○・。Mooncalfの絵本。・○

○・。Mooncalfの絵本。・○

メモリー・オブ・バンパイア



私は彼がこの世で一番美しい吸血鬼だと
思っています。
残念ながら、私には
複数の吸血鬼の知人はいません。
ですので比較対象がいないのです
でも私は断言できます
彼はこの世で一番美しい吸血鬼です。

私はその理由を、よく知っています。


メモリー・オブ・バンパイア




私は古い洋館が大好きです。
洋館を見て、中世ヨーロッパのサロンや舞踏会を想像するのが大好きです。
もちろん「ごきげんよう」という言葉も。
ですが、どんなに大好きでも
私は当事者よりも
それをただただ見ている傍観者の方が性に合っている
そんな私は
一駅向こうの町で
古い洋館とメイド募集の貼り紙を見つけて
早速メイドのバイトを始めました

雇い主はここだけの話、ドラキュラです。
信じないならそれでもいいでしょう
だけど彼はドラキュラなのです。
見るからに色素が薄く、西洋人風な彼は
美しいドラキュラでした

私はメイドと言いましても
仕事はいたって簡単
雇い主・・・今は名前はさほど大切ではないので伏せておきましょう
「彼」が帰ってきたらドアを開けること
掃除をすること
それだけです
食事の用意はいりません。
彼は帰ってくる時、必ず誰か女性を連れてきます
その方々は美しい人たちばかりで
彼女らが翌日帰る際
首筋にふたつのあざを見つけます
もうお気づきでしょう
食事がいらない理由を。
そう、彼は吸血鬼なのです。
「死ぬまで吸ったりしないんですね」
「それは昔の話。今は警察が厳しいんでね」
彼は少し笑って言いました
彼の横顔は一寸の狂いもなくて、
美術室で見た石膏像のようでした。
私はさほど綺麗じゃないからでしょうか
血を吸われたことも、求められたこともありません。
そんな私にしてみれば
彼は親切な紳士でした。
自分は一切「普通の」食事をとらないのに、
私が食事をする時は
同じテーブルに座り
私の話をワイン片手に(本当にワインなのかわかりませんが)
目を伏せて静かに聴いてくれました
「どんな人の血が美味しいのですか」
一瞬驚いたような表情を見せて
すぐいつもの落ち着いた顔に戻し、彼は答えた
「美女であることは勿論だが、スタイルも重要だ。
痩せ過ぎも困るし太りすぎは美味しくない。」
こんな台詞を聞くと、やっぱりドラキュラなのだと改めて思います。
「だけど・・・」
彼はワインの最後の一口を飲んで付け加えた

「最も美味しい血を、私は口にできないで死ぬだろう」

「ドラキュラも死ぬんですか」
「お前は素直で面白いな。
ああ、ドラキュラだっていつかは死ぬさ」
おやすみ、と言って彼は仮眠をとりに行った

ほんとは私、素直じゃありません。
本当はドラキュラに死期があるのかどうかより
知りたかった。
『どうして最も美味しい血を口にできずに死んでしまうの?』
でもそれは禁句。
そう瞬時に思いました。

その後も私達のライフスタイルは変わりませんでした。
女性が帰った後、私は食事をして
その私に向かい合って彼はワインを飲み
カーテンがまだ閉じたままの部屋に仮眠をとりに行く。
食事の時、話を持ち出すのは私。
そのスタイルも変わりません。
「日本に来る前はどちらにいらしてたんですか」
彼はグラスを揺らしながら答える
「イタリアにいたよ。その前はスウェーデン」
「生まれは?」
「シャーロックホームズの舞台、イギリス。
好きだったよね、ホームズ」
よく覚えてるな、と感心したことを覚えています。
ホームズの話をしたのはこの家へ来てすぐ
装飾品がホームズの世界そっくりだったことに驚いて口走ったくらいでした。
「ええ、好きですよ。
じゃあ・・・日本は今回が初めてで?」
「いや、二回目だよ」
さらっと言った言葉が、耳から離れなかった
前、彼は言っていた
一度行った場所にはあまり行かないね
感動が薄れるからさ、と。
こんな小さな島国に、彼が気に入る何かがあったなんて考えにくい
私にとっては彼の祖国の方が興味深いものばかりだ
「どうして二階も日本へ?」
彼はこれこそまさにさらっと言いました。
「死のうかと思って。」

続く。
home




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: