江戸東京ぶらり旅

江戸東京ぶらり旅

仙台堀川



 江戸は水路が縦横に走っていたベネチアのような都市でした。もちろんベネチアは曲がりくねった水路を自然のまま生かして,水の流れを確保した上で沼沢地の上に築いた町ですが,江戸は湿地帯を埋め立てて堀を直線に作り,江戸の町そして江戸城への物資の運搬に役立てた。江戸という町は人工的な町の作り方をしたのです。今日はこの運河のひとつ, 仙台堀川 (せんだいぼりがわ)を歩きます。というのも門前仲町が南に,霊巌寺が北にあるからです。えっ,その重要性がわからない? そうですか。でもまずはこの場所を地図でご確認を。【 仙台堀川の場所 】

P1010325仙台堀川1.JPG


 なぜ「仙台堀川」なのか,ということですが,山本一力や藤沢周平の江戸を舞台にした作品の中には,隅田川や永代橋などの川と橋を筆頭に,川と橋がよく登場するからです。隅田川ばかりではなく,仙台堀川や小名木川もしかり。この川と橋の位置関係を頭に入れ,できれば散策して距離感や雰囲気を知れば,現代に過去を投影でき,その作品をより深く理解できからなのです。キーポイントは隅田川(大川),仙台堀川,小名木川,この三つの川を制覇すると江戸の70%は理解できたも同然。あと30%はどの川か? そりゃ日本橋川と神田川に決まってるさ。


 さて仙台堀川ですが,寛永年間の1629年,この川は掘削されました。近くの清澄1丁目には仙台藩松平陸奥守の蔵屋敷があったので,「 仙台堀 」と名前がつけられました。仙台は江戸の人々の腹を満たす米の供給地。仙台米は「本石米(ほんごくまい)」と呼ばれ,仙台藩の米蔵,当時は一番大きな米蔵でしたが,ここへ運ばれてきたのですね。

 運河はその後もつくられ,他の運河と連絡され現代では,かつての砂町運河,十間川,仙台堀を「仙台堀川」とし,さらに前者2つが埋め立てられ仙台堀川親水公園が誕生,現在は桜の名所にもなっています。

●上から「亀久橋」「木更木橋」「海辺橋」●

P1010324亀久橋1.JPG

P1010327木更津橋1.JPG

P1010332海辺橋.JPG


 今回は,仙台堀の上流部に架かっている「亀久橋」,その下流の「木更木橋」,そしてさらに上流の「海辺橋」の写真を掲載しましょう。亀久橋のちょっと北には間宮林蔵の墓が道路沿いにあります。また海辺橋のたもとには松尾芭蕉が奥の細道へ旅立った採荼庵(さいとあん)跡が,また橋の北側の老人福祉センター前は滝沢馬琴生誕地で,南総里見八犬伝の読本を積み上げたかたちの碑が建っています。川はこの先,清澄庭園の南を走り,南に折れて大横川と合流し,すぐに隅田川と交わります。これだけの素材があれば,色々なテーマの時代小説が生まれるってわけです。

 えっ,一度案内して欲しいと? そりゃいいですけど,まずは私の他のレポートも読んでいただき,予習をしていただかなくては。じゃ,またな。


「江戸&東京情報館」のトップページに戻る


【 激安市場はここから 】



人間力を養う生き方
1,470 円

欅しぐれ
630 円

新川河岸迷い酒
680 円

追憶の藤沢周平
1,365 円






© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: