TRICK PARTY

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distance night14



足はもつれるし、動かない。

それでも走らなくちゃいけない。

後ろからアイツが追ってくるかもしれないから。

怖い、辛い、苦しい。

それでも走らなくちゃ。

ナストの手をひいて。

走らなくちゃ。

そう、思っていたのに。



ふいに、その手が離れた。



どさりという音ともに、ナストが雪に伏す。

「ナストっ!?」

かけより、あわてて雪にうずまったナストを仰向けにする。

「ナスト!?大丈夫?」

そこでようやくナストが口を開いた。


「……ごめんな、愛美」


また、時が止まる。

「何が?なんで謝るのよ!」

あたしは焦った。

なんだ、この雰囲気は。

なんだ、この感じは。

なんだ、このいやな予感は。

なんなのよ

……このナストの弱々しい微笑みは。

「ごめんな。ホントに」

「だから!何に謝ってるのよッ!!

声が大きくなる。

それでもナストは笑っていた。

「ここで会っちゃダメだったんだ、オレたち。」

「何を……」

「悪ぃな。オレのせいだ。オレがお前を呼んじまったからだ。」

「あたしだって会いたかったんだよ?なんで?謝らないでよ」

「あ~あ、ミスった。最悪だ。な~んでお前、呼んじまったかなあ……」

「わかんないよ!何を言ってるの」


「お別れだ、愛美」


星空を見上げていたその目が、あたしを見る。

「うそ……っ」

あたしはナストの右手の手袋を剥ぎ取った。

ナストの衰弱の原因はこれか?

あの紅い紋様か?

でもそこに

“それ”はない。

と、ナストが軽快に笑った。

「バーカ。それだからダメなんだよ、愛美」

ナストはひらひらと振る。

まだ手袋のはまったままの



“左手”を。



右手をあたしの手から解くと、するするとその手袋をとった。

徐々にあらわになる、紅い刻印。

いつか言っていた。

『死』の象徴……。

「冗談でしょ……」

「覚悟を決めてる、って言ったろ?」

紋様の中の“砂”がどんどんこぼれていく。

それは、ナストの消滅が近づいていること。

「なんで……っ!」

なんで、あたしは気付かなかったんだろう。

「なんで!」

なんでナストが消えなくちゃいけないんだろう。

「なんでっ!」

自分が情けなくてしょうがない。

「ホント、悪いな。こうなること、わかってたのにさ……」

また、ナストは星空に視線を送る。

「呼ばなきゃよかったんだ。オレがただ我慢すればよかったんだ。オレは何もせず、ただ消えればよかったんだ。それなのに……」

「……!」

ナストの目から、一滴の涙が零れ落ちた。

「それなのに……なんで思っちまったんだろう……。“人恋しい”なんて……ッ!」

「え……?」

「はじめてだったんだ。人の“温かさ”を知ったのは。交渉や取引以外で、話かけられること。他愛もない話で笑い合えること」

ナストは滔々と話し続ける。

「そんなの、“こっち”の世界にはなかった。冷め切った関係があるだけだった。だからこそ、一度覚えちまった温かさが忘れられなかった。もう一度しゃべりたい。もう一度笑いあいたい。そう、思っちまったッ!」

ふと、あたしの両手が握られた。弱く、それでいて強い視線が、あたしを射抜く。

「本当に、悪かった。全てオレのワガママのせいだ。オレのせいで、お前まで悲しませることになった。全て、オレが悪い」

「そんなことないよ……!言ったじゃない。あたしだって会いたかったんだ」

ああ、視界がかすむ。ナストの顔がよく見えない。

「それでも、すまない。でももう終わりだ。“全て”終わる。お前もオレも、全てなかった事になる。この哀しみも、なかったことになる」

ナストが、緩やかに微笑んだ。

「……それだけが、オレの救いだ」

と、右手を宙にかざした。


すぅわっ。


空間が裂け、あたしの後ろに黒い穴ができた。

「帰れ。そっから元の世界へ戻れ。やがて全て忘れる。元の世界で元通りすごせ」

「何言ってるの!?ナストを置いていけるわけないでしょ!?」

「バーカ。オレはもう消えるんだよ。死人は放っておけ。おまえには向こうの世界で待ってる人たちがいる。“温かさ”と一緒にな」

「ナストは一人しかいないよッ!!」

涙が散る。なんでこんなに理不尽なんだろう?

「だーかーら。オレはもう消えるんだって。だいたいオレとお前じゃ住んでる世界が違う。文字通りな」

「約束だってしたのに!ナストをあ……」

「いいから帰れッ!!オレのために、いますぐここから出てけッ!」

「……っ!?」

ひどいよ。

おかしいよ。

「やだよ……そんなの……!」

頭を振る。納得できない。誰かこの状況を変えてほしい。

「あたしは残る。ナストを一人にはさせない」

と、ナストの右手があたしの体の中心をそっとなぞった。

「オレは最初から一人だ」

笑った。

いつものイタズラのような笑顔で。



「オトコノコをあんまり困らせるな」



瞬間。

その手に力がこもった。

とん、と。

「あっ……」

あたしの体が、後ろへ傾く。

ナストが開いた、穴の中へと。

黒い黒い、闇の中へと。

……落ちる。

「ナスト……?」

手を伸ばしても、もう届かない。

黒い空間が閉じていく。

「嫌だ……」

ナストはあたしを見つめて、微笑っている。

「やめて……!」

涙を流してるくせに、それでも微笑ってる。

「嫌だっ……!やめて……!」

手をつなぎたいのに、届かない、繋げない。

「やめてよぉっ……!」

その笑顔を、伸ばした手を、彼の全てを紅い刻印が覆って。

「いやあああああぁぁぁぁぁああああッ!」

黒い闇をも貫く強光が閃いて。




視界が、閉じた



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