○・。Mooncalfの絵本。・○

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クリスマスキャロルをもう一度






■■クリスマスキャロルをもう一度~出せない婚姻届~■■


私は、ただ確かなものがほしかった。

「経済をやりたいんだ」そう言って彼は東京へ行ってしまった。私はと言えば隣県にある大学へ進学し、いわゆる「遠距離恋愛」というものをしている。
 高校のはじめあたりからつきあってきた私達だけど、最近不安に思うときがある。
 彼はほんとにこっちに戻ってくるのだろうか?
 向こうで新しい生活が始まって、価値観も変わって、彼はもう、私の所には戻ってきてくれないかもしれない・・・。
 私は天の邪鬼だから、素直なことが言えない。「絶対帰ってきてね」とか、そんなよーなセリフは死んでも言えない。そんな私が、最大の勇気を振り絞って言ったのよ。
「私と結婚してよ」
って。なのに彼は、「俺達まだ学生じゃん。やってけるわけないよ」と現実的なことを言って、私の勇気をぺしゃんこにつぶしてしまった。
 彼は実直な性格だから、そう言われるのはわかってた。私だって別に「そんなことない! 二人ならやってける!」なんて主張する気はない。彼の言ったことはもっともだと私も思う。でも、それでも、私は何か確かなものがほしかった。だって、私達を繋ぐものは、今携帯電話しかないんだもの。
 だから私は婚姻届を出すことにした。彼に内緒で。犯罪かもしれないけど、それしか方法がない。安心できない。不安で仕方ない。彼のとこは筆跡をまねて、保証人のところは友人に書いてもらった。今日はクリスマスイヴ。やっと彼が一時帰省する日。彼が帰る前に出してしまおう。そう計画していた。
 だから私は朝から落ち着かなくて、いつもより早く起きてしまった。朝食、化粧、朝することを一通りやってもまだいつもより時間が早いくらい。私はすることがなくなって携帯をいじる。昨日の彼とのメールのやりとりを見てはふっと笑んでしまう。
『明日の朝でるからお昼頃までには遅くても着くよ』
『早くきてよ! 今雪が降ってるんだよ!』
『へえ。そっちが降るなんて何年ぶり? こっちは降ってないなあ。降ってもあんまりにも当たり前で感動がにけどね。早くそっちの雪が佳江と見たいよ』
 お昼まで何をして待ってよう? 私のアパートの近くに住んでる彼の弟の大介君の家で高校の頃からクリスマスパーティーをするのがお決まり。もう準備できるものは準備してしまおうかな。
 そう思ってソファーから立ち上がったと同時に携帯がなった。彼だけに設定してある着信音とは違う。液晶画面には友人の菜穂子の字が写っていた。
「もしもし?」
「あ! 佳江!? 今テレビ見てる!?」
「え? ううん? どうしたの慌てて」
「いいから! 早くつけて!」
「う、うん。つけたよ? どこのチャンネル?」
「交通事故やってるとこ!」
「交通事故・・・交通事故・・・」
 みんな芸能だの、挑戦問題だの、国会だので、交通事故が出てきたのは最後のチャンネルだった。
「この事故がどうしたの?」
「いいから黙って聞いてなよ!」
「え・・・?」
 黙ったとたんに、私は耳を疑った。
『車は歩道にのりあげ、運転手は即死。歩道を歩いていた柴田康平さんが病院に運ばれましたがまもなく亡くなりました』
 柴田・・・康平・・・?
「なんだ、こんなの、同姓同名の赤の他人よ。よくいるじゃない」
 そう言う私の言葉が震える。ぐしゃぐしゃになった車の映像の後出てきた写真は、私の知ってる康平だったから・・・。
「佳江? 康ちゃん亡くなったんだよ、今さっき・・・。佳江? 佳江大丈夫!?」
 私はそのまま倒れたらしい。ただ遠くから菜穂子の私を呼ぶ声が聞こえた。
 どうして? どうして? 康平・・・。

 ピピピピ・・・ピピピピ・・・。
 目覚ましを止めた。いつも通りの時間。カレンダーはクリスマスイブ。ああ、やっぱりさっきのは夢だったんだ。
 私は起きてカーテンを開け、身支度を始める。もう少ししたら大介君が迎えに来てくれるはずだ。
 案の定、私が一通り支度を終えて暇になったと同時に彼はやってきた。
「こんちはー。佳江ちゃん久しぶり」
「久しぶりって昨日会ったじゃんよ」
 彼は2つ下で、今は料理の専門学校へ通っている。だから料理の腕は私なんかよりもずっと上手。クリスマスオードブルは彼にお任せ。(私はアシスタント兼部屋の飾り付け係。)
「兄貴まだこないの?」
「なんかお昼頃みたいだよ?」
「じゃあ支度全部すませとこーぜ」
「うん」
 そんなことをしゃべってるうちの着いてしまうほど大介君のアパートは近い。いつものように大介君は料理に、私は飾り付けに取り掛かる。作業もいつものように順調に進んだ。でも、唯一ひとつだけいつもと違う所がある。
 康平が着かない・・・。
 午後には着くってメールで言ってたのに、二時、三時、四時・・・六時になっても来なかった。そして七時になったところで、やっと一通のメールが舞い込んできた。
『ごめん! やっぱり今日はいけない。明日、必ず会いに行くから』
 何かあったんだろうか? 心配しててもやっぱり素直には言えない。
『遅いよ! 雪、明日にはやんじゃうかもよ?』
『明日も降るよう祈ってて』
 隣で大介君が画面を覗く。「兄貴から?」
「そうなの。今日これないみたい」
「まじかよー。まったく仕方ない奴! もう遅いから送ってくよ」
「うん」
「あ、電話が鳴ってる。ちょっと待ってて」
 私は玄関で大介君を待ちながらまたひねくれたメールを送る。
『大介君に送ってもらうんだから! 大介君に浮気しちゃうよ?』
 こんなの、本心で言ったわけじゃない。天の邪鬼な私をよくわかってる康平だから、冗談でかわしてくれると思ったのに。
『・・・大介ならいいよ。大介なら佳江を任せられる』
なんて言ってきた。
『ばかっ! なんでそんなことゆーのよ! ほんとに乗り換えてもしらないからね?』
 最後を疑問形にしたのに、返事は返ってこなくなった・・・。
 送り損ねたのかな? 私が慌てて再送ボタンを押そうとした瞬間、大介君が電話を床に落として、ものすごい音がした。
「大介君!? どうしたの?」
「佳江ちゃん・・・。兄貴が・・・兄貴が・・・」
 大介君は子供のように私にしがみついた。
「事故で・・・亡くなったって・・・・・・」
「・・・・・・・・・え・・・?」
 大介君の嗚咽が静かな部屋に響く。
「どうして・・・? 今、私メールしてたじゃん・・・。メールしてたよ・・・?」
 ぽろぽろ涙があふれてきて、どうしようもなくて、私は大介君を抱きしめた。頭の何処かで聞き覚えのある声が響いた。
『・・・康ちゃん亡くなったんだよ、今さっき・・・。』

 次の日、私と大介君は葬儀のために地元へ帰った。私はお通夜に出席したけれど、なんにも覚えてない。気づいたら高校生の頃、康平と毎日通った道に立っていた。
「ここで・・・よくふたりで話したなあ・・・」
 あの頃の二人の残像が映っては消えていく。
 結局私は婚姻届を出し損ねてしまった。でも、もう「確かなもの」なんて必要ないかも知れない。
 もう、康平は、此処にはいないんだから・・・。
 ピルピルピピ・・ピピピ
 突然鳴った電子音に、私は耳を疑った。震えながら携帯のボタンを押す。だって・・・だって・・・この着信音は・・・。
「康・・・平・・・・・・?」
「・・・そうだよ。もうすぐ着くんだ、いつも佳江と通ったあの道に」
 どうして・・・? 動揺する心を押さえながら私は話し続ける。・・・話続けなきゃいけないと思った。
「私・・・今そこの道にいるよ」
「え? あ、ほんとだ」
「え・・・・・・?」
 私は携帯を落としそうになった。目の前に、ほんの、ほんの数メートル先に、康平がいる・・・。
「遅くなってごめん。雪・・・やんじゃったね」
「ほ・・・ほんとだよ・・・。どうしてくれるのよ、一緒に見れなかったじゃない」
「そうだね、これからはずっと一緒に見よう。雪も、花火も、桜も」
「・・・季節ばらばらだよ」
「いいんだよ。何でも一緒に見てこうよ。俺はずっと、佳江のこと、好きだからさ」
 私はどこまでも素直な奴じゃない。
「・・・わかってたよ、そんなの」
 この言葉しか、見つからなかった。
「たとえこの先、佳江が誰を好きになっても、俺はずっと佳江が好きだよ」
「康平・・・」
 もっと、何か話さなきゃ。でも、何を話せばいい? もう、胸がいっぱいいっぱいで、何も言葉が出てこない。涙は、あとからあとから出てくるのに。
「康・・・へ・・・」
「佳江ちゃん!」
 後ろから大介君の声がして反射的にそっちを向いて、もう一度振り返ったら、もう康平はいなかった。
「佳江ちゃん」
「大介君・・・今、康平が・・・」
「そう、その兄貴の遺品。受け取ってよ。最期まで放さずに持ってたものなんだって」
「え・・・?」
 紙袋には一通の手紙と、小さな箱が入っていた。
 手紙にはなつかしい彼の文字が並んでいた。
『佳江へ。佳江が結婚しようって言ってくれたこと、ほんとに嬉しかったよ。だけどこの前も言ったように俺には力がない。だからもう少し待とう? それに、佳江は『結婚』がしたいんじゃなくて『繋がり』が欲しかったんだろう? だからこれを渡しておくよ。もしも卒業して、それでもお互い今の気持ちのままだったら、その時は・・・』
 実直で、天の邪鬼な私をよくわかってる人だった。
封筒には他に一枚の紙が入っていた。
「何これ・・・?」

 それは、康平の欄だけ、半分だけ書かれた、『婚約届け』だった。

 わざわざ婚姻届の『姻』を『約』にペンで書き直してあるところが彼らしかった。
 小さな箱は指輪だった。まったく、貧乏学生のくせに・・・。
「佳江ちゃん?」
 くすくす笑う私を、大介君は不思議そうに見ていた。
 私はバッグから康平の分まで私が書いてしまった偽造婚姻届を出して、ぴったり半分のところできって、康平のくれた『婚約届け』にくっつけた。
 指輪はしまっておこう。大切な思い出と共に。
 大切なのはこの薄い一枚の紙。一生出せない婚約届け。

 この一枚に、私の欲しかった『確かなもの』がつまっているから。

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