江戸東京ぶらり旅

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バレンタインチョコ

バレンタインデーのこと


St. Valentine's Day

 この日を待ちわびる人がいれば,この日が憂鬱(ゆううつ)な人もいるのです。でも,いったいバレンタインデーって何なんでしょうね。チョコレートと何か関係があるのでしょうか。

 主役はこの人です。 聖バレンティーノ ,イタリアのウンブリア州,テルニという町。北にはサッカーの中田選手もいたのでしょうかペルージャ,そしてカンポ広場で有名なシエナに接する町ですが,彼はここに生まれたのですね。紀元175年頃のことなので,ローマはまだ多神教の時代。あらゆるところにあらゆる神が,30万とも言われる種類の神々のいた時代ですね。トイレの神とか離婚の神とかあれこれ,多種多様な民族で成り立つ古代ローマですから,すべての神と共存共栄。国が崩壊しないための生きる知恵ですが,一神教であるキリスト教が徐々に普及。それでもキリスト教がローマの国教として認められたのは313年, コンスタンティヌス帝 のときですね。皆さん高校の世界史で習いましたよね。


 だからバレンティーノの時代はキリスト教は異教として,好ましからざるものとされていたのですよ。 クラウディウス2世 によって国を守るローマの兵隊は,士気が低下すると,結婚も禁じられた。そんな頃,バレンティーノはキリスト教に傾倒,熱心にキリスト教の愛を説き,禁じられている結婚を密かに応援。でも,これはいけませんね。法に違反したのだし,国民から支持され,元老院が選んだローマ皇帝を愚弄したことになるのですから。

 それで,ついに捕らえられ処刑されたのです。これが紀元269年のこと。キリスト教の立場から言うと殉教になるのでしょうか,天国に行ったはずです。それで首から下は故郷のテルニに送られ,だからこの部分は天国には行かなかった??? 17世紀の初めに発見されたそうですよ。どうやって本人だと確認したのかわかりませんがね。DNA鑑定なんてなかった時代ですからね。信者から怒られそうですが,ねつ造かも知れません。信じる人にとっては「本当の話」です。それで,ここに聖バレンティーノ教会が建てられました。ちょうとバチカン教会がペテロの殉教の地に建てられたと同じようにね。もちろん聖人の一人とされ,また 2月14日が祝日 とされたのですよ。1644年のことです。

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 まあ,こんなことで2月14日は, 愛の守護神バレンティーノさんの殉教の日 ,というわけでこれにあやかって恋人同士は贈り物を交換する。女性が男性に愛を告白してもよい日,とされているのですが,なぜかこれがうまく利用されチョコレートが売れる日になってしまった。ある企業のちょっとしたアイデアですね。

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