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別冊ステレオサウンド「BEAT SOUND」NO5。特集”音のいい”ロック名盤100選。■バイヤーズガイド的なものはいつもざっと目を通すことにしている。ジャズやクラシックについては読みやすいものに当たれば、買ってきて参考にすることもある。しかしロック名盤紹介となると、ほとんど立ち読みで済ませてしまう。■今回、この雑誌を購入したのは、オーディオ機器に対する情報収集が目的だった。70年代から80年代の初期にかけて、一時、いい音でレコードを鳴らすことに興味を持っていた時代があった。アンプはサン○イ、スピーカーはYAMA○A、カートリッジはオーディオ・○クニカとかね。プレイヤーもダイレクト・ドライブだ、ベルト・ドライブだとか、それこそ音楽雑誌を眺めてはそれらの推薦機を参考に聞き比べてみたことがある。■ところが、CD登場によって、針圧調整などの微妙な鳴らし方の違いなどというデリケートな部分に神経を使う必然性があまり感じられなくなった。そこそこ、どれもいい音がしたから。よって、興味は音楽そのものに向かい、今だ私のシステムはその当時のものとほとんど変わっていない。たださすがに30年もたつと、へたれてくる部分も目立つわけで、スピーカーはともあれ、アンプとCDプレイヤーくらいは買い換えが必要かなと思っているところだ。■ただ今回紹介のこの雑誌は、そのようなハード面というよりもソフト側の推奨盤紹介というニュアンスが強い。巻頭特集はいわゆる録音技術が優れているといわれる名盤100枚。なかでも最初の10枚は初盤から現在まで、リマスター、SACD、DVDオーディオなどで、それこそ何通りもの復刻が世に出ている名盤中の名盤がレビューされている。本誌ではそれぞれの盤の特徴を紹介し、迷ったらどれを買ったらよいか参考になる意見を読むことができる。それではその10枚、一体どんなラインアップなのか、タイトルだけ並べてみることにする。(ちなみに年代順です) 1 「Pet Sounds」 The Beach Boys 2 「In The Court Of The Crimson King」 3 「Let It Bleed」 The Rolling Stones 4 「Who's Next」 The Who 5 「The Dark Side Of The Moon」 Pink Floyd 6 「Tubular Bells」 Mike Oldfield 7 「A Night At The Opera」 Queen 8 「Blow By Blow」 Jeff Beck 9 「Hotel Carifornia」 The Eagles10 「Gaucho」 Steely Dan■ほとんど私もLPで所有しているものばかりだが、並べてみると、やはりどれもいい音で聞きたくなるものばかりだ。ま、我が家でも、そこそこの音は出せるが、友人宅のJBLで「Dark Side of The Moon」を聞かせてもらった時の衝撃は大きかった。音量の問題ではなく、聞こえ方の問題として、え、あの音があそこから聞こえてくるのかって驚きですね。だから、そういうシステムを羨ましく思う気持ちはいまだにある。■私的にこれをいい音で聴きたいと思うロック盤ベスト3は●「Avalon」 Roxy Music ●「Kid A」 Radiohead ●「Remain In Light」 Talking Heads かな。Yes や Floyd などのプログレをいい音で鳴らしたいという思いがあるのと同様に、Neil Young や Carole King などのアコースティックなギターやピアノもクリアな音で聞きたいとも思う。そして今私の買ってくる音源の半分はJazzなので、このジャンルの生音を臨場感のある音で聞きたいという欲望も強い。あーあ、なんかきりがないや、これ。■結論として言えるのは、この世界に踏み込んでしまうと、いい音を出す機械はもちろんだが、いい音を出す環境作りも必要ということになり、際限なくお金が必要で、経済的破綻は充分予想されるということ。よって、どこで妥協するのかという見切りをつけなければならないということ。哲学的に何をもっていい音とするかを考えた場合、それはシステムの甲乙に起因するものではなく、聞き手側の想像力にこそ、その決め手はあるのだ。って、なんだ、結局、僻みかよ。(笑)
2005/10/31
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■NHK教育テレビ「知るを楽しむ」を見る。今月の私のこだわり人物伝は美輪明宏による寺山修司論。第3回の昨晩は「ハハ地獄」と題し寺山作品に必ず何らかの影を落としている彼の母寺山はつと彼の関係を美輪さんが語っていた。■「毛皮のマリー」の再演をPARCO劇場に見に行ったのは20年以上前のことになる。寺山の芝居の中では比較的わかりやすい部類の劇作ではなかったか。美輪明宏演じる男娼マリーが部屋の中で少年を飼育する話だ。彼はその子に対し自分のことをお母さんと呼びなさいと繰り返す。もちろんテーマは今日的な虐待などではなくて、グロテスクな世界観の中にある真実とか教訓とか支配・被支配の構図で、断ち切ろうにも断ち切れない母と子の関係が結局は透けて見えてしまっている話だ。■寺山はつさんは結局最後まで息子寺山修司のそばにいた。彼の作品の中で何度も何度も殺されながら実体はその息子のそばからずっと離れようとしなかった。昨日の話の中でも出てきた有名なエピソードがふたつ。その一、寺山と九條今日子との結婚に母は反対し続けた。母は寺山の少年時代の衣服に火をつけ、それを彼らの新居の開いた窓めがけて投げ入れた。(彼らの結婚生活は7年で終わった)。その二、寺山の帰宅時間に合わせて夕食の用意をしていた母、仕事の都合で遅くなった寺山が帰宅すると家中、黒煙が立ちこめていた。息子の帰りが遅れて怒った彼女はその日のおかずの焼き肉が真っ黒の炭になるまで焼き続けたという。■当時若者たちの間に「家出のすすめ」を説き、「書を捨て、町へ出ろ」とアジった最も先鋭的なカリスマだったはずの彼のすぐそばに、まず最初に乗り越えなければならないはずの母がいたということのなんとアンバランスなこと。しかし私はそれゆえ彼のことが信じられる気がする。■私の学生時代の先生は圧倒的に寺山修司だった。角川文庫はほとんど全部読んだ。物の見方が激変した。たとえばサザエさんの性生活について考えたことは彼の本を読むまで一度もなかった。以来、現国の世界史の教科書の中にエロティックなものを探した。価値観というものがひとつではないことを学んだ。「幸福論」を読んで幸福であることの不幸せについて考えた。そして不幸であることの幸福もありえると思った。■言葉遊びと言えばそれまでだけど、当たり前の言葉がひどく深い意味を持っていたり、いわゆる金言名言と呼ばれるものがひどく薄っぺらなものに見えたり、理屈づけ次第で物事の価値観が逆転してしまうことが面白くて仕方がなかった。彼の「ポケットに名言を」は今でも手元に置いてある。水前寺清子の歌う歌詞が、便所の落書きが、酒の席のかぞえ歌が、シェイクスピアやゲーテの言葉にならんだり、追い越してしまったりするということ。ここで取り上げられた何人もの劇作家、小説家の作品をずいぶん手に取った。みんな学校では教わらなかったことばかりだった。■「さらば箱舟」は時計を壊す物語だった。そこで彼が言った「10年たったら意味わかる」という言葉は象徴的である。彼が逝って20年がたとうとしている。私はいまだにこの映画の表現に追いつけないでいる。演劇にしろ、映画にしろ、小説にしろ、短歌にしろ、寺山修司のこの魅力的なわからなさは無敵だな。享年47才、気がつけば彼の年をもう追い抜いてしまっている。
2006/04/19
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■1976年には本当に色んな事があって、世界が急に広がった気がしたものだ。それはすごく個人的な出会いがほとんどだったのだけど、音楽であるとか、劇画であるとか、テレビドラマであるとか、文化のスイッチが一斉にオンになったような思いがある。そういえばこの年、私は大学に通い始めたのだった。そしてその中でこのNHKで放送されたドラマの衝撃は今でも鮮烈。■先日NHKアーカイブで本当に久しぶりにこのドラマを再見することができた。つげ義春の短編、「紅い花」「沼」「古本と少女」そして「ねじ式」を大野靖子が抜群の脚色で1本のドラマに再構成する。そしてそれを演出したのが「マザー」「さすらい」「夢の島少女」の佐々木昭一郎。国営放送に勤める異色の演出家の土曜ドラマ枠の中の一本である。■冒頭つげ義春自身を演じる草野大吾の持ってきた絵を見て、藤原釜足演じるガロの編集長らしき人物がそれを見て首を傾げる社員に言うセリフ。「わからないと言って軽蔑しちゃいけないよ。わからないから描くんだよ。」ある種のわかりにくさはとても魅力的で漫画の読み方の作法を見つけていく楽しみでもあった。少ないセリフは情感を煽るし、登場人物の無表情はそれゆえ色んな感情を内に秘めているように見えた。「ねじ式」における夢の再現も抽象的なものを具体化するとシュールになる不思議さに唖然としたものだ。■ドラマ「紅い花」はなんといってもキクチサヨコの魅力が大きい。つげの描くおかっぱの女の子がそのまま実写化されたような沢井桃子。それは川ではぐれた自分の妹の幻影として3つの話の中で蘇る。とりわけ第1話のマサジの目を通して描かれる大人になってしまう彼女への想いが見事。それは川に流れていく過剰なまでの紅い花によって強烈に描かれる。女の子はいつも男の子よりも先に歩いていってしまうんだ。■30年前に見たなんか”ざわざわした気持ち”はキクチサヨコに対する感情だったのかなって思う。それはただの得体の知れない異性という存在であるだけでなく、ある種のよくわからない美しさとか儚さだったんだんじゃないか。特に「沼」における濃密な描写に時々息を呑んでしまった。これは土曜日の午後8時に家族揃って見るようなドラマではない。■タイトルバックの延々と川を辿っていくカメラワークのバックに流れるのはドノバンの The River Song 、そして劇中かすかに引用されるのはYes の Close to the Edge。子供たちが歌う歌や古本屋に流れるメロディなど、この作品の中で音楽の果たす役割はとても大きい。ビデオの無かった当時、このドラマをテープに録音していた人もけっこう多かったのではないだろうか。■それにしても古本屋に日参する学生さんが人目を忍んで毎日5ページずつ読んでいた本はマークトゥエインの「ハックルベリー・フィン」。この本のどこが危険思想にあたるというのだ。日本にもそういう時代が確かにあったということなんだろうな。今では高校の教科書にだってそれが載っているというのに。■偶然だがこの6月に日本映画専門チャンネルで佐々木昭一郎リスペクトなる特集が組まれる。視聴可能な方はぜひ。これはまだテレビ番組が多くの可能性を持っていた頃の偉大なる問題作である。PS■つげ義春の一コマといえば抜群に素敵なのは「海辺の叙景」のラスト。男が泳ぐ、女がそれを見ている。雨の海でクロールで。「あなたすてきよ」「いい感じよ」その余韻ったらない。
2006/06/04
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■そうか、あの漫画家志望のふたりはあかね荘にもう6年も住んでいるのか。富山県出身、明らかにあの「まんが道」のふたりになぞらえた彼らは6年も東京にいてまだ芽が出ていないということか。■実際にはその藤子不二雄の二人組は師と仰ぐ手塚治虫に面会した時、あまりのオーラに口もきけなかったということだが、小物、影が薄い、駄目な弟など、彼らのトキワ荘ならぬあかね荘の女性たちからの歌舞伎ならぬ過激な言われようが可哀想なくらい容赦ない。■ただ、6年前に彼らがシシド・カフカに見せたという「がんばれ火星ロボジェミ二郎」という作品は彼女がどう言おうが、私は結構好きだ。まあ、たしかに人は夜中になると、箸が転がっても笑う。そういう駄目な笑いは若者の夜の特権でもある。ただし、ラブレターとか、人に読んでもらいたい原稿に関しては真夜中に書いたものをそのまま使わない方が良いと思う。■そして問題の彼らが書いた「恋のひよっこ」だが、そこにはあの相合傘も、ノックの回数の意味も、初めての東京タワーも、もちろん告白シーンも忠実に描かれていた。彼らがそれら全ての出来事を実際に目撃したわけではないのにあのように再現できているということは、このあかね荘の中には(みね子以外に)様々な情報提供者がいると思われ。(まるで、「やすらぎの郷」の野際陽子みたいだ)■それにしても回想シーンをあんなにふんだんに使ってまるでこのふたりをこのまま物語からいなくなってしまう人たちのように描く必要性はどこにあるのか。視聴者のほとんどが明日か明後日には彼らが何食わぬ顔で戻ってくることがわかっているのに。■それはおそらく予行練習なのかもしれない。あと1か月もすればこの物語は閉じられる。そして毎日当たり前のように動いて喋っていたあの人たちがテレビの中からいなくなる。そんな気分の何分の一でも練習しておけ。私が増田明美だったらそんな語りをして終わる。●私のリクエストが聞こえたわけでもないだろうに今日のヤスハルは荒木一郎だった。すっかり哀愁をアコースティックでつぶやくように歌う感が板についてきちゃったけど、この人のキャスティングは最初からこれが狙いだったのか。それにしても「バラが咲いた」「この広い野原いっぱい」「空に星があるように」と3曲並べてみると、素朴な歌詞にこそ情感が溢れるものだということがわかる。さて、もうすぐ夜中になるから今夜はこの辺でやめておこう。
2017/08/21
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■ETV特集『今村昌平に捧ぐ~スコセッシが語る映像哲学~』を見る。悲願のオスカーを獲得する数日前、NYで行われたマーティン・スコセッシのインタビューである。この人、髭モジャの印象が強くて小型のコッポラみたいなイメージがあったが、最近ではそれをすっかり剃り落として若々しい。黒縁メガネで揚々と語る様子はこざっぱりしたウッディ・アレンのようだ。かなり甲高い声で早口。それでも聞き取りにくい発音ではない。■コッポラやスピルバーグが黒澤明をリスペクトしていたのは有名な話だが、今村昌平をこんなに熱く語る外国人監督がいたことはひとつの驚きだった。最新作であり、今年度オスカー作品賞に輝いた「ディパーティッド」さえもこの日本人監督の作品からの影響は大きいという。そんな彼が今村の才能と出会ったのは「ニッポン昆虫記」だったという。■左幸子主演のこの映画のなんともいえない生々しさは小津にも黒澤にもないねばねばしたいやらしさを発散している。冒頭映しだされる昆虫たちの共食いのシーンや蛇がカエルを飲み込むシーンが人ひとりが生きていく物語にオーバーラップする。今村の描く人間はいつも生きていくのに必死でそのためには手段を選ばない(選べない)者たちばかりのように見える。■「豚と軍艦」「赤い殺意」「人間蒸発」「復讐するは我にあり」「楢山節孝」「うなぎ」。紹介されたそれらの作品でまともに観たことのあるものはほとんどない。それぞれ長門裕之のスカジャン、春川ますみの肉体、緒方拳の迫真、役所広司の表情など印象的な場面の連続だった。■「復讐するは・・・」は実際の殺人犯をモデルにした映画だが、緒方拳が語るところによると、彼が犯した5つの殺人事件、それぞれ実際の犯行現場を見つけ出してきてその場所で撮影を行ったという。徹底した取材と徹底したリアリズム。■「人間蒸発」は彼がドキュメンタリーにシフトした作品で現実に行方不明になっている男性を微かな手がかりに基づいて日本中を探し回るという展開になっている。ただしラストシーンではまるで寺山修司の作品のように虚と実の境目が音をたてて剥がされていく。こういう手法はすごく斬新だった。■スコセッシは大学教授のようにそれらの作品を分析する。ただし、その観点は撮影方法、照明、カメラの位置など技術的な手法に対する説明がほとんどである。それだけこの監督の作品には日本の風土や文化や土着的な歴史の要素が登場してくる部分が大きく、日本人でなければ共感できない部分が少なからずあるような気がする。■それでも監督論としても、文化論としても、フィルモグラフィーとしてもよくできた番組だった。ナレーションは倍賞美津子と役所広司。バックにかぶさった音楽も効果的だった。あれはどのバンドのどの曲からの引用だったのかすごく気になる。■とりあえず「カンゾー先生」を探してみよう。今村昌平に撮られる麻生久美子に興味津々である。あ、それから「タクシー・ドライバー」も何年かぶりに見直してみたくなった。というわけでTSUTAYAのポイントは増える一方である。
2007/03/17
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01. 比呂魅卿の犯罪 (中島みゆき+ 坂本龍一) 02. 君の名はサイコ (糸井重里+ 坂本龍一) 03. 愛の空中ブランコ (糸井重里+ 坂本龍一) 04. 夢中 ( 忌野清志郎+坂本龍一) 05. 独身貴族 (糸井重里+ 矢野顕子) 06. やさしさが罪 ( 三浦徳子+ 見岳章 ) 07. 美貌の都 (中島みゆき+ 筒美京平) 08. 毀(ほ)められてタンゴ (三浦徳子+ 坂本龍一) 09. 毎日僕を愛して (矢野顕子 ) 10. だからスペクタクル (郷ひろみ)■先日「英語でしゃべらナイト」を見ていたら郷ひろみが出ていた。NY在住○十年の彼の英語はまさしくGO GO ENGLISH とでも呼びたくなるくらいかっこよかった。英語で考え、英語で話す彼を見て、郷に入れば郷に従うとはまさにこういう事かと膝を打つ思いだった。■83年に出たこの「比呂魅卿の犯罪」というアルバムを知っている人は郷ひろみファンが30%、YMOつながりで聞いた人が70%とみる。収録曲の作家群を見てわかるようにこれはただのアイドルアルバムではない。全曲のアレンジを坂本龍一が手がけた知る人ぞ知るテクノ歌謡の名作である。■M1の意表をつく始まり方はまるで中島みゆきの「元気ですか」を思わせるようなモノローグだ。被告席から切々と自らの罪を語る郷ひろみという設定。この曲を筆頭に異化作用の面白さが存分に味わえるこの10曲のラインアップはたしかに犯罪的なくらい魅力的だった。■バックミュージシャンもまた教授人脈で当時の旬の音がギュウギュウ詰め。でもそれは今聞いても懐かしさよりも素晴らしさが上回る。ベースに細野、ドラムにユキヒロ、ギターに大村憲治、今剛、ピアノに矢野顕子、そしてもちろんキーボード(ところどころドラムも)は坂本龍一。ちょっと鼻にかかった郷ひろみの甲高い声はこの電化されたアレンジに意外にマッチ。そしてビジュアル的にはデビッドボウイに見えなくもなかった。■M2,M3,M5,M7,M9。どれも名曲揃い。あっこちゃんの揺れる音階を歌いこなせる技量は彼のハードなボイストレーニングの成果によるもの。いや、でもそれは高須クリニックのせいでは決してない。彼はこの頃からNYへ渡る決心を固めていたらしい。■私の郷ひろみの1曲といえば「花とミツバチ」。誰が誘いかけても 知らないフリ しているんだよ いいねー♪ 筒美京平によるこの歌を越えるほろ切ない歌謡曲は滅多にない。私のカラオケレパートリーのひとつだが、近々矢野顕子がカバーしたとしても、そんなに驚く選曲ではないように思える。 ■ともあれ、この「比呂魅卿の犯罪」と近田春夫の「天然の美」は歌謡曲とYMOが異常に接近した劇的な2枚である。CD屋で見つけたら躊躇せず手に入れることを薦める。PS■私の郷ひろみ自慢某大学某学部を受験した時、彼と接近遭遇した。彼の方はマスコミ対策でメガネとマスクで変装していた。ルックス的にはあの頃、私と彼は意外によく似ていたと思う。だから間違えられてインタビューを受けたというのは後から作った創作であるが、結局私も彼もその大学受験には失敗した。彼だけ受かっていたとしたら、今日のような素直な私はなかったと思う。
2007/05/09
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