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communicationと聞き上手
正確に言えば、人間関係に対して「もううんざり」みたいな。
今まで色んな話を色んな人から聞いてきた。
今まで学んできたコミュニケーション技術を使って聞き役に徹する。
これまではただ「聞く」事が出来た。
が、最近何かが違う。
聞きながらも「で、何?」「そんな事も分からないの?」
「で、どうして欲しいの?」とか
物凄くネガティブな思いが即座に出てくることがある。
聞いた瞬間に沸いてくる負の感情とそんな気持ちの中で聞く話。
何かもう時々疲れちゃうのです。
人の話を聞くと言う事は、多かれ少なかれ
相手の感情を受け止める・受け止めさせられる事。
怒りの話ならば話し手の怒りが、悲しい話ならば悲しみが
言葉という情報に乗ってやってくる。
話を聞くという事はその感情をちょっぴりでも受け止めて、シェアして、
相手の怒りや悲しみをを和らげたり、
あるいは喜びを分け合って嬉しくなったりする事なのである。
話し手は自分の感情の波を吐き出し、あるいは喜びを高め、
何にせよ「楽」な状態に自分を持っていける。
受け止めてもらえる限りにおいては。
時に聞き手から反対されても構わない。
反論や意見が出てくる前に、
一度でも聞いて(受け止めて)もらう事が大事なのだ。
聞いてもらえた、受け止めてもらえたという気持ちは
話し手を解放し、
安心感を与え、
自分の価値を見い出させ、
自尊心・自己そのものを高め、固めることにつながる。
故に会話-効果的で治療的な物-は人間関係においてとても大切。
ここでの「治療」というのがどうも語感的には変だけど。
英語で言うところの
effective thrapeutic communicationと言うのがぴったり来るかな?
人は無意識のうちにそうしたtherapeutic skillを使っている。
それは「居心地のいい空間」を作り出すことが出来るから。
誰かにとっての仲の良い友達、話の聞き上手な人というのは
こうした技術を無意識に使うことが出来ている人だと思う。
話の聞き手にとっても、
話し手が本当の思いを吐露してくれている事実は
相手への保障が出来ている=心がつながっていると言う証拠。
そうした状況下における話からの体験の共有は
「一体感」を得ることが出来るので非常に心地よい。
その状況が意識的にtherapeuticであるかどうかは別にしても、
この一体感や相手の体験・感情の共有(追体験)は
純粋にそれだけで楽しい物なのである。
特に相手が楽しい話をしてくれれば、
もう何も考えずに聞いてるだけで十分に楽しい。
だが、きっとその時「楽しく聞いている」という事そのものが
話し手に対してどれだけの安心感(therapeutic effect)を与えているか、
聞き手も話し手もきっとその事実には気付いていないだろう。
会話における役割関係とtherapeutic effectというのは
非常に意識・無意識的な技術に依存する物なのだ。
人の会話そのものが本質的にtherapeuticと言えなくもないが、
それは多分きっと言い過ぎ。
時に会話で傷付く事もあるわけだし。
そう、時に会話は人を傷付けるのだ。
言葉による直接的な傷ではなく、
会話の本質的なベースがtherapeuticになり得ない状況というのは
意外とそこら中にゴロゴロしている。
話し手の内容があまりにNegativeに過ぎる物な時。
かつ、聞き手がそれを受け止める技術も意志も持ち合わせていない時。
これは辛い。
話し手はあまりに辛くて、
とにかくこぼれ落ちそうな負の感情を処理しきれないので
それを何とかするために話としてそれを伝えてくる。
人によってはその容量が余りにも小さく、
「あいつ、いっつも愚痴ばっかりだよねー」みたいな人もいたりする。
自分の友達の中にはどんなに辛くとも愚痴なんかこぼさずに
いつも笑顔で話してくれる人もいるのに。
それはそれで辛いだろうけど、
その頑張りを自分は心の底から尊敬するし、
むしろ「もっと話してよ」と思える。
が、逆の人もいるわけで・・・。
受け止める方としてはたまったものではない。
余裕が有ればそれを受け止める事も十分に出来るだろうが、
常に人はそうあれるわけではない。
話し手はいつものように自分の気持ちを話して
楽になれれば良いのだろうが、
受け止める側はいつも同じようにそれが処理できるとは限らないのである。
好む相手からならいいが、
愚痴しか話してくれないような、ちょいと好まない相手だった場合、
言い方は悪いが「公衆便所扱い」されている気分になるのだ。
が、だからといって話を聞かない、と言うのがどうしてもできない。
向こうが「話したいオーラ」をもんもん醸し出していて
とてもじゃないけど無視できないし、
挙げ句の果てには、時に無理矢理話してくるから。
そんな会話から生まれたストレス、自分の中に生まれた負の感情を
誰かにぶつけたいとも思えない。
負の感情をDirectにぶつけられるその心持ちの悪さや辛さを知ってるのは
紛れもない自分だから。
自分の感じているストレスの話をする事。
それ自体は全く悪い事ではない。
話すこと自体で前述したように辛さを外に出せるし、
話しながら自分の気持ちを整理できる。
相手に伝える、と言う作業はそれ自体でtherapeuticになりうる。
自分の中にバラバラに存在する出来事や感情を論理的に整理して、
相手に分かる言葉で伝えて、分かってもらわなくてはいけないから。
その振り返り作業自体が話し手を癒してくれる。
が、もしもその内容が「誰かの話を聞いて感じるストレス」だったら
聞き手にどんな気持ちが発生するだろうか?
大変なんだな、と言う共感?
あるいは哀れみ?
だが同時に発生するのは
「じゃ、聞かなきゃいいじゃん?」という疑問。
そう、人の話などと言うものは
聞こうとしなければ聞かなくて済むのである。
カウンセラーでもない限り、不可避の出来事でもなんでもない。
それを聞いてしまって無駄なストレスを抱える事は
それはまさしく「無駄」以外の何物でもないのだ。
そして、それ以上にこの手の会話がはらむ危険性、
それは「この人に話をしてもストレスとしかとってもらえない」
という意識を相手に植え付けてしまう可能性がある、という事だ。
誰かがした話でストレスを感じている、と言うことは、
「この人に私が相談したらどうなる?」
「この人が見せる共感は上辺だけの物かもしれない・・・。」
と言う一種の不信が植え付けられるのだ。
誰もそこまで考えはしない、と言うかもしれない。
が、人の考えや他人を見る目、というのは
日々の無意識な会話・出来事の繰り返しによって出来上がっていく。
こうした会話も確実にその「無意識な出来事」の一つに含まれる。
私の経験上、こうした本人の裏側が見える会話、と言うのは
思った以上に心に残り、それ以後の関係に影響を与える。
これは人間関係にとって決していい事ではない。
単純に誰もが持ちうる(って言うか必ず持つ)感情でありながら、
その実、この「会話により感じたストレス」という物は根が深く、
その影響力は大きく、
なかなか侮れない物なのである。
本当のtherapeutic communication(そんな物が存在すれば、だが)を行うには、
相手をそのまま受け止める事と、
同時に自分の中に生まれた感情(時に反対の感情)を
上手く処理する技術が要求される。
あるいは自分の中に生まれたわだかまりを
その場で上手く吐き出すことが出来たり、(これがエラク難しいのだが)
あるいはそのねじれた感情すらも上手く受け止めて、
しなやかに流していけることが必要。
それが出来ない人は本当の聞き上手じゃない。
それが出来ないんであれば、
過分な負担を分不相応に自分の中に貯め込むべきじゃない。
だから自分は本当は聞き上手じゃないんだと思う。
逆説的な考え方になるが、
深く考えずに話しそのものをただ楽しむのは一つの良い手だ。
恐らく負の感情を出してくる相手は
それをその場で受け止めてもらえる事を望んではいるが、
それが聞き手の中に残り続けて悩ませているかもしれない事や
相手が実は嫌がっている事なんてこれっぱかりも気付いてないし、
そんなのは想像した事もないだろう。
むしろそれを知っていたら、逆に話せなくなるはず。
もし気付いていたとしても、
そこまで聞いて欲しい負の感情で一杯になってる状況下で
相手の事を考える余裕なんて無いはず。
同時に、相手がホントに聞いているかなんてなかなか気付かない。
って言うか、気付けない。
そこまでの苦労を話し手は聞き手に求めていない。
ただ聞いてくれてばいいのだ。
真面目に話を聞いて、
その場で一緒に凹んだり、イライラしたりするのはいいが、
それを長期間のストレスとしてため込むのは絶対駄目。
互いにぶつけ合って吐き出し合って、
その場でエネルギーを解消させなければいけない。
本当にtherapeuticな関わりの後には、
どこか「ほっと」した空気が流れる。
あのほっとした感じが欲しくて、私は誰かの話を聞く。
と、そこでふと思ったのだが、
「人の話を聞かないオバサン」というのは
まさしくこの技術を見事に体現しているのではないか?と言う事実。
話を聞いているのだが聞いていない。
互いに愚痴ったり何だかんだ話しながら、
気が付けばストレスを出し合って消し合って会話が終了する。
恐ろしい、すさまじい技術だ。
侮り難し、あのメス共。
が、果たしてあのスタイルでのこの技術が
見習うべきものであるかどうかは激しく疑問。(苦笑)
あたしゃ多分無理ですね、はい。
とかいいながら数年後にそうなってそうな自分が怖い。
分をわきまえずに無駄に努力をして
相手にきちんと応じようとすると、
間違いなくその話を真正面から受け止めざるを得ない。
意識的にtheraputicになろうとすると陥るツボ。
カウンセラーという職業に就く人の自殺率の高さに
そこはかとなく納得できる自分がいる今日この頃。
あ、別に自分が死ぬ訳じゃありませんよん。
大変だろうなーと思うだけで。
ご安心の程を・・・。
29, 05, 03
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