牧で演奏していた彼らを見出し、ヤング720で放送したこと(視聴者から大反響があったという)から始まる。
大手芸能プロダクションの争奪戦の結果、東亜企画とプロ契約を結んだ。
'67年6月東芝キャピトルからリリースの、「いとしのジザベル/陽はまた昇る」でレコードー・デビューする。初ステージは博多のフォーカスで公演を行う。
8月には日劇ウエスタン・カーニバルに初出演して、新人賞を受賞する。
'70年には、エディー藩が脱退し、ニュー・ロック色を高めていくが、'72年1月、沖縄公演を最後に解散する。
この頃の沖縄は本土返還直前で、"ゴールデン・カップス"が演奏していたクラブから漏電により火災が発生し全焼した。楽器。機材、などの所有物も一瞬のうちに焼失してしまった。
"ゴールデン・カップス"はデビューから解散までに、次の10枚のシングル・レコードをリリースした。
「いとしのジザベル/陽はまた昇る」'67年6月15日発売、「銀色のグラス/ドゥ・ユー・ノー・アイ・ラブ・ユー」'67年11月15日発売、「長い髪の少女/ジス・バッド・ガール」'68年4月1日発売、「愛する君に/クールな恋」'68年9月1日発売、「過ぎ去りし恋/午前3時のハプニング」'68年12月5日発売、「本牧ブルース/4グラムの砂」'69年11月10日発売、「ルシール/君は僕に首ったけ~悲しい叫び」'69年5月1日発売、「蝶は飛ばない/もう一度人生を」'69年7月10日発売、「にがい涙/悪魔にだまされた」'70年5月5日発売、「人生は気まぐれ/たった一度の青春」'71年11月5日発売(全て、東芝キャピトルより発売)
ザ・ライオンズ
虎より豹より百獣の王ライオンのが強いというので、打倒"タイガース"、"ジャガーズ"という下に、東芝キャピタルの会社の期待を背負って大阪のジャズ喫茶ナンバ一番で、テクニック・ルックス共に一番の人気を誇っていたのを、スカウトしデビューさせたバンド。
"ライオンズ"は、デビューする以前の大阪では、"ライダース"というバンド名で人気を誇っていた。"ライダース"は、ステージではどんな曲のリクエスにも応じられるだけのレパートリーを保有していた大阪で実力はナンバー・ワンのバンドであった。("ビートルズ"の楽曲は、ほぼ全曲演奏する事ができたと云う。)
上京に際して、新大阪のホームにファンが大挙した事でも有名なバンドであった。
メンバーは、島 直樹(Lg)、橘 健一(Sg)、北原弘之(Bg)、三枝 孝(O)、宇野次郎(Ds)、清原カツミ(Vo)の6人。
'68年3月10日東芝キャピタルより「すてきなエルザ/信じておくれ」でレコード・デビューする。(巨大な蝶ネクタイが印象的)
この、デビュー曲は、出だしのイントロはいい感じなのだが、ビートがやかましく、且つファズも強烈であって曲自体は中々いいのだが、意味のない間抜けな合いの手が入りこんでくるのが邪魔で実に惜しい曲。
デビュー当時、ステッカーでキャンペーン・ポスターのデザインの一般公募30万円の賞金をつけたことでも有名なバンドである。
しかし、会社が行った大々的なキャンペーンを行ったにも拘わらず、殆どヒットせず、その後曲にも恵まれないという不運もあったが、'69年に契約を打ち切られてしまう。
"ライオンズ"はデビューから解散までに、次の3枚のシングル・レコードをリリースした。
「すてきなエルザ/信じておくれ」東芝キャピタルより'68年3月10日発売、「ハイウェイ小唄/よい子のゴー・ゴー」東芝より'68年7月10日発売、「絵の中の恋人/恋の十字路」東芝エキスプレスより'69年1月21日発売
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