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by yuki
♪いつもいつの時でも 僕は忘れはしない
愛に終わりがあって 心の旅がはじまる♪
・・・・あの時は朝で山道、今は町並みで夜。
当時と違うことと言えばそんなところか・・そして、
「大丈夫だよ、女はいつも待つものだから・・」
そう云った彼女の言葉を再度思い出した刹那、
「いいや!違う!」私は声を出して叫んだ。
そうかもしれないけれど・・
あの時は幼くてよくは解らなかったが
それだけではない、と。
今は言える。
今度は伝えられる!
だからこそ、
今、暗闇の中を駆け抜けているのだ。
駅に向かう道すがら何度も、何度も
この思いで頭の中が満たされていった。
やがて、小さな橋を渡り自転車屋の角をまがると
どこの駅前にもありがちな小さなロータリーがある
瀟洒な私鉄の駅が見えてきた。
ロータリーには2台ほどの構内タクシーが停まっていて
運転手同士が所在なさそうに競馬新聞を広げて話込んでいた。
そんなノンビリした空気の中に
勢い駆け込んだ私をめざとく見つけた一人の運転手が声をかけてきた
「兄ちゃん、どこまで行くねん。えらい汗かいて。よかったら乗って行けへんか?」
「熊本!」
「えっ?熊本か・・そりゃ~無理や、タクシーでは・・」
もう一人の運転手があいの手をいれるように
「せやけど・・そんな格好で・・熊本」と言いかけ、お互いの顔を見合わせた
奇異にみえるのも無理はなかったかもしれない
髭は伸び放題、髪も当時流行りの長髪、ジーパンに素足で下駄。
そんないでたちの男が夜の9時ころに、今から熊本まで行くと言うのだから・・
よほどの急用と思ったのか、それとも・・。
いずれにしろ彼らは私にそれ以上は、絡んではこなかったし、
私にもそんな余裕が微塵もなかった。
駅の窓口の私と同い年ぐらいの駅務員から「どちらまで?」と聞かれ
「熊本まで!」と息せきながらオウム返しで伝えたのを
慌てて「いぃや、梅田まで、梅田まで1枚」と言いなおしたほどだったのだから。
待っている電車と言うものはなかなかやって来ないものだ
帰宅のピークも終わりかけた時間帯、まして下り電車ならともかく。
駅のホームを止めどなく行ったり来たりしたり、
幾度も幾度も白く光る駅の丸時計を睨んでいるうちに
薄黄色のライトを翳した小豆色の電車がホームに滑り込んできた。
私はその電車に乗り込むやいなや、先頭車両に向って移動した。
この駅から梅田までは数えるほどの駅しかないのにも関わらず、
出来れば急行列車にでも乗り継ぎたいほどの気持でもあった。
しかし、この時間帯はあいにくと普通電車しかなかった。
乗り換えたところで梅田駅に到着するのはさほど変わらない。
だが、私はそう思わずはいられなかった。
梅田駅から大阪駅までは5分とはかからない。
私は喧騒にまみれた酔客や帰宅を黙々と急ぐ人混みの中を
縫うように駆け抜け、幾度か転びそうになりながらも
ようやく大阪駅に辿り着いた。
大阪駅で一番早く乗車できる列車は?と確認すると
「急行阿蘇」の文字が目に入った
確か大阪駅発22:00時ころの列車だったと思う
私は躊躇することなくこの列車を選び、
幸いにも切符を手に入れることができた。
そして発車までに、少し余裕があったので、会社に電話を入れ
同僚のT君を呼び出してもらうことにした。
彼とは小学校から高校までを通じての親友で、
(もっとも私の引っ越の為に途中3年ほど疎遠にはなってはいたが)
高校を卒業してから私の紹介で今の会社で一緒に働き、
私と同じく会社のすぐ近くの部屋に下宿していた。
そんな事由で、私と彼女のいきさつや、
無論私の彼女のこともよく知っていた。
彼に事情を告げると、既に彼は全てを察していたらしく
「おお!まかしとき!それで、部屋の鍵はかけておいたから、心配すんな」
「あっ!部屋の鍵忘れとった。すまんな・・」
「〇子ちゃんによろしくな!。ガンバレよ!」
なにを頑張ればよいのかは良くは解らなかったが・・・。
やがて、車中の人となった私は車窓から外に流れるビルの窓明かりや
暗闇のなかに寂しそうに佇む看板をようやく眼で追うことが出来た。
憔悴していたのか、「モシモシ」と肩を叩かれ目が覚めた。
「恐れいります。検札です」とその人は丁寧に声をかけてきた。
専務乗務員である。
いつの間にか眠り込んでいたようだ。私は。
専務乗務員は2枚の切符に検札鋏を入れながら
「熊本までですね。熊本には明日の・・・11時35分到着の予定です」
と、告げてくれた。
「あの・・」
「はい、なんでしょう?」
「この時間帯だと・・この列車が一番早いですよネ?。熊本に到着するのは・・」
「そうですな・・」そう云って彼は赤くて分厚い時刻表を広げ
「明星が・・10時頃に到着しますが・・特急ですね」
「それに乗継はできますか?」
「乗継ですか・・。調べて、後でお知らせします」
そう云って彼は次の検札へとむかった。
しかし、この目論見は徒労に終わった
この時間帯ではこの列車と、明星3号と4号とがあるそうで
明星3号は博多までであり、明星4号は熊本まで行くには行くが
空席は無いとのことだった。
この知らせを聞いたのは姫路をようやく通過したあたりで、
まもなく日付が変わろうとしていた。
その後、岡山駅で後続の列車を待つ人を見た以後は
停車駅でも殆ど乗降する人影も見えず
軌道と車輪が醸し出す心地よい音以外は静寂の中にあった。
時折列車に並行して国道を走行するトラックのヘッドライトの灯りが
なんだか、とても寂しく感じられたり、
この時間帯にもかかわらず暗闇の遠くのほうに
ポッリと灯る民家の黄色くて暖かそうな窓灯りに励まされたり
複雑な想いが交錯を繰り返した。
陽が昇りだしたのは徳山をすぎ、山口県の防府駅に
さしかかろうとした時のように記憶している。
その後、短い暗闇を過ごし、
列車が九州に到着してからようやく私は眠りについた。
2~3時間は寝たのだろうか?。
熊本駅には専務車掌から聞いた通りの翌日お昼前に到着した。
ようやく熊本に到着したことに安心をしたのか、
昨夜からなにも食べていない事を思い出した。
本渡行きのバスの時間まで小1時間ほどあったので
売店でパンと牛乳を求め駅前のベンチに腰をかけ食べだした。
お釣りは百円札でもらった。
その頃まだこちらの方では百円札が一般的に流通していた。
そう言えば・・〇子・・言ってたよなぁ。
「くにでは中学3年の時は英語は選択科目だったのよ。」
「へっ~~俺、行きたかった、その学校」
「だめだめ!〇〇君は数学も駄目だから。」
「そうだよなぁ・・だめだよなぁ・・」
「だから人よりも1年多く勉強してるんです。〇〇君は」
「でも、そのお陰で〇子に出会えた」
「なぁ~んだ、全然懲りないんだ。・・私もそう思う・・。」
そんな罪のない会話や、彼女と学校帰りにバスを待つあいだ
こうしてベンチで二人して話込んで、よくバスに乗り遅れたっけ・・彼女。
そして、彼女の宿舎まで歩いて送って行ったよなぁ、
あれ・・多分わざとだったんだ・・。
なんか懐かしくも甘酸っぱい思い出に耽け入っていると
背後から「ボ~~ン」と言う声がした。
私は「えっ!?」と思い、首を返し肩越しに後ろをみた
すると、そこには〇子がいた・・・。
PS /
古い記憶を辿っておりますので
時間や名称を記憶違い
している場合もあるやもしれませんが
その場合はお赦しください。